■ただいま準備中


前菜は、れんこんのポン酢ソテー紫蘇風味に野菜の肉味噌スティック。
滑稽鳥とみょうが、三つ葉のスープとデカマグロのピリ辛しょうが蒸し。
オバケ牡蠣の辛煮、じゃがいものアンチョビ炒め。
帆立もどきのタルタル柚子こしょう風味と海獣の唐揚げに、豚面肉の大根味噌煮。
〆は秋刀魚の炊き込みご飯で、デザートは抹茶ブリュレと黒糖ロールケーキ。

脳内でメニューと段取りを反芻しながら、サクサクと作業を進めていく。
別に、今日がゾロの誕生日だからと特別腕を奮っている訳ではない。
ゾロの好みを考慮して献立を考えたなんてことも、まったくない。
たまたま、こないだ立ち寄ったところが秋島でイーストの風土に似た山菜が多く採れたから利用しただけだ。
たまたま、昨日からの釣果が良くて新鮮な魚介類が豊富なだけだ。
ただ、それだけのこと。
メニュー傾向に若干偏りがあるが、これもまた「たまたま」だ。

寝かせておいたサンジ特製の味噌もいい具合に出来上がっているし、糠漬も食べ頃だ。
どちらもいい機会だから、今夜お披露目と行こう。



ともすれば鼻歌でも飛び出しそうなほど上機嫌で、サンジは手際よく調理を進めていく。
先ほどから背中に刺さるほど注がれてくる視線は、ガン無視だ。
とは言え、鬱陶しいことは否めない。
しょうがないから、溜め息一つ吐いて振り返った。
「なに人のケツ見てんだよ」
「なんでわかった」
認めるのかよ。
「わからいでか、視線が刺さるわ」
「なんでわかった」
「刺してたのかよ!」
サンジはぷんすか言い返しながら、ダンっと包丁を下ろしてデカマグロの骨を断つ。

「鬱陶しいからどっか行け。甲板にみんないるんだろ」
「邪魔だってえ、追い払われた」
「ならここも邪魔だ。展望室で鍛錬でもしてろ」
「ウソップが立て籠もってなんか作ってるから、立ち入り禁止だと」
「たまには風呂に行け」
「フランキーがなんか取り付けてて、湯を張れねえ」
ああ言えばこう言う。
つまりは、どこからも邪険されているということか。
誕生日なのに気の毒に。

サンジはちょっぴり仏心を出して、作業する手を休めないまま指図した。
「なら俺を手伝え、冷蔵庫から白いタッパ出せよ」
「どこだって?」
ゾロは冷蔵庫を開けて、中を繁々と覗き込んだ。
その仕種に、イラッと来る。
「開けてから考えるな、冷気が逃げる、勿体ねえ!」
「だから、どこにあるんだ」
「白いタッパっつってだろうが、見えねえのか。二段目!」
「上からか、下からか」
「どっちもだ、三段しかねえだろうが!」
自分でやった方が早いとばかりに、サンジは大股で近付いてゾロの脇腹越しに手を伸ばしてタッパを取った。
こういう時、ルフィの能力が羨ましい。
ちょっと手を伸ばせば、居ながらにしてなんだって取れる。

「ったく、とっとと閉めろ。じゃあ、戸棚から皿出せよ」
「どんな皿だ」
「てめえがいっつも魚食ってる皿だよ」
「俺は、どんな皿で食ってんだ」
「自分で覚えてねえのか、角皿だろうが」
「どこにあんだ」
「戸棚の中だ、っつってんだろ!」
ゾロは懐手をして戸棚を覗き込んでいるが、同じような皿が何枚も重なっているせいか見つけられないでいた。
「角皿ってえと、四角い皿か。何色だ」
「白だ!っつつか、てめえ毎晩同じ皿で食ってっじゃねえか、なんで覚えねえ」
サンジは振り返って怒鳴りつけ、慌てて手元のレードルで鍋の中を掻き混ぜた。
こんな時は、ロビンの能力が羨ましい。
いくつも手が生えて、同時進行がいくらでもできる。

「もういいから、黙って座ってろ」
ゾロは大人しく腰を下ろしたが、じきに首を巡らし始めた。
「コック」
「なんだ」
「喉が渇いた」
ちっと舌打ち一つして、包丁を持った手で背後を指し示す。
「ラックの下の段にあるのなら、どれでもいいから黙って飲んでろ」
ゾロは大股で近付いて行って、一番上の段にある瓶を抜いた。
「下の段っつっただろうが!」
「見てんのか」
「見てねえけど、気配でわかるわ!」
こいつ、わざとだろ。

野菜を刻む手を止めないまま、サンジは睨み付けて威嚇する。
「勝手に飲むと、今晩のてめえの酒が無くなるんだぞ」
「そりゃまずいな、じゃあこっちで我慢する」
「それは調味用の酒だ!ってか、なんでそんなもんが置いてある場所はちゃんと把握してんだよ!」
ゾロが勝手に戸棚を開けたついでに、サンジはぞんざいに指を指した。
「もういいから、味醂取ってくれ」
「どれだ」
「味醂だよ、てめえが飲もうとした調理用の酒の隣にあるだろうが」
「これか」
「それは醤油だこのクソ馬鹿大ボケ野郎!」
のしのしと大股で近寄って、ひったくるように味醂を奪いまた戻る。

「もういいから、てめえは黙って座ってろ」
「・・・コック」
「なんだ」
「喉が渇いた」
「だ・か・らぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
サンジは鍋から目を離さないで叫び、レードルを乱暴にぐるぐると掻き混ぜた。



「なんのかんのと、仲良くやってるわね」
「そうか?」
ゾロがキッチンに入ってからずいぶん時間が経つので、心配になって覗いているウソップにナミが声を掛ける。
「テーブルセッティングは終わったから、ゾロを呼び戻してもいいんじゃね?」
「もうちょっと放っておいたら?だってサンジ君が本気で邪魔にしてるんなら、とっくに蹴り出されてるわよ」
ナミの指摘に、ウソップはどんぐり眼をパチパチと瞬かせてから、そうかと納得した。
「じゃあ、このまま夜まで放置しとくか」
「いいんじゃない?」
肩を竦めて立ち去るナミに続いて、ウソップも足音を忍ばせながらその場を後にした。
サニー号は、今日も通常運転だ。


End



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