正しい魔獣の育て方 -8-



頭を逆さにしてぐらんぐらん揺すられ、サンジは気持ち悪くなって眼前の腹巻を掴んだ。
それに答えるように身体を上向きにされ、そのまま横抱きで移動する。
ゾロが腰を屈めてボンクの中に降ろそうとすると、シャツの襟元にぎゅっと縋り付いて離れなかった。
「・・・おい」
ゾロは胸元にサンジをぶら下げた状態で動きを止める。
「なんだってんだ」
「う〜〜〜・・・」
酔っ払いは赤い顔をして、鼻からふうふうと荒い息を吐いている。
仕方なく両手を離し、やや乱暴にボンクの中に押し付けた。
一旦密着させてから離れるゾロのシャツを名残惜しげに握っていたが、するりとその指から布が外れる。
「もう寝ろ、酔っ払い」
「・・・」
薄目を開いてはいるが、焦点が定まらずどこを見ているのかもわからない。
無防備ともいえるサンジの表情に一瞬見入ってから、ゾロは静かに立ち去った。

足音が遠ざかり、やがて気配も消える。
サンジは横たわったまま瞼を閉じ、両腕で自分の身体を抱くように丸まった。
久しぶりの、一人寝だ。
寝不足だったし、疲れてもいるし。
適度にアルコールが入ってとてもいい気分で眠りに就けそうだ。
それなのに―――
さっぱりと、寝付けない。

いつもは、むさくるしく成長したゾロにぎゅうぎゅう押されながらでも眠っていたのに。
狭いし暑苦しいし鬱陶しいのに、どんだけ押し退けようとしても離れなくて。
寝返りを打てば追い掛けるように背中にしがみ付いてきて、しょうがないからまた寝返りを打って正面から抱きかかえてやって。
そうすれば安心して寝息を立て始める、あのサンジが戸惑うほどまっすぐな懐き方をどうしても思い出してしまう。
図体ばかりがでかくなって、ソファじゃとても熟睡できないほど不自由だったのに。
それでも眠っていた。
ゾロもサンジも、お互いに落っこちないように引っ付いて支え合って眠っていた。
今は、自分専用のボンクで一人悠々と眠れる筈なのに、まんじりともできず何度か寝返りを打つ。

―――眠れねえ。
一人寝、できなくなってしまったのだろうか。
寝付く時にサンジを求めたのは、幼いゾロの方だ。
長じてからも、眠る時は一緒だった。
それを望んだのはゾロで、サンジは仕方がないから付き合ってやっているだけだったのに。
いつの間にか、一人で眠ることができなくなってしまったのだろうか。
あの熱を、あの匂いを、あの力強さを感じないと・・・

「ぐあああああ」
堪らず、呻き声を上げ髪を掻き毟った。
と、枕元で誰かが動き気配がする。
「どうした」
「ぐわあっ」
再び仰け反って起き上がった。
なんと、ゾロがそこにいる。
「て、ててててめえなんでそこにいる」
「様子を見てた」
「いつから!」
「ずっとだ」
サンジを寝かせて男部屋から出て行ったのかと思ったら、ずっと傍にいて様子を見ていたらしい。
なんてこった。
俄かに気恥ずかしくなって、サンジは再び意味不明の呻き声を漏らし、ゾロの膝をガシガシ蹴った。
「ざけんな、とっとと出てけ」
「眠れねえのか?」
「関係ねえ」
サンジに足蹴にされても、ゾロはなにやら考え込んでいた。
それからふむ、と顔を上げる。
「寝る時はお前と寝てたんだって?」
「ふえ?」
一番指摘されたくないことをズバリと突っ込まれ、サンジは赤い顔をしたままアタフタとした。
「なんでそれを」
「ウソップが言ってた」
ウソップ、コロス。
「フランキーも、専用のベッドを作るべきかとかどうとか」
まとめてオロス。
「一体どうやって寝てたんだ、んな狭いとこで」
どうやら、ゾロはボンクで二人一緒に寝ていたと思っているらしい。
サンジはちっと舌打ちして起き上がった。
「ちげえよ、俺らが寝てたのはそっちのソファだ」
「これか?」
それでも信じられないらしい。
三人掛け程度のソファに、大の男が二人で眠れるものなのか。
半信半疑なゾロに、サンジはふふんと鼻で笑った。
「疑ってやがるな、こうすりゃ寝れんだ」
そのまま片足をボンクの外に出し、ふらふらと立ち上がる。
千鳥足でソファに行き着きそのまま倒れ込むと、仰向けになって両手をゾロに向かい差し出した。
「ほれ」
通常では考えられない行動だが、「ちびゾロ慣れ+酔っ払い」なため致し方ないかもしれない。
ゾロは躊躇いつつも、サンジの両手に身体を寄せるようにして近付いた。
「こんで、こうしてだな」
ゾロの胴体を手足で挟み込むようにして、密着させる。
片手を背凭れに掛けさせて、その肩に己の頭を押し付けた。
「ほら、こうしてこうすりゃ寝れるだろ」
「・・・・・・」
確かに、確かにでかい図体が二人で寝転んでもジャストフィットな感じでソファの上に収まった。
さらにお互い落ちないように抱き合えば、完璧だ。
つまりこれは、抱き合ってる。
あまりの状態に固まっているゾロを置いて、サンジはにへ〜んと上機嫌で抱き付いてきた。
「畜生、でかくなりやがって。あんなに小さかったのに」
「どれくらい、だ?」
「そりゃもう、こうして抱き締めたらお前の顔が俺の胸に収まるくらいだ」
こうして、こうしてとその時の大きさを再現させようとしているのか、やたらとゾロの胸元に頬を押し付けてぐりぐりしてみせる。
「クソ、幅があって手が回りきらねえ」
「こうだろ」
サンジの代わりに、ゾロが腕を回して抱き締め返した。
「ああ、そうそう・・・って、逆だよ」
畜生〜と喚きながらも、猫のように伸び上がってゾロの首元に顔を埋める。
「匂いは変わらねえな、お日様の匂いがする」
「そうか」
「熱も、いつも体温高いから熱上がってたってわかんねえっての」
酔っ払いのクセにやけに冷えた指先で、肩甲骨の辺りを撫でた。
「ああ、こんな酷い傷なかったのに」
「そうなのか?」
「あったけど、うっすらはあったけど、こんなボコボコじゃ、なか・・・ったんだ、ぜ―――」
少しずつ呂律が回らなくなってきて、やがてムニャムニャと口の中でなにやら呟き、いつの間にか寝息へと変わっていった。

