Stay gold -17-



久しぶりに生身の「女」を見て、サンジの興奮は頂点に達した。
生きて、動いて、笑っている。
見た目の美しさはもとより、立てる声がかわいいし表情は豊かだしなんだかいい匂いまでするし。
やっぱり女サイコー!!!
レディのために、俺は生まれてきたんだーっ!!!

そう大声で叫びながら街中を徘徊したら、漏れなく周囲にドン引きされた。
それでもめげない。
だって目の前には夢にまで見た「本物のレディ」がいるのだ。
まさにこの世はパラダイッス!!

そう浮かれていたのも束の間、思いがけない再会であっさりと現実に引き戻された。
巨大な船を真っ二つに截ち切って、海の中からずぶ濡れのマリモが現れたから。
「船を、間違えた!」
2年経っても、ファンタジスタは相変わらずだった。




無沙汰の挨拶もなしに、まるで当然みたいに連れ立って歩く。
やたらと道を逸れてはよそへ行きたがるゾロを引っ張り、サンジは仕方なく宿に入った。
濡れ鼠で共に歩かれては、おかしな二人連れと見做されレディに避けられてしまう。
「最近はいい洗濯機できたんだな、1時間で乾くとよ」
さすがシャボンティと感心しながら、身ぐるみ剥いだゾロ本体は風呂場に放り込んだ。
手早く洗濯機をセットしてから、やれやれと一息吐く。
2年経とうが久しぶりだろうが、やってることに進歩はない。

ゾロは以前と変わらず烏の行水で、申し訳程度にタオルを巻いて上がってきた。
すぐさま冷蔵庫の酒に手を出そうとするから、事前に買って置いた安酒を渡す。
文句を言って止まる行動でもないし、初っ端から口うるさく説教したくもない。
「てめえはこれ飲んで適当に寝てろ」
乱暴に言い放っても、ゾロは無闇に突っかかったりしてこなかった。
むしろ当たり前みたいに酒を受け取り、やけに余裕のある態度で寛いでいる。
その横顔を眺めて、サンジはもう一本煙草を取り出し火を点けた。

2年の間に変わったのはお互い様だ。
それなりに成長もしただろうが、それだけでなく纏う雰囲気も違ってきている。
見覚えのない傷が増えているのも想定の範囲内だ。
ただ、ゾロの顔に付いた目立つ傷は片方の瞳を塞いでいて、そのことにぎょっとしながらも深く聞き出せない遠慮のようなものが、自分の中に生まれていることの方に戸惑った。
別に格好を付けたい訳でないが、「それはどうした」と素直に聞けない自分がいる。
それでいて、気にならないはずがない。
問い質したいのに気にしていると思われるのは癪で、結果、一人悶々としてしまうのは昔と全然変わらない自分のしょうもない性分のせいだろう。

チラチラと横顔を盗み見れば、ゾロは首を巡らしてはっきりとサンジを見返した。
その堂々とした態度が余計にムカつく。
顎を上げて睨み返せば、ゾロは酒瓶から唇を離してニヤリと笑った。
「なんだ?俺の顔になんか付いてるか?」
「・・・うるせえ、てめえが人の顔ジロジロ見やがるからだろうが」
付いてるよ、でっかい傷が…と返してやりたかったが、やはり素直になれず言葉を逃がした。
なのに、ゾロはサンジの顔を覗き込むように手を付いて身を乗り出す。
「ああ見てんぜ、久しぶりだからな」
「なに…」
「相変わらず、間の抜けた面してやがる」
正面切って喧嘩を売られ、カッと来て座ったまま脛だけ振り上げたが、不自然な体勢で上半身が傾いただけだった。
あろうことかゾロはそのまま伸し掛かって来て、何か言い返そうとするサンジの唇を塞いだ。
ベッドに手を付いてサンジの身体を囲い込み、体重をかけて倒れこむ。

スプリングが効いたベッドは軽やかに弾み、重なった二人の身体を柔らかなシーツが包み込んだ。
唐突な動きでいて、サンジの中では「ああやっぱり」と言った、納得のような諦めのような不思議な想いが湧いて出る。
それでも形だけは抵抗して、首を捩り強引な口付けから逃れた。

「な、にすんだよっ」
「久しぶりだ」
「久しぶりもクソもあるか、いきなりっ」
「ずっと狙ってた」
もしかしてこいつ別人かも?と、疑わしくなるほどの直球ぶりにサンジは違うところでたじろぐ。
「狙ってたって、いつから」
「2年前から」
「執念深えっ」
「なんだ、知らなかったのか」
ゾロはしれっと答え、再びサンジの唇に噛み付いた。
それ以上抵抗するのも馬鹿らしくて、仰向きながらなんとか息継ぎをし、熱烈なキスを受け入れる。

