Take fire


自衛官、消防士と続いて保育士を名乗った。
「鷹の目保育園に勤めてます、サンジでーす」
当初からテンションが上がっていたが、迎え撃つ女性陣もそれ以上にノリがよく華やかだ。
「わー保父さんですか?すっごーい」
「やっぱり、子ども好きなんですかあ?」
「職場は女性ばっかり?どんな感じなの?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられ、それにいちいち丁寧かつオーバーアクションで答えていく。
ゾロ以外顔見知りのいないコンパ初参戦で、あまりにも女性陣の人気を総取りしすぎでちょっと気が引けた。
「やっぱりピアノとかも弾けるの?」
「うんまあ一応、でも伴奏してとか言われるとやっぱ緊張して苦手だなあ」
「あー卒園式とか」
「そうそう、順番持ち回りで当たるともう練習必死」
やだーとかうそーとか、姦しい声に俄然テンションが上がってしまう。
そんなサンジを、他の男子4人は敵対視するでなく温かく見守ってくれていた。
それがまた余計不気味で、居心地が悪い。

「私、お化粧直ししてくる」
「わたしも−」
デザートまで平らげて一段落したところで、女子が休憩に立った。
その間にこっそりと、隣に座っていたゾロの様子を窺う。
「なんか俺ばっか話して、悪ぃ・・・」
「いや、助かってるぜ」
こともなげに応えるゾロの隣で、その他大勢もうんうんと素直に頷いた。

サンジ以外は実に堂々とした体躯の、言わば体育会系マッチョばかりだ。
女性陣からは「頼もしい」だの「男らしい」だのとモテる職業と思われるが、当人達にとってそうでもないらしい。
「確かに食いつきはいいが、正直、なに話していいかわからん」
「下手に調子に乗ると、いつもの癖が出てつまらないギャグか下ネタに走るし」
「言うことがおっさん臭いと、何度ふられたことか・・・」
彼らにすれば、そつなく今どきの会話ができるサンジの存在は救世主のようなものだった。
サンジが語る内容に女子と共に楽しげに頷いていれば和やかに時間が過ぎるのだから、こんなに楽なことはない。
「野郎ばっかの職場だから、自然とそういうもんに慣れちまうんだな。女の扱いは面倒だ」
さもありなんと、納得できないことはなかった。
その点、サンジは職場からして女の園だから初対面の女性陣とも話題に困らない。
むしろ、うっかりすると女子会に突入しそうな危険性もなくもないのだが。

「お待たせー」
「ようし、じゃあ二次会行こうか」
「俺、いい店知ってるよ」
丁度いいバランスで盛り上り、そのまま二次会へと突入する。
両手に花でニマニマしながら先頭を切って歩いていたサンジは、ふと足を止め振り返った。
一番後から店を出たゾロが、反対方向の路地に消えたところだ。
「―――――・・・」
ざっと参加者を見渡すと、一番華やかでグラマーだった美女が一人、見当たらない。
あの野郎、うまいことやりやがってと急にムカついて、いつもならそんなことをしないのにそのまま踵を返した。
「サンちゃーん、行かないの?」
「店わかってるから、後で追いつくよ」
女の子に手を振りつつ、軽く足を鳴らしてゾロが消えた路地に入る。
案の定、片腕に先ほどの美女を張り付けて歩く後ろ姿が見えた。

「こっちが駅の近道だって?」
「そうよぅ、でもちょっと疲れちゃったー。足痛いし、休憩していかない?」
非常に積極的かつ魅惑的な美女のお誘いに、ゾロは横を向いてムムムと眉間に皺を寄せる。
「今夜はさっさと帰って寝たいんだが」
「だったら一緒に寝ましょうよ」
ひゃ〜大胆〜とサンジの方が顔を赤らめつつ、ごく自然に声を掛けた。
「いたいたゾロー!お前、今日早く帰るっつってたじゃん」
お邪魔虫の出現に美女の方は眉を潜めたが、ゾロはどこかほっとした表情だ。
「おう」
「俺もヤボ用あって帰るし、駅ならこっちだぞ」
サンジのセリフに舌打ちでもしかねないほど不機嫌な顔で振り向き、美女はそれでも笑顔でゾロの胸の辺りを押す。
「ざんねんー、じゃあまたね。メールちょうだいね」
「あ、みんなのとこまで俺送るよ」
「結構よ、お店知ってるし」
美女にすげなくふられつつ、サンジは鼻の下を伸ばしてバイバーイと手を振った。

