surprise party  <松山彩乃さま>


これは由々しき事態である。

窓から刺す朝日に照らされてサンジが目覚めると、全裸だった。
しかも、背中からガッツリと包まれている。ドックンドックン、と生命の躍動感までがありありと伝わって来る。
とりあえず抜け出したいが、自分を包んでいるのは太い腕だ。これはどう見ても男の腕だ。
そして腰には倦怠感、くわえて尻穴の鈍痛。
さらにおぞましいことに、朝の生理現象だろうか、なんかカタいのがケツにあたってる。

これはアレだ、ヤっちゃったってことだろう。

昨夜のことは酔っ払っちゃってほとんど記憶はないが、犯人は分かっている。
日がな1日寝てるか鍛錬してるかのクソ剣士だ。名前で呼んだことなどほとんどないけれど、向こうだってサンジの名前を呼んだことなんかないからお相子だろう。
お互い名前さえ呼び合わないのに、実は、一応、恋仲、とかいうヤツらしい。「らしい」というのは、確認した覚えがないからだ。スキ、とか、アイシテル、とか、オマエダケダヨハニー、とか、そういうことを。
もちろん、サンジの方はゾロに惚れている。
でなきゃ、いくら酔っ払っていたって、今朝のように「翌朝目覚めたらヤられちゃってた」なんてことはありえない。――――しかも、それが始まりだなんて。
どんな経緯があって「そう」なったのかは酔っ払っていたためにさっぱり覚えてないけれど、気持ちは本物だ。
きっと酒の勢いで一度きりだと思っていたサンジの予想は見事に裏切られ、それ以降はこういうことをする仲になった。
サンジはゾロ以外とこういうことはしないし、ゾロだってサンジとしかしない。
2年のブランクを経て再会した時だって、「久しぶりすぎて余裕ねェ…ッ!」とか言いつつ路地裏に連れ込まれ、お互いこのまま溶けちゃうんじゃないかってくらい激しく求め合ってしまったりした。

なのに、何故。

背中からクソマリモに抱きかかえられてるのに、目の前にむきだしの胸板があるのだろう。
大袈裟なバッテン印は、どういう意味だろう。
どういう意味もクソも、わかりまくっちゃってるんだけども。
目を閉じ、すぅ……と大きく息を吸い込んだ。




「―――――――っぎゃああああああああああああああああああああ!!」





「敵襲か!?」
「どうしたサンジ!?」

叫ぶと同時、がばりと起き上がった頭がふたつ。
将来の大剣豪ロロノア・ゾロと、将来の海賊王モンキー・D・ルフィ。
豪華な組み合わせだなぁ、と彼らに挟まれながらサンジは思った。
さらに、

「どうしたの!?」
「なんだなんだ!?」
「怪我か?病気か?」
「大丈夫?」
「おい、なんだ今の叫び声!!」
「ヨホ?」

ドタドタっと足音がいっぺんに展望室に雪崩れ込んで、全クルーとバッチリ目が合ってしまった。
男3人、全裸で川の字。そんな現場に踏み込んでしまった衝撃はデカい。
だが、踏みこまれた方の衝撃も凄まじかったようだ。
なにしろ、男3人、全裸で川の字。しかも、その真ん中。

しばし、みんな無言で見詰め合い。
その後、無言のまま1人、また1人と視界から消えていった。
サンジが目覚める前の静かな3人きりの展望室へと戻るのに、時間はそうかからなかった。
これで、元通り。
壊れてしまったサンジの心以外は。





「サンジ、何があった!?」

うふふえへへと薄ら笑いを浮かべるサンジの肩を掴み、危機迫る面差しで詰問する船長は、どう見てもフリチンだった。
何があったのかなんて、こっちが聞きたい。
まさか3Pか。酔った挙げ句に3Pやらかしたのか。
クソ豪華な組み合わせだなぁ、とサンジは思った。
その背後に、どす黒い焔がゆらりと立ち上る気配がした。

