聖菓


12月の頭に、突然ナミから荷物が送られてきた。
厳重に梱包された大きな箱に、サンジは興味津々だ。
「ナミさんからだなんて、なんだろう?いつも珍しいもの送ってくれるんだよな〜」
貰うばかりで申し訳ないと言いつつ、ウキウキと箱を開けている。
確かに、旅先からちょっとしたものをよく送ってくれるが、こちらから返したことはなかったなとゾロも反省した。
返したくとも、あの二人が今どこにいるかわからないのだから現実問題、無理なのだが。
「ふわーなんかすげえ」
取り出されたのは、金属のパーツのようだった。
組み立て式らしく、ネジなども棒とネジと金板みたいなものがいっしょくたに布に包まれている。
さらに大きな車輪と小さな車輪がそれぞれ2つ。
いかにも海外らしい、雑さ加減が面白い。
「なんだ、随分古臭いじゃねえか」
「うん、アンティークなのかなこれ」
デザインも、まるでサンジの眉毛のようにあちこちクルクル渦巻いていて、ゾロはよく知りはしないが印象として少女漫画に出てきそうな感じだった。
「あ、一応組み立ての説明書入ってる。ワゴンなんだこれ」
すげーと歓声を上げるサンジの手元を見ると、確かに図式で描かれている完成品はワゴンのようだった。
「綺麗な青だなあ、縁取りの金が所々剥げてるのが惜しいけど…」
「ウソップに頼んで塗ってもらったらどうだ」
「そりゃあ、ウソップに任せたらすんげえのになりそうだけど、とりあえず今は俺が組み立てたい」
なんせナミさんからの贈り物なんだからと、テンション高く舞い上がっている。

「あ、手紙入ってる。ナミさんの匂いがする〜〜〜」
白い封筒を鼻先に当て、思う存分くんかくんかと匂った後、恭しい手つきで封を開けた。
「おお、愛しのナミさんの文字だ。なになに、いまイタリアにいます?」

素敵なキッチンワゴンを見つけたから、これをレテで使ってほしいなと思って送りました。
ちょっとお高かったけど奮発しちゃった。
お礼は、今度行った時ご馳走してね。
勿論、ルフィも一緒に。

「もーう大歓迎だよ!いつでも来てよナミさん、って言うか会いたいなあ」
再び手紙を抱きしめて身をくねらせるサンジの横で、ゾロは携帯を取り出した。
「ナミに、届いたってメールを送っとく」
「おう頼むぞ、俺は早速これを組み立てる!」
すっかり張り切ったサンジは、そのままワゴンの組み立てに没頭した。

単純な造りのせいか、素人でもそれなりに組み立てられたようだ。
ゾロが昼食を用意し終えた頃には、ワゴンも完成していた。
高さといい幅といい、レストランで使うのにちょうどいいサイズだ。
「おお、いい感じだな。しかし、ちょっと派手じゃねえか」
「確かに、真っ青な色と花模様、それに金縁が華々しすぎるよな。普段使いにはちょっと厳しいけど、クリスマスには持って来いだ」
サンジは無事組み立て終わった充実感で、頬を紅潮させて満足そうに息を吐いた。
「この色に合わせてテーブルクロスもナプキンも変えるよ。すっげえ華やかになるぞ」
早速・・・とばかりに、手近な皿やグラスを台に置いてみた。
あれこれと角度を変えて置いて、またずらして置き直してを繰り返す。
「――――あれ?」
「どうした」
何度か皿を置き、後退りして離れた位置から眺めまた戻るを繰り返していたサンジが、煙草を咥えたまま小首を傾げた。
「うーん、なんだろ」
「なんだ」
「なんかさ、おかしいんだよこれ」
なにごとかと近寄って一緒に眺めるも、ゾロにはなにがおかしいのかさっぱりわからない。
「別に、よくできてるぞ」
「だよな、でもこれ・・・皿置いてみてくれ」
サンジから手渡された皿を、上段に置いた。
特になんともない。
次に、グラスを中段に置いた。
特になんともない。
最後に皿を下段に置いた。
――――あれ?
「ん…なんか、おかしいな」
「だろ?」
えーこれ、なんだろうと首を傾げているサンジの背後で、ゾロの携帯がブブブと振動する。
ナミからメールだ。

