Skinship go go

ゾロは意外と触りたがりだ。
日向ぼっこ&昼寝中のチョッパーの背中の毛づくろいは言うに及ばず、泥酔した
泣き上戸のウソップをどやし付けながら男部屋に運ぶのも、縦横無尽に手を伸ばして
食べ物にありつこうとするルフィを押さえつけるのもゾロの役目だ。
さほど嫌がらずに、と言うかかなり率先して差し出されるでかい掌は、大体最後は
相手の頭を撫でて終わる。
さすがにロビンにそれをした時はかなり驚かれたが、その内誰もが慣れてしまった。
勿論、ゾロ自身は自分にそんな癖があるなんて気付いてはいない。



サンジは人に触れられるのが苦手だ。
女性相手ならいくらでも身を差し出すが、そうでなかったら握手すら苦痛に感じる。
幼いときから撫で可愛がられた経験がないせいか、親愛の情を含んで触れられると、
どう対処していいかわからなくなって固まってしまう。
だから、最初にルフィに抱きつかれた時は思い切り蹴り飛ばしたし、ウソップが馴れ
馴れしく肩に手を置けば睨みつけた。
ゾロが手を伸ばすなど言語道断だ。
故に、サンジはいつも殺気を放って目に見えない鎧を纏っている。





「ナミすわんvお茶が入りましたよーv」
トレイ片手に軽いステップを踏みながら甲板に出たサンジは、信じられない光景を
目にして凍りついた。
うららかな昼下がり。
船縁に腰掛けて俯くゾロの足の間にイスに腰掛けたナミが身体を凭れ掛けさせている。
手にした新聞に視線を落とすナミの髪を、その無骨な手が弄っていた。

「こ、こここここのクソマリモ野郎!んななナミさんに気安く触るんじゃねーーーーっ!!」
怒髪天を突く勢いで激怒するサンジを前に、二人してきょとんとした顔で振り向いた。
「あらサンジ君、お茶?」
「相変わらずうるせーやつだな。」
そう言うゾロの手には裁縫用の小さなハサミ。
「な、に・・・してんですか?」
「なにって、枝毛切り。」
「はあ?」
ナミは事も無げにそう応えるとまた新聞に視線を落とした。
「だって潮風きついんだもの。すぐに毛先だけ傷んじゃうのよね。」
「お、これすげえぞ。5本に分かれてる。」
「あーやだやだ、とっとと切っちゃって。あ、サンジ君お茶そこに置かないで、毛が飛ぶから。
 ラウンジで飲むわ。」
「は・・・はい・・・」
まるで邪魔だと言わんばかりに追い返されてサンジはすごすごとキッチンに引き下がった。

それでも腹の虫が治まらない。
クソ腹巻の癖にナミさんの髪に触りやがって。
あの手で梳いたり探ったり、撫でたりするなんて反則だ!
当のナミ本人がゾロのするままに任せているから文句も言えないが、ともかくサンジは物凄く
腹が立った。
羨ましい、凄く凄く、羨ましい!!!








「あ・・・だめよ強くしないで。」
「ん?痛えか?」
「響くわ。」
「ならここはどうだ。」
「ああ、そこ、いい・・・」

ロビンが吐息混じりに呟くたびに、泡だらけのサンジの手から食器がつるんつるんとすべる。
後片付けが一向に捗らなくて、力任せにスポンジを握り締めた。
「ああ、そこよ剣士さん。上手いわね。」
「痛すぎたら言えよ、力加減がわからねえ。」

深夜のラウンジ。
皿を洗うサンジを無視して二人でいちゃついている訳ではない。
単にゾロがロビンのマッサージをしてやっているだけだ。
だがその光景から目を背けて耳だけに意識を集中しているサンジにとっては目の毒ならぬ、
耳の毒にしかならないかった。

「自分でもできるんだけど、余計肩凝っちゃうのよね。」
「そらそうだろ。」
はあ〜と悩ましげに息を吐いて、ロビンは首を傾けた。
「どうもありがとう。とても気持ちよかったわ。」
「もういいのか。」
「ええ。」
ロビンは、火のついてない煙草を咥えて熱心に盥の泡を掻き混ぜているサンジの手元から、
一向に綺麗に洗われた皿が出て来ないことにとっくに気づいていた。
これ以上長居して苛めてしまうのも可哀想だ。

