my fair teddy
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順調と言える航海の後に着いたのは、そこそこ規模の大きな街だった。
市場も充実していて価格は安く、食糧調達係としてはなんの憂いもない。

「3日後の正午に出発しましょ。それまで解散」
いつもの如く誰が船長だかわからない航海士の統制の元、仲間達は次々と街に飛び出していった。
サンジも今回は船番免除だ。

「久しぶりの街はやっぱりいいなあ。綺麗な女の子が一杯だ」
一人ヤニ下がりながら、サンジは街中をぶらついた。
露天に並ぶ野菜や果物を見る目付きは真剣できりっとした表情になるのに、通りすがりの女子には途端に鼻の下を伸ばしてデレンとした顔付きになる。
彼は自身の、ナンパにおける最大の障害について未だに気付いていない。

「・・・先ずは宿の確保だよな。シングルはやっぱ高いかなー」
ナンパが成功すれば、どこかのレディ宅にお邪魔できるかもしれない。
毎回そんなことを夢想するだけで終わっている上陸ではあるけれど、サンジはいつだって夢くらい見るのだ。
海賊だから。

「お」
大通りにレンタルショップを見つけた。
前の島から俄然、立ち寄り必須ポイントとなった職種だ。
今回も3日の滞在のうち1日くらい、お世話になることがあるかもしれない。
―――や、基本こっ恥ずかしいんだけどよ
自分が使うとは限らないんだから、一晩だけの彼女へのプレゼントだとか何とか、理由は付くよな。
誰に問われてもいないのに、一人ブツブツと言い訳を呟きながら店の中を覗く。
奥の陳列棚に、一際目を引くでかいクマのぬいぐるみがあった。
どこにでも置いてあると言うことは、やっぱり結構需要があるのだ。
人知れず安堵して、市場を一通りチェックした後もっかいこの店に寄ろうと思った。
―――ところが・・・



「あれ?ねえ」
きっかり2時間後その店を再び覗いた時には、奥にどんと鎮座していたクマの姿が消えていた。
「ねえってことは、誰か借りたのか。まあ、人気あるんだろうなあ」
あそこにあったクマはどうしたのか。
恥ずかしさが先に立ちその一言が店主に問えず、半ば自分を納得させるように一人頷くと、サンジはちょっぴり肩を落としてとぼとぼと来た道を引き返す。

クマなしで3日間過ごすのかと思った途端、急に気落ちした。
別にクマなんてなくたって一向に構わないのだが、今回クマ+ゾロが側にいないということになるのだ。
これは結構痛い。
―――って、痛いってなんだよ

意気消沈している自分自身が情けなく、益々凹んだ気分になった。
クマなんてなくていいのに。
無論、ゾロなんて欠片も側にいなくていいのに。

「おい」
空耳が聞こえるほど思いつめていたかと、自身に舌打ちしてサンジは顔を上げた。
どういう訳か、想い人ならぬ想いクマもどきが目の前に立っている。
いや、やっぱ想い人になるのか。

「もう宿取ったのか?」
常と変わらぬ仏頂面のまま、そんなことを聞いて来る。
「いんや、まだ」
咥えた煙草を指で挟んで、サンジはいぶかしげに眉を顰めた。
いまだかつて、陸に上がってまでこやつと部屋を共にしたことなどない。
つうか、こいつが勝手に行方不明になるのだ。
勿論探したりなんかしないけれども、やはり出港の日が近付くとちゃんと舞い戻って来れるのか毎回不安になるのも確かで。
いや、別に俺は置いて言ったって構わないとか思うんだけど。
ナミさんがカリカリ心配なさるしチョッパーはオロオロするし、ルフィはどこかに飛び出そうとするしで出港前から収集がつかなくなる。
故に、結論としてゾロは目の届くところにいて貰ったほうがいいのだ。
それが世のため人のため。
と言うわけで、上陸一日目にしてこいつが目の前にいるのはラッキーなのかも。
無論それは、麦藁海賊団の一員としての僥倖。
「まだ宿決めてねえならさっき俺が抑えたところに来い。二人部屋だ」
「・・・なんで二人部屋?」
突っ込むところはそこかと自分でも思いながら、つい問い返してしまった。
「二人部屋のが安いだろう」
はい、それは俺もそう思いました。
さっきまでそう思ってました。
でもわざわざ上陸してまで野郎と二人部屋にならなくてもいいだろうとか、思わないのかてめえは。
つか、なんで俺?
目に付いたのがたまたま俺?
今までそんな親切心チラ見させたことすらねえのに。

