Shines on

その指が、案外と繊細に動くことを知っている。

皮膚が厚く堅い、ささくれ立った指先で、それでも柔らかに、宥めるように撫でる。
時折強く擦りながらも決して急ぎ過ぎない動きは、時に焦れったいほどに自発的な熱をもたらして・・・
無意識にその先を待ち侘びる己を認識して、愕然とした。

求めてなど、いないはずなのに。







先に仕掛けてきたのはゾロだ。
一度受け入れられたからと、調子に乗って慢性的に関係を続けているのも、ゾロの方だ。
餓えた目で、躊躇いを含んだ掌で包み込むように触れてくるから、絆されて許したのは自分。
奴が手を伸ばしてさえ来なければ、この先もずっとただの仲間として何事もなく過ごしていける自信はある。
奴と関わって変わったことなど何もない。
ただ、どういう拍子にか、野郎に欲情した憐れな野蛮人を蹴り飛ばさずに相手してやっただけのことだ。
調子に乗って何度も圧し掛かってきても、その度いちいち邪険にあしらわず、大人の余裕でもって
許容してやっただけのことだ。

あの、まるで発熱してるかのように熱い手が触れて、唇が深いところまで重ねられても、無駄に抗わず
流されてやっているのは俺の方。
触れている内に我を忘れて息を荒げて、額から汗を滴り落としてまで夢中になって貪りつくのはいつも
あいつばかりだ。
そうなれば俺は、さざ波一つ立たない静かな胸の内に嘲笑をひた隠して、同じように息を荒げ
飲み込む振りをして煽ってやるだけ。

容赦ない日差しに裏も表もなく照らし出される日中には、放射熱など吹き飛ばすほど荒々しくケンカを
繰り広げるのに、灯りの落ちたラウンジですれ違う振りをしてふと耳元で囁かれる誘いの言葉には、
皮肉めいた笑みだけを返して応える。
とくりと、胸が鳴るなんて錯覚だ。
囁く唇が近付くのを待ってるだなんて、ありえない。
ゾロの目が意味ありげに俺を捉えることを意識して構えるなんて、そんなことある筈がない。

求めて触れるのは奴の方。
甘んじて受けるのはいつも俺。
それがなければ、ただの仲間だ。
あまりにも相性の悪い、同じ船に乗り合わせただけの「仲間」
それ以上でもそれ以下でもないだろう。
俺も、あいつも。




そう思って、そう言い聞かせて今まで過ごしてきたことに、改めて愕然とする。
そんな風に意識して遠ざけなければならないほど、俺の中はゾロで満たされていた。
誰も知らない俺の中、覆い隠された俺すら知らない奥の底まで、奴は身体を開くのと同時に侵食してしまっている。
その姿を視界の端に捉え、その声を耳が拾い、気配を肌で感じて視線に身を焼かれている。

こんな筈じゃあ、なかったのに。
















皆が寝静まった夜更けのラウンジで、俺は仕込みの手を止めて、小さく溜め息をついた。
明日はゾロの誕生日。
定例の宴会だ。
その日が海の上でも街の中でも、誕生日にかこつけてクルー一同盛大に祝う。
GM号の恒例行事。

ゾロだから、豪勢になるわけじゃない。
メニューが少々和食寄りなのも、見た目に華やかなバースディケーキとはまた別に、小さくシックな
甘くないケーキが一つ、冷蔵庫に隔離されていたとしても。
それは誕生日だからであって、ゾロのためだけじゃない。
そう自分に言い訳しては、なんで理由をつけたがるのかそのことにまた思い至って顔を顰める。
気がつけば、考えるのはゾロのことばかり。

この場にいてもいなくても、変わらないくらい頭の中を緑腹巻が占めている。
―――こんな筈じゃ、なかった。
流されやすい性質なのは重々承知してる。
けれど、執着が強い方じゃなかった。

命が軽いことを知っている。
時の流れは無常なことも、永遠なんてどこにもないことも知っている。
だからこそ毎日を楽しく生きて、その日その時出会ったレディと真摯に愛を交わすことが何よりも
愉しみだったのに・・・
なんだって、どう見ても寿命の短そうな無情無神経単細胞直情タイプなむくつけき男に、
心を奪われてしまったのだろう。
こんな筈じゃあなかった。