「お陰でよく眠れそうよ。おやすみなさい。」
「ああ。」
ロビンがラウンジを出た後もゾロは一人居座って酒を呷っている。

サンジは思い出したように水を出しながら手早く皿を濯ぎ始めた。
振り向かずに悪態だけ口の中で呟く。
「ったく、ロビンちゃんにべたべた触りやがって。てめーもとっとと寝たらどうだ。
 按摩マリモ。」
「てめえこそさっさと片付けて休むみゃあいいのに。なにグズグズしてやがんだ?」
「そりゃあ、てめえがロビンちゃんと二人きりになって、不埒なことしでかしやしないか、
 心配だったからだ!」
振り向いて怒鳴ったら、なぜだかゾロはにやにや笑っている。
「・・・あんだよ、その顔。」
「なんのかんの言って、羨ましいんだろ。」
ビンに口をつけたまま口端を上げられて、サンジはかっと頭に血が昇った。
「んのやろ、馬鹿も休み休みにいえっ、誰が羨ましいもんか!」
「へ、羨ましくないのか?」
「え?」
サンジは中途半端に振り向いたまま固まった。
「てめえのことだからてっきり、ロビンの肩に触れるだとかナミの髪を弄れるとかで
 羨ましがってヘソ曲げてんのかと思ったのによ。」
言われて初めてサンジも気づいた。
「あ、あああそりゃ当たり前だろ、羨ましいぞ!このどさまぎのセクハラ剣士!」
羨ましーあー羨ましーと呟きながらじゃばじゃば洗う背中に、思い切り鼻で笑う音が届く。

「って、なんかムカつくなお前!」
いちいち反応してまた振り向いたサンジのすぐ側にゾロが立っていた。
こいつ、いつの間にここまで接近してやがった!
「じゃあ、てめえの羨ましくねえってのは、なんのことだよ。」
「・・・い・・・」
人を小馬鹿にしたようなにやにや笑いを浮かべて、ゾロが鼻でもくっ付きそうなほど間近まで
顔を近づけてくる。
ここまで至近距離に他人を近づけたことのなかったサンジは両手を盥に突っ込んだまま肩を
竦めるしかできなかった。

「枝毛切りとかか?あーでも、てめえの髪、枝毛ねえなあ。」
耳の横の髪をひとすくいされて弄ばれる。
さわさわ触れる感触がむず痒くてくすぐったい。
「気安く触るんな、人の髪をっ」
どこから出てるんだかわからない、裏返った声で叫んでしまった。
かなりカッコ悪いが思わぬ展開で思うように反応が返せない。
「んじゃ肩か。ってえ、もっと力抜かねえとガチガチじゃねえか。」
両手に肩にでかい手が乗せられて、ますます強張ってしまった。
蹴り倒したくても接近しすぎていて足を繰り出すスペースもない。

「おい力抜けって、この辺痛くねえか。」
「うわああああああ・・・」
ぞぼぼぼっとサンジの首の後ろに鳥肌が立った。
おお、とゾロが間の抜けた声を出す。
「すげー鳥肌。後ろの毛とか面白いほど逆立ってっぞ。」
面白がるな。
人で遊ぶな。
怒り心頭の猫みたいにふーふー肩を怒らせて息を吐くサンジに、ゾロはごつんと額をぶつけた。
「別に取って食いやしねえから緊張すんな。気、入れてやるだけだ。」
「誰が緊張って・・・え?気?」
「おう、こうして掌を当てとくだけで、ちったああったけーだろ。」
そう言えば、相変わらずゾロの両手はサンジの肩に乗ったままだ。

「てめえにも教えてやろうか。そうすっと今度からナミやらロビンに試せっだろが。」
「・・・」
一瞬心が揺らいでしまった。
ナミさんやロビンちゃんに触れる口実が・・・できるのかなあ。
「ど、どーすんだよ。」
「まずはてめえが力抜け。気持ちイイポイントを知らねえで人を気持ちよくできねえだろ。」
言われてみればそのとおり、かも。
サンジは泡だらけの両手をだらりと盥につけたまま少し肩の力を抜いてみた。
「そうそう。手乗せてっとこから暖かくなってきただろ。」
そう言われるとじんわりしてる気もするが、ゾロは元々体温が高そうだ。
なんてことを考えていたら、ぎゅむっと指先で揉まれた。
「うぎゃっ、あにすんだ!」
「かてーな。あんま力入れねえから。」
なんて言いながらぎゅむぎゅむと押される。
これがコツかとおっかなびっくり力を抜いてみると、なるほど気持ち悪いものじゃあないかも
しれない。

