楽園


長く長く続く魂の列。

ここは生命の裁かれる場所。




この世には人間の住む世界のほかに、2つの世界がある。
一つは神と天使が住まい、美しい景色と祝福に満ちた天界。
もう一つは魑魅魍魎が住まい、地獄の風景と共に全ての罪が暴かれる魔界。

ここはその中の魔界―――いわゆる地獄である。

さまざまな罪を犯してきた魂は、地獄の門にてその処遇を決定される。
サンジはその地獄の門の中でも、とりわけ凶悪な魂の運ばれる門で働いているコック兼・使い魔だ。
彼の作る食事は、魔界では珍しくとても見た目が美しい。その上に味も抜群に良かったが、こんな寂れた魔界の果てでは公に評価されることもなかった。

今日もサンジはその自慢の料理を頭と片手に乗せたまま、バランスよく歩いてゆきある一点でピタリと止まった。
空いた手は煙草をふかしながら、熟睡している緑髪の悪魔の脳天に踵落としをキメる。

「まあ〜〜たサボってやがんのか、苔頭」

「グ・ル・眉……ッて、めえ!!毎度毎度普通にメシ運べねえのか!!!」

すぱーっと煙を吐きながら憐れそうに、悶え苦しむ緑頭の悪魔を見下ろすサンジ。

「そういうセリフは光合成を終了してから言いやがれ。毎度毎度寝腐れて仕事してねえってのによ。メシ食わしてやってるだけ有難いと思え」

「そいつはテメエの仕事だろうが!使い魔風情が生意気な口叩くんじゃねぇよ」

「あァん!?このおれがてめえごときに劣るとでも言いてえのかゴルア!!あとグル眉って言いやがったなオロされてえのかクソ緑」

「出きるモンならやってみやがれダーツ眉毛!!」

緑髪の悪魔は、魔獣と呼ばれる地獄の門番ロロノア・ゾロ。
往生際悪く、処罰されるのを逃れようと牙を向く魂を無に帰す役目を荷なっている。
この期に及んでそんな馬鹿な真似をする魂は限られているため、もっぱら睡眠が仕事のようなものだ。
しかし「仕事」を行う時の彼の姿は地獄の魔獣と呼ぶに相応しく、たしかに使い魔程度が気軽に話しかけられる相手ではない。
たかだか給仕係のくせに恐れも諂いもせず、真っ直ぐに喧嘩を売っていくサンジは異質中の異質だ。

「うるせぇよ穀潰し。いいから黙って温かいうちに食え」

「あのな。そいつの邪魔してんのは何処のどいつだ…」

毎回激しい喧嘩のようなやりとりにも関わらず、ゾロは食事を残さない。
そんなゾロの事を、口では乱暴に罵りながらもサンジは好ましいと思っていた。
いや、それ以上の気持ちを持ってさえいる。
仕事の時以外はほとんど置物と化したようなゾロの存在に、好んでつっかかっていくのはいつもサンジの方だった。
他に執着をせず、ひたすら己の道しか見えていない瞳に自分を映したい。
できることならゾロの専属コックになりたいとさえ思っているサンジだが、元来素直でない彼が口に出せるはずもなく。
自分の料理を食べてもらえるように何かと理由をつけてはせっせとゾロの元に運んでいる。
結果、「もっと近づきたい」という気持ちはひたすら喧嘩に置き換えられていくばかりだ。

「……黙ってりゃあ、もっといい職場もあるだろうによ」

「あァ?」

「テメエみてえな下っ端でも、どっかのえらいヤツに気に入られりゃもっといい暮らしができるっつてんだよ」

「アホか。おれはそんなのにゃ興味ねえ」

この地獄の門は魔界の中でも決して環境が良いとはいえず、時には生命の危機さえ訪れるような危険な職場だ。
そんな場所に好んでサンジが居る理由などただ一つ。ゾロがいるからだ。
本人には決して伝えることのできないこの想い。表では軽口を叩きながらも、越えられない身分の差をサンジは嫌というほどわかっている。

コイツがおれに振り向くなんて、たとえ生まれ変わってもあるわけねえ。

そしてたとえ奇跡が起きても、結ばれることは適わない。
報われなくてもいい、そばにいることができれば。
だから、さっきのゾロの言葉は結構ぐさっときていたりする。
ゾロがこの場所から自分を追い出したいように聞こえるなんて、被害妄想にも程がある。

