■洗濯日和


晴れ渡った秋空の下、適度に風もあり洗濯物がよく乾く。
というか、午後になって少々風が強くなった。

汗を掻いた傍から冷風に煽られ、ゾロ的には気持ちいい。
だが汗をだらだらと流しっぱなしにすると塩気が白く粉を吹いて見苦しいとか、ナミ達に小言を食らうのを思い出した。
聞き流せば良いことだが、正直うるさい。
なので、手近にあったタオルで首筋を拭い、補給用のドリンクを勢いよく呷った。
首筋を撫でる感覚に違和感を覚え、ふと手を止める。
いつものふわふわ感がない。
そして吸水性もない。
手に握ったタオルを見つめ直し、「ん?」と目を眇めた。

タオルだと思ったのは、派手な柄物の布だった。
両手で広げてその形状を確かめ、げんなりとする。
男物の下着、いわゆるトランクスだ。
パステルカラーのチェック&ハート模様の組み合わせで、中々に華やかな色合いだ。
自分が履く下着ぐらいは覚えているが、他の仲間達が何を履いているかなどゾロは知らないし興味もないから、誰の物かもわからない。
大方、洗濯物が風で飛ばされてタオルの上に落ちたのだろう。
その辺に放っておこうかと思ったが、そうしている間にもどんどんと風が強くなってきた。
下手に放置すると、海にでも飛ばされて行方不明になるかもしれない。
ゾロはそう判断し、腹巻の中に無造作に突っ込んだ。
後で、誰の物か聞けばいい。



適度に汗を掻き日も暮れて来たので、ゾロは空のピッチャーを抱えてラウンジへと戻った。
辺りは薄暗いのに、灯りが点いていない。
妙な部分で節電でもしているのかと、訝しみながら扉を開ける。

パン!
パン、パパパパパン!!

軽いクラッカーの音と共にぱっと灯りが点いた。
「おめでとー!」
「ゾロ、誕生日おめでとう〜!」
頭に色とりどりの三角帽子をかぶった仲間達が、クラッカーを鳴らし紙ふぶきを撒き散らした。
ゾロは一瞬呆気にとられ、それからああ…と魔の抜けた声を出した。
「今日は、11日か」
「ふふふーすっかり忘れてたみたいね」
してやったりとばかりに、ナミが満足そうに笑う。
「カレンダーに印付けてねえもんな」
「今日は朝から、お天気の話しかしてないものね」
「俺様たちの自然な振る舞い、さすがだろ」
ゾロに悟られないように、サプライズパーティの準備を進めていたらしい。
これは完全にしてやられたなと、完敗を認めて進められた席に座る。
「サンジ君が特に腕を奮って、今日はゾロの好物ばかりよ」
「な、なに言うんだナミさん!いつも通りだ・・・ってか、ぶっちゃけ相当手ぇ抜いたんだからな!」
サンジはなぜかむきになってそう言い、ゾロをねめつける。
「おいクソマリモ、先に一つ年上になったからって調子に乗ってんじゃねえぞ。ナミさんに頼まれてしょうがねえから祝ってやってんだ」
「はあ?なに言ってんだてめえ・・・ってかそうか、てめえはまだお子ちゃまか」
「あんだとぉ?」
「やるかコラ」
ギリギリと額を付き合わせながら近距離で睨み合うのに、ナミが間に入って両手で押しのけた。
「はいはい、今日はせっかくのお祝いなんだから、そういう邪魔くさい展開はなしで」
「早く食おうぜ〜、ゾロ〜〜サンジ〜〜〜」
柱に両手両足を括りつけられたルフィは、いまにも死にそうなほどダレきっている。
相当お預け状態で我慢させられていたのだろう。
「ようし、てめえら席に着け!」
「宴だ――――っ!!」
手足を解かれたルフィの一声で、誕生祝いに突入した。



「これなあ、刀納める箱だ。サイズ丁度に作ってある」
「ありがとうよ」
「これ、血止めの塗り薬。ゾロは傷が塞がるの早いけど、すぐ血で汚れるだろ」
「ありがてえ」
チョッパーからもらった小さな薬瓶は、失くさないよう腹巻の中に仕舞った。
「これは、この間の島で見つけたイーストの武闘派閥解説書よ。図解が多いわ」
「ああ、こりゃいいな」
「私からは、今の借金を2割減額してあげる」
「その借金、俺は身に覚えないよな?」
「ししし、細ぇことは気にすんな。肉やる!」
「おう、さんきゅ」
ゾロが上機嫌で皆からのプレゼントを受け取ると、ウソップがまだキッチンに立っているサンジの背中に向けて言った。
「サンジは?もう渡したのか」
「はあ?なんで俺がクソマリモなんざにプレゼントとか、渡さなきゃなんねえんだ」
そっぽを向いたままぞんざいに答えるが、ゾロも別にどうとも思わなかった。
いま味わっている料理自体が、ゾロにとってはプレゼントのようなものだ。
そんなことは、決して口にしたりはしないけれど。
その代り、サンジにねだるつもりなどないことを強調するために口を開いた。

