シングル・ベル


街中が煌びやかなネオンに包まれ、そこかしこからクリスマスソングが響いている。
商店街の片隅にある酒屋も例外ではなく、古ぼけた家庭用のツリーに巻かれた電飾が寒風に晒されながら点滅し、ささやかな賑わいを見せていた。
「ただいま帰りました」
「おう、お疲れ」
配達を終えて戻ったゾロが、白い息を吐きながら裏口から顔を出す。
「もう注文全部終わったから、上がっていいぞ」
店主の言葉に、え?と目を丸くする。
「いいんですか?」
「いいのよ、うちも今日は早めに閉めるし。サンちゃん待ってるんでしょう、早く帰ってあげなさい」
恰幅のいいおかみさんが、揚げ物の匂いを纏わせながら台所から出てきた。
「最近じゃ酒を扱ってる24時間営業のスーパーもざらだからな、クリスマス当日にわざわざ酒屋寄って買う客も、もうねえよ」
「はい、これよかったらチキンの代わりに」
おかみさんが持たせてくれたのは、熱々の唐揚げだ。
にんにくと生姜が効いていて、このうちの唐揚げは美味い。
「ありがとうございます、いつもすみません」
「あっという間に日が落ちるからね、気を付けて帰りなさい」
「ゾロ、メリークリスマス!」
下戸なのに、いつも赤ら顔で気のいい店主がまるで酔っぱらっているように片手を挙げた。
それに頭を下げてから、ゾロも照れくさそうに返す。
「メリークリスマス」
そう言って唐揚げの包みを掲げ、そのまま裏口からお暇した。


薄暗がりの道を、幼児用座席の付いた自転車を漕いで飛ばす。
通い慣れているはずなのに、一度門前を行き過ぎて山道に差し掛かってしまい、途中でUターンして辿り着いた。
山の中腹にある霜月道場では、近所の子ども達を集めてクリスマス会が開かれている。
それも17時には終了していて、道場には迎えを待つ子ども達の姿もない。
「遅くなりました」
勝手口から顔を出すと、割烹着姿の奥さんがお玉を持ったまま振り返った。
「あら、今日は早かったのね」
「早じまいに、なって」
「そうね、クリスマスですものね」
話していると、奥の方からトタタタタと軽い足音が響いた。

「とーたっ!」
勢いよく襖を開けて現れたのは、キンキラした頭に更に派手に飾り付けた三角棒を乗せたサンジだ。
ゾロにまっすぐ走り寄って、軽くジャンプし腹に飛び込む。
「とーた、おかえりおかえり!」
「おう、遅くなったな」
腹に抱き着いてからよじよじと這い登ってくるサンジを抱き上げ、肩に顔を押し付けるようにしてぎゅっと抱きしめた。
ふくふくの柔らかい手が、ゾロの冷えた頬を撫でる。
「とーた、ちべたい」
「雪が降ってるぞ」
「ゆきーっ」
見たいとせがみ背後に伸び上がったサンジを抱き直して、あとから追って出てきた双子に笑い掛けた。
「遊んでくれてありがとうな」
「ゾロ、来るの早い」
「もっと遊んでいたかったのに」
くいなとたしぎは小学校高学年で共に面倒見がよく、サンジと遊んでくれている。
延長保育でも限界があるライフスタイルで、この家の存在は心底ありがたかった。
「お夕飯、一緒にしましょう。もう準備できてるのよ」
「ありがとうございます、これ・・・」
酒屋のおかみさんから貰った唐揚げを渡すと、まあいい匂いと奥さんが顔を綻ばせる。
「さあ上がって上がって」
「ケーキ作ったのよ、サンちゃんも一緒に」
ゾロの両手を、双子がそれぞれ持って引っ張る。
サンジは背中から肩によじ登って、緑色の髪を掴んだ。
「サンちゃん、けーきつくった」
「そうか、楽しみだな」
双子に手を引かれ、サンジを肩に乗せたまま座敷に進むとコウシロウが食卓を整えていた。
「ゾロ、メリークリスマス」
「師匠…」
サンジとお揃いの銀色の三角帽子を被ったコウシロウは、赤い服を着込み白い髭を付けたサンタ姿だ。
「似合うだろ?」
「いえ」
「全然」
ゾロとくいなの両方にあっさりダメ出しされ、しょぼんと肩を落とす。
「父さんは痩せてるから似合わないの、みんなにバレてたじゃない」
サンタに扮して子ども達にプレゼントを配ったのに、みんな「師匠ありがとう!」と礼を言って来た。
変装し甲斐が無さ過ぎる。
「ゾロも無理ね、髪の毛でバレちゃうわ」
「サンタになり切れるおじさんって、少ないと思うな」
甲斐甲斐しく料理を運ぶ双子に倣って、サンジも危なっかしい足取りで台所と座敷を往復する。
転んでも大丈夫な物ばかり手渡されるが、サンジ的にはお手伝いできて嬉しいばかりだ。
思いがけないクリスマスパーティに、はしゃぐサンジはもとよりゾロも年甲斐もなく楽しいひと時だった



