知らなくても。 <酒菜あみさま>



「おう、久しぶりだな」
「なんでてめェなんだよ…」
一番に再会するのはナミさんとロビンちゃんだと思っていたのに、なぜか腹巻剣士に最初に行きあたってしまった。
不幸もここに極まれり。サンジは泣きそうな気分だった。
そんなサンジの気持ちを知ってか知らずか、ゾロは大きな手を黄色い丸い頭に乗せ、ぽんぽんと子どもをあやすように軽く叩く。
悔しいことに、振り払えない。ゾロの手は温かくて優しくて、サンジの心を溶かした。
目をじっと覗きこまれる。見つめるより、もっと深いところを。瞳の奥の奥、心の中を覗こうとするようなゾロの視線。
まっすぐすぎる視線に耐えきれず、サンジはゾロの手を引いた。

「時間ねェんじゃなかったのか?」
左だけ口端を上げてゾロが問う。
そうだ、時間がない。早く船に戻らなければ。
そう思いながら、サンジは自分がゾロを引っ張り込んだ宿から出る気になれなかった。
「うるせェ」
ゾロの頬に手を当てると、以前よりも引き締まっている。
口づけると、くちびるの熱は変わっていなかった。少しの隙間から流れ込む唾液が温かくて満たされる。
ゾロの舌が滑りこんでくると、なんだか泣きそうになった。
全身がしびれるような。光の中にいるような。とてつもなく大きな鳥の羽にふたりまるごと包まれち得るような。幸せな。
「…ゾロ」
緑の頭を抱くと、ゾロの手がスーツ越しに背中を滑り落ち、シャツを引っ張り出して、今度は背中を直に撫で上げる。
「─────っふ…」
たったそれだけで、いくつもの熱が体中を駆け抜ける。耳鳴りがするような。目眩か。
髪を梳かれて、優しい目をされたらもうダメだ。
「……ろ、────ぞろ」
奥の方で、意識しないところで強く何かを欲している。
サンジは着ているものをすべて脱ぎ捨てて、ゾロも脱がせた。
そういや、前はゾロが脱がせんのを待ってたよなァ、いや、ゾロが脱がせんのが好きだったのか?
ぼんやり考えていると、無骨な手がサンジ自身を掴んだ。
ゾロの肩に頭を乗せて、顔を見せないでサンジは首を横に振った。
「そっち、は、…いい。 はやく」
つながりたい。

一瞬動きを止めたゾロは、両手で白い身体をぎゅ、と抱きしめた。
サイドテーブルに置かれた小瓶が何なのかはわからないが、ゾロはそれを手にとって温めて、ゆっくりとサンジに埋め込んだ。
「─────んっ…」
「つれェか」
頬に手を当てて、口づけを落とす。余裕があるゾロが、何となく癪に障った。
「…や、───だいじょ、…ぶ、だ」
本当は少しつらい気がした。
が、温かい指がうごめくうち、サンジは性的な興奮というよりもどこか心地よく安堵する気配に包まれていった。
「いけるか?」
「あァ」
指が引き抜かれると、一瞬ひんやりとして心細くなる。
それも束の間、高熱が押し当てられて、サンジの中に一気に突き刺さった。
「うぁっ」
自分の中の熱に、サンジは気が遠くなる。
「─────あ、っ…」



*****



「────アァァァ」

目を覚まして、サンジは頭を抱えた。
カマバッカ王国に来てから仲間の夢を見たのは初めてだ。
初めてで、なんでマリモで、なんでヤられてる夢だよ… 欲求不満みてェじゃねえか、おれ。
サンジは大いに落ち込んだ。
「し、しかも何かケツに感触が残ってるーーー」
衣服に乱れはなく、夢を見ながら自分で触ったわけでも、無駄に巨大なオカマたちに襲われたわけでもなさそうだ。
「なんなんだよ、もう…」
サンジは何もない壁を見つめて、大きくため息をついた。



