たまゆら 9

山に足を踏み入れて、どれ位時間がたったのだろう。
歩いても歩いても以前あった筈の庵に辿り付けない。
ゾロかよ、俺は―――。
何度目かの同じ場所に出て、サンジは座り込んだ。
ジャケットの胸ポケットを探る。
中身が空の煙草を取り出して、クシャリと握り締めた。
―――畜生。
婆さんとの心中も、できねえのかよ。
いつの間にか日が暮れている。
自分が飛び出してしまったから、出航できなかっただろう。
このまま置いてってくれてもいいんだけど。
そうはいかねえんだろうな。
あいつらは。
とぼとぼと当てもなく歩き、山を降りた。

街の灯りが一つ二つと点いて行く。
見覚えのない路地に迷い込んだ。
出勤前らしいお姉さんたちが、戸口に溜まって談笑している。
色街か。
結局この島じゃ遊ぶこともできなかったな。
どこかに転がり込もうにも金がない。
足が棒のようだ。

適当に角を曲がったら、ゴミ置場を兼ねた行き止まりだった。
これ以上、歩けねえや。
壁に凭れて無意識にポケットを探る。
煙草、切れてんだよなあ。

じゃり・・・と砂を踏む音がする。
重い靴音。
聞き慣れた音。
サンジはトントンと靴を鳴らし、身構えた。
曲がり角に長い影が現れる。
姿が見える前に、蹴りかかった。
破壊音がして壁が壊れる。
予期しなかった男は、コリエをモロに喰らって向かいの路地に叩きつけられた。
蹲った脳天にコンカッセを落とす。
男は両手でブロックして跳ね飛ばした。

「呆れたな。往生際の悪い男だ。」
にやりと笑う表情が、ゾロと重なる。
腰に目をやった。
刀はない。
丸腰なら勝算はある。
繰り出す蹴りを辛うじて交わしながら男が手を伸ばしてくる。
通常なら骨が折れているはずの蹴りにも、びくともしない。
ジャケットを掴まれて壁に叩きつけられた。
鳩尾を殴られて膝をつく。
後頭部に衝撃を受けて、サンジは一瞬意識を飛ばした。
首を掴まれて壁に押し付けられる。
息が出来ず喘ぐサンジの顔に触れそうなほど顔を近づけて、男はその頬を舐めた。
「そんなに、この男が私に取り憑かれていることを認めるのが、怖いか。」
「・・・怖い、だと―――」
うまく声が出ない。
代わりに唾を吐きかけた。
男はサンジの頬を張り飛ばし、腕を捻って身体を反転させる。
顔を壁に押し付けてバックルに手を掛けた。
「やめろっ、なんで・・・」
「教えてやろうか。」
萎えたサンジを握る手に力を込める。
「なぜ私がお前を犯したか。教えてやろうか。」
その声はひどく楽しげで、サンジは耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

「この男が、望んでいたからだ。」

声がひどく遠い。
こいつは何を言ってる?

後孔に這わされた指が乱暴に内部を掻き混ぜる。
身を仰け反らせて、サンジは首を振った。
「こいつは、お前を犯したがっていた。」
ゾロの声が、呪いの言葉のように響く。
「その身体を組み強いて、貫いて汚したいと、心の奥底で望んでいた。」

嘘だ。

立ったまま後ろから突き上げられる。
身を裂かれる痛みと衝撃で、目の前が暗くなった。
「こいつに教えてやりたいよ。お前のモノになったと。」
嘲りが続く。
「お前の手で泣いて、お前の下で腰を振るまでになったと教えてやりたい。」
嘘だ。
ゾロがそんな――

男が腰を掴んで何度も打ち付ける。

嘘だ。
嘘だ。
嘘――――

一層深く抉られて、サンジは意識を飛ばした。


ひゅうと口笛が鳴る。
「こりゃまた、早い時間から見せ付けてくれるじゃねえか。」
身体を斜に構えた男が二人、路地に現れた。
男は乱暴にサンジから己を引き抜き、無表情な目でチンピラを見返す。
「なんだ、男かよ。」
サンジの顔を覗き込んで、気の抜けた声を出す。
男は口の端を上げた。
「お前たち、こいつ買わないか。」
あん、と不信そうな顔で見るチンピラに笑いかける。
「私はもう飽きたんでね。安くしといてやる。お前達が楽しんだ後、どこへ売ろうが構わない。」
力の抜けたサンジの身体を起して、顔を晒した。
「悪い話じゃないと思うが。」
男とサンジの顔を見比べて、チンピラは顔を歪める。

「いくらだい?」

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