「まあ、そのヘンテコな眉毛じゃ引き取り手は皆無だがな」

「ッだと!!て、め…、」

ぐわっと振り上げた足と共に宙に浮き上がる思考。
激しいめまいと共にサンジの身体はバランスを崩し、仰向けで倒れそうになる。
地面とすんでの所で、ゾロの逞しい腕がサンジの腰を抱き寄せた。

「アホ。何勝手に自滅してやがる」

「……うっせ……!」

悪態をつきたくても真っ白な頭から言葉が出てこない。
近ごろ頻繁に起こる発作。喘ぐように息継ぎを繰り返す。

「……オイ、コック?どうした。具合悪りぃのか」

「…なんでも、ねえ、よ」

発作はしばらくすれば治まるが、それよりそんなに顔を近づけないで欲しい、とサンジは思う。
別の意味で動悸息切れが起こってしまいそうだ。
密着する身体に、この鼓動が伝わってやしないだろうか。
もう大丈夫だから離せ、ともがきながらサンジは訴えたが、ゾロは無言でサンジを肩に担いで宿舎に運んだ。
驚いてゾロの背中をバンバンと叩くがびくともしない。
いつも喧嘩ばかりの生意気な相手にも関わらず、優しい気遣いを見せるゾロに胸が締め付けられる。
ドサリ、と乱暴に寝床に落とされるかと思いきや、大した衝撃はなかったことに驚く。

「…しばらく大人しくしてろ」

そっけない言葉と共に振り返る背中。

――ひきとめたい。…縋り付きたい。

でもそれはできないのだとわかっている。
第一、そんな柄じゃない。
どうやらサンジ自身、思っていたよりもずっと心が弱っているようだ。

ここの所、発作を含めてサンジの容態は急激に悪化していた。
おそらくこの身体に残された時間はあと幾ばくも無いのだと思う。
それまで、少しでも…その姿を目に焼き付けておきたい。




好きだ………ゾロ………。








−−−−−−−−−−−−−−−



地獄の門は久しぶりに大荒れに荒れていた。
強大な力を持った魂が、処罰に反逆しこの場所ごと吹き消そうと大嵐を起こしていた。
こういう時こそゾロの出番である。

両手と口に三本の刀を構え、不敵に笑う。

「こいつぁ…なかなか手ごたえがありそうだな」

人間でありながら悪魔と禁断の契約を交わし、数えきれない程の民衆の命を犠牲にした歴史に残る悪王。
その魂は禍々しいオーラを身に纏い、その姿を巨大な砂嵐に変えて周りの魂をも吸収していった。

「こりゃあまた派手なこって。いっこいっこ捌いてく必要がなくなって良かったんじゃねえ?」

「……ッ!クソコック。テメエここで何やってる…!」

「何って見てわかんだろ。見物だよ、ケ・ン・ブ・ツ」

「ふざけるな!!てめえこそ見てわかんねえのか。並大抵の奴じゃすぐ消滅しちまうんだよ!」

苛立ちを隠さずゾロが低く吠えても、サンジはどこ吹く風だ。
呑気に煙草に火をつけ、旨そうに吐き出して見せる。

「どうせこんなもん、お前がすぐ吹き飛ばすんだろ。メシが冷めっからとっととやっちまえ」

「ああ、すぐ行く。だからお前は建物の奥にでもすっこんでろ。命がなくなってもしらねえぞ」

ゾロが睨みつけながら退避を促すが、サンジは曖昧な表情で軽く微笑んだ。

「どうせ、こんな嵐じゃあ建物にいたって安全じゃねえよ。危なくなったらさっさと逃げるさ」

ゾロはまだ納得せずに反発していたが、サンジに手でしっしっ、さっさと行って来いと追い払われる。
サンジはまだ本調子ではないようで、どことなく青白い顔をしていた。
本気でヤバくなっても運よく逃げられるだろうか。
できることならば、最悪の事態になったとしても自分の預かり知らぬ所に居てほしいものだとゾロは思う。
そうでなくては、戦いに集中できない。