*****



「…だから喧嘩してる場合じゃねェんだよ、船に行くんだよ!」
釣りしてェとか抜かす藻と喧嘩になりかけて我に返った。それにしても。
「…なんで、なんでてめェなんだよ」
まるであのときの夢と同じだと思いながら、サンジはゾロに気付かれないようにそっと手の甲を抓った。
痛い。ということはこれは夢ではないのだ。現実でもコイツに最初に邂逅してしまうなんて。

じっとサンジの顔を見て、前髪を左に寄せ、右に戻して、ゾロは「ん?」と首を傾げた。
もう一度前髪を左に流して、「てめェ、2年前はこうだったよな」と言う。
「マリモ頭にしちゃ、よく覚えてるじゃねェか」
他の仲間はともかく、ゾロは気付かないと思っていたので、サンジは素直に笑った。
ゾロはサンジの顎を触りながらまだブツブツ言っている。
「どうした?あまりにもおれ様の男前度が上がって驚いたか」
ゾロは首を傾げたままで、まだサンジの顔をいろいろ触ってみている。
「…アホか。 ──おれァ、この顔見たぞ」
「は?」
「2年前はこうじゃなかったよな…」
しばらく考えて、ゾロはぽん、と右手の拳を左手に合わせた。
「おう、そうだ。どういうわけか一度てめェの夢を見ちまったんだよ。そんとき、こっちの眉が巻いてて、髭も伸びてて、
 何か違ェなと思ったんだ」
サンジは息をのんだ。
サンジがゾロの夢を見たときには、もう髪の分け方を変えていた。髭も伸ばし始めていた。
いやでも、偶然だ。

「あれは…5月9日だったか」
「なんだ、てめェカレンダーなんか見てたのか」
「当たり前だろうが。約束の日付を間違えねェように確認してたぞ。だから1番に着いたんじゃねェか」
「…そりゃ、もういいって」
言いながら、サンジはホッとする。偶然、偶然。

「───いや、5月じゃねェな、てめェの日だと思ったんだが、…コックじゃねェ」
ダジャレかよ、と思いながら、サンジは再び息をのむ。
「あァ、3月2日だ。間違いねェ」
サンジは目を瞠った。
サンジがゾロの夢を見たのも、3月2日だった。自分の誕生日だから忘れるわけがない。
「な、なんだよ。てめェ、何か不埒な夢でも見やがったんじゃねェだろうな」
そう言うと、ゾロはニッと笑った。
「んなもん、てめェが欲しがって仕方ねェから、存分にくれてやったに決まってんだろ」
「─────な、  な、  な」
顔を真っ赤にして、でも蹴りは出さないサンジにゾロは満足した。
頭を抱き込み、耳元で囁く。
「何なら、今すぐ行くか」
「アホか!時間ねェって言ってんだろ!」



*****



ルフィと合流して、チョッパーの連れてきたでっかい鳥に乗って船に向かう。
サンジはゾロの顔を見た。
夢で見たゾロはまだ、左目を開いていた。ということは、この傷はそれ以降のものなのだろう。
ゾロはサンジの誕生日など知らないはずだ。だって仲間の誰も知らない。
生い立ちからいって自分の誕生日なんて知らないクルーがほとんどだろうから、誰もお互いの誕生日など聞いたりしたことはなかった。
「知らないクセに」
「ん?」
知らないクセに、誕生日に顔、見せやがったのか。
迷子剣士のクセに、よくカマバッカに行けたな。

一度だけ夢を見たとゾロは言った。
海賊船を真っ二つにするくらいだ、相当の鍛練を積んで強くなったのだろう。
集中していた2年間で、一度だけおれを思い出したのか。
20歳の、誕生日に。

「しょーがねェヤツだな」
緑頭をわしわし撫でてやる。
2年前より少し伸びた。2年前より、あの夢での感触のほうが、今と似ている───





END


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