「ルフィ……そいつから手を離しやがれ……!!」

地の底から響くような、ゾロの怒りの声だった。
こふー、こふー、と荒い息が口から漏れているということは、刀を咥えているのだろう。つまり、3本の刀を構えての本気モードだ。そしておそらく、こちらもフリチン。
その地獄絵図を想像して、サンジはちょっとだけホッとした。
少なくとも、ゾロの合意があったわけではないらしい。
もし昨夜、「おれもサンジの穴使ってみてぇんだけど」「いいぞ、どうせ淫乱な穴だからな」とかいう会話があったのなら自殺しちゃうかもしれない。

「なんでてめぇがここにいる……」
「ん?昨夜、こっそり忍び込んだんだ。2人ともよく寝てたから、そーっと」
「はァ!?」

ゾロが素っ頓狂な声を上げるのと反対に、サンジはまたひとつ安心した。
良かった、意味はまったくわからないけど、ルフィとは添い寝をしただけらしい。全裸で。

「…ってそんな場合じゃねぇんだゾロ、サンジがなんかおかしい!」
「明らかにてめェのせいだろうがぁあああああ!」

アホかぁ!と叫んで黒手拭いを床に叩きつけた。
まったくもってその通りだが、ルフィはキョトンと首を傾げる。

「へ?おれのせい?なんでだ」
「当たり前だろうが!コックが目ェ覚まして、隣に全裸のてめェがいたらビックリするに決まってんだろうが!」
「そっかそっかビックリしたのか。じゃあ、大成功だな!」
「はァア?」

ルフィの言うことは、どれもこれも意味がわからない。
混乱するゾロとサンジをよそに、ルフィは嬉しそうに語りだした。

「ゾロ、言ってただろ?サンジは寒がりだって、だから一緒に寝てるんだって」
「ああ、前に格納庫でな」

ゾロの言葉にギョっとする。
どうやらメリー号乗船時にも見付かったことがあるらしい。
サンジはまったく知らなかったことであるが、ルフィが寝惚けてトイレに行こうとして格納庫の扉を開けたことがあったのだ。
運悪くゾロとサンジが全裸で寝ているのを発見し、理由を問われたゾロは適当に言い訳した。
服を着るよりハダカであっためる方が効果的だとか、どうとか。

「ゾロが1人であっためるより、おれと2人であっためる方があったかくなるだろ?いつもはすーぐ寝ちまって無理だったけど、今日は頑張ったんだぞ!」
「…………!」
「…………!」

自信満々なルフィの笑顔に、ゾロとサンジの脳裏にフッと昨夜の宴会が思い出された。

昨夜は、サンジの誕生日を祝うため宴が開かれて。
御馳走食べてケーキ食べてプレゼントとかも貰って。
でも、船長からはプレゼントがなかった。その代わり、言ったのだ。

「今は無理だ。でも、すっげービックリするプレゼント用意してるからよ、楽しみにしといてくれ!」




――――――アレかぁあああああああああああ!!

あまりの顛末に石になりかけたゾロとサンジに、「なぁなぁ、あったかかったか?」とルフィが呑気に訊ねてくる。
どうやら脱力したおかげか、サンジの硬直は解かれたらしい。うん、と一応頷く。
ぐるぐる巻きだったから、暑苦しいくらいだった。むしろ息苦しかった。そんでもって、絵面はとてつもなく寒かっただろう。
でも、そういうことじゃないんだ、気持ちはとっても嬉しいんだけど。

「あったかかったんなら、また次も―――」
「ダメだ!!」

最後まで言わせない激しい否定と同時、サンジはゾロの胸の中へと引っ手繰られた。
肋骨が折れそうなほどぎゅうぎゅうに締めつけられて、かなり苦しい。

「なんでだ?サンジだっていっつもゾロばっかじゃつまんねぇだろ。そうだ、今度はウソップとかナミとかチョッパーとかロビンとかフランキーとかブルックとか、みーんなで寝よう!」
「ダメだ!ダメだダメだ!!」
「ゾロばっかサンジを独り占めしようってのか?」
「そうだ!!」

――――――はい?