―――クソ、んなわけねえ。

そんなもので心が乱れるような軟な鍛え方はしていない。力のないやつはくたばって当然だ。
そう思うのに。
ゾロはサンジの顔を真正面からじっと見つめ、その顔色の悪い頬に手を伸ばした。
そっと撫でさするような動きに、サンジがびくっと震え軽く目を見開いた。
ゾロの眉間に深い皺が刻まれ、そのまま軽く握った拳をぐいっとサンジの頬に押し付ける。

「………ヘマしてくたばるんじゃ、ねえぞ」

背後の影を断ち切り、ゾロは強大な砂嵐に向かって駆け出した。







「………んだ、今の」

ゾロの姿が消えるまで見送った後、ふらりと傾いだサンジの両膝から力が抜けて地面に崩れ落ちる。

「ああ……ヤベえな……」

膝をついて、咳き込む口元に手を添えると赤いものが混じっていた。
こんな状態ではゾロの雄姿を見る前にくたばってしまいそうだ。
もう少しならどうにかなるかと思っていたが、いよいよタイムリミットのようだった。

想いを伝えることなど出来なかったが、短い間でも傍に居れて本当に幸せだった。
愚かな自分の行為に、それでも後悔など微塵もなかった。
近くで感じたロロノア・ゾロの存在は、遥か遠くで憧れていたよりもずっと自分の心を浮き立たせた。
そして、決して良い関係ではなかったが自分を視界に入れてくれた。このちっぽけな存在を認めてくれていた。
…ここに来れて、よかった。心からそう思う。

「…冥途の土産にかっちょいい姿、見たかったけどな。まあ、仕方ねえか」

自分が死んだら、少しくらいは悲しんでくれるだろうか。
飯が食えなくなって残念だなどと、思ってくれるだろうか。

わかっていた結果だったのに、未練がましい己の心にサンジは苦笑した。
どうしようもなく、惚れているのだ。
本当はもっともっと、傍にいたかった。
こんな身分の差などなくて、お互い対等で、喧嘩じゃない会話もして、その時はきっと二人とも笑顔で…。

そんな淡い想像にサンジの胸は少しだけ切なく、温かくなる。
そして、幻をかき消すように頭を振った。
もう、迷いも心残りもない。

できるなら最後はゾロに見えない所で逝きたい。
サンジは震える足を引きずりながら、少しづつ歩き始めた。












「一刀流……三十六煩悩鳳!!!」


巨大な嵐に向かって斬撃を飛ばすも、ぶち当たった瞬間に細かく霧散し、やがてすぐ元の姿に戻る。
ゾロの刀には特別な力が宿っており、たとえ魂だけの存在であろうとその攻撃を免れることなどできない。
どうやらこの嵐はダミーのようで、核がなかった。

「中身はどこだ……」

なにか、嫌な予感がする。

あいつは、サンジは無事に逃げているだろうか。
強かなあの男のことだ。簡単にくたばりはしないだろう。
ただ、あの白い顔が諦めたように微笑む様を思い返してどうしようもなく心が波立った。

「本体を、探すためだ」

自分の心に言い訳をして誤魔化しながら、ゾロは踵を返した。


まわりまわって散々迷った挙句、やっとの思いで先ほどサンジと別れた場所にたどり着いたが、そこにサンジの姿はなかった。
どこか安全な場所に逃げたのだろう。そう思うのに、なかなか不安は消え去ってくれない。
こういう時のゾロの予感はよく当たるから、どうにも落ち着かない。

そうこうしている間にも、巨大な嵐はその姿を大きく膨らませていく。
建物にピシリとヒビが入るさまを見てゾロはチッと舌打ちをした。
これではサンジの言っていたように、建物の中でも安全ではない。

最後は勘に頼るしかないと、ゾロが闇雲に走り出そうとしたその時。
視界の端に捉えた金色。
声をかけようとしたが、ふらりと揺れる後ろ姿は陽炎のような不自然さで。
きっとあれはサンジだろう。だが……