「追いかけなくていいのか?」
「あん?嫌味かそれ」
サンジは両手で口元を覆って、煙草に火を点けた。
ふうと深く煙を吐き出してから、片目だけでゾロを睨む。
「モテる男は大変ですねー。嫌だ帰るっつっても、美女が離さないんですねー」
「いや、助かった」
「なにそれ、モテる男の余裕?つか、俺に怒ってねえの」
明らかに邪魔をしたつもりなのに、逆に感謝されては拍子抜けだ。
「ああいうタイプはめんどくせえ」
「かーっ、なにそれ嫌味?やっぱそれてめえの嫌味?」
がーとかうーとか一頻り呻ってから、顔を背けてふうと煙を吐く。
「お前こそなにしてんだ」
「あ?一服だよ一服。いまどき、どこでも煙草なんて吸えやしねえ」
サンジは顔を顰めて煙草を指で挟み、軽くふかした。
「さっき、お仲間のスモーカー?ってのもボヤいてたな。んで、てめえがコンパの後消えるのもいつものことだっつってたぞ」
「ああ」
ゾロは特に否定せず、サンジに並ぶ形で壁に凭れて腕を組んだ。
「誘われりゃ断らねえんだが、今日はそういう気分でもなくてな」
「―――――かっ」
サンジは小さくなった煙草を摘まんで、靴底にグリグリ押し付けて消した。
乱暴な仕種ながら、その後ちゃんと携帯灰皿を取り出してしまっている。
「マジむかつく!なにそれ、やっぱ毎回そうなの。コンパの度に食い散らかしちゃってくれてんのこのケダモノ」
「はあ?あっちが勝手に誘ってくんだろうが」
ゾロの言い方がいちいち腹立たしい。
なにが腹立つって、ポーズでも自慢でもなく、本当に「仕方ないから付き合ってやってる」感満載だからだ。
こいつ、本気で女に不自由していない。
「すっげえおモテになるうえに、断らない男ですか。そうですか。それでよく、修羅場になんねえな」
「いやあったぞ、一度女同志が俺の知らない間に喧嘩してて驚いた」
「驚いたで済むかボケ!」
サンジの激昂ぶりに、ゾロは軽く目を見張ってから繁々と顔を見やる。
「意外だな」
「なにが」
新しく取り出した煙草に火を点ける前に、サンジは目線だけ上げた。
何が面白いのか、ゾロはじっとサンジの顔を見ている。
「俺は、お前の方がもっとチャラチャラしてると思ったが」
女相手に調子よくしゃべり倒して、そのノリで気軽に誘いをかけるとでも思ったのか。
だが、ゾロの目に特に侮蔑の色もなくて、ただ純粋に興味を持っているだけだと感じられた。
「…俺は、女の子としゃべってんのが楽しいだけだ」
「職場でもそうなんだろうが」
「おうよ、だからまさに俺の人生薔薇色。職場までパラダイス!」
「その割に、オクテなのか」
ズバリと言いあてられ、サンジはぴきっと額に青筋を立てた。
いや、ここで怒ったら図星だとばれる。
ここはひとつ、冷静に――――

