たまゆら 5


チョッパーは、早い時刻に帰ってきた。
「サンジ、お疲れー。」
人型になって、山のような荷物を抱えている。
「たくさん仕入れたから、早速調合したいん―――」
言いかけて、サンジの首の包帯に目ざとく気付いた。
「サンジ、その首どうしたんだ!」
目をむくチョッパーにサンジはわざとゆっくり煙を吐いた。
「ちょっと風邪気味でな、葱を巻いてみた。」
「葱?」
「ああ、喉にいいらしい。」
「聞いたことないゾ。民間療法か。」
見せてみろと近づいてくるチョッパーを軽く手でいなして、サンジは昼食の準備に取り掛かった。
「昨夜、俺ちょっと具合悪くてな。薬も適当に飲んだから、ごめんな。」
「そんな時のために置いてある薬だ。でもちょっと診察させてくれ。」
「もう治ったから、いらない。」
「風邪引いたってのに、煙草はダメだぞ。」
小さなサイズのままぴょんぴょん飛び上がって、抗議する。
「それより、クソ腹巻が体がだるいとか入ってたから、見てやってくれ。甲板で寝てるはずだ。」
「ゾロ?いなかったぞ。」
「え?」
サンジが慌てて外に出ると、寝ていたはずのゾロの姿がない。
慌てて男部屋に入ると、二本の刀はそのまま置いてあった。
―――散歩か?
何故か胸が騒ぐ。
「チョッパー悪いが俺も出る。後は頼むな。」
「え、おいサンジ!」

行ってしまったサンジの背中を見送って、チョッパーは小さくため息をついた。
しかたない、と踵を返して部屋に戻ろうとして、何か違和感を感じ足を止める。
とことこと甲板を回った。


「ひ、ひえええ―――――っ!!」

静かな入り江に、チョッパーの悲鳴が響き渡った。


慌ててGM号を飛び出して来たものの、ゾロの行く先は見当もつかない。
―――チっ、どうしたもんかな。
チョッパーが交替に来たということは、ロビンは無事だということだ。
刀を置いてあるのだから心配ないと思うのだが・・・
丘の上を見上げる。
店主が言っていた、巫女を名乗る怪しげな婆さん。
男の復活を待っているという。
手がかりは、あそこしかねえなあ。

サンジは煙草を銜えて、山に足を踏み入れた。
鬱蒼とした森の中を、急な獣道が続いている。
婆さんといっても、70か80くらいだろう。
ドクトリーヌは130代だから、彼女より50歳は若いってことだ。
充分範疇内のレディじゃねえか。
巫女ってんだから、独身だよな。

急に目の前の景色が開けた。
海が見渡せる丘の上に立つ。
山を意図的に削ったような洞窟があり、その横に粗末な庵が結んであった。
洞窟を覗くと、かなり奥が深い。
白い紙のようなものが入り口に飾られ、呪術的な雰囲気が漂っている。

―――だれも、居ねえか。
見渡して庵に目をやり、ぎくりとした。
庵の奥に老婆が立っている。
まったく気配が無かった。

白髪を後ろで束ね、身を屈めてこちらをじっと見ている。
白い着物に赤い袴。
巫女を名乗るに相応しい、怪しげな姿。
サンジは心底びっくりしたが平静を装い、銜えていた煙草を持ち直す。
老婆の正面に立ち、頭を垂れた。
「失礼マドモアゼル。驚かせてしまいましたか。」
きろりと視線が動き、老婆はサンジの頭から爪先まで舐めるように見た。
皺だらけの口がもごもごと動く。
「ふん・・・贄か。」
にかりと歯の無い口で笑う。
サンジは胸に手を当てて、老婆の背にあわせて腰をかがめた。
「少々、お聞きしたいことがあるのですが。」
「まわりくどいことはいい。あんたシラ様に会ったね。」
「シラ様?」
「あんたを犯した男じゃよ。」
サンジの表情が強張った。
「シラ様は、たいそうあの男の体が気に入ったようじゃ。もう離れるつもりは無かろうて。」
「冗談じゃねえ!」
自然、声が荒くなる。
「俺らは通りすがりの海賊だぜ。いきなり取り憑くたあどういう魂胆だ。何の関係もねえだろうが!」
「シラ様は焦っておられる。」
サンジの剣幕に怯むことなく、老婆はケケケと笑った。
「魂振りの術を知るのは最早わし一人じゃ。わしの命が終えれば、シラ様の復活は望まれぬ。」
「なんで300年も前の男に、そんなにこだわるんだよ。あんた、生まれて無かったよな。」
老婆は濁った白目をサンジに向けて、それから海を見た。
「シラ様には許婚がおった。」
ドクトリーヌは130歳でああだから、もしかしてこの婆さん300歳?
「シラ様が討たれたのち、後を追おうとして出来なんだ。気の触れたように彷徨った女は、
 やがて誰の子ともわからぬ娘を産んだ。シラ様に再び会いたい一心で呪術を学び、
 娘に伝えた。女が死ぬと娘は母の遺言を受けてシラ様の復活を待った。やがて娘を産み落とし・・・
 そうやって伝えられたのじゃ。」
「信じらんねえ・・・」
なんという妄執。
女の呪縛。
「じゃがわしは、子を成すことが出来なんだ。呪術が使えるのも、このわしが最後。もうわしが死ねば
 シラ様の復活はかなわぬ。」
サンジの脳裏に一瞬恐ろしい考えが浮かぶ。
―――このババアを殺せば・・・
「わしを殺すかえ。」
色だけは赤い口で、壮絶に笑った。
「シラ様はお前に呪いをかけた。わしの呪術かお前の呪いか、どちらかが揃えばシラ様は復活する。」
―――俺に?
「魂振りの術が使えるのは満月の夜だけじゃ。それまでただ指を銜えて見ておるがよい。」
そう言うと、老婆は音も無く庵の奥へ退いていった。

どういう、ことだ。
魂振りの術。
俺にかけたマジナイ。

この婆さんはなぜ――――
俺にそんなことを話す。


next