存在証明

深夜のキッチンで、サンジは一人机に向かっていた。
昼間の喧騒の中では、ゆっくりと書き留められないレシピ。
これからの献立。
そして、明日のバースディパーティのメニュー。



GM号の一員になってから、クルーの誕生日は各々盛大に祝われた。
お祝いと称して騒ぎたいだけなのは明白だが、誰も異論はない。
その日の主役のリクエストに忠実に、最大限の努力をもって食卓が飾られる。

そして明日のサンジの誕生日は、サンジ自身の希望ではなく、他のクルーのリクエストを一つずつ
取り上げたランダムなメニューだ。

「骨付き肉・・・はいいとして、オムライスにムサカ、ジャンバラヤに海賊ラーメン、牛丼と参鶏湯・・・」
うーんと鉛筆で頭をかいた。

幸い寄航したばかりだから、新鮮な食材は揃っている。
腕によりを掛けて、自分のお祝いをすべく段取りを考えた。
明日が本当に自分の生誕日かどうかは、わからないのだけれど。





チョッパーとナミ、そしてサンジは自分の誕生日を正確に把握していない。
ナミは産み親の顔すら知らないで生きてきた。
だからGM号の一員になったとき、まず始めにしたことは誕生日を決めること。
どういう訳か名前にちなんで定められたその日は、適当にもかかわらず、何故か大きな意味を持つ。

自分が生まれた日。
喜びをもって迎えられたのか、望まれたかすら定かではないその日を、全員で祝福する。
おめでとうと声を掛けられ、プレゼントが渡される。
まるで自分のアイデンティティを確認する作業のようだと、サンジは思った。


投げかけられる言葉、必要とされる事実。
求められて答える自分。

それでも、俺が生まれた日はただ一つで。
生まれてきたのはただ一人。

独りきり―――。





からりと音がして、いつの間にか指から離れた鉛筆が床に転がっている。
それを拾おうと手を伸ばし、めまいを感じた。
重力に引き寄せられるままサンジは床に身を投げ出す。
がたん、と派手な音を立ててイスが倒れたが、続く静寂にかき消された。

仰向けに寝そべってサンジは目を閉じた。
背中から床に響く心臓の音が耳奥に伝わる。




少し――――死んでみよう。

息を潜め、緩やかに呼吸する。
力を抜いて、かすかな船の揺れに身を任せた。
床から伝わる無機質な冷たさが、身体の隅々まで沁みる感覚。

閉じた目蓋の裏は、明るくて紅い。
止める手立てもなく脈打つ鼓動に、耳を傾けた。

一人で逝く真似事。


子供じみた遊戯。








不意に床がきしんだ。

冷えた額に乗せられた手から伝わる熱さに、それが誰のものか、たやすく知れた。
乱暴に肩を掴まれて、胡乱げに瞳を開く。
滑稽なほど真剣な顔をした剣士が、目の前にいた。



「どうした。」

低い声で訪ねられて、しばし呆然とする。

「いや、何でもねえ・・・」
サンジは寝そべったまま目を逸らした。
肩はまだ掴まれたままだ。
だが何故か、ばつが悪くてその手を振り払うことができない。

「何してやがった。」
怒気を孕んだ声。

「寝てただけだ、離せ。」
サンジに手をかけたままのゾロの肩に、膝を割り込ませて軽く蹴る。
身を起そうとするサンジを許さず、睨み据えたゾロは押さえつけた指先に力を込めた。

「痛えっての、・・・なんでもねえよ。」



ゾロは、哀しいほどあっけなく
     人が死ぬことを知っている。

ある日突然、実にたやすく
     ――――人は、死ぬのだ。







「ちょっと、死んでみただけだ。」
「はあ?」
「死んだ真似だよ。引っかかりやがって、バーカ。」

ゾロの手が肩から離れた。
サンジは目を閉じて身を硬くする。

だが予想した衝撃は訪れず、薄く目を開ければ、拗ねたような表情でそっぽを向く男がいる。

「・・・悪かった。」
サンジは寝そべったまま、床に座り込んだ男に詫びた。

「脅かして、悪かった。」
ゾロの膝の上で握り締められた拳に、手をかける。
肉厚で節くれだったその手は、時に怒りを表して容赦なく振り下ろされ、時には驚くほど繊細な動きで高みへと導く。

サンジはその手を首元に抱え込んだ。

驚いて見下ろす男に、意味深な視線を送る。
「な・・・しようぜ。」

開いた掌に唇を寄せた。

「死に損ねて、サカるんじゃねえよ。」
欲望に濡れて、掠れた声が降りてくる。
噛み付くような口付けを受けながら、サンジは内側から暴かれる快楽に身を委ねた。

ゾロと身体を重ねる行為は、自虐に似て痛みすら心地よい。
そう感じていることを知れば、この男は怒るだろう。
彼にとってこの行為は、純粋に愛に基づくもので、サンジを貶めるつもりは毛頭ないのだから。



ゾロの熱い手は乱暴に身体を弄り、たゆたう擬似の黄泉からサンジを引き戻す。


「死ぬんじゃ、ねえぞ。」
ぶっきらぼうな口調で、耳に届く真摯な言葉。

「俺が死ぬような、タマかよ。」
笑いを含んで答えるのに、抱きしめた腕の力は緩まない。

「人の生き死には、強え弱えの問題じゃねえ。」
確かめるように、ゾロは何度も口付ける。



倒れているサンジをみて、心臓が止まるかと思った。
血の気のない顔は白蝋のようで、額は氷のように冷たかった。



「俺の知らないところで、死ぬんじゃねえ。」

縋りつく子供のように、掻き抱いた。
初めて得た、喪いたくない存在。





――――思い知らせてくれ。
その手が、唇が・・・熱でもってその存在を証明するように。


貪欲に求めて、残酷なまでに刻み付けて・・・

生まれてきたイミを
生きてるイミを問う暇もないくらい。









そして俺は思い知る。


生きるヨロコビ

出逢えたシアワセ




何より確かな、俺の中のお前への想い――――


END

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