足元に転がる干からびた、おそらく悪魔だったもの。
振り返ったその眼は


燃えるような、紅【アカ】―――



「……だれだ、テメェ……ッ!」

サンジの姿をした【ソレ】は、ニタリと血の滴るような笑顔を見せた。

「………まさか、こんな所でこんなイイ拾い物をするとはなァ………」

ゆらり…ゆらり。頼りないほどの足取りで、ゾロの方へとゆっくりと歩みを進める。

「…最上級の、容器だ……。死にたてで身体に馴染んだようだ」

「テメエ、何をぶつぶつ呟いてやがる…。その姿…コックのやつをどうした」

「この身体か?拾ったんだよ…。このおれの魂に壊れもしない…素晴らしい素体だ」

姿形はゾロのよく知るサンジだが、違う。比べものにならない悍ましいオーラ。
コイツは……探していた本体か。

「中身はどうしたかと聞いている!!!」

「中身?そんなものは死んだ。今はこのおれだ。…王は誰にも裁かれはしねェ!!!」

瞬間、三本の刀を構えたゾロが凄まじい殺気を放つ。
ビリビリと叩きつけるようなそれに呼応するように、本体の広げた両腕から霧のようなものが集まって大きくなっていく。

突如巻き起こる砂嵐。
激しい烈風は、とっさにガードしたゾロの両腕を、全身を無数の刃で切り裂いた。

「ぐっ…う、虎……狩りィィッ!!!」

剣の風圧で砂嵐を蹴散らすも、本体に届く前に力は弱まり空に消えた。
瞬間、ゾロはすでに構えていた技を放つ。

「鬼……斬り!!!」

激しく衝突し、ビリビリと両腕に余韻が伝わるも切り刻んだ手応えはない。
三本の刀はオーラを纏った片足で受け止められていた。
本体はもう片方の足で刀をはじき返し、空中で後方に回転し着地する。
そのままゾロに向かって走り出した。

「三刀流……」

「…………」

「牛針!!!」

高速で繰り出す無数のゾロの斬撃に、本体は足技で互角に相殺する。
1、2発捌き切れずに体制を崩した所をすかさず畳みかけると、本体はバランスを保てず崩れた。
仰向けに倒れた地面、縫い付けるように本体の顔の両脇に刀を突き立てる。

「……さっきの威勢はどうした…」

「…………」

見下ろした先。
気づけば金色の髪から覗くその顔から狂気が失せていた。

見上げた瞳は吸い込まれるような、深い、蒼。

「クソコック………?」

「……、は、やく………」

「テメエ、」

「早く斬れ!!ゾロ……ッ!」

おれが、抑えている内に。
喘ぐような息の中、必死に声を絞り出す。

「……ハハ、悪ぃ。…うまいこと、逃げるつもりだったのに、よ…ヘマ…しちまった…」

「マヌケが…!あれだけおれが言っただろうが!!」

「ああ……。だから、おれごと、斬れ」

「アホか、ふざけんな。魂を追い出しゃあいいだろうが」

「無理だ…。力がでかすぎるし、何よりおれは……おそらく、こいつが出て行ったら、死ぬ」

予期しなかった言葉にゾロの表情が驚きを見せ、険しくなる。

「もともと死にかけて、たから付け込まれた…んだけど、よ。皮肉なことに、そのおかげ、で永らえてる…」

だから、早く。
苦しげな表情で懇願するサンジに、ゾロの眉間のしわが深まる。

「…ゾ、ロ……おれごときに情けをかけるな」

サンジ、ごとき。
使い魔風情。ただの給仕係。

いや、違う。そうじゃないとゾロの心が否定する。

「な、…っあ、どうせならおれ、は。…お前に斬られて、死にてえ…」

「…テメェ…」

「ゾロ…!はやく、時間、が、あ……、ああああああ!!!」

突如、ドクン!と激しくサンジの背中がしなったかと思うと、見開いた目は紫に――
そして先ほどのような血の色に染まっていく。
地面に縫い付けられていた本体はゾロの前に両手を突出し、衝撃波でゾロを吹き飛ばした。

「クハハハハハハ!!馬鹿な奴だ。みすみすチャンスを逃がすなんてな……!!」

地面に刺した二本の刀はゾロの手から離れ、本体はさらにそれを嵐で巻き込み遠くへ放った。
すぐさま襲いかかる巨大な砂の刃を、ゾロは口の刀を右手に持ち替えて弾き散らす。
その後ろに隠れていた二撃目もジャンプでかわすと、落ちざまに脳天から刀を振り下ろした。

