シンドリーちゃんのおはなし


鏡よ鏡、私がご主人様に愛されたのは美しいから?


シンドリーは鏡を磨きながら、映り込む自分の瞳を見つめた。
プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳。
まるで雪のような白さだと褒められる肌に、華奢でいて豊満な身体つき。
天性の美貌に恵まれたと言われるが、そのことがシンドリー自身は憂鬱でならない。
貧しい家に生まれ、幼い頃から一心に奉公してきた。
メイドとして一流の仕事をこなしていると自負しているが、主人に目を掛けられるのはその美貌のせいだと陰口を叩かれるのが辛い。
何事にも直向きに、一生懸命尽くす性分だからこそ尚のこと、仕事ぶりを認められないのが悲しかった。

年若い主人にプロポーズされても素直に喜べないのは、自分が天邪鬼だからだろうか。
迷いが生じて結婚に踏み切れず、シンドリーは婚約者を試すような真似をした。
代々伝わる家宝ともいえる皿を、割ったのだ。
「由緒正しきわが家柄の、家宝とも呼べる皿を割るなど言語道断!即刻出て行きなさい!」
当主ではなくその母が、金切り声をあげてシンドリーを詰った。
元々この婚約に反対していた女主人だ。
息子がシンドリーにぞっこんであることと、息子の嫁にふさわしい外見をしていることから渋々婚約を了承していたが、ここぞとばかりに非を責めた。
「このような卑しい貧民の出の娘など、我が家の嫁にふさわしくない。下働きとして館に置くのも汚らわしい」
口汚く罵られても、シンドリーは黙って耐えた。
最初から婚約者の助けをあてにしていた訳ではないが、母に急かされるまま婚約を解消し小さな罰として鼻くそを付けた婚約者に失望した。

それでも、シンドリーは屋敷に暇乞いをしなかった。
ここで辞めれば、人生から逃げたことになる。
婚約を解消されたのは悲しいけれど、所詮その程度の男だったということ。
どのように立場が変わろうとも、自分の仕事を真摯に務めるだけだと自らに言い聞かせ、いつも以上にきびきびと立ち働いた。
普段のシンドリーの仕事ぶりを知っている同僚たちは一様に同情し、なにかと気遣ってくれた。
けれど出て行かないシンドリーにますます腹を立てた女主人は、雪の降る寒い夜に外に水を汲みに行かせ、そのまま締め出してしまった。
高い熱を出して馬小屋で寝付いたシンドリーは、誰一人介抱してくれるもののない寂しい場所で死の縁を彷徨っていたが、やがて暖かな幻を視る。
坊ちゃん育ちで優柔不断な、ただ優しいだけの主人が真剣な眼差しでシンドリーを見つめ、額に浮いた汗を拭い、力が抜けた身体を抱いてどこかへと運んでくれる。
柔らかなベッドに寝かされ、冷たい布で額を冷やされ、乾いた唇に水を落として潤してくれる優しい夢は、シンドリーを幸福にした。
夢ならずっと覚めないでと、そう願いながら深い深い眠りに就いた。

次に目が覚めた時、これこそが夢ではないかと疑った。
ふかふかのベッドも、暖炉が赤々と燃える温かい部屋もそのままで。
ベッドの傍らに突っ伏して眠っている主人がいる。
躊躇いながらその肩に手を掛けると、主人ははっと顔を上げてシンドリーを見上げ、破顔しながら目尻から涙を零した。
「シンドリーちゃんよかった、気が付いたんだね」
主人は自らシンドリーを探しに出かけ、付きっ切りで看病してくれていた。
母親の行動を詫び、やはり自分にはシンドリーが必要だと訴えた。
「でも私、お皿を割ってしまいましたのに」
「大丈夫、そのことは僕に任せて」
頼りないボンボン主人が随分と頼もしく見えて、シンドリーは熱のせいばかりではない動悸と眩暈に胸を抑えながら、こっくりと頷いた。

主人が職人に造らせたのは、シンドリーの瞳の色を思わせる優美なワゴン。
母との食事の時に使用させたが、ベテランの給仕長が皿を取り落として割ってしまった。
不始末を詫びる給仕長に、女主人は怪訝な顔だ。
「どうも、このワゴンには呪いが掛かっているようです」
主人は取り澄ました顔で、そう説明する。
「どこもおかしなところはないのに、なぜか食器を取り落としたり中身を零したりするのです。シンドリーが皿を割ったのも、このワゴンのせいでしょう」
したり顔でそう言って、主人は“呪いのワゴン”と名付けた。
そんな不吉なと恐れる母に、こう付け加える。
「いかに呪い付とは言え、すでに我が家のモノになっている家具を手放せばおそらくその何倍もの呪いが我が家に返ってくることでしょう。この呪いの効力を最小限に留めておくには、最初に呪いの犠牲になったシンドリーに使わせ続けるのが一番」
そうして言葉巧みに言いくるめ、シンドリーをメイドではなく嫁として迎え入れることに成功した。

シンドリーの裏表ない働きはやがて女主人の頑なな心も溶かし、良き妻、良き母として幸せな生涯を送ったという。
これが、“シンドリーちゃんの呪いのワゴン”の、本当のおはなし。




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