■家庭教師×生徒



「この夏はてめえにカテキョ付けてやる」
ゼフに唐突に宣言され、サンジの脳内は一気に薔薇色に染まった。

家庭教師。
なんたる魅惑的な響き。
浮かれ気分で即快諾し、指折り数えて初授業を待った。
そして本日―――

「グランドライン大学2年の、ロロノアだ」
想定外のゴツい男がやってきた。


「なんで―――」
サンジは先ほどから、机に突っ伏して号泣している。
その旋毛を丸めたノートでパコンと叩き、ロロノア先生は耳をほじった。
「いつまでもウダウダ訳わかんねえことほざいてんじゃねえ。ほら、第2問さっさと解け」
「暴力教師ー」
「次は辞典の角で殴るぞ」
言葉は乱暴だが、ロロノア先生は集中力のないサンジに根気よく付き合ってくれ、わかりやすく教えてくれた。
端からやる気のなかったサンジでも、多少は有意義な時間が持てたと思う。

「ちぇっ、つまんねーけど休憩しようかロロ先」
「誰がロロ先だ。つか、つまんねーとかハッキリ言うな」
ゾロがやれやれと座椅子に凭れると、サンジは部屋を出て行った。
このままバックレるかと思いきや、トレイに色々乗せて帰ってくる。

「お疲れ様〜って、本来ならおかーさんが差し入れ持ってくるもんだろが、生憎うちにはいねーから」
サンジはそう言って、パウンドケーキやクッキーが綺麗に並べられた皿を差し出す。
「てっきり綺麗なおねーさんが来ると思ったからさ、こんなん作っちまった」
「作った、のか?お前が?」
驚きに目を瞠るゾロに、サンジは気をよくしてヘヘンと笑う。
「すごーい美味しいわあって目をハートにしてくれるの期待したのによ。ゾロ先なら、もっと腹持ちするもんのがいいかな?」
そう言って引っ込めようとする皿から、ゾロはクッキーをがしっと鷲掴みにした。
「いや、喰う」
「いやいや、もうちょっと上品に食え。つうか掴むな、零すな、まずはコーヒーを飲め」
いつの間にか立場が逆転して、サンジは子どもみたいにお菓子を頬張る先生の世話を焼いた。
いかにも大人で酒豪っぽい先生は確かに酒もよく飲むが、甘いものも嫌いではないらしい。
豪快な食べっぷりに気をよくして、サンジはそれから毎回なんらかの差し入れを用意するようになった。



サンジの差し入れが功を奏したか、ゾロ先の実力か。
夏休み明けのテストで、サンジの成績は飛躍的に上がったことが証明された。
ゼフに大威張りで報告したサンジは、小鼻を膨らませてゾロ先にもよろしく言っておいてくれと頼む。
「夏休みの間だけだったからな。ロロノアさんの都合がつくなら、冬休みも頼むか?」
「いや〜もう勘弁してくれよ。冬休みは今度こそ、綺麗なお姉さんがいいなあ」
調子のいいことを言ってゼフに蹴られつつ、サンジはケラケラ笑っていた。

新学期を迎えてすぐに、街では秋祭りが催される。
商店街を流れる祭囃子、あちこちに点る提灯は幻想的で、否が応にも祭り気分を盛り上げてくれた。
友人たちと連れ立って屋台を練り歩きながら、サンジの目は浴衣姿の女性達に釘付けだ。
「お」
前から歩いてくるのは、左腕に浴衣美人を巻きつけたゾロ先だった。
「先生、やるぅ」
ゾロ先も気付いたらしく、サンジを見て軽く目を見張り、ぱっと表情を明るくしてからむむむと眉間に皺を寄せた。
一瞬で百面相だ。
「こんばんはー」
「なに、サンジ知り合い?」
「うん、夏休みにカテキョしてもらった」
「こんにちはー」
左腕に巻きついた美女は、可愛い生徒さんねと身をくねらせながらゾロ先を見上げている。
と、ゾロ先は美女の手からするりと腕を引き抜いた。
「もうお前の先生じゃねえだろ」
「あーうん、まあそうだけど」
何を言い出すのかと思いきや、ゾロ先は生真面目な顔できっぱりと言い放った。
「お前ももう生徒じゃねえんだから、俺と付き合え」
「――――は?どこに」
これからどこかに、一緒に行こうというのか。
サンジの当然ともいえる反応に、ゾロ先はしかめっ面のまま首を振り傍らの美女を指差した。
「場所じゃねえ、俺と付き合え。こいつとは別れる」
いきなり「こいつ」呼ばわりされ、浴衣美女が切れた。
「うっそ信じらんなーい。なにそれ、どういうこと?」
「悪いな」
「悪いとかふざけんなっつの、冗談じゃないっつの、このホモ!」
手に持っていた巾着でバコンと横面を殴られたが、ゾロ先は知らん顔だ。
美女はそのまま、ぷりぷりしながら立ち去って行った。
振られたばかりの彼女のあとを、数人の男子たちが我先にと追いかけていく。
いずれ誰かと、またくっ付くだろう。

呆然としたサンジ+友人達の前で、ゾロは「じゃあそういうことで」と悪びれもせずサンジの手を掴んだ。
一拍遅れて、サンジは「うひゃあ」と悲鳴を上げる。
「ま、まままま待ってゾロ先、俺聞いてない」
「いま言ったところだ」
「つか、マジ勘弁?ホモ?先生、ホモ?」
「ホモじゃねえ」
「ならなんでぇ?」
パニックのまま、ゾロ先に手を引かれてどんどん先へと歩いてしまう。
友人達は遠巻きに見ながら、遠慮がちに手を振っていた。

「ざけんな、俺はまだ了承してねえぞ」
「嫌か?」
ゾロ先はぴたりと足を止め、振り返った。
片手を握りしめたままだから、サンジの方がぎょっとして後ずさる。
「い・・・嫌もなにも、俺男だぞ」
「知ってる」
「ホモじゃねえっつったじゃねえか」
「ホモじゃねえ」
「だったら、なんで・・・」

多くの人が行き交う祭りの夜。
爆竹の音を遠くに聞きながら、ゾロ先はむうと眉間の皺を深くした。
「なんでか知らんが、あの女連れて歩くより、お前と偶然出会えたのが何百万倍も嬉しかった」
「――――・・・」

パパパパーン、とどこかで花火が鳴った。
打ち上げ花火にはまだ早い。
けれどサンジの胸の中で、なぜだか大玉の花火が打ちあがったようだ。

「・・・しょうがねえなあ」
ずっと握りしめたまま汗ばんだゾロ先の手を、サンジは改めてぎゅっと握り直した。



End







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