なぜか理不尽な怒りが沸々とわいてでたけども、ここで怒り出すのは大人気ないと自戒して、サンジは気を落ち着けるためにスパーと鼻から煙を吐いた。

「・・・まあ、てめえがそう頼むんなら仕方ねえ。別に一晩くらい折半してやってもいい」
「決まりだな」
そう言って、ゾロはスタスタ歩き出した。
慌ててその後ろについていく。

「ちょっと待てコラ。てめえが取った宿ってのは場所がちゃんとわかってんだろうな」
「ああ、ここだ」
立ち止まり見上げるゾロに倣ってサンジも顔を上げた。
いつの間にか裏町に入っていたのか、2階から上が宿泊棟になっている小さなホテルの看板が風に揺らめいている。
つか、形が思いっきりハートマークなんですけど。
しかもピンクにペインティングされてるんですけど。
「普通の宿より値段が格段に安いのな」
―――安けりゃラブホでもいいのかよ
つか、普通の宿よりって言うからにはここが普通の宿じゃねえことはご存知なんですね。
このような宿に俺と二人で宿泊なさるおつもりか。
つか、野郎二人って宿的にお断りなんじゃないですか。
それともお互いどこかでレディをナンパしてお持ち帰りする算段でしょうか。
でもそれだったら二人部屋一つじゃやだよ。
てめえと一緒にレディとしけこむなんて冗談じゃねえ。
かと言っててめえと二人きりでラブホお泊りって、人生における汚点にすらなるんじゃねえの?
いやいや汚点で済めばいいけど、若気の至りとか最大の過ちとか―――
過ちってなんだよ。
犬に噛まれたってやつ?
いやいやいや、俺の考え方がおかしいよ。
それじゃまるで、ゾロと二人で泊まること事態がシャレにならない危険性を秘めてるってことになるじゃないか。
なんでだよ、だってマリモで脳みそ筋肉の腹巻男だけど、一応仲間だぞ。
なんら問題ナッシング。
むしろ一瞬でも迷い恐れた俺のがおかしい。
そう、俺は別に構わねえ。
ゾロなんて全然怖くないし、確かにシングルよりツインのが安いし。
ラブホなら素泊まりでもっと安いし。
カップル割引が成立するなら経費節減になるんじゃね。
や、俺って頭い―――

ゾロに宿へ誘われて、ほんの5秒の間にここまで考えを巡らせてから、サンジは鷹揚に頷いた。
「まあな、背に腹は変えられねえっつうか、安くて済むにこしたこたあねえよなあ」
この台詞も海賊としてどうかと思うが、サンジとしては日々1個50ベリーのキャベツや5本で120ベリーの人参を吟味する生活を送っている。
少しでも経費が浮くならそれにこしたことはない。
しかもゾロがいれば、クマを借りるはずだったレンタル代だって浮くってモノだ。

「こっちで飯が食えるらしい。食うか」
ゾロが、1階のキッチュなレストランを示しながら誘う。
「ああ、当たり前だろうがその部屋にゃキッチンついてねえんだろ」
「ベッドしかなかったぞ」
ゾロの口からそんな台詞を聞くと、なんだかやけになまめかしく響いた。
押し込んでいた気恥ずかしさがむくむくと頭を擡げたが、意識してそれを抑え込んで素知らぬ顔で店に足を踏み入れる。
「しょうがねえ、一晩だけだぞ」
まだ夕食には早く客もまばらな店内を、肩で風切るように威嚇しながら歩くサンジの後ろ姿を、ゾロは口端に笑みを隠したまま眺めていた。




それなりに美味くも不味くもない夕食を終え、経費が浮いた分だけちょっと多めに酒を嗜んでいい感じに酔っ払った。
ゾロとは、たわいないことを話しながら酒を飲んだ。
仲間になって随分立つが、こんな風に差し向かいで酒を酌み交わし、語り合うことなんて今までなかったことだ。
ゾロは饒舌ではないかわりに、人の話を聞くのが案外上手で。
調子に乗ってベラベラ喋り過ぎた気がする。
ゾロの話が聞きたくてあれこれ食い下がってみたけど、うっかりすると尋問みたいに問い詰める形になってて、
そんな自分の喧嘩腰な姿勢を反省してみたりして。
や、なんかおかしいだろ。
気を遣うレディ相手じゃないんだから、何あれこれ考えて一人ため息ついたりしてんだよ俺。