ずっと以前から自身が望んでいたのか、唐突さに流されただけなのか、自分でもよくわからない。
他人に肌を探られることへの嫌悪感がまったくなくなったと言えば嘘になるが、否が応にも目に入る少し伸びた緑の髪やゾロの匂いが、いい意味で現実に引き戻してくれた。
2年経っても、離れ離れになっていても。
こうして手を伸ばして来たことに躊躇いこそすれ、恐れはない。
時を経てなお自然な流れとして、受け入れることに不思議なほど抵抗はなかった。

増えた傷と逞しさを増した体躯は、言葉にせずとも修行の成果を十分に誇示していた。
それでいてどこか愛嬌を身に着けたらしいゾロは、仕種や表情が妙にガキ臭い。
なんと言うか天然で甘え上手な節があって、「マリモのくせに」と腹立たしく思いながらもつい許してしまう。
これはやばい、絆される。

ゾロが変わったように、自分も少しは変われただろうか。
それともエースを愛した頃のまま、取り残された子どものように寄る辺ない気持ちを抱いたままだろうか。
自分のことなのにわからなくて、ただサンジはゾロの熱を受け入れることだけに集中していた。





乾いた服を着て街を歩く頃には、また元の仲の悪い仲間同士に戻っていた。
あれこれと悪態を吐いては蹴り合いど突き合い、やたらと釣りに行きたがるゾロを引き摺って集合場所へと戻る。
2年ぶりに会う仲間達はそれぞれに逞しく、美しくなっていた。
ナミやロビンの間を蝶のように舞い花のように回転しながら、言葉の限り褒めそやし傅いて、挙句の果てに鼻血を噴いてぶっ倒れる。
サンジが俗世に慣れるには、まだ相当の時間が掛かった。


シャボンティを出発し一旦海に出てしまえば、次から次へと襲い来るアクシデントに振り回されてゆっくりと仲間と語り合う時間も取れない。
それでもふとした宵の隙間に、ルフィと顔を合わせる時間が取れた。
不寝番だからと大量の夜食を仕込むサンジの背後では、ゾロがゆったりと酒を飲んでいる。
再会してからは、なぜか毎夜の日課になってしまった。
ゾロかサンジのどちらかが不寝番なら見張り台の上で、そうでなければラウンジが二人の居場所だ。
仲間達も気付いているのかいないのか、夜が更けてから不用意に近付く者はいない。
ただ怖いもの知らずの船長だけは別のようで、サンジが夜食を差し入れる前に「腹減った」とキッチンに乱入してきた。

「ちょっと待ってろ、そこでこれでも食ってろ」
「別にいいだろ、ここで食う」
「てめえは見張りだろうが」
ゾロに呆れた声で窘められつつも、ルフィはしししと笑って夜食を頬張り始めた。
それに背を向け、せっせと料理を追加するサンジを眺めながら、ゾロは酒瓶をぐびりと呷る。

「サンジ」
「ん?」
「エースな、死んじまった」
「…ああ」
まさか、ルフィから話が振られるとは思ってもみなかったが、再会してからこの話題には誰も触れてこなかった。
それはそれで不自然だったかもしれない。
なにより、ルフィはエースの弟だから身内から切り出してくれる方が気が楽と言えば楽だ。

「弟…つっても、血は繋がってなかったのか」
ずばりと聞いてくるゾロに、ルフィは屈託なくうんと頷く。
「それでも、エースは俺の兄ちゃんだ」
「そうだな」
ゴールドロジャーの息子と聞いた時はさすがに驚いた。
ただ、それでサンジはいろいろと納得できたのも確かだ。
なぜエースには、常に影が付き纏って見えたのか。
自分の出自など自身で変えられもしないのに、彼はそれでも運命に足掻きロジャーの息子ではなく一人の男として生きようとした。
それなのに、彼は結局「ロジャーの息子」であるが故に命を落とした。

つい、胸が詰まって顔を上げる。
火の点いていない煙草を咥えれば、頬袋をパンパンに膨らませたルフィがまっすぐにこちらを見つめていた。
ああやっぱり、よく似ている。

「てめえとエースは、そっくりだ」
「だろ?」
誇らしげにししと笑い、それから頬に付いたソースを子どものような仕種で拭う。
「エースな、最期にバカなこと言った」
「バカなこと?」
「愛してくれてありがとうってな。バカだな、そんな当たり前のこと」

ああ、そうだな。
当たり前のことだ。
誰もに愛され、広く愛したエースなのに。
そんな当たり前のことに感謝して逝っただなんて、心底間抜けな大馬鹿野郎だ。

「サンジには、なにも言い遺さなかったぞ」
はっとして視線を戻せば、ルフィの瞳は容赦なく真っ直ぐに見つめている。
それはサンジを傷付け失望させる事実でもあった。
けれど、ルフィの瞳に悪意も憐憫もない。
ただ、それを告げなければならないと固い決意のようなものが感じられた。

「俺が聞いたのはその言葉だけだ」
「…そうか」
この期に及んで、最期に言葉が欲しかったと望む気持ちがなくはない。
随分薄情じゃないかとか冷たいじゃないかとか、所詮俺なんかその程度とか、そんな風に卑下する気持ちが湧かないでもない。
結局、エースがサンジに遺した最期の言葉は、別れ際のあのセリフだったと言うことで。

