■Holy night



街中がイルミネーションに彩られ、あちこちからクリスマスソングが流れる光景も今日まで。
明日からは、迎春ムードにガラリと変わるのだろうクリスマス当日の夜は、行く年を惜しむように賑やかに煌めいていた。
キンと冷えた空気は今にも白い雪を連れて来そうで、誰もが寄り添って歩いている。
そんな人波が自然に割れて、一人の男が早足で雑踏のただ中を通り抜けた。

ざっくりと編まれた生成りのポンチョは軽やかに風に舞い、目深に被った帽子からは甘い蜂蜜色の髪がイルミネーションより艶やかに光を弾き返している。
ポンチョの下からすんなりと伸びたスキニーパンツにロングブーツ。
大の男が選ぶ服装ではないが、不思議とその男にはしっくりと似合っていた。
誰が見ても上背のある、確かな男なのにどこか性別を感じさせない、人間であるかも怪しく思えるような幻想的な雰囲気を漂わせている。

「あれ、Sanjiじゃない?」
「もしかして、Sanji?」
「あの、モデルの…」
「わあ、本物?」
周囲の人々の囁きが、さざ波のように広がって行く。
けれど誰も、声を掛けられない。
スマホを取り出すことも携帯で撮影することも忘れ、幻のように目の前を通り過ぎる姿をうっとりと眺めるばかりだ。



もうすぐ日付が変わる。
オフィスの壁に掛けられた電波時計に目をやり、ゾロは座ったままうんと伸びをした。
世間ではクリスマスだのなんだのと浮かれているだろうが、ゾロには関係ない。
今日中にこの仕事を片付けてしまえば、正月は楽に休める。
我が儘な恋人がゾロのためにスケジュールを調整して正月休みをもぎ取ったのだから、応えてやらなければ。
「まあ、目処は着いたか」
独り言を呟いて、ボールペンの尻で頭をゴシゴシ掻いていたら、部屋の外からヒールの音が近付いてきた。
こんな時間に?と訝しく思って振り向くのと、ドアが開いたのはほぼ同時だった。

白い妖精が舞い降りたかと思った。
暗い廊下から滑り込んだ人影は、まるで彼自身が発光しているかのようにほのかに光って見える。
寒さでより白くなった顔色に、吐く息が煙った。

「さっびいぃ、なんだよここめちゃさびいよ!」
外見とはまったく不釣り合いな乱暴な台詞を吐きながら、男はズカズカとオフィスに入り込んできた。
「暖房ねえのかよ、せめてヒーターとか!」
「残業にそんなん使えるか、勿体ねえ」
ゾロはぞんざいに言い返し、視線を手元に戻す。
「大体、どうやってここまで入ってきた」
「あ?下で守衛さんにお前の部署と名前告げて、にっこり笑って見せたら入れてくれた」
「…セキュリティに問題ありだな」
ゾロは再び、ボールペンの尻で頭をガリガリ掻いた。
「お前、今日はパーティーだとかなんとか言ってたじゃねえか」
「ああ、グランドラインホテルでね」
煌びやかな会場に集う、着飾った人々。
ゲストも豪華でドレスアップした女性達は見目麗しく、たくさんのプレゼントとご馳走に囲まれた華やかなパーティー。
その中心にいながら、サンジの心は満たされなかった。

「てめえがいなけりゃ、つまんねえもん」
上唇をツンと尖らせ、サンジは拗ねたように呟いてゾロに背を向けた。
そうしながらゾロが腰掛ける椅子に凭れ、身体をすり寄せる。
「けどさみい、なんとかなんねえかこれ」
「もうちっと待ってろ」
「待てねえ」
そっぽを向きながら椅子の脚をガシガシ蹴るから、ゾロはため息一つ吐いてボールペンを投げ落とす。

「しょうがねえな」
前を向いたまま腕を伸ばし、サンジの身体を引き寄せた。
容易く腕の中に収まる痩躯を抱き締めて、凍えた頬に自分の頬をひっつける。
途端、サンジは満足気に目を細めた。
「あったけえ…」
「…冷てえ」
サンジとは対照的に顔をしかめながらも、ゾロはポンチョの下に手を潜らせてシャツを引き出した。

「ここ、カメラ回ってんじゃねえの?」
警備室のモニターには、勤勉なゾロの後ろ姿もちゃんと映っていた。
「クリスマスだ、ちったあサービスしてやれ」
ちょっとだけな?
そう囁けば、サンジは悪戯っぽく瞳を煌めかせて笑い返す。
モニターに見せ付けるように唇を重ねた二人の背後、窓越しに覗く景色はいつの間にか雪に彩られていた。


End



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