複雑な気持ちはあるけど、結果的には楽しい時間だった。
目の前で穏やかに話を聞いてくれているのは、いつも喧嘩ばかりするゾロだってことを忘れそうになるくらい、ゆるやかに時が過ぎていた。
あれ、ほんとにゾロだったんだろうか。
ゾロのふりした他人とかじゃねえのかなあ。
だってゾロが、あんな風に俺の話しに耳を傾けて、相槌を打ったり微笑んだり、そんなこと船の上じゃ
ありえないことだったじゃねえか。
何か言えばうるさいとか、うざいとか。
眉間に皺寄せてしかめっ面で横向いてた男がよ。
俺だけを見て俺の言葉に耳を傾けて、屈託なく笑っていただなんて、やっぱり夢でも見てるんだろうか。
この島で夕暮れにゾロに声を掛けられた時点で、俺は白昼夢に足を踏み入れたのかなあ。

なんとなく、ふわふわした気分でサンジは立ち上がった。
まだ酔い潰れるほどではない。
本来なら、夜の帳が下りると同時に街に繰り出してレディとの熱い語らいに出かける頃だが、今日はゾロのお目付け役も兼ねてるから我慢だな。
俺って偉いな。
などと自画自賛しながら、サンジはふらつく足取りで階段を上った。
後ろからゾロが着いてくる。
階段を踏み外しでもしたら、支えてやろうとか思っているのだろうか。
冗談じゃねえ、俺はそんなに抜作でも柔でもねえってんだ。
やっぱりこいつはちょっと変わった。
なにその、わかりやすい優しさ。
俺見てる目線がやけにやーらかいってんだよ。
阿修羅と歌われるほどの凶悪な目つきが似合いのてめえが、なんだその慈愛に満ちた眼差しは。
そんな眼で俺を見るから、俺は居心地が悪いってんだよ。
尻がむずむずして、すぐさまこの場からダッシュで立ち去りたくなる。
てめえの視線から逃れたくなる。
って、逃げるってなんだよ。
何で俺がてめえから逃げなきゃなんねえんだ。
俺はてめえに背中なんざ向けねえぜ、来るなら正面からドンと来い。
受けて立ってやる!

思考が完全に違う箇所でぐるぐる回っている間に、ゾロが部屋の鍵を開けた。
扉を開ければ、なるほどさして広くない部屋だ。
目の前にどーんとキングサイズのダブルベッドがひとつ。
へえ、この部屋であの値段は確かにお値打ち・・・つか・・・

え?


「なんでこれが?!」
思わず大きな声を出していた。
ダブルベッドの中央に、どんと鎮座しているのはあのレンタルショップに飾ってあった巨大クマのぬいぐるみだった。
「いいだろそれ」
背後で扉を閉めるゾロの声は、心なしか誇らしそうに聞こえる。
「街ぶらついてたら偶然見つけたんだけどよ、前にお前が言ってた抱き枕ってのにぴったりだと思ってな」
なんですかその気遣い。
つか、お前がこれを借りてきたの?
「お前、店の人になんて言ってこれ・・・借りてきたんだ」
まさか強引に、かつ堂々と万引きして来た訳ではなかろう。
「ああ、そのクマ借りてえっつっただけだぞ」
ゾロが、ゾロが巨大テディを借りてえって・・・そうして代金まで支払って担いでこのホテルまで運んだってのか?
ありえねえ!
「ぶははははっ・・・」
思わず噴き出して大笑いした後、サンジははたと笑いを引っ込めた。
口を大きく開けたまま強張った顔で視線だけゾロに移せば、ゾロは何がおかしいのかと訝しげな顔つきをしている。
「そういうの、てめえの好みじゃねえのか?」
その表情があまりに素できょとんとして見えたから、サンジは慌てて大きく頷いた。
「いや、まさしくこれだよ。俺が嵌ったのはこのサイズ、このテディ。参った、まさかこんなどんぴしゃをてめえが押さえててくれるたあ」
二度目に行ったレンタルショップにこれがなくて、気落ちしていたのだ。
まさかこれを先に借りたのがゾロだと思いも寄らなかった。
後からじわじわと嬉しさが沸いて来て、どうしていいかわからなくなってきた。
「あのよ。あ、ありがとよ・・・」
一応礼は言っておこう。
でもなんで、ゾロがこれをサンジのために用意したのかがわからない。
「けど、なんだってこれなんだ。これを俺に見せるためにこの宿取ったんだろ。なんでそこまで・・・つうか、俺誕生日だっけ?」
「今は真夏だボケ」
相変わらずの手厳しい突っ込みながら、ゾロの眼は笑っている。
「こういうのがねえから、今まで俺に抱きついて寝てたんだろうが。陸で寝るときくらいぐっすり寝てえだろうし、俺になら気兼ねしねえで済むんだから、思いっきりこれ抱き締めて寝るといい」
「お前は?」
「ああ?俺は別に壁に凭れてでも寝れる。どこでだって眠れるからな。お前はそのクマとベッド占領してろよ」
サンジはへにょんと眉を下げた。
なんでだか、さらに気落ちしている自分がいる。

