Sunny day


珍しい光景を前にして、ゾロは心持ち目を見開いた。
すぐ目の前には金色の旋毛。
乱れた髪の間から白い鼻梁が覗き、ピンクに染まった唇は半開きだ。
サンジが、うたた寝をしている。



サニー号に乗ってから、新しい航海への高揚よりもまず船に関心が集まって、クルー全員が一種の興奮状態にあった。
実用的かつ合理的で、遊び心も満載されたサニー号は皆のハートを鷲掴みにし、日夜宴会のようにはしゃぎまわって
過ごしている。
サンジとて例外ではなく、巨大生簀のあるラウンジと広々としたキッチンを往復しては、食事にティータイムにカクテル作りに
と忙しい。
元々レストランで働いていたとあって多忙なことに慣れてはいるが、やはりたった一人での作業、準備段階から動き尽くめ
だったから、さすがに疲れたのだろう。
出港して2日目の夜、ナミ達と酒を酌み交わしている間にこてんと電池が切れたかのように寝てしまった。

ゾロはカウンター越しにその旋毛を暫く眺めていたが、頬杖をついていた手を外してちょいちょいと指で突いた。
指先に金糸を巻きつけ、ピンクに染まった頭皮を撫でる。
すぴー、なんてのどかな鼻息が聞こえてくるから、起きる気配はない。
手を広げて掌で後頭部をわしゃわしゃ撫でた。
別に起きても構わないと思ったからやや乱暴にしてみたが、サンジはぴくりとも動かない。
半開きの唇の端から涎が垂れている。
殆ど気絶状態で眠ったのだろう。

自分の掌にすっぽり収まるくらい小さな頭だ。
きっと脳味噌もマグロ並みに少ないに違いない。
だから、常に動いてないと落ち着かないのかもしれない。
サンジが聞いたら速攻蹴り飛ばされるくらい失礼なことをゾロは真面目に考えて、痛ましげに髪を撫でた。

上気した頬に親指の腹を擦り付けて、少し汗ばんだ額に手を差し込む。
サンジが少し身じろぎして、頬を擦り付けるように軽く首を振った。
すりすりすり・・・
その、どこか幼い仕種にゾロは目を細める。




サニー号に乗り込んでからは、広々とした芝生の甲板に寝そべって雪走に想いを馳せるくらいしかしてなかったゾロから
見ても、サンジの働きは相当なものだった。
いつも独楽鼠みたいに走り回って、1人増えただけとは思えない仕事量をてきぱきとこなしていた。
なまじ体力があるばかりに、自分のことは全部後回しで済ませてしまえるんだろう。
手伝う気も技量もないゾロは、そんなサンジを「馬鹿だな」と見守るくらいしかできない。
別に心配はしていないが、そんな彼を見ているとどうにかしてやりたいと思わないでもない。
この場合の「どうにか」は、助けるとかではなく、どちらかというと思い知らせてやりたいとか、そういう類のものだ。

忙しくしてばかりいるんじゃねえよ。
この船に乗ってから、すっかりご無沙汰じゃねえかこの野郎。
まあ、この程度のこと。


サニー号に乗ってから、サンジに触れるのはこれが初めてだと気付いて、改めてゾロはむうと口をへの字に曲げた。
こんなに広い船なのに、のんびりできない。
あちこち色んな場所があるのに、有効に使えていない。
今すぐにでもこの寝くたれて無防備な白い身体をくるんと剥いて、あちこち舐めて突っ込みたいが、その一方で、暫くは
こうして触っていたいなんて気持ちも残っている。

甚振って喘がせて泣かせてやりたい。
このまま静かに頬を撫でて眠らせてやりたい。

そんな相反する矛盾を自分の中に見つけて、ゾロは自嘲した。
なんの迷いもなく、ただ心の赴くままにまっすぐ生きてきたはずなのに、ことコックのことになると自分でもよくわからない
心理が湧いて出る。

愛しいのか腹立たしいのか。
大切にしたいのか泣かせたいのか。
きんきら目立つ、中身のない頭を振り回してあれこれ突っかかっては勝手に怒って無闇に笑う、口よりよほど身体の方が
素直なエロコック。

あれこれ思い出したら、何故か唾が湧いてきた。
前髪をぐしゃぐしゃと乱暴に掻き混ぜて、白い額に音を立てて口付けをする。

決めた。
このまま連れて行ってとりあえず突っ込もう。
起きたならそのまま啼かせて、散々喘がせてから喧嘩すればいい。

そうだそうしようと決めてしまえば素早く、ゾロはカウンターを越えてサンジを担ぎ上げると、そのまま大股でキッチンを
出て行った。
ゾロの肩からだらんと上半身をひっくり返して、サンジはなにやらむにゃむにゃ呟いていたが、その姿はすぐに消えた。
















「どの辺りを定位置にするのかしら」
「さあねえ、ともかく今夜は各自まっすぐ部屋に戻ることね」
「見張りのチョッパーにも知らせといた方がいいな」

新しい船になってから宵っ張りが増えて、深夜のキッチンにはチョッパー以外の全員が集まり、それぞれの夜を
過ごしていた。
スツールに腰掛けて、フランキーが珍妙な顔つきをしている。
「・・・今のはなんだ?っつうか、てめえらも・・・」
ちょっとおかしかねえか?と続けたかったが、まったりとしたクルーの雰囲気に呑まれて言葉が続かない。
「ま、夜は長いわ。どう?もう一杯」
ナミに薦められ、ロックを勢いよく呷る。

麦藁海賊団に真に馴染むまで、もう少し時間が掛かりそうだと思い知った夜だった。







  END