『無事着いたんならよかったわ、傷んだりしてないかしら。ちなみに、それは“シンドリーちゃんの呪いのワゴン”よ。組み立てたらわかると思うけど、なんとなく違和感があるワゴンなの。ぜひ大事に使ってやって』
「―――はあ?!」
思わず大声を出したゾロに、サンジは何事かと振り返る。
「なんだよ」
「いや、いまナミからのメールで、それは“呪いのワゴン”だと・・・」
「はい?」
なに言ってんの?との言葉を、ゾロはそっくりそのまま返信した。
間もなく、ナミからメールが返る。
『その昔、お屋敷のメイドだったシンドリーちゃんが婚約者の主人の愛を試そうとして、主人愛用のお皿をわざと割ったのよ。そうしたら怒った主人が婚約を破棄して、その上シンドリーちゃんに鼻くそをくっ付けたんですって。酷い話よね。それ以来、その時シンドリーちゃんが使っていたワゴンは皿を嫌い、そのワゴンを使ってサーブしようとする人は必ず料理を零すそうよ。だから、扱いには気を付けてね』
「…なんだこりゃ」
ゾロと額をくっ付けるようにして画面を覗き込んでいたサンジが、ぷるぷると震えだした。
「なんてこった、この主人許すまじ。レディに鼻くそくっ付けるなんてっ!」
「論点はそこか。そもそも曰く付きの物を人に贈る神経が俺にはわからん」
「可哀想なシンドリーちゃんのことを思って、ナミさんは俺にこのワゴンを贈ってくれたんだ。ああシンドリーちゃん、俺の元で幸せになっておくれ」
話しだけで出てきたシンドリーちゃんとやらに同情し、涙ぐんでいるサンジにゾロははっと馬鹿にした声を出した。
「そもそも、人を試すような真似をするのが悪いだろ」
「なんだと?それならシンドリーちゃんを不安にさせた主人とやらが一番悪いんじゃねえか、愛する人を安心させなくてどうする」
「愛してんなら、信じるのが当たり前だろうが」
「信じてたって不安になる時があるんだよ、それくらいわかれこの朴念仁」
ゾロは動きを止めて、じっとサンジを見つめた。
「お前も、あるのか?」
「…は?」
「俺のこと信じられなくなる時、あるか?」
サンジは目を見開いてしばらく口をぱくぱくさせていたが、更に顔を赤らめてむきーッと吠えた。
「んなこと、真顔で聞くんじゃねえ、こっ恥ずかしい!」
「ってことは、あるんだな」
「ねえよ、別に」
「ほんとか?」
「ねえっつってんだろ。つか疑うのか、お前俺を信じられないのか」
「いま初めて、お前を疑った」
「ええなにそれ、信じらんねえ!」