「お前も、ここで寝たらいいじゃねえか」
「ああ?さすがに野郎二人とでかいクマ一匹じゃ狭いだろう。それにお前がそれで熟睡できるんなら、それが一番いいと俺が思うからな」
「・・・なんで?」
ああそうか、それじゃありがとよと簡単に済ませられないのがサンジの性分だ。
だって?がいっぱいだから。
なんでゾロがそこまで親切にサンジの睡眠を心配してくれるのか。
なんでゾロが最近優しい眼差しで見つめてくるのか。
なんでゾロは案外いい奴なんだなんて、今頃自分の中で好感度がどんどん高まってしまうのか。

「テディじゃなくても、俺はお前でも熟睡できんだぞ」
暗に、クマがいなくてもゾロでいいと告白しているようなものだ。
そこまで考えが至らず、ただ思った通りをサンジは口に出した。
「生憎だが、クマと俺とじゃ決定的に違うものがある」
ゾロはやや芝居じみた仕種で両手を挙げた。
「クマはただのぬいぐるみだから、てめえに抱かれたらそれきりじっとしてる。当たり前だがな。けど俺は違う。てめえに抱きつかれてもじっと我慢はできるが、所詮我慢だ。なんも考えねえ動けねえ無機物とは違う」
そんなの当たり前だ。
あまりに当たり前なのに、そのことを深く考えてなかった自分に気付いて、サンジははっとした。
「―――我慢、してたのか」
やっぱり、そりゃそうだよな。
この暑苦しいのに、野郎に抱きつかれてぐうぐう眠られるなんて、鳥肌モノの不快さだろう。
しかも相手は太平楽に爆睡して、その間ゾロは身動き一つできなくて。
しがみ付いた肌は汗ばむだろうし面倒だろうし、重くて痺れることもあるかもしれない。
そんなことにも気付かないで、ただゾロが何も言わないことに甘えて好き勝手していた。
「・・・ごめん」
自分でも驚くほどに素直に、謝罪の言葉が漏れた。
心底、悪かったと思える。
自分がゾロの立場なら、抱きついてきた時点で蹴り飛ばして終了だったろうに、ゾロは何も言わず受け入れて今までじっと我慢してくれていたんだ。
神妙な顔つきでうな垂れるサンジの前を通り過ぎて、ゾロはベッドに腰を下ろした。
「勘違いすんなよ。俺が言ってるのは、あくまでてめえがクマを抱き締めるのが落ちついて寝れるんだろうって事実だけだ」
「あ?」
「てめえがクマを抱き締めるだけってことだ。クマがてめえを抱き締めたり、俺がてめえを抱き締め返したり、そういうのはNGだろ?」
いきなり何を言い出すのか。
「そりゃそうだ、クマは動かねえから」
「なら俺は?」
ゾロが、やけに真剣な目つきで見上げてくる。
その瞳を受けて、サンジは俄かにうろたえた。
何を言い出すんだと思いながらも、心臓の方が先に反応して早鐘のように打ち出す。

「俺が、抱きついてくるお前を抱き締め返したり、髪を弄ったり肌を撫でたりしたら、それはダメなんだろう?」
重ねて問われて、その場面を想像してしまった。
それはあれだ。
なんというか、非常にまずい。
「そ・・・れは、やばいだろ」
「だろ?だからクマを用意したんじゃねえか」
どこか自慢げに、腕を伸ばして指し示す。
「いうなれば今までは、俺はクマと同じでただじっとしてお前が抱きつくままにされるだけだった。てめえはこういう物言わぬ、ただの物体を一方的に抱いてしがみ付いてそれで眠れるのが一番いいってこったろ。俺じゃなくても」
ゾロじゃなくても、クマ。
違う、最初はクマじゃなくてもゾロだったはずだ。
軽く混乱して、サンジはゾロの前に膝を着いた。
スプリングが軋んで、思いの外深く身体が沈む。

「いや、違うぞ。テディは確かにただの抱き枕だったけど、てめえは違う」
「なんでだ。俺も単なる抱き枕だって、てめえが言ったんだろうが」
「それは、そうだけど・・・」
違うのだ。
テディはただのぬいぐるみで、何も考えないし動かない。
拒否することもできない。
けれどゾロは違う。
「てめえは、嫌だったら嫌だって言えただろうが。酔っ払って抱きついた俺を押し退けたり殴り倒したり、そうして拒めたのにそうしなかったろうが。だから―――」
だから甘えたのだ。
ゾロに、受け入れられたと思ったから。

