シンデレラの誘惑 -3-




カクカクと痙攣したサンジに驚いて、ゾロは咥えていた指をちゅぽんと外す。
足指がキュッと丸まったかと思えば、俊敏な動きで足裏がゾロの顔面にクリーンヒットした。
仰け反った隙を突いて、すかさず顎を蹴り上げる見事なコンポだ。

「ゾロの馬鹿ー!」
真後ろに豪快にひっくり返ったゾロに怒鳴り、サンジは椅子の上で膝を抱えた。
もはや半泣き状態だ。
「いや、悪かった」
鼻を押さえながら身体を起こしたゾロは、脛毛をそよがせてプルプルと震えているサンジに近寄る。
「悪ふざけが過ぎたな、もうしねえから」
「…無理」
「ん?」
火を噴きそうなほど真っ赤に染まった顔で、恨めしげに睨み上げる。
「馬鹿ゾロ、ばか!」
なにやら、取り返しがつかない感じだ。
はて?と首を捻るゾロの脛を、サンジは片足を伸ばしてガンと蹴った。
「あ、あんなこと、するから!イ、イっちゃったじゃないか、ばか!」
もはや、卒倒寸前だ。
逆上せあがってキレまくるサンジに、ああ〜とゾロは頭を掻いた。
「それは、すまんことを…」
「ゾロの馬鹿ー」
口では罵倒しつつも、サンジはただただ自分が恥ずかしかった。
別に、ゾロは単純に悪戯のつもりだったのだ。
それに過剰反応して、勝手に達してしまったのはひとえに自分の未熟さのせい。
わかっているけど、恥ずかしくてみっともなくて、居たたまれない。

「悪かった、俺のせいだな」
八つ当たりするサンジを、ゾロは優しく抱き締めた。
そうしながら宥めるように背中を擦る。
「ちょっとした意趣返しだったんだが、まさかここまで過敏だとは…」
「違うし、ゾロのせいだし」
サンジは、ここで誤解されては堪らないと、声を張り上げた。
「こんなことでイくなんて、初めてなんだから。ゾロだから、ゾロがあんなことするから、ゾロのせいだ」
半ばパニックのサンジを、そっと窺い見る。
「俺がしたから、感じたのか?」
「…う」
う、うんと頬を染めながら頷くサンジに、ゾロは深いため息を吐く。

「まったく、ちょっと脅しとけば怯むかと思いきや、煽ってきやがった」
「は…、へ?」
ゾロはサンジを抱き締めたまま、ベルトの下から手を差し込む。
そこは熱く、湿っていた。
「わ!ダメだって、汚いっ」
「粗相したな?」
敢えて尋ねるゾロの顔には、意地の悪い笑みが浮かんでいる。
「だから、イっちゃったって…」
「ぐちょぐちょじゃねえか」
ゾロの手に包み込まれ、達して縮み込んでいた筈のものが硬さを取り戻した。
「や、汚い、よ」
「んなことあるか」
やわやわと扱かれ、芯を持って疼き始める。
「若ぇなあ」
「あ、ああ…ん、ゾロっ」
先ほどは、ゾロの手で足に触れられたと思っただけでもやばかったのに、こともあろうに足指を舐められて暴発してしまった。
その上、今度は直に手で扱かれて、正気を保てるはずもない。
「や、やだゾロ、またイっちゃう、イっちゃう」
「よしよし、いい子だ」
あやすように先端を掌で捏ねられ、サンジは危ういところでゾロの手を抑えた。

「ダメ」
「イっちまえ、楽になるぞ」
「嫌だ!」
涙目で拒否られ、ゾロはハッと我に返ったようだった。
「すまない」
「違う、謝んな」
サンジは押さえ付けたゾロの手を取って、両手で包み込んだ。
「俺がイくだけじゃ嫌だ、ゾロとちゃんとやりたい」
真剣な眼差しに、ゾロの方が圧倒される。
「ちゃんと…って」
「俺がイくだけじゃなくて、ゾロもイって・・・俺の中で」
そこまで言ってから、慌てて手を離した。
「わーっ、俺言っちゃった、なんてことを」
恥ずかしいーっと髪を掻き毟るサンジに、ゾロはしばし呆然としてから居住まいを正した。

「サンジ、俺が悪かった。順番を間違えた」
「え?え?」
そして改めて、正面から向き合ってサンジの肩に両手を掛けた。
「いつまでも小さなガキじゃないんだよな、こんなに大きくなった」
「な、なに言ってんだよ、当たり前だろ」
サンジは憤慨しつつも、照れで頬を赤く染めている。
「俺だって、やっと大きくなれたから、勇気、出したのに・・・」
心なしか小さくなった肩を、ゾロは愛しげに抱き寄せた。
「ああ、だがお前が成長したのと同じ分だけ、俺も年を取った」
「んなことねえよ、ゾロは・・・」
そう言ってから、恥ずかしそうに視線を伏せて言い添える。
「ゾロは、年食ったってカッコいいし、渋さが増したってぇか、めっちゃ男前度上がったっていうか・・・」
両手を揉みしだきながら、一生懸命言葉を紡ぐ。
「初めて会った時からずっと、今でも、好きだよ」
言葉にしてから、サンジは一人で「ああ、そうか・・・」と呟いた。
「俺も、順番間違えた」
「うん」
ゾロは頷いて、サンジをそっと抱きしめる。

