■慮囚


店頭で見かけた植物に、サンジはふと足を止めた。
アホ剣士への誕生日プレゼントなど、酒と相場が決まっているから他の物に目をくれるとしたらツマミになりそうな食材くらいだ。
だがそれは、とても食材になりそうにないタダの観葉植物。
と言うか、こんなん観葉して楽しいか?

「食虫植物だよ、コンパクトで可愛いだろ」
店主がそう言って、鉢植えを掲げてみせる。
「可愛い・・・ってえか、確かに大きさとしては手ごろだな」
同じようなのを、たしか空島で見たことがある。
あれはこの3倍ぐらいでかくて、虫どころか小動物も丸呑みできそうだった。
「餌をやる感覚で、こうして虫をやるとだなあ・・・」
店主がピンセットで、死んだ小蠅を摘まんで動かした。
ぎざぎざの棘の辺りに触れると、一瞬葉が開いてからぱくっと閉じる。
まるで本当に、植物が食い付くかのようだ。
「ほら、こうしてあとはじわじわと溶かしながら食べるんだ」
「それ、植物なのか?それとも動物なのか?」
「植物さ。別にこいつの意思で虫を捉える訳じゃない。この部分に触れれば体組織に信号みたいなもんが伝わって、開いて閉じる仕組みになってるだけだ。運が良けりゃ、栄養のある餌が食えるってことだろ」
だから、餌を求めてデカくなったり伸びたり誰かを襲ったり。
そんなことはないのだと、店主は笑う。
ピンセットで餌をやる風景は、確かに可愛いと思えば可愛くもないように見えた。
ペットとして買って帰る客も、少なくないという。
「・・・まあ、船上じゃすぐ枯らしちまうだろう」
「兄さん船乗りか、そうは見えねえな」
それじゃあ、気候の変化について行けないからこの子はやっぱりだめだな。
店主はそう言って、まるで可愛い我が子を嫁に出すのを渋るように鉢植えを引っ込めた。
船乗りじゃなく海賊なんだと言ったら、この人の良さそうな店主はどんな表情を見せるだろう。
なんとはなしにそんなことを考えながら、サンジは市場を後にした。



島を出港して間もなく、誕生祝いの宴を開いた。
宴会好きの船長は、なんにでも口実を付けては飲み食べ・騒ぎたがる。
それを見越しての食糧配分も、随分と上手になった。
騒ぐだけ騒いでもさほど宵っ張りがいない船は、夜半を過ぎる頃には討ち死にした後みたいに静けさに包まれている。
見張りにはブルック。
フランキーはルフィとウソップを担いで男部屋に帰り、チョッパーはもうとっくに夢の中だ。
ナミとロビンもキッチンに顔を出し、おやすみなさいと告げて部屋に戻った。
サンジは洗い物を終えて手を拭いて、さて、と新しい煙草を咥えながら踵を返す。
後甲板で、夜露に濡れながら転寝をする男の様子を窺いに行こう。

宴会で出したのとは別の、サンジからの1本を携え静かに歩く。
予想通り、船べりに凭れてゾロは舟を漕いでいた。
若干眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げてうつらうつらと顎を揺らしている。
サンジが気配を消して近付いても、その動きは変わらない。
とは言え、サンジだってもうわかっている。
この、狸め。

胡坐を掻いたゾロの向う脛に、革靴のつま先を触れるか触れないかギリギリの辺りでチョンと突いた。
それを合図にしたかのように、懐手を組んでいたゾロの腕が開く。
横に退こうとするサンジの動きを見越してか、掻っ攫うように掴んでそのまま抱きしめた。
芝居じみた動きだと喉の奥で笑いながらも、どこかで見たことあるような・・・と思いを巡らす。
これはあれだ。
昼間の、食虫植物だ。

「おい、酒だ」
「おう」
「酒だっつってんのに、手を離せ」
酒を掴んだサンジの腕を肘ごと絡め取るようにして抱きしめているから、ゾロに渡せない。
でもゾロは酒には目もくれずサンジをじっと見上げた。
「酒はあとだ」
「―――・・・」
情欲に濡れた瞳で見つめられると、サンジの芯がじゅんと疼いた。
こうなるともうだめだ。
なにもかもかなぐり捨てて、湧き上がる欲望を解き放つために汗を掻くことしか、できなくなる。

まるで食虫植物のようだと、改めて思った。
ゾロの手の中でじわじわと溶かされ、最後は丸ごと取り込まれる。

いつか、ゾロより先に逝ったら。
ゾロはきっと、サンジを骨ごと物理的にも飲み込んでくれるだろう。
そうすれば、サンジはゾロの血となり肉となり骨となって、本当の意味でずっと一緒にいられる。

もしゾロが、サンジより先に逝ったなら。
サンジはどんな手段を使っても、ゾロのすべてを取り込むつもりだ。
髪の一筋も、爪の欠片も残さない。
そうして必ず、一つになる。
その行為の先には、永遠に続く孤独が待っているだけとわかっているのに。


溶け始めたサンジの一部のように、二人の間を繋ぐ唾液が銀色の糸を引いた。


End




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