―――なんなんだ。
サンジを抱える状態になって、ゾロは半ば呆然としながらソファに横たわっていた。
再生の樹だかアンチエイジングだか知らないが、一ヶ月あまりの間にとんでもないことが起きてしまっていたらしい。
あの天敵ともいえるクソコックとよもや、夜な夜なこんな風に眠る仲になっていたとは。
だが、いくら俄かには信じがたいとは言え、身体は覚えているようだ。
こうして横たわっている体勢に慣れ親しんでいる。
このまま目を閉じれば、すぐにでも眠りに落ちてしまいそうだ。
丸三日寝ていたというのに、この唐突な睡魔はなんだろう。
サンジの寝息が、髪の匂いが、この温もりがいけないのだろうか。
つらつらと考える暇もなく、ゾロもまた穏やかな眠りに落ちて行った。





明け方、怖いもの見たさで男部屋に戻ったUさんの証言。
「ええ、ビックリしました。予想の斜め上を行くと言うか、なんら変わりない二人だったと言うべきか。まあ、見てはいけないものを見てしまったなーと言う思いは以前とまったく変わりません。寧ろ、さっさと自覚して伸展して貰いたいなってのが本音ですかね。あんまりピュアさを見せ付けられても、それはそれで痒いじゃないですか。ね、わかってくれるでしょ、私の気持ちも。みんなも多分、同じだよね。いい加減、白黒はっきりつけて欲しいよね」





「島が見えるぞー」
夜通し宴会して、朝日が昇るとともに島影を見つけた船長がフィギュアヘッドの上で飛び跳ねた。
「でかい島だなー」
「あっちに港が見えるわ。あら、先導してくれるみたい」
「海賊船でもOKなのかしら」
早朝から働き者の島民が、両手を振って歓迎の意を示してきている。
「大きな貿易島みたいだから、住み分けがちゃんとできているみたいね」
「武器さえ携行しなければ自由に上陸できるのね。了解」
入島管理局との手続きをナミに任せ、フランキー達は接岸準備に忙しい。
「船番は特に必要ないみたいだな」
「じゃあ、折角だからみんなで下りて街を散策しましょうか」
「朝御飯が美味い店、教えてもらったぜ」
ロビンはラウンジのテーブルの上に、ログが貯まる期間と集合場所をメモした紙を置いた。
「こうしておけば、二人が起きてきてもわかるでしょう」
「お邪魔虫は退散ね」
「けど、誰かが背中を押してやんないと、やっぱり二人ともわかんないんじゃないか」
心配するチョッパーに、それは野暮だぜとフランキーがポーズを決める。
「育て方を間違えただなんて、悲嘆に暮れてるサンジ君も可愛かったんだけどね」
付き合ってらんないわよと、ナミは肩を竦めて見せた。

