■迷子



どこからかクリスマスソングが流れ、街には赤や緑、そして金色の光が溢れる。
誰もが口元に笑みを浮かべ、楽しげに行き交う様をサンジはスツールに腰掛けてぼうっと眺めていた。
人波に溢れた、駅構内のショッピングモール。
並んで歩いていたはずなのに、なぜか振り向けば連れはいなかった。
この、天然迷子め。

知り合って20年。
一緒に暮らし始めて、早や10年。
随分と年季の入った付き合いなのに、ゾロの天然迷子気質はまったく変わらない。
いい加減、首に縄でも付けて引っ張って歩いた方がいいかと思わないでもなかったが、こうして迷子緑を見つけ出すのもサンジ的には結構楽しくて、本気で困ったりはしていなかった。

次から次へと、途切れることなく人が行き交う。
まだ時間が早いせいか、家族連れが目立った。
12月も半ばの日曜日。
小さな子どもは巨大なクリスマスツリーの前で足を止め、若い母親は子どもの目線にしゃがんで一緒に仰向く。
―――大きいね、綺麗ね、すごいねえ。
そんな親子連れの後ろを、また別の親子がはしゃぐ子どもの手を引いて、笑いながら通り過ぎた。
―――今夜はなにを食べようか。
―――サンタさんに、なにをお願いした?
喫煙所で一服することも忘れ、サンジはぼんやりと、幸せの縮図を眺めている。

お互いに三十路も過ぎて、二人の関係は円熟味を増したが、その分ふとした隙間に寂しさが過ぎる。
例えば、こんな時に。

若い頃は、ゾロとよく喧嘩をした。
原因なんていちいち覚えていられないほど他愛無いことで、まるでじゃれ合いのようにしょっちゅう殴り合って、お互いに顔を腫らしながら一緒にラーメン食べたりして。
そんな風でいながら、いつの間にか二人の距離は近付いて、気が付けば片時も離れていたくなくなっていた。
当たり前のように一緒に暮らし、義務のようにお互いの関係を維持する努力をして、必死で環境を整え、周囲の理解を得てここまでやってきた。
そうして暮らしている内に、サンジ自身はどうかわからないが、少なくともゾロの性格は随分と穏やかになった。
今では、サンジに対して嫌味もからかいも挑発の言葉も投げないで、ただ穏やかに微笑み宥めるように触れてくる。

そんなゾロが、昨夜は本気で怒った。
ゾロの実家から見合いの話が来て、サンジがそれを勝手に進めようとしたら、どうしてかバレてしまった。
そして酷く怒られた。
久しぶりと言うより、長い付き合いの中でゾロがサンジに対してここまで激したことはないんじゃないかと思うくらい、静かだけれど激しい怒りだった。
恐ろしさで身が震えた。
それと同時に、胸が熱くなった。
そんな自分をどうかと思うけれど、正直に白状するなら、ただただ嬉しかった。
けれど―――

サンジの目の前を、小さな男の子が危なっかしい足取りで駆け抜けていく。
声だけで注意しながら、その後を赤ん坊を抱いた夫婦がゆっくりと追い掛けて行く。
ただそれだけの風景が、サンジにはとても眩しかった。

ふっと。
気配を感じて顔を上げれば、人混みの中に目立つ緑頭を見付けた。
やっと見付かったかと目を細めれば、なぜかゾロの左側に小さな男の子がくっ付いている。
「ようやくご帰還か、この天然迷子め」
「誰が迷子だ、てめえこそ勝手にいなくなるんじゃねえ」
憮然としながら大股で近づくゾロのコートの端を、小さな手でしっかりと掴んだ男の子はベソを掻いている。
「どうした、その子」
「知らん、勝手に付いて来た」
「正真正銘の迷子かよ!つか、下手したら誘拐だぞ」
お世辞にも人相がいいとは言えないゾロが泣き喚く幼児を連れていたら誘拐犯確定だ。
だが、幸いなことに子どもの方がしっかりとゾロの服を掴んでいるからか、通報されずに済んだらしい。

「どうすんだこれ」
言ってるそばから、子どもの顔がくしゃくしゃに歪んだ。
目尻から涙の粒が盛り上りへの字に曲がった口から嗚咽が漏れるのに、サンジは慌ててポケットからハンカチを取り出し乱暴に子どもの顔を拭う。
「あーわかったわかった、いまお兄ちゃん達がなんとかしてやっから。いいから泣くな」
「どっかに受付ねえのかよ」
「お前の目は節穴か。あそこにでっかくインフォメーションって書いてあるだろうが。目と鼻の先にあるのになんで辿り着けねえ」
しょうがねえなと、サンジもスツールから腰を上げた。

歩き出すゾロが、子どもの頭を撫でて手を差し伸べた。
子どもはコートの裾から手を離し、差し出された手をおずおずと握る。
その後ろについていこうとして、サンジは足を速め子どもの隣に並んだ。
腰を曲げてもう片方の手をそっと掴めば、子どもは振り向いてサンジの手をしっかりと握り締める。

右の手をゾロに、左の手をサンジに預け、涙の止まった顔に微笑さえ浮かべて歩く子どもを真ん中にして。
インフォメーションまでの僅かな道のりを、サンジはゆっくりと踏みしめるように歩いた。


End







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