「…でも、時々なんか・・・」
「ああ、この辺だろ。」
「うわっち」
ビビっと神経に来た。
初めて経験する痛みだ。
「ハジメテみてえだから、優しくやってやる。」
「その台詞、すげー嫌だ。」
なんて言いつつ、いつの間にか身体が前のめりになってきている。
何より、すっかりこの姿勢のまま体が固まってしまって、皿洗いが続行できない。
ちょうどいい力加減で押されるからロビンみたいに変な溜息が漏れてしまう。

――――うう、うっとりしてる場合じゃねえぞ。
このコツってのを盗まなきゃロビンちゃんの肩を揉めねえ。
ああ、でも気持ちいいかも・・・

すっかり大人しくなったサンジの後ろでゾロは今まで間近で見ることのなかった部分を
熱心に見つめていた。
なんかチカチカする頭だとは思ってちゃいたが、ほんとに一本一本がつるピカしてやがんな。
それに枝毛がねえ。
揺れる度に綺麗に流れる。
ちと襟足が伸びたか。
首の後ろが生っちろい。
それにしても細せえ首だ。
軽く捻っただけで折れんじゃねえのか。

サンジにマッサージしているとは言え、ゾロは全く力を入れていない。
本気で揉んだら筋肉を壊しかねない肩の薄さだ。
骨格はしっかりしてんのに、平べったいんだな。
襟から覗いてる鎖骨がなんだか美味そうだ。
肩越しにちらりと覗き込んで襟足に手を滑り込ませた。
ぼうっとしていた頭がびくんと大げさに跳ねる。
「なに、すんだっ」
「首だ首。きつくはしねえぞ。」
親指と人差指で挟むようにやわやわ揉んでやると、またふにゃんと大人しくなった。
あーとかうーとか、声なき声を出して口を半開きにしている。

―――なんだこいつ。
触りながらゾロはなんだか妙な気分になってきた。
ナミやロビンを弄くっていてもそう面白い反応が返ってこないが、思わぬ形で意外な一面を
見た気がする。
こいつはあんまり触られっのに慣れてねえな。
首を揉むついでに後ろ頭の髪を掻き揚げてやると、またうひゃあと変な声を上げた。
「痛くねえだろ。」
「痛かねえけど、擽ってえっ」
随分と素直に応える。
憎まれ口で取り繕う余裕もないらしい。
「擽ってえところは、慣れると気持ちよくなるとこだ。覚えとけ。」
えらそうにそう言ってサンジが首を竦める部分ばかりやたらと撫でた。
金糸のような髪は思っていた以上に手触りがいい。
心行くまで撫でたり梳いたりしている間に、慣れてきたのかサンジもいちいちびくびく
しなくなった。
顔を覗き込めば目を閉じてうっとりしている。

心持ち反らされた白い首筋に悪戯に唇を落とした。
途端に引っくり返らん勢いで身体が逃げたが、すかさず背中を支える。
「じっとしてろ。すぐに慣れる。」
「って、ええっ?なんでっ?」
濡れた手を宙に浮かせて目を白黒させている様がまた可笑しくて、ゾロは喉笛あたりを
べろんと舐めた。
耳の下から順番にちろちろと舌を這わせる。
サンジはと言えば、声にならないうめき声を上げて死後硬直した鳥みたいに肌を粟立てる
ばかりだ。

きめ細かい肌はしっとりと吸い付くようでゾロは夢中でその感触を味わった。
舐めて吸って歯を立てて、すぐに鬱血してできる跡を増やしていく。
しゃれにならないほど印をつけてしまってからゾロが改めて顔を上げると、目をぎゅっと
瞑って中途半端に身体を仰け反らせて脱力しているサンジがいた。

ゾロは犬歯を見せて満足げに笑い、ぐなんぐなんになった痩躯を抱きしめて、半開きの唇に
噛み付いた。






ゾロは実は触りたがりだ。
チョッパーのふかふかの毛皮を撫でたり掻き分けたり、ゴミを取ったりするのも大好きだし、
酔いつぶれたウソップを担ぎ上げて運ぶのも、絡まったルフィを丁寧に解いて片付けるのも、
ナミの枝毛を切るのもロビンの肩を揉むのも好きだ。

だからずっと触りたかった。
キンキラ光の影を残す手触りの良さそうな髪も、目に眩しいほど白く透き通った肌にも。



故に、ずっと狙っていたんである。

END