あの不思議な樹がある島で。
海賊達の思い掛けない反撃に遭って、負傷したサンジを庇ってまともに爆風を浴びたのはゾロだ。
そのゾロを捜し求めて取り乱し、素手で固い地面を掘って両手のすべての指の爪を剥がしてしまったのはサンジ。
結局、二人ともがお互いを想い合い、自分の身を省みず行動した。
それだけのこと。

「せめて、育て方を間違えたんじゃなくて元々そうだったのよ・・・くらいは教えてあげればいいのに」
「うーん・・・そうしてあげたいような、黙って見守っていたいような」
「意地悪ね」
「複雑な乙女心よ」
二人の優しい魔女は、手土産にお赤飯を買って帰るべきか相談しながら街へと下りていった。




丁度その頃―――
サンジは男部屋のソファの上で固まっていた。
目の前には太平楽なゾロの寝顔。
背中にゾロの右手、さらに二の腕を枕にして胸に頬をぺったりと付けていた。
―――ナニコレ
認めたくはない。
認めたくはないが、まるで抱き合って寝ちゃったみたいじゃありませんこと?

いきなり喚いて起き上がりたくなったが、いかんせん身体はピクリとも動かなかった。
ゾロががっちりと両手で抱き締めているからだ。
まるで大切なもののように、離すまいと決意してでもいるかのように。
温かく柔らかく、けれど力強く抱き締めて離さないからだ。
そうして認めたくはないけれど、サンジだって同じようにゾロの腰に手を回していた。
文字通り、抱き合って眠ってしまった。

「・・・どうしよう」
声に出して呟いたところで、事体は好転しない。
折角、元通りになったのに。
ちびゾロの想い出は想い出として、ゾロの傷も癒え過度の成長も止まり、育てられた期間の記憶も失くしたのだからこれで万事OKだったはずだ。
なにもかもが元通りのはずだった。
なのになぜ、こうなった。

一番由々しき問題は、サンジ自身が嫌じゃないということだった。
嫌どころか、むしろ嬉しい。
なんだかドキドキするし、ずっとこうしていたいと思うし、ゾロがこうしていていくれることを嬉しいとさえ思ってしまう。
どうしよう。
変わってしまったのは、俺の方か。

くふんと鼻から抜けるような音を立てて、ゾロが身じろぎした。
目を閉じたまま首を振り、サンジの背中に回した方の手で頬をぽりぽりと掻く。
―――起きる。
ゾロは、目を覚ましたらどんな顔をするだろう。
なんだてめえとか、どういうこったとか。
目を剥いて驚いて、飛び退るだろうか。
気色悪い真似をするんじゃねえと、殴られるだろうか。
俺じゃなくてお前がやったんじゃねえかよと、反撃したって侮蔑の目で見られるだろうか。

こういうのは、先に怒った方が勝ちなんだろうとサンジはわかっていた。
わかっていて、行動を起こすことができない。



ゾロの切れ長の目が二、三度瞬きゆっくりと瞼が開いた。
息を詰めて見つめるサンジの、気配に気付いたか緩慢な動きで首を巡らせる。
一瞬眉間に皺が寄った。
だが、すぐに間抜けな寝ぼけ眼に戻り、くわあと大きく欠伸をした。

「ん・・・もう朝か」
「どんだけ、寝んだよ」
ゾロの腕の中に抱えられたまま、サンジはなぜかだほっとして照れ隠しに呆れた声を出す。
「あんだけ寝くたれといて、普通に寝るか?」
「気持ちいいだろうが」
ゾロの言葉にどきっとして、抱え直される動きに余計心拍数が上がる。
「狭いだろ」
「ああ、でもなんか慣れた」
ずり落ちそうになった腰を引き寄せられると、二人の間の息子さんが双方共に熱くガチガチなのがわかって、赤面してしまう。
これはあれだ。
朝だからだ。

「もう、起きねえと・・・」
今更ながら、男部屋だったことに気付いて首を巡らした。
どこのボンクにも仲間の姿はない。
昨夜の宴会で、みんなラウンジで寝たんだろうか。
それにしてもやけに静かだ。
響くのは波の音ばかり。
仲間達の気配すら感じられない。

トクトクと、胸に置いた掌に響くくらい大きな鼓動はゾロからのもので。
そんなことすら俄かには信じられなくて、自分の鼓動と重ねるように身体を伏せた。
ゾロの乾いた唇がサンジの額に触れ、探るように前髪を掻き分けられる。
「んなこと、ちびはしてねえぞ」
「俺がしたいんだ」
ゾロの囁きと共に吹き掛けられる息の、熱が危うい。
顔を背けるのも止めて、サンジは観念して目を閉じた。

どちらからともなく顔を寄せ合い、二人は初めて意味のある口付けを交わした。



END


back