玉梓


ゾロからお中元が届いたのは、ランチタイムが終わり、なんとなく店全体がホッと一息つくように
弛緩した頃だった。
受取の判子を押す前にJAシモツキのロゴが目に飛び込んで来て、サンジは無意識にカルネを
押しのけ飛び出していた。
「ゾロからだ!」
宅配のお兄さんがよっこいしょと降ろしてくれた箱は、新品のように綺麗だった。
古いダンボールはいくらでもあっただろうに、サンジの店舗兼住宅に送るからと、わざわざ新しい箱を買って送ってくれたのかと思うと、嬉しいような水臭いような複雑な気分になる。
その反面、ゾロは一見横柄で無頓着そうに見えて、その実細かな心遣いができる男なのだと、
我がことのように誇らしくさえ思えたりする。
なぜだか一人でニマニマしつつ、勝手口でそのまま封を開けた。
予想通り、中には色鮮やかな野菜がぎっしりと詰まっている。
カボチャにジャガイモ、ニンジン、ピーマン、ナスにきゅうりにトマト。
「典型的な夏野菜だな」
脇から覗きこまれて、反射的に蓋を閉めかける。
「実にオーソドックスだ」
「別にいいだろ、店で使う訳じゃねえんだから」
パティ達の目から逃げるように、重い箱を持ってよたよたと自宅の方に向かう。
「別に横から取ったりしねえよ」
からかいの言葉にも振り向かず、サンジは背中越しにバタンと扉を閉めた。

自宅の台所で、改めて箱を開けた。
新聞紙に包まれたトマトはまだ艶々で傷もない。
きゅうりやナスの棘も指に痛いくらいで、充分に新鮮だ。
「この、きゅうりの白い粉はなんだろう」
独り言を呟いて、一本手に取り翳して見た。
普通に思いつくのは農薬かなにかの粉だが、ゾロに限ってそんなことはないだろう。
側面に落ちていた便箋に気付き、二つ折りのそれをそっと開く。
案外と流麗な文字で、素っ気無い言葉が並んでいた。

お前に食わせたいと思って、朝採ったのを昼に送る。
明日、着けばいい。
きゅうりの白い粉はブルームで農薬とかじゃない。
昔ながらのきゅうりだが、味はいいと思う。

サンジはしゃがんだまま視線を上げ下げして、何度かその文面を読んだ。
「なんだちびナス、耳が赤えぞ」
いきなり後ろから声をかけられ、しゃがんだ状態のまま真上に飛び上がる。
「うさぎ跳びの練習か」
「こんのクソジジイっ!人の手紙覗くんじゃねえ」
勿論ゼフが覗いた訳ではないが、サンジにしたら今の状態を見られただけで同じことなのだ。
「何戯けたことほざいてやがんだ。いつも世話になってるところから荷物が届いたのか」
段ボール箱のロゴを目敏く見つけ、説明の必要なしと簡潔に先回りする。
「そうだよ、ちょっと片付けちまうから時間くれ・・・じゃなくて、ください。すみません」
仕事の途中で抜けてきたことを今更ながら詫びて、やけに低姿勢に頭を下げる。
ゼフはふんとつまらなそうに鼻から息を吐いて、前に立ちはだかるようなサンジを無視して
箱の中を覗いた。
「野菜か」
「だから、普通の野菜だって。別に珍しくもなんともねえの、俺に食わせようと思って採って
くれただけだから、特に美味いとかすげえ安心とか、そういうのじゃないから」
「店で使う気はねえのか?」
「とんでもねえよ」
バラティエで使われる食材は、すべてゼフが吟味し直接交渉して卸しているものばかりだ。
野菜だって名の知れた農家から直送して貰っているから、今更ゾロからの直送便が立ち入る隙などない。
「ただ単に、ゾロが俺に食わせてえって、朝採った野菜を送ってくれただけだから。特別って
訳じゃねえし、俺らで食べれればそれで言い訳で・・・」
やけに動転して、先ほどから同じ台詞を繰り返していることも気付いていない。
どうにも挙動不審なサンジをゼフは半眼のまま見つめていたが、特に突っ込まなかった。
「そうか、まあいい。新鮮なようだし、明日の休みにでも料理に使って俺にも食わせろ」
途端にぱっと、サンジの顔が輝く。
「あ、そう?しょうがねえな、んじゃ明日の朝から野菜三昧な」
そう言いながら、今にもステップを踏みそうなほど軽い足取りで古新聞を取りに倉庫へと掛けていく。
「せっかく貰ったんだ。届きましたの連絡ぐらい、今しておけ」
ゼフの言葉に、ぴたりと足が止まった。
恐る恐ると言った風に、ゆっくりと振り向く。
「到着連絡・・・って、今?」
「おう」
「ん、でも・・・後で、メールででも」
「別にたいした時間取らねえだろ。今ならこっちも手が空いてるし、電話の一本くらいできるだろうが」
「でも、ゾロが忙しいかも・・・」
「出なけりゃ出ないでいいじゃねえか。とっととしろ」
何故だかモジモジしているサンジにハッパをかけて、ゼフは不規則な足音を立てながら店舗へと戻った。
その後ろ姿を見送ってから、おもむろに懐から携帯を取り出す。
一度も掛けたことのない電話番号を表示して、時計を見た。
2時15分。
昼寝からは目覚めたか、それともどこかで草刈中だろうか。
もしそうだとしたら、携帯には気付かないかもしれない。