「…そうか」
「そうだ」
ルフィは手のひらを広げて残りの料理を口の中にもぐもぐ詰め込むと、ポットだけ持って立ち上がった。
「ごちそうさん、じゃあ俺見張りに戻る」
「おう、ご苦労さん」
黙って俯いたサンジの代わりに、ゾロが返事を返す。
きれいに嘗め尽くされた皿を残し、ルフィは来た時と同じように飄々とした足取りで見張りへと戻っていった。


ルフィがいなくなって静かなキッチンに、ゾロが酒を注ぎ足す音だけが響いた。
自分が使っていたグラスに並々と注ぎ、サンジの方へと差し出す。
換わりに酒瓶に口を付け、残った酒をラッパ飲みし始めた。
「横着な奴め」
ゾロなりに、慰めようとでもしていてくれるのだろうか。
らしくないとか気持ち悪いんだとか、槍でも降ってくるかもなとか。
軽い悪態の言葉は全部胸の中で沈んでしまって、一つも声にならなかった。
ただゾロの向かいに座り、度数の高い酒をゆっくりと口に含む。


―――浮気、するなよ。
たった一度だけ聞いた声が、今も耳に残っている。
エースにしたら、別れの挨拶代わりの軽口だったのだろう。
それをいつまでも後生大事に憶えていて、守っていかなきゃならない義理はない。
エースは死んでしまったけれど、サンジは生きている。
この先どんな素敵なレディに巡り会うともわからないし、そもそもこの世の半分は女性だ。
そしてサンジはまだ若い。
可能性は無限に広がっている。

それなのに。
なんだって、再会して早々こんなむくつけき無愛想野郎に捕まっちまったんだろう。

とろりと酔いの回った目で視線を上げれば、正面に座ったゾロがじっとサンジの顔を見ていた。
まただ。
再会してからずっと、いや、もしかしたら2年前。
離れ離れになるギリギリまで、ゾロは自分を見ていたかもしれない。
遡ればずっと前から。
サンジがいくら目を逸らしても、ゾロの視線を感じていた。

「・・・浮気、だからな」
ぽそりと呟いたサンジの声に、ゾロは訝しげに顎を上げた。
「なんだって?」
「浮気だ浮気。てめえとは、単なる浮気で火遊びだ」
本気じゃねえぞと、口の中で呟いて再びぐびりと酒を呷る。
喉の奥がひり付いて、焼けるようだ。
お陰で、込み上げる何かを押さえ込むことができる。

「俺の本命はエースなんだから。死んじまったけど、もういないけど、俺の恋人はエースなんだからよ」
「―――・・・」
ゾロが空の酒瓶を置いて、その手をサンジの方に伸ばした。

殴られるかと思った。
もしくは胸倉を掴まれ、引き上げられるかと思った。
今さらなに言ったんだとか、ふざけてんじゃねえぞとか、罵倒されるかと思った。
けれど、意に反してゾロの手はサンジの背後に回り、肩をそっと抱き寄せてくる。

「てめえが一番辛い時、側にいることを許してくれりゃあそれでいい」
ぐいと背中を押され、分厚い胸板に顔を押し付けられた。
苦しいとか臭いとか、文句の一つも言いたいのに声にならない。
喉がヒクついてしゃくり上げそうになるのを、ゾロの上着を掴んで危うく耐えた。

それでも、鼻の奥がツンと痛くなって次第に視界がぼやける。
襟元の布地を口に押し込み、歯で噛んで声を殺した。
瞳から溢れ出る熱は、顔を押しつけて無理矢理布地に染み込ませる。
どうしたって震える肩を、ゾロは黙って抱き締めてくれた。


エースは、怒ればいいと思う。
浮気してるんだから、よその男に抱かれてるんだから。
死んだってもういなくったって、怒って憎んで叱ればいい。
声を荒げて、この浮気者と詰ればいい。
たった一人の真摯な想いを受け止めておきながら、ゾロに惹かれた自分を蔑めばいい。
そう、願うのに―――


サンジの胸の中。
目を閉じれば浮かぶエースの顔は、いつだって屈託なく微笑んだままで。
明るく朗らかな笑顔はいつまでも翳ることなく、まるで黄金の太陽みたいに輝いていた。




End










あとがき
最後までご覧くださりありがとうございました。
いや〜終わった。
よかったよかった。
一時はどうなることかと思った(笑)
エースが「浮気するなよ」と言い残してサニー号から去る場面までは、リク主様の具体的なシナリオをなぞらせていただきました。
その後は、ほら、まあ、いつものこじ付け力技で;
お陰様でなんとかEndを迎えられほっとしております。
毎回UPするごとに、リク主様がメールをくださり、それに大変勇気付けられこうして書き終えることができました。
she★さん、本当にありがとうございます。
愛と感謝をこめて、she★さんに捧げます



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