Stamp here!   -にあ様-


今日は、実に。
実に、おかしな日だ。


「あ!いたいた!」
「緑の髪の、刑事さん!」

バタバタ、と駆け寄ってくる足音。
またか!と振り向くと、そこには、満面の笑顔の子どもたち。

「刑事さん!おめでとう!」
「…、はい。ありがとう」
「はんこ押して?ホラ、ここ」
「あっズルい!私の方が、先だったのに!」
「あ〜、揉めるな揉めるな。ちゃんと 全員分押してやっから、ケンカすんな」
「はあい!」

なんだか、ちっとも よくわからないが。
苦笑しながら、とりあえず 子どもたちが突き出してくるカードに判子を押してやる。

「なァ、このカード、何なんだ?」
「えっとね」
「秘密なの」
「ゆっちゃダメなの」
「ゴメンね」
「…まァ、いいけどよ」

得体はわからないけれど、悪用されそうな感じでもないし。
ぽこぽこ判子を押してやる端から、『ありがとう!』と 子どもたちが散っていく。
どうやら今日は、近くの小学校が 土曜日参観の振替休日らしい。

「あ、いたいた!ゾロさんっ」
「お?あれっ、コビーおまえ、今日 休みじゃなかったか?」
「判子頂くの、忘れちゃって」
「ええ!?」

まさか!と思ったけれど。
コビーが差し出してきた、小さなカードは。
朝っぱらから、御近所さんや子どもたちが来署しては 寄ってたかって判子を強請っていく、緑色の同じもの。

「おめでとうございます、ゾロさん!」
「…、…」
「はい!じゃあ、ここに判子を」
「じゃあ、ここに。じゃ、ねェんだよバカ!」
「痛っ!」
「一体何なんだよ、このカード!朝、オレが覆面パトカー洗車してる間に、いくつ判子押したと思ってんだ!」
「コレですか?コレは、スタンプカードです」
「はあ!?」
「ホラ、ここ。『Stamp here!』って書いてありますよね?」
「…、うん」
「つまりここに、ゾロさんが判子を押す、と」
「だぁから!その理由を聞いてんだよ!!」
「あ〜。それは、内緒なんですよね〜」
「…、テメエ。最近、ずいぶん生意気になってきたじゃねェか。泣かしちゃうぞコラ」
「えっ!暴力は反対ですよっっ!」
「じゃあ、吐け!」
「ぎゃあ!」

ギリギリ、とコビーにヘッドロックをカマしていたら。
バシ、と後ろからアタマを叩かれて、痛ェ、と振り返る。

「馬鹿者。部下を苛めるな」
「げ。署長」
「時に、ロロノア」
「はい」
「おめでとう」
「…、はあ」
「では、ここに判子を」
「署長もッスか!?」

驚くゾロの目の前に 差し出されたのは。
やっぱり緑色の、小さなカード。

「…署長、これ…」
「うむ。何も言わずに押すがよい」
「……はい」
「ゾロさん!ボクのもお願いします!」
「……はいはい」

ぽこぽこ、と、判子を押してやれば。
ふたりの男の表情が、嬉しそうに緩む。

「礼を言うぞ、ロロノア」
「ありがとうございます、ゾロさん!」
「…イエ」
「おぬし、昨晩 宿直勤務であったな。引き継ぎは、もう終わったのか?」
「え、はい。さっき」
「そうか。では、今日ぐらい早く帰ってやるがよい」
「え!?」
「…。え、とは何だ」
「え、いや、だって。署長がオレに、早く帰れとか」
「――…オレが 貴様に優しくしたら、不満なのか」
「いぃえ!ありがとうございます!」
「わかればよい」
「あ〜、いたいた署長!朝の連絡会議、始めますよ!」
「うむ。すぐに行く」
「あ、ゾロ!おめでとう、後で 判子押してくれ!」

庶務の係長にまで、そう声を掛けられて。

「うす」

もう、意味なんて全然、わからないままだけど。
ゾロは思わず、苦笑しながら 頷いたのだった。








*******








「おう、ロロ助!」
「待ってたぞ、おめでとう!」
「おめでとう、ほら 判子押せ」

刑事部屋のドアを、開けた途端。
わっ、と押し寄せてきたオヤジたちに、想定内だったとはいえ ゾロは後ろに仰け反った。

「あ…りがとう、ございます」
「ロロノア、今日 宿直明けだよな?」
「あ、はい」
「判子、押し終わったら帰っていいぞ。おめでとう、オレのも押せ」
「…はい」
「あ〜、課長ずりィ!ズル込み!」
「いいだろ、別に!オレはこれから、朝の連絡会議に出なくちゃならねェんだよ!」
「えっ、それ始まってましたよ、さっき」
「なにィ!?やべェ、行かねェと!ロロノア、早く帰れよ!」
「うす」

普段、仕事にかけては 鬼のような、課長にまで『早く帰れ』と言ってもらって。
首を捻るゾロの前に、山ほどカードが積み重ねられていく。

「ほら、押せ押せロロ助。おまえには、ボーっとしてるヒマなんかねェんだ、今日は」
「ちゃっちゃと判子押して、パッパと帰りやがれ」
「なんなんスか、マジで」
「それはヒミツだなァ〜」
「…、ちっ。意味わかんねェ」
「あァ!?なんだコラ!今、生意気なクチ叩きやがったな、貴様!」
「げっ」
「わあ、リョウさん!」
「ダメですよ!エア卓袱台返しなんかしちまったら!」
「オレはおまえを、そんなロロ助に育てた覚えはないぞおぉ!!」
「わ〜、出たァ!エア卓袱台返し!!」
「カード拾え、カード!!」
「も〜、リョウさんは〜!!」
「ロロ助、もう、早くカード拾って判子押せ〜!」
「はい!」