ザシュッ!とわずかな手応えがあるも、本体はとっさに身体を捻っており肩を掠めただけだった。
着地したばかりのゾロの胸を、十字の刃がモロに切り裂く。

「ぐァ……ッ!!」

「甘ェな。この身体を前に躊躇っているのか?馬鹿な奴だ!!」

「……………」


本体に言われた言葉にゾロは顔を顰めた。
躊躇って、いるのだろう。
手を抜いているつもりなどないはずなのに。


…アイツは。

おれに斬られたいと言った。

ふざけんじゃねえ。
勝手なことを言うな。

お前を斬ったら、もう。

うまい飯が食えねえ。


いや……そうじゃない。


「クハハハハハ!!地獄の犬が……。魔界の塵となりやがれ!!」

本体が片手を空に掲げ、巨大なエネルギーを集めだした。
ダミーの嵐が吸い込んだ魂の力が、本体の手の中に凝縮されていく。

「…目を覚ませ、クソコック」

ゾロの能力ならば、本体の魂だけを斬ることが可能だ。
だが、ゾロならばまだしもサンジの身体はそんなに強くはないはずだ。
ましてや死にそうなまでに体力が落ちている状態だ。
一緒に消滅してしまうかもしれない。

だが……

「てめえは、そんなに軟じゃねえよな」

ゾロと本体が対峙して、お互いにニヤリ、と笑う。
ゾロが刀を鞘に納めた瞬間、本体はとてつもないエネルギーの塊を放った。




「潰れろ!!!!」

「一刀流【居合】…」





「獅 子 歌 歌」















−−−−−−−−−−−−−−−









「起きろ!!クソコック。死ぬんじゃねえ」

がくがくと身体を揺さぶると、死んだような表情だったサンジにうっすらと青い光が宿った。
げほ、げほっと血の混じった咳がこぼれる。

「ハァ……馬鹿野郎、乱暴に揺さぶるんじゃねえ…くたばっちまうだろうが…」

「てめえが、こんくらいで死ぬタマかよ」

「…ハハ……たかだか下っ端の使い魔に買いかぶりすぎだろ…」

だけど無理だ、もう死ぬ…。
呟きながら、サンジは情けなく笑った。
ぐぐ、っとゾロの表情が険しくなる。

「てめえは、下っ端の使い魔じゃねえだろう。そんくらいで死ぬな」

「………なんで、そう思う?」

「勘だ」

「……勘か」

スパンと言い切るゾロに、たまらずサンジが噴き出す。
しばらく考えた後、サンジはゆっくりと口を開いた。

「…ゾロ。あのな……ずっと黙ってたけど、おれ本当は………天使なんだ」

「…天、使?」

「ああ」

「…天使にゃちょっと柄悪すぎやしねえか?」

いつもの蹴りからして、下級悪魔ではないとは思ったがまさか天使とは。
このグル眉は天使の輪っかか、とゾロは不謹慎に場違いな事を考えてしまう。

「うっせえよボケ。…羽ちぎって、堕とされたんだ。堕天使ってやつだ。魔力は以前の100分の1もなくなっちまった。
しかも地獄の瘴気で、もう身体もボロボロだ…」

「なんで…そんなマネした」

「お前に、惚れたから」


サンジは過去にこっそり魔界に降り、そこでたまたまゾロを見つけた。
ただ一度見ただけ、しかも話したわけではない。
だけど目が離せなかった。
悪魔がその姿で人誑かすのは知っているが、遠目から見てもゾロは美しかった。
それは決して女らしい美貌とは違ったが、逞しい腕、引き締まった身体、流れるような剣さばき。
思わず見惚れてしまうほどに。

地獄に降りたのがバレて謹慎処分となり、二度と魔界には行くことを許されなかった。
しかし寝ても覚めても、ゾロのことを忘れることはできなかった。

――そしてついにサンジは、禁忌を犯した。

ゾロにだけは、言うつもりなどなかった。
だが、どうせもう死ぬのだ。
そう思うと、恐ろしくあっさりと正直な言葉が滑り出た。
そして吐き出したことで、気持ちが軽くなったことに気付く。