堂々とキッパリと躊躇も恥ずかしげもなく言い切られ、思わずサンジはゾロを見上げた。
けれどゾロはサンジの視線なぞ素通りして、まっすぐ船長を見据えている。

「コックはおれンだ!誰にも渡さねぇぞ…………たとえ、てめェにもな……!!」
「なに言ってんだ、おれが見つけたコックだぞ!おれのだ!!」
「うるせェ!おれのったらおれのだ!!」

まるで、子供の口喧嘩である。語彙レベルが低すぎる。そして論点がズレてる。
挙げ句に、取り合いしてたはずのサンジをポイと床に放りだして、2人でボカスカ始めてしまった。全裸で。
馬鹿馬鹿しすぎる展開に、しばらくボーっとしていたサンジだったけれど、ふと我に返って、煙草に火を点けた。
するとだんだん落ち着いてきたので、火を消して。とりあえずパンツを履いて、シャツを着て、ボトムも履いて、ネクタイまできっちり締めて、それから手櫛でわしゃわしゃっと髪を整えてから、展望台を後にした。



早朝の空気はヒンヤリとして気持ちいい。
朝食の準備に取り掛かる前に、もう一度だけ一服しようと甲板に出たら、ちょうど、こちらも気持ちを落ち着かせようと甲板で海を眺めていたウソップと出くわした。
ウソップはサンジの顔を見るなり目を丸くして、そそくさと男部屋へと戻って行った。

(あんだアイツ、そりゃホモ現場目撃して驚いたのはわかるがあからさまだな。夕飯はキノコづくしにしてやる)

逃げるような態度にムッとしてちょっとした意地悪を決意したサンジだったけれど、その前に一度でも鏡を見るべきだったと思う。
何故なら、サンジの顔は朝焼けに負けないくらい、真っ赤に染まっていたのだ。
ウソップは、赤い顔で登場したサンジに、(あんな場面を見られちまったんだから、そりゃ恥ずかしいよな)と気を利かせただけだったのだ。

そもそも、ウソップは驚いてなどいなかった。
以前、ルフィに聞いたことがあったのだ。ゾロとサンジが裸で寝てるってことを。
それを聞いた時は心底ビックリしたのと同時に、(適当な言い訳するなら口止めまでしっかりしろよ!)と心中でゾロを責めた。
なのでとりあえず、自分がきっちりと口止めした。
サンジはすごく恥ずかしがり屋だから誰にも言わないこと、特にナミには絶対に言ってはいけないこと、もし言ってしまったら、怒ったサンジに肉抜きを言い渡されるぞ、と。
結局、今回のことで公になってしまったが。

否、公になってしまったことを、サンジに知られてしまったが。



実のところ、ゾロとサンジの仲は全クルーが知っていた。
そしてその事実を、ゾロだけはひそかに知っていた。

「サンジくんを泣かせたら承知しないわよ!」と啖呵をきったのはナミだし、
「市販のは体によくない成分が入ってることがあるからね、これ使うといいよ」と潤滑剤を作ってくれたのはチョッパーだし、
「アナルセックスに拘ることはないわ」とサンジの負担軽減のために挿入以外の愛の営みを勧めたのはロビンだし、
「展望室、防音にしといたぜ」と親指立ててウィンクしたのはフランキーだし(今回の雄叫びは予想外だったけど)、
「ムーディーな空気を演出したいならいつでもお呼びくださいませ」とバイオリン片手に申し出てくれたのはブルックだし(そんな予定はないけど)。

2人の仲が周知の事実と知れた今、全クルーに見守られていたことをサンジに伝えたらどうなるだろう、とゾロは思う。
今はまだ時期ではないだろうけれど、きっといつか、これが笑い話へと変わる頃に。

とにかく今は、そのきっかけとなる礎を築いてくれた船長に、サンジへの想いを思い知らせるべく、拳を熱く滾らせた。


おしまい。



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