「んなもん、これで充分だっての」
最低限の言葉で持って、先ほど腹巻に入れたチョッパーの薬を取り出した。
・・・はずが、手にしていたのは薬瓶ではなく柄物の布。
「ん、なにそれ」
目ざとく見とがめたナミの背後で、サンジも何とはなしに振り返る。
「―――っのわっ?!」
「はわっ?」
サンジの叫びに、ウソップの方がびっくりして飛び上がった。
ゾロはといえば、ああこりゃ違ったかなと右手にパンツを持ったまま左手で腹巻の中を探っている。
「おまっ・・・それ、俺のパンツー!」
ぶほっと、ナミが口に含んでいた酒を噴き出した。
飛沫をまともに顔に浴びて、ルフィがうひゃひゃひゃひゃと変なテンションで笑い転げる。
「ゾロー、お前サンジのパンツ貰ったんか」
「それは、なによりのプレゼントね」
ロビンがにっこりとダメ押ししたから、仲間達のツボに入ってしまってそれぞれに倒れ伏す。
「ゾロ…ゾロが、サンジのパンツ…」
「ばか、ちげーよ!これは風がだなあ」
「なんで大事に腹巻の中、入れてんだよー」
「サンジのパンツ・・・苦しい・・・」
サンジは持っていたお玉を放り出し、ゾロに飛びつく勢いでパンツをひったくった。
「これ、俺が探してたパンツ!ってか、なんで湿ってんだ?!」
「そりゃあ俺の汗が付いてっから」
「汗ェ?!」
「汗だけじゃなかったりして」
「やめてロビン、もうお腹痛い・・・お腹痛い・・・」
床に倒れ込んでヒーヒー息を吐くナミの隣で、ルフィはびよんと首を伸ばしてサンジの顔を覗き込んだ。
「せっかくゾロが喜んでんだから、取り返したりすんなよサンジ」
「黙れクソゴム!オロスぞっ」
サンジは顔を真っ赤に染めて、奪い返したパンツを無造作に尻ポケットに突っ込んだ。
「無断で人のパンツ盗むな!」
「ああ?聞き捨てならねえな、俺は盗んだりしてねえぞ」
「だったらなんでてめえが、俺のパンツ持ってんだ」
「飛んできたんだよ、風のせいだ」
「だからって腹巻の中に仕舞う馬鹿がいるか!」
「あとで誰のか聞こうと思ってたんだよ!」
唾を飛ばしながら罵り合う二人に、まあまあとウソップが割って入った。
「そういうこともあらぁな。なあサンジ、それ以上突っ込んでやるな」
「気遣うなウソップ、余計話が拗れるだろうが」
「うるせえこの変態!」
「誰が変態だ、このグルグル眉毛!」
いつもなら喧嘩の仲裁役を買って出るナミも、まだ再起不能だ。
仕方なくロビンが口を挟んだ。
「コックさん、お鍋が噴いてるわよ」
「ああ、変態に関わってる場合じゃなかった!」
サンジがひらりと身を躱してコンロに舞い戻り、その場で何とかコトは収まった。


思わぬハプニングがあったものの、それで余計盛り上がった宴会は夜更けまで続いた。
まずチョッパーが撃沈し、ナミとロビンは美容のためにと先に部屋に戻る。
ウソップとルフィを男部屋に放り込んでから、ゾロは見張りのために展望台に上がった。
一通り片付けを終えたサンジが、夜食を片手に登ってくる。
「―――おい」
「おう」
どんなにたらふく食べても、入る場所は別腹のようだ。
ゾロは下から差し出されたバスケットを受け取ると、座る位置をずらしてスペースを開けた。
それに誘われるようにして、サンジも展望室に上がる。
夜食を渡せばそれで用事などないのだけれど、なんとなくだ。

「今夜は、月が綺麗だな」
「おう、絶好の月見日和だ」
バスケットの中に入っていたミニボトルを開け、一人でさっさと飲んでいるゾロをサンジはちらりと横目で盗み見た。
火の点いていない煙草を咥えてチラリチラリと視線を投げては、また夜空を眺めてみせる。
仕方なく、ゾロの方から水を向けた。

「なんだ、なんか言いてえことあんのか」
「言いてえ…ってか、聞きてえってか」
「なんだ」
たっぷり1分間沈黙してから、サンジはおずおずと口を開いた。
「俺のパンツ、欲しい?」

ブッフォ・・・

口に含んでいた酒を盛大に噴いたゾロは、そのまま激しく咳込んで床に倒れた。
―――だから、違うと、言っただろーに!!
そう言い返したいのに、うまく声にならない。
のた打ち回るゾロの隣で、膝を抱えて所在なさげに座っているサンジの尻ポケットには、くしゃくしゃに丸められたパンツが一枚。

結局その後、パンツじゃないプレゼントがちゃんと渡されたらしい。



End



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