「……遅ぇ」

「あ?」

「遅ぇってんだよ!!馬鹿マユゲ!!」

「んだとぉ…、あ、え?」

ゾロが痛いほどサンジを抱きしめる。
突然の事に、サンジは混乱するばかりだ。

「………ゾロ?」

「馬鹿野郎……本当に、てめえは馬鹿だ。死んでどうする」

「…そうだな」

「……てめえ、おれが二撃目を放った時には正気に戻ってただろう」

「…ああ」

「足で斬撃を受け止められたのは初めてだぜ。…羽がある時に、一度喧嘩してみたかったな」

「ああ…………」

ふっと無言になったサンジを不安に思ったゾロが顔を覗き込むと、
サンジは思った以上に真剣な表情でゾロを見返してきた。

「ゾロ…最後に頼みがある」

「なんだ」

「…キスして、くんねえ?」

「あぁ?」

「嫌ならいいけどよ…」

答えの代わりに、すぐさま降ってくるキス。
ああ、悪魔のくせに。やっぱりゾロは優しい男だとサンジは思う。
軽く触れ合った唇はすぐに離れ、名残惜しい。

「ゾロ…もっと…。どうせなら、すげぇの、して」

「……ッてめえ」

怒ったような表情でサンジの唇に食らいついてくる。
サンジはゾロの背中に縋り付いて、離れそうな意識を繋ぎ止めて必死に息を継ぐ。

「んぅ……ハア…贅沢言うなら、精液でも、食らったら即死なんだけどな…」

「アァ!?」

息継ぎの合間の突拍子もない言葉に、ゾロが怪訝な声をあげる。
サンジは苦しそうな表情で、それでも幸せそうにふわりと笑った。

「悪魔の…体液はな。天使にとっちゃ最高に甘美な……毒だ」

「ッ!!ん、だと…」

「んん…きも、ちいィ…。ゾロ…もっとくれよ。…お前に…殺されてえ…」

「…ちくしょう、勝手ばっかり言いやがって…!」

サンジが再び顔を寄せて強請ると、ゾロはやけになってキスを繰り返した。
唾液を送る度に、恍惚としていたサンジの目は徐々に光を失っていく。

「…ああ…くそ、もう…見え、ね。ゾロ…。なあゾロ…」

「なんだ」

「死んだら、おれの魂、地獄に送ってくれよ…」

うっとりと笑って見上げるサンジから漏れ出す光を見て、ゾロは大きく舌打ちをする。

「アホか。てめえみてえな真っ白な魂、地獄に送れるわけねえだろうが。」

「…そうか…」

「だが堕天したんじゃ天界にも行けねえ。…しょうがねえから人間界に送ってやる。悪党ならそこでやりゃあいいだろ」

「ゾロ……」

「おれも死んだら行ってやる。派手に悪いことやって、そんでまた一緒にここに舞い戻ってくりゃあいい。」

「……へへ。まじでか。…冗談、でも、うれ…し…」

涙をこぼしてサンジが目を閉じる。
しばらくして、ゾロの背中に縋り付いた腕がゆっくりと地面に落ちた。
眠っているように見えたその顔を覗き込んでも、もうピクリとも動かなくて。
無数の白い光が飛び交い始めたその身体を、ゾロはぎゅっと抱きしめた。

「冗談なわけあるか。…先に行って待ってろ」

必ず、見つけ出してやるから。


「そんときゃちゃんと、俺の返事も聞け」







数千年後の人間界の海の上で。

巡り合う、その時に。



















「HAPPY BIRTHDAY!!!」


大海原を旅する小さな海賊船。
今日はそのコックの誕生日を名目に、飲めや騒げやの大宴会だ。

酔った屍累々の世話をして、なぜか主役のはずのサンジが後片づけをして。
思いもかけず、飲み足りない剣士が手伝いを申し出て、その後は二人で酒を酌み交わした。

日付が変わる、その前に。
べろんべろんに酔っぱらったサンジは上機嫌で笑っている。
思いつめた表情のゾロが、口を開いた。


「おいコック」

「…ん?」

「てめえに、話したいことがある……」








end





  *  *  *



うわあああああああ
よがっだーよがっだーちゃんと巡り逢えだー!
そうかあ、地獄でありながらどこか清浄な空気を感じ取れたのは、
やっぱりサンちゃんが只者じゃなかったからなのね。
恋に落ちた堕天使!めっちゃ似合います背徳の天使!!(戻って来ーい)
いまこうして、人間として生を受け再び逢えた時、ゾロが覚えていてくれたのがものすごく嬉しい。
ここから二人の愛の物語は始まるんだよね。
もうずっと一緒だ。
悲恋からの愛の成就、軌跡をありがとうございますv