「どうもご馳走様でした」
クリスマスケーキを食べる前に、サンジはもうウトウトしていた。
昼間からはしゃぎ過ぎて、限界を超えたらしい。
お古の抱っこ紐を借りて負ぶさり、いまはゾロの背中で夢の中だ。
「ほんとに自転車で大丈夫?このねんねこ使って」
「すまないね、酒を我慢すればよかったな」
車で送れなくて詫びる師匠に、とんでもないと頭を下げる。
「サンジだけじゃなく、俺もとても楽しかったです。どうもありがとうございました」
「気を付けて帰ってね」
「メリークリスマス!」
元気な双子に手を振り返し、ねんねこを被せられたサンジを背負って外に出る。
庭の植木にはうっすらと雪が積もり、モノクロームの世界だった。
「ああ、積もったな。自転車大丈夫か」
「大丈夫です、街まで押して歩きます」
ゾロ一人なら雪山でも自転車で走破するが、背負っているサンジにもしものことがあっては大変だ。
そう考えると、何事も慎重にならざるを得ない。
「それじゃ、おやすみなさい」
「おやすみ、気を付けて」

雪に濡れたアスファルトは霙状態で、足を運ぶ度にびしゃびしゃと足形が付いた。
気温はかなり低いが、背中に熱の塊を背負っているから寒くはない。
ねんねこを被っていても背中が冷えはしないかと、手を回して隙間がないか確かめながら歩く。
ゾロのうなじに凭れていた頭が、もそっと動いた。
「とーた・・・」
「お、起きたか?」
あやすように肩を揺すると、「んーん?」と細い声が漏れた。
どうやら寝惚けているらしい。
「寒くないか?」
「たむくなーい」
「眠いか」
「ねむくなーい」
声がいかにも眠そうだ。
「ツリー」
「ん?」
サンジは少し伸び上がって、上向いた。
うなじにひやりとした空気が触れ、離れた熱を追うようにゾロも上向く。
「きれー、ツリー」
見上げれば、満天の星空だった。
黒い樹々の影に被さるように、降り積もった雪が月明かりを弾いて煌めいている。
星の灯りと雪の灯り、清かに煙る薄靄が美しい。
「そうだな、ツリーみてえだな」

サンジと一緒にいると、普段気付かないものに気付かされる。
それは雲の形だったり、滴の中の景色だったり。
風の匂いや雨の音、砂の形、木の囁き。
小さなサンジの目に留まり、耳に届くのはゾロが知らない世界ばかりだ。
「けーき・・・」
思い出したように、呟いた。
サンジはケーキを目にする前に、眠ってしまったのだ。
「貰って帰って来たぞ」
「けーき」
「あるぞ、帰ったら食べよう」
「うん」
奥さんが持たせてくれたケーキは、自転車の前籠にちゃんと載せてある。
二人で暮らすアパートは、今頃冷え切って暗いだろう。
けれど帰ってストーブを点け、湯を沸かせばすぐに温まるくらいに小さくて狭い。
冷蔵庫にケーキを仕舞って、明日食べよう。
クリスマスは明日が本番なのだからと、そう説明すればサンジはきっと納得する。

いつの間にか、耳元でくうくうと可愛らしい寝息が聞こえてきた。
ゾロに揺られているうちに、本格的に眠りに就いたらしい。
寝入った子の温もりと重さに包まれながら、ゾロはゆっくりと家路を辿る。
二人の影が街の光に紛れてしまうまで、月は静かに照らし続けていた。


End




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