つらつらと考えながら、とりあえず発信を押す。
3回コールの後、表示が「通話中」になった。
ドキドキしながら耳に当てる。
「もしもし、今いいか?」
「おう、久しぶりだな」
受話器越しのゾロの声は、いつもと少し違っていて新鮮だ。
「お中元、ありがとうな。今届いた」
「そうか、思ったより早かったな」
雑音が入る。
首に巻いたタオルで、額の汗を拭ったのかもしれない。
「今、何やってんだ?」
「枝豆の収穫だ」
「へえ」
「まだ少し実が詰まってねえ。お前が来る頃にはいいのが採れっだろ」
「そっか・・・」
携帯を握り締めたまま、声に出さずへへっと笑った。
ゾロも何も言わない。
「そっちは、どんな具合だ?」
「ああ」
空を見上げでもしたのだろうか、また少し雑音が入る。
「梅雨が明けなくてな。今もひと雨来そうな空だ」
「こっちは暑いぞ」
「日照時間が足らねえ、あんまりトマトは甘くねえぞ」
「了解」
雨が降る前に収穫を終わらせたいだろう。
そう思って早く切らなければと思うのに、なぜかサンジは話を切り上げられないでいる。
「ゾロって、お盆は里帰りとかするよな」
「ああ?しねえよ」
あっさりと否定されて、気が抜けた。
「里帰り、しねえの?」
「盆休みの頃は夏野菜の収穫のピークなんだ。その前には切り花の手伝いとかも入ってるし、かなり忙しくて墓参りしてる暇がねえ」
「じゃあ、いるのか」
「ああ、里帰りは8月末になる」
サンジは携帯を耳に抑えたまま、その場で体育座りになった。
「あのさ、じゃあ俺お盆にそっち行ってもいいか?」
「いいぞ」
即答だ、なんか嬉しい。
「店は休みなのか?」
「ああ。うちは従業員の家族サービスに徹底してるから、盆正月はきっちり休みなんだ」
ゼフは墓参りに出かけるため、サンジはいつも一人で他所の店の食べ歩きなどして、自主勉強に費やしていた。
だが今年は違う。
「お盆だけど、いいか?」
「勿論だ。ただし、ちょっと手伝って貰うこともあるかもしれねえぞ」
「そりゃ、願ってもねえよ」
役に立つかどうかわからねえけどと言葉を濁すと、問題ないと返される。
何気ない言葉の遣り取りなのに、心が浮き立つのが自分でも不思議だ。
「じゃあ、14日の昼に着くから」
「待ってる」
うわあ、待ってるって。
しかも耳に直接、声が触れてくるみたいだ。
「じゃあ、な」
「またな」
両手で携帯を抱くようにして、まだ「通話中」の表示を見つめながら、そっとボタンを押した。
―――通話時間、3分03秒
そんなに話してたか?
自然とにやけてくる頬を手のひらで擦りつつ顔を上げた。
ら、戸口で何人もの野郎共がごつい顔を覗かせているのに気付き、思わず仰け反る。

「な、なななな何見てやがるっ?!」
「いやあ、オーナーが、ちびナスが百面相してやがるとかなんとか言うから」
「ほんとにそうだったもんな」
「おいおい、茹蛸みてえになってきたぞ」
ニヤニヤしているパティ達にスリッパを投げ付け、サンジはいきり立った。
「馬鹿野郎、サボってんじゃねえよ仕事に戻れ、オロスぞっ」
手近なモノをバンバン投げてくるのに、巨体をヒョイヒョイ器用にくねらせ笑いながら店舗へと引っ込む。
サンジは肩を怒らせながら、真っ赤に染まっているだろう頬を両手でパンと叩いて気合を入れた。
「うし、片付けてとっとと仕事だ!」

お盆には、シモツキ村でゆっくりと過ごすんだから。
そう思うと、また自然と頬が緩んでしまう。
ニヘ二へと湧き出る笑みを押し殺し、微妙な顔つきになりながら、サンジは野菜を保存すべく古新聞を広げ始めた。





END