「誰がオクテだこの野郎!」
冷静で、いられなかった。





結局、深夜の路地裏で一頻り乱闘して、若干着衣がズタボロ状態で仲良く駅まで歩いた。
サンジはゾロの脇腹や脛、鳩尾に蹴りをくらわしたが、いずれも見事に受け止められてしまった。
怒っているのはサンジだけだからゾロから反撃をくらうことはなかったが、それさえも手加減されているようでムカつく。
結果、お互い服を掴み合って相当暴れたが、ゾロの拳がサンジに振われることはなかった。
「俺とお前じゃ鍛え方が違うんだ。怪我させるわけにはいかねえ」
「へーへー、公務員様は立場上、気を使って大変ですね」
「だが、お前の蹴りは相当効いたぞ」
怒った風でもなく、寧ろどこか嬉しそうにゾロは脇腹を押えている。
「俺もまだまだ修行が足りねえな」
「筋トレに励んでろ、鍛練マッチョ」
暴れて少しは冷静さを取り戻したサンジは、逆に後悔し始めていた。
せっかく一緒にコンパに出かけるほど仲良くなれたのに、こんな理不尽な理由で暴力を振われたらもう付き合ってくれないかもしれない。
って、せっかく仲良くってなんだよ俺。
まずはお友達からかよ俺。

セルフ突っ込みしていたら、ゾロが「お」と声を上げた。
「来た時より早く、駅に着いたな」
「なんでだよ、距離同じだぞ」
考えるより先に突っ込みが飛び出て、またあちゃーと反省する。
なんかもう、ゾロに対して憎まれ口しか叩いてない気がして自己嫌悪ばかりだ。
こんな奴、ゾロは嫌だろうなあ。
自分だったら、もう付き合いたくないって思うかもしれない。
そんなサンジの懊悩など気付くはずもなく、ゾロはさっさと改札を通った。
「おれ1番線な」
「ああ、俺は反対方向…」
改札を抜けてから、なんとなく別れがたくてお互いに足を止める。

「悪かったな」
「ん?」
サンジは意を決して、顔を上げた。
「コンパの後、誰とどこ消えたって自由なのに、ヤボなことした」
「いや、助かったっての」
ゾロは屈託なく笑っている。
美女とのアフターを邪魔され、理不尽な言いがかりをつけられて蹴られ捲ったってのに、いい笑顔だ。
「むしろ、てめえとこうして話せて楽しかった」
「え?」
「てめえの、オクテなとこが見られたのもよかったな」
真顔で言われて、またかーっと来た。
だがこの「かーっ」は怒りではなく、気恥ずかしさが先に立つ。
「悪かったな」
「悪くねえっての。俺はどうも、女のこととか割と軽く考えがちらしい。だからてめえの、そういう堅え部分はいいなと思う」
「…重いだろ」
以前、付き合ってた女の子にも言われた。
サンジ君は優しくて楽しくてとっても気づかいがあって、すごくすごく素敵なんだけど…重いの。
ああ、トラウマが甦る。
振り返れば、付き合った女の子の数はそこそこ多いのに、深い関係になる前に別れを告げられるのが常だった。
他の女の子を見ないでとか、私のことほんとは好きじゃないんでしょとか。
自分よりお料理上手い男子はちょっとーとか、思ってたより頭堅いのねとか、なんでも言うこと聞いてくれ過ぎて逆に不安とか。
ああ、女心って難しい。

「別に、俺はそんなお前のが気に入ってるぞ」
サンジは甦るトラウマの嵐に翻弄されている間に、ゾロはさらりとそう応えて軽く肩を叩いた。
「今度は、コンパとかじゃなく二人で会おうぜ。お前ともっと、話がしてみてえ」
じゃあなと、ゾロは片手を上げて立ち去って行った。
大股で階段を上って行く後ろ姿を、サンジはどこかぼうっとしながら見送る。

今度は二人で。
そんなお前が気に入ってるから。

ゾロのセリフが耳に何度か甦って、その度に頬が熱くなるのがわかった。
コンパで女子関連の収穫はなかったけれど、まあいいか。
なんだか、ゾロと話したり喧嘩したりした時間の方が、コンパのときより何倍も楽しかったような気がする。
これって変かなと思うけど、社会人になってから出会う友人ってのも悪くはない。

――――また、二人で。


サンジはゾロが上って行った階段の下でしばし待ち、ほどなくして戻ってきたゾロを迎えた。
「1番線は、こっちだぞ」



End


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