■お見舞い



目が覚めたら声が出なかった。


特に心当たりなどはない。
昨夜も日付が変わったあたりできちんと就寝したし、寝不足でも風邪気味でも声変わりでもなかった。
なんら異常もなく至って普通だったのに、起きたら声が出なかった。

「―――・・・」
喉に手を当て口を開き、息を吐いてみる。
空気が漏れる音はするが、声帯が震わない。
腹に力を入れて呻けば声は出るかもしれないが、そこまで無理して出さなきゃならないこともなかろう。
煙草の吸い過ぎが原因かと思わないでもないが、そんなことはないと勝手に結論付けて咥え煙草でキッチンに立った。

「おはようございますヨホホ〜」
年寄りは朝が早い。
「おはよう」
同じく早起きなチョッパーが、ブルックと一緒に目を擦りながら顔を出した。
それに振り向いてにかっと笑って見せる。
「おはよう」
「おはよ」
ロビンとナミが揃って顔を出すと、サンジは両手を広げて大げさな仕種でステップを踏み、くるりと回った。
「おふぁよう」
寝惚け眼のウソップが起きて来るのに続いて、フランキーも踊りながら入ってきた。
「今日もスーパーな天気だぜ!」
朝から元気だ。
「サンジーめしーっ!」
声と一緒に外から飛び込んできた赤い物体を綺麗に蹴り返して、サンジはさっとエプロンを外した。
口をぱくぱくと、わかりやすく開け閉めする。

「じゃあ、たべようか」
「「「「「いっただきまーす!」」」」」
全員で元気よく唱え、ナミがみんなを代表するように口を開いた。
「で、サンジ君、声どうしたの?」

サンジは紅茶を一口飲んでから、ん・ん、と空咳してみた。
「・・・どぅも、ぁさから、ぅまくでなぃんだ」
一応言葉にはなったが、かなり掠れて聞き取り辛い声だ。
ところどころつっかえて、いかにも聞き苦しい。
けれどナミは、なんとなく半笑いみたいな微妙な表情になった。
「・・・ふうん、そう・・・」
言ってちらりと、ロビンと視線を合わせる。
ロビンも目元だけを笑みのカタチに変え、表面は取り澄ました表情でコーヒーを啜ってみせた。
「なぁに、なみさん」
サンジはへらりと笑いながら、クルーを見渡した。

ウソップは不自然に視線を逸らし、チョッパーは黙ってフウフウとホットミルクを吹いている。
フランキーは暑いぜぇ!と両手を合わせて背伸びして、ブルックはぽっかりと空いた眼窩を宙に彷徨わせた。
ルフィだけいつもと変わらず、皿に顔を突っ込むようにしてガツガツ食べている。

「・・・ぁんだよ」
てっきりチョッパー辺りが風邪引いたのか?と食いついてくると思ったのに。

エヘンオホンと咳を繰り返していたら、遅れてゾロがやってきた。
いつものように大あくびで、腹巻の中に手を突っ込んでボリボリ掻きながら入ってくる。
「おはよう」
「いいお目覚めで」
仲間達の挨拶が、どことなくわざとらしい。
ナミはチェシャ猫みたいにニヤニヤしながら、長い足を組み替えた。

「昨夜は二人で夜更かししてたの?」
「風もない、穏やかで静かな夜だったのに」
続けるロビンに、ゾロは軽く眉間の皺を深める。
「なに言ってやがる、俺は見張りだったろうが」
「あら」
「まあ」
二人のみならず、他の仲間達もあれ?と眼を見開いた。
「そんじゃあ・・・」
「一体」
不審げな仲間達の視線が集中するのに、サンジは初めてなにを疑われていたのかに気付いた。

「あ、ぁああほかぁっおれはこぇのちょうしがわるぃだけぁっ」
「なんだぁその声」
ゾロが片方の眉を吊り上げ怒鳴った。
「てめえ、誰に啼かされた!!」
「こンのどぁほー!!」

キッチンのドアを破って盛大に蹴り飛ばされたゾロと無理やり出した怒号で、サンジの声はほどなく元に戻ったという。


End



今朝、突然声が出なくなってその後ハスキーボイスになったSちゃんに捧ぐv



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