「確かに、俺は嫌なら嫌だと言うからな」
サンジの考えを肯定するかのように、ゾロが力強く頷く。
だから・・・え?
「お前も、嫌なら嫌と言えばいいんだ」
ゾロの言わんとすることがわからず、サンジはベッドの上にへたり込んで正面からその生真面目な顔を見つめた。
「俺がてめえに抱き締められっぱなしで我慢ならねえって言ってんだから、逆襲されててめえが嫌なら嫌だといえばいい。言えるか」
「い・・・言えるに決まってんだろ」
またしても売り言葉に買い言葉だ。
ゾロの言葉にどういう意味が秘められているか、サンジにはそこまで考える余裕がない。
なんとなくやばい雰囲気なのは本能で察知して、サンジは自分に勢いをつけようと、ゾロが持ち込んだ酒瓶に手を伸ばそうとした。
ら、素早く腕を取られる。
「お前はもう飲むな」
「なんでだよ」
「酔いの勢いのせいにされちゃ、かなわん」
そのまま手首を引き寄せられて、肩を抱かれた。
ゾロの顔が間近にある。
酒臭い息が掛かって、見つめる瞳にはありありと欲情の色が浮かんでいた。
「い・・・」
「嫌なら嫌って、そう言えよ」
言いながら、口を開く暇もないほど深く口付けられた。







「詐欺だ・・・」
ふかふかのベッドの上で、サンジはシーツに包まったまま顔だけ出してぼうっと壁を見つめていた。
傍らには先ほどまでの荒々しい獣・・・もとい卑猥なケダモノが大の字に寝転んで高鼾を掻いている。

嫌だっつったのに。
嫌だとかやめろとかそこはダメとか、散々拒否し捲くったのに。
その度にゾロは「そうか嫌か」とオヤジみたいに嬉しそうに嫌がるところばかりを重点的に攻めてきやがった結果、途中から本気で何が何だかわかんなくなっちゃったじゃないか!
散々啼かせて喘がせてたっぷり堪能し終えた後、ゾロはしれっと言い切ってくれた。
「嫌だっつったら止めるとは、一言も言ってねえし」
すでに腰から下の感覚が麻痺してしまったサンジは、でかいクッションをぶつけることでしか怒りの表現の
しようがなかった。

そのクッションを頭の下に敷いて、ゾロは堂々と寝入っている。
それはもう、満足しました腹いっぱいですと舌なめずりしながら昼寝をまどろむ虎かライオンの表情に似ていて。
呼吸に合わせて上下する腹の動きすら忌々しい。

サンジはだるい身体を丸めたまま、ぼうっとそのゾロの寝顔を眺めていた。
ゾロの隣にはテディ。
途中でごろんとベッドの下に転がり落ちていたのに、いつの間に拾ったのか今はゾロの隣に並ぶように鎮座している。
テディとゾロ。
仲良く並んで腹を出して、さあどうぞお休みなさいと自分を誘っているようだ。

なんかもう疲れた。
ゆっくり寝たい。
ぐっすり寝たい。
サンジはシーツを被ったまま、のろのろと這いつくばった状態でベッドの上を進んだ。
空調の聞いた部屋は、ふかふかのテディの毛並みでも暑苦しく感じなかった。
この丸くて柔らかいフォルムを抱き締めて眠るのは、やっぱり極上の心地だろう。
それがわかっているのに、実に忌々しいことにサンジの手は微妙に方向を変えてテディの横を通り過ぎる。

せめてもの嫌がらせに、勢いをつけて鳩尾目掛けどすんと体重をかけて抱きついてやる。
ぐえ、とか蛙が潰れたような妙な声を上げたゾロだったが目覚めることはなく、そのまま無意識に腕を上げて、胸元にあるサンジの髪を緩く撫でた。

こうして二人で眠るのは、初めてのことだ。
今までサンジが眠るばかりだったから。
ゾロの深い眠りの呼吸と穏やかな心音を間近で感じながら、うっとりと目を閉じる。
あれこれ致してくれる、単なる抱き枕ではなくなってしまったけれど、自分はやっぱりこちらのがいいらしい。

眠りに落ちる直前、視界の隅に写った巨大なテディの横顔が、一人寝決定でちょっぴり寂しそうに見えたのはサンジの気のせいなのかもしれない。






END



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