Spirited away

失せモノ、見つかります


ちゃぷんと朝露が額や肩に数滴垂れて、ゾロはゆっくり瞼を開けた。
白々と明ける薄い空に、紫色の雲の筋が走っている。

秋だな―――
しみじみと空を仰いで、湯の中で腕を擦った。

ちゃぷりと、また静かな水音が響く。
ほんの少し離れた岩場で、サルの親子がお互いの毛を掻き分けてはなにやら噛んだり潰したりしているようだ。
あんな風にもっさりと毛に覆われているから、湯に浸かっても中まで浸透しないらしい。
だからオレらは湯冷めしないよと、どこか自慢げにチョッパーが言っていたのをふと思い出した。
サルやクマは湯冷めしないだろうが、オレはちょっとはするだろうな。
だから湯から上がれない。
どういう訳か、服がないのだ。












真夜中にパンツ一丁で森の中を歩いていて、こんこんと岩場から湧き出る絶好の温泉に辿り着いた。
先客もいたが構わずそのままざぶざぶと浸かり、まったりと夜を過ごす。

日暮れと共に空気はキンと冷え、少し高めの温度の湯が心地よかった。
それでも、身体についた水分を拭う布すら手元にない。
せめてもう少し日が高くなって気温が上がってきたら、軽く身体を乾かして葉っぱでも身につけようかと、
ゾロは悠長に考えていた。



山の端から太陽が顔を出し、揺れる木々がその色を濃くしていく。
気がつけば空は真っ青に染まり、どこまでも高く遠く雲がたなびいている。
赤や黄色、オレンジに緑と、鮮やかに染まった山々は、風が吹くたびに笑うようにさざめいて見えた。

「いい湯だ」
声に出してふうと息をつけば、まったりと目を閉じていた先客が水音を立てて湯から飛び出し、
繁みの中へと飛び込んで消える。
間もなく、枯れ枝を踏みしだく足音がした。

がさりと顔を覗かせたのは、朝日を背に受けた金色の髪だ。
峰々に連なる錦の色と青い空の中で、黒スーツに金髪の男はなんとも似合わない。
そこだけ切り取って貼り付けたような違和感をそのまま保って、サンジはタバコを咥えたまま
嫌そうに目を細めてゾロを睨んだ。

「・・・お前、何してんだ。」
見てわからないのだろうか。
「風呂入ってんだよ。」
当然のことのようにそう応えると、サンジはタバコを指に挟んで呆れたように煙を吐き捨てる。
「そりゃ見りゃわかる。俺は素っ裸で何してやがんだって聞いてんだ。」
「裸で風呂に入って何が悪い。」
ぶちぶちっと遠目でわかるくらい、白い額に青筋が浮いた。
それでもすぐに蹴ってこないのは、静かな山々に対する遠慮なのか。

「だーかーら、てめえはたまたまここに湯があったから入ってるだけで、ほんとは素っ裸で山ん中
 さ迷ってたんだろうが、何してんだよ!」
驚いた。
なぜそのことがわかったんだろう。

「よくわかったな、オレが素っ裸だなんて。」
「見りゃわかるだろうが。どこにもてめえの服がねえ、大体刀はどうした?」
問われてああ、と思い出す。



森に入ってすぐに、裂けて倒れかけたでかい木があった。
その梢にいくつも鳥の巣があってぴいぴい鳴いていたから、つっかえ棒代わりに三本とも立て掛けて
来たんだっけか。
「なに、ちょっと貸して来ただけだ。」
「んじゃあ、腹巻はどうしたんだよ。」
がじがじとタバコを噛みながらサンジはぐる眉をさらに顰めた。
腹巻は・・・
熱い湯で顔を洗い、目を瞬かせる。

「あああれだ。冬眠し損ねた熊が、寒くて眠れねえとか言ってたから貸してやった。」
サンジの右肩が目に見えてがくりと落ちた。
なんだか小刻みに震えている。
「・・・んじゃあ、靴はどうしたんだ。」
声も常より低く呻くように搾り出された。
具合でも悪いのかと、ゾロは肩まで湯に浸かった状態でサンジを見上げた。

「靴は・・・たしかイタチと野鼠の親子がそれぞれ、巣を追い出されたとかなんとか言ってたから。
 貸してやったんだ。」
そうそう、どっちも子沢山だったからえらく有り難がって靴の中に飛び込んでたっけか。

「・・・んじゃあ、じじシャツは?」
「その後であった狸にやった。なんか毛が抜けてみすぼらしかったからな。」
「そんならズボンは?」
「その先にアナコンダがいてな。ズボンを脱いでやったら喜んで潜ってたぞ。」
「・・・パンツは?」
「いい湯が見つかったから脱いで入ってたら、イノシシが牙に引っ掛けて持ってっちまった。」
「・・・」
あのパンツさえ残ってたらそれで水分は拭けるんだがなと、ゾロは今更ながら少し悔しく思う。
と、ばさりと目の前に服が投げ落とされた。

白いシャツ、黒いズボン、緑の腹巻、刀が三本。
すべて自分のものだ。
「お前、どうしたんだこれ。」
「メルヘン剣豪。湯あたりして寝呆けてんじゃねえぞ。あっちこっちに脱ぎ散らかしてあったじゃねえか。
 オレはこれを拾いながらココまで辿り着いたんだよ!」

ああ―――とゾロは改めてサンジの顔を見上げた。
我知らず表情が柔らかに緩む。

「助かったぜ。」
ゾロはざばりと湯から上がると、シャツで適当に水分だけ拭って濡れたまま身につけた。
パンツとズボンを履き靴を引っ掛け腹巻をつける。
刀も携えてこざっぱりとした顔でサンジを振り返った。



「ったく、迷子になるにも程があるぜ。しかもひとりでふらふらとストリーキングして歩くたあ、どういう了見だ。
 イかれてるにもほどがある!」
なにやら一人で激昂しつつ新しいタバコを取り出そうとした腕を、ゾロはがしっと捕まえた。
驚いて身を引くのを許さず、手首ごと戒めるように大きく握る。

「んな、な・・・」
反射的に蹴られた向う脛の痛みも気にせず、ゾロはサンジの手を掴んだままずんずんと枯葉を踏んで前に歩いた。
「バカ、何してんだ。手を離せ。」
「うっせえな。おい帰り道はこっちでいいのか。」
「クソ迷子野郎、ちゃんとついてきやがれ。」


朱に染まったカエデより頬を赤らめて、サンジは前だけ向いてがしがし歩いた。
その手を深く握り込んでゾロも歩調を合わせてついていく。









その日生まれたその時ただ一度だけ―――
探し物をたずねて山に踏み入れば、きっと願いは叶うだろう。





眉唾ものの迷信だと鼻で笑いながらも、一縷の望みをかけて此処に来た。
しっかりと繋いだこの手をもう二度と離すまい。

どうしても顔がにやけて笑みが零れる。
そんなゾロを不気味そうに振り返りながら、サンジは青い空に向かってタバコを吹かした。










カサカサと乾いた音を立てて、足元に枯れ葉が舞う。




落ち葉を敷き詰めた彩の道を
ゾロは意気揚々と
3ヶ月ぶりに見つけたコックの手を引いて
待ち侘びる仲間たちの元へと帰っていった。

END

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