お互いにケンカ以外のスキンシップなんて知らないし、熱をぶつけ合うようなSEXはスリリングで楽しい。
何よりあの仏頂面が、しごく真面目な顔で俺に触れて満足そうに息を吐くなんて、意外過ぎておかしくて
笑いさえ込み上げる。
ああ、俺で気持ち良くなってんだなと、満足させたのは多分優越感。


ふうと、我知らずまた溜め息をつく。

いつものように耳元で誘われて、今夜は黙って首を振った。
奴の誘いを断るなんて、多分初めてのことだ。
ゾロは知らん顔でそのまま通り過ぎて行ったけれど。
その後ろ姿からは怒りも落胆も見えなかった。

断られてむっとしただろうか。
できないのかと、気落ちしてるだろうか。
それともなんとも思わずに、とうに男部屋で眠っているのだろうか。
怒ってなきゃいいと思う。
怒らせたら面倒だとか取り繕いながらも、本当は怒ってればいいと思っていた。
気落ちしてればもっといい。
俺を抱けなくて残念だと、思って欲しい。
なんでできねえんだとか、無理やりにでもやらせろとか・・・

そこまで考えて、自嘲に顔を歪めた。
何を求めてるんだ俺は。
欲しいのはゾロの執着?それとも言葉か。
何にも関心のない振りをして、明日のためにこうしてせっせと仕込みをしている。
誰にでも平等に振舞う振りをして、意識するのはゾロのことばかりだ。
こんな筈じゃない。
俺は誰にも変えられない。
明日が特別な日だなんて、俺は決して思わない。

また言い聞かせている自分に舌打ちして手早く仕込みを済ませると、そのまま軽く眠りに就いた。












思いの他深く眠っていたらしい。
窓から差し込む光に気付いて飛び起きれば、時刻は早朝を示している。
ほんの少しの休憩のつもりが、どうやらラウンジで寝てしまったらしい。

寝乱れた髪を手櫛で直し、慌てて洗面所に飛び込む。
夜食の差し入れすら忘れていた。
確か不寝番はルフィだった筈なのに、起こしてまで催促しなかったのだろうか。



手早く顔だけ洗ってしまうと、コーヒーを煎れて軽食を添える。
夕べの詫びも兼ねて、ついでに寝こけていたら起こしてやろう。
そう思って晴れた空に昇るようにマストを上がった。

手すりから顔を覗かせれば、意外な姿に声をかけるのも忘れて絶句する。
しかも間の悪いことに、相手はばっちり起きていた。

「なんだ、差し入れか?」
「てめえこそなんだよ。夕べの当番はルフィじゃなかったのか?」
ゾロは身体を起こすと手を伸ばしてトレイを受け取り、ついでに身体をずらして場所を空けた。
なんとなくそこに降り立ち、タバコを取り出して咥える。
「交替したんだ。今日の主役は俺だから、代わってやるって言って。」
「それでなんで夕べ・・・」
誘ってきたんだ?と言い掛けて顔を赤らめる。
どうもこう、明るい状態でこんな話題はこっ恥ずかしい。

「夕べは、てめえといたいと思ったからだ。」
厚顔無恥な大胆剣士はしらっととんでもないことを言った。
「日付変わったら俺の誕生日だろうが。そん時傍にいたらなと、思っただけだ。」
ゾロの言葉を何度も頭の中で反芻して、それでも理解し切れなくてじっとその目を見返した。
朝日を照り返した茶褐色の瞳が金に煌いて眇められる。

「眩しいな。」
俺の腰に手を回し、重力を感じさせない軽さで抱え上げて抱き締めた。
朝っぱらからとか、らしくねえとか、拒む悪態も手の動きすら失って、俺はただされるがままに
ゾロを凝視していた。



「今こうして、ここにてめえとあることが、なによりありがてえ。」

白い日差しが、ほんの少し朱に染まったゾロの目元を照らし出している。
随分と人間臭い顔をして、不器用に思いを伝えてくれたりするから、照れるより先に愛しさが込み上げた。



俺もだと、言葉にする代わりに微笑みで返して

俺は初めて自分から、腕を回してゾロを抱き締めた。

END

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