朝っぱらから、てんやわんやな刑事部屋の入り口で。
手に手に 小さな緑色のカードを持った署員たちが、ウロウロと 中の様子を窺っていた。








********







「ただいま〜」

結局、カードに判子地獄から、ゾロが抜け出せたのは 昼過ぎで。
仕事の疲れよりも 判子の押しすぎで、若干痺れた左指を曲げ延ばししながら、ゾロが nidへと辿り着くと。
ちょうど、ドアに掛けられたランチタイムの看板を、シュライヤが取り外しているところだった。

「あっ!お帰んなさい、ゾロさん!」
「お〜、シュライヤ。なんだァ、店。今日は、ずいぶん込んでるみてェだな」
「まァね、そりゃあ」

そう、言い掛けて。
そうだそうだ、と 思い出したように、シュライヤが にっこりと笑う。

「ゾロさん」
「ん?」
「おめでとう!」
「あ?」

む、来たかシュライヤ、おまえもか、と。
ゾロが むう、と眉をしかめ、ポケットから判子を取り出す。

「ホラ。早く出せ」
「え?」
「何だかわかんねェが、あの、得体の知れねェカード。おまえも、ソレ目当てなんだろ?」
「…ああ。得体の知れねェカード、って」

ニヤリ、と笑って。
シュライヤが エプロンのポケットから、少し よれたカードの束を掴み出す。

「コレのこと?」
「あ――!!な、なんでおまえが、ソレッ」
「なんだ、店先で うるせェな。お帰ェり、ゾロ」
「サ…、サンジっ」
「早く、入れよ。こんなとこで突っ立ってたら、寒ィだろ?」
「お、おう」

頷いて、店の中に入れば。
一斉に振り向いた お客さんたちが、満面の笑顔で声を揃える。

「お帰り、ゾロさん!」
「刑事さん、おめでとう!!」
「…ええ!?」

ビックリして、見渡せば。
どこを見ても、今日、自分に判子を強請りに来たカオ、カオ、カオ…

「なんじゃこりゃ!?何なんだ、一体!」
「テメエが一体 なんじゃこりゃ、だよアホ。まァ〜だ、気が付かねェのか」

ポコ、と おたまでアタマを叩かれて、痛ェ、と振り返る。
つっけんどんな言葉とは、裏腹に。
サンジが ふ、と 優しく笑って、蒼い瞳を 悪戯っぽく煌めかせる。

「マリモちゃん」
「…、はい」
「今日って何日か、知ってるか?」
「あ?」

思わず、マヌケな声をあげて。
腕に嵌めたG-SHOCKを覗き込んで、あっ、と呟く。

「……11月、11日…」
「よく出来ました」

紅い唇が、クスクスと笑んで。
ふわりと開いて、低くて甘い声が零れる。

「誕生日おめでとう、ゾロ」


そうだったのか…――!!


「つか、ニブすぎだよゾロさん!普通、気付くだろ!」
「いやいや。コイツを見くびっちゃなんねェぞ、シュライヤ」
「…おいコラ。誕生日ぐれェ、誉めてくれよ…」
「刑事さん、誕生日おめでとう!」
「今朝は悪かったね〜、忙しいのに、判子をねだったりして」
「あ、いえ…あ!そういえば、何だったんだよ あのカード!」
「ああ、ハハ。アレは、な。今日 テメエを、“おめでとう”って祝福して。
テメエに判子を押して貰ったら、そのカードは、コーヒーまたはジュース1杯無料プラス、
焼き菓子のお土産券になる、という寸法」
「…、なるほど!そうだったのか〜〜!!」
「自分のことなんざ、ぜ〜んぜん。気にも掛けやしねェ、旦那様にさ。
いっぱいいっぱい、“おめでとう”を届けてェな、って思ったんだ」

最愛の、恋女房が。
そんな嬉しいことを言ってくれた後、少し照れたように笑う。

「…だから。ちょっと、お客さんたちまで 巻き込んじゃった」

えへ、と言わんばかりの、可愛い笑顔。
ぐおおおぉ!と萌え悶えるゾロの背後から、やっかみ半分のヤジが飛んでくる。

「なんだなんだ!ラブラブじゃねェか おふたりさん!」
「誕生日おめでとう、この幸せ者〜!」
「クソ〜!羨ましいなァ、ちくしょ〜!」

あはは、と店内が 笑い声に満ちる。
後ろ頭を掻きながら ゾロが照れ笑いをしていると、サンジが客たちを宥めながら ゾロの方に振り返る。

「マリモ、昼飯は?」
「ああ、まだ食ってねェ」
「じゃあ、早く飯食って、風呂入ってひと眠りしとけよ。宿直明けなんだろ?」
「お、おう」

サンジの言葉を聞いて。
素直に 母屋へ通じる階段へと、足を踏み出したゾロに。
ス、と サンジが体を寄せて。
小さな声で、ひとこと。

「今夜はさ。オレの肌にも、好きなだけ 判子押させてやっからよ?」

ごきゅっ!、と。
喉の奥が、聞いたこともないような おかしな音を立てる。
目を剥いて振り向けば、悪戯に微笑む蒼い瞳。

「誕生日おめでとう、ダーリン」

母屋に通じる、階段の陰で。
ちゅ、と贈られた小さなキスに。
ゾロはもう堪らずに、妻のしなやかな体を、ありったけの力で抱き締めたのだった。




end



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