「俺も好きだ。ガキの時から好きだったてえと犯罪産みそうだが、いつからかお前のことが何物にも代えがたい、大切な人になっていた」
「ゾロ…」
「こんなおっさんでもよかったら、恋人になって欲しい」
サンジはひゅっと息を飲み、目を見開いて信じられないという風に首を振った。
「ウソ、いいの?」
「お前がいいなら」
「いいに決まってる・・・てか、俺なりたい、ゾロの恋人になりたい!」
勢い込んでそう叫んでから、サンジはゾロの腰を抱いてばふっとその厚い胸に顔を埋めた。
「俺こそいいの?こんな、若輩者ですが・・・」
「もちろん」
ゾロは苦笑して、目の前にある金色の旋毛に、鼻先をくっ付けた。
「かけがえがないっつったろ。お前じゃなきゃ、ダメなんだ」
「嬉しい―――」
サンジはぎゅっとゾロを抱きしめてから、顔を上げた。
涙に濡れた瞳が、まっすぐにゾロを見上げる。

「俺だから、なんだな。あんな、測定中にエッチなことするの、俺だけだよな」
「は?」
ゾロはポカンと口を開けてから、慌てて首を振った。
「当たり前だろうが、あれはつい悪戯心が出たってえか、そもそもお前が大人をからかうから・・・」
「からかってなんかない」
ぶーと下唇き突き出すサンジに、ゾロは必死で弁解した。
「誓って言う、俺は仕事中に不埒な真似したことないからな。そもそも、紳士靴が専門だってのに、ンな真似やりようがねえじゃねえか」
「わかんねえよ、だって俺にしたじゃん」
「だーかーら、それはお前だからだってんだ。元々男にゃ興味ねえし、お前じゃなきゃ手ェ出そうなんて、カケラも思わん」
「本当に?」
「本当だ、ってか俺を信じろ。信じてくれ」
一生懸命なゾロに、サンジはぷっと噴きだした。
「わかったよ、ゾロも一緒なんだ」
「―――・・・」
「俺も、ゾロだから、だよ」
小さく囁いて、額をコツンとくっ付ける。

「ゾロ、好き」
「俺もだ」
真っ直ぐなサンジの告白を、ゾロの方が照れながら受け止める。
なりふり構わずぶつかってくる若さが眩しいが、すべてを受け止め支えていける自信はあった。
おずおずと首を伸ばして目を閉じたサンジに、優しいキスを施す。
何度か啄むように口付けた後、しっとりと唇を重ねた。

ゾロの腕の中で上がって行く体温を感じながら、ゾロ自身もまた己に昂ぶりを自覚する。
「最初から・・・」
上唇をくっ付けたまま、いったん口付けを解いたサンジが小さく囁いた。
「やり直したから、さっきのを、もう一度――――」
ゾロは応える代わりに、そのままサンジの身体を抱き上げた。



  *  *  *



服飾関係の専門学校に進んだサンジは、学業の傍らアシスタントのバイトを始めた。
夢に着実に近づくための努力を、日々続けている。
初めての現場に行くと、必ずと言っていいほどモデルに間違えられた。
いっそ転身したら・・・との誘いもしょっちゅうだが、その都度丁重に断る。
「モデルさんをもっとずっと綺麗に素敵にするのが、俺の仕事ですから」
正直、モデルより目立つ存在なので、スタッフ達は苦笑を漏らす。

「サンちゃんはセンスもいいし、特に靴に詳しいのよね」
「へえ、確かに良い靴履いてるね、さすが気構えが違うねえ」
褒められて、サンジは臆面もなく照れた。
「ありがとうございます。実は恋人が靴職人なんです」
「へえ、職人さんか、渋くてカッコいいね」
「あ、それ“R”のでしょ?超一流じゃない。そうか、恋人が・・・あれ?あそこお弟子さん、みんな男性じゃなかった・・・?」
「お弟子さんじゃないです。本人です」
なんのてらいもなく明朗快活に答えるサンジの笑顔があまりに眩しくて、誰もそれ以上、突っ込めなかった。

大人の階段を段飛ばしに駆け上がったシンデレラは、その存在自体が最大の広告塔になっている自覚もないまま、恋人が作ってくれた靴を履いて今日も軽やかに飛び回っている。



End