まさに“呪いのワゴン”の名に相応しく、二人の間に不穏な空気が流れてしまった。


    *  *  *


「――――ってことが、あったんだよ」
「…はあ」
店内をクリスマス仕様にすべく、閉店中のレテルニテにワゴンを持ち込んだ。
手伝いに来てくれたのはウソップとコビーにヘルメッポ、それにパウリー付たしぎだ。
「面白いですね、呪い付きのワゴンなんて」
たしぎは新しいメニュー表をせっせと作成しつつ、珍しげにワゴンを見やる。
「とっても綺麗なのに」
「しかし、ゾロじゃねえけど曰く付きのアンティークを人に贈る神経が、さすがナミというかなんというか」
「ナミさんも、面白いと思って贈ったんでしょうねえ」
「さすがっすねえ」
コビーもヘルメッポも妙なところで感心している。
「けどさ、今度のことで俺もちょっと気付いちゃったってえか。前から薄々感じてはいたけど、ゾロってちょっと冷たいとこあるよな」
サンジのぼやきに、ウソップはどんぐり眼を瞬かせて「お」という顔をした。
「まあ、まさかサンジさんの口からゾロへの不満が出るなんて」
たしぎの口端が微妙に上がる。
ニヤニヤと込み上げてくる笑いを必死に押し隠しているようだ。
「いや、不満っつうか・・・まあ、前から自分に厳しい奴だとは思ってたけど、多分あれ自覚してねえけど人にも結構厳しいって言うか」
「確かに、仕事してても妥協を許さない部分はある」
ヘルメッポがうんうんと頷く横で、コビーも「そう言えば…」と切り出した。
「すごく合理的で要領よく動くから、たまにモタモタしてると口には出さないけどイラってしてる時、ありますよね」
「あ、やっぱりあるんだ」
「あら、それは私最初からビシバシ感じてたわよ。第一印象最悪だったし」
「それは…たしぎさんが突っ込まれやすい体質だからじゃないかとか」
「なにか言った?」
「いえ、なんでもないです」
ヘルメッポが茶化して、どっと笑いが起きる。
ゾロとそう長い付き合いでもないウソップが、執り成すように口を挟んだ。
「どっちにしろ、一緒に暮らすようになったら多かれ少なかれ誰だってなにがしか出て来るさ」
「あら、じゃあウソップさんもカヤちゃんになにか不満でも?」
「う・・・いややや俺は別に」
途端にしどろもどろになるウソップに、サンジは苦笑いする。
カヤに不満などあろうはずもないが、いよいよ出産を控えたカヤのために執事のメリー夫婦が一時的に引っ越してきたのが少々重荷なのだ。
「所詮は赤の他人だもの、今まで生きてきた環境も違うし価値観なんかも全部一緒な訳ないし。家族として暮らして行ったらなにがしか軋轢が生じるのも当然と言えば当然よね」
悟ったような口ぶりのたしぎに、コビーが素直に感嘆した。
「ああ、やっぱりそんなもんなんですね」
「そうよ、スモーカーさんなんてとにかく口を開けば偉そうだしすぐに人に指図するし、ちょっと失敗すれば『大体お前は昔から…』って以前のことを蒸し返すし」
「ささいなことでも、積み重ねるとむっとくることもあるよね」
「そうだよな、俺もたまにカヤにむっとされてるのかなあ」
「いや、ウソップは大丈夫だろ」
「わかんないわよ、ウソップさんは優し過ぎるくらい優しいから、その優しさに時々いらっとくるかも」
「え、なにそれ怖い」
「女ってめんどくせえ」
「レディに向かってなんだその言い草は!」
会話がカオスになってきた時点で、ウソップが天井の飾りつけを終えて脚立から降りてくる。
「まあ、どっちにしろサンジの愚痴なんて俺らにとっては単なる惚気にしか聞こえねえから、安心しろ」
「へ?」
真っ赤になって手を止めるサンジに、コビーもヘルメッポもたしぎもしたり顔で頷いた。
「誰も心配なんかしてないから、安心して」
「思う存分、揉めててください」
「むしろもっとやれ、ってか勝手にやってろ」
絶句してプルプル震えているサンジを放っておいて、ウソップは白い皿が陳列されたワゴンの前にしゃがんだ。

「それにしても、これほんとになんか変だよな。こうして見てる分にはなんもおかしなことねえんだけど」
「実際に、皿を置いたりすると違和感あんだよ」
「そうですよね、俺もさっきやってみたけど、なんか変な感じだった」
「休憩のとき、これでお茶してみましょうよ。実際にケーキとかコーヒーとか運んだりして」
そろそろ休憩にしようと暗にほのめかすたしぎに、サンジは笑って立ち上がった。
「そうしようか、いい時間だね」
表で車の音がして、玄関に軽トラが横付けされる。
助手席から大男が下りてきた。
「あ、親方だ珍しいな」
すっかり冬の装いなのに一人だけアロハシャツに海パンの出で立ちで、フランキーは扉を明ける前にポーズを決めた。
ガラス越しにそれを眺めて、パウがきゃっきゃと嬉しげな声を上げる。
「アウッ!どうだ捗ってるか」
「こんにちは、お元気そうで何より」
「つか、寒くないんですか」
「うーらんきーっ!」
駆け寄るパウリーを抱き上げ、肩車してその場でぐるぐる回ってやる。
まるで歩く遊園地のような男だ。
「いいねえパウちゃん、親方も来年っすね」
「ロビンさん、元気?」
「おう、元気にしてるようだぜ。つっても、最近はずっとスカイプでしか顔合わせてねえしな」
めでたく妊娠したロビンは、出産ぎりぎりまで仕事を続けたいと街に留まりそこで産むらしい。
出産後村に戻るのかどうかは、まだ決めかねているようだ。
「子どもを育てるなら、断然シモツキの方が育てやすいのに」
出産もこちらでしないことを不満に思っているたしぎに、ウソップも同調する。
「いくら施設が整ってるからって言っても、やっぱり都会はなにかと世知辛いだろ。親方も心配じゃねえか」
「まあな、産み月になったら俺があっちに行く段取りで、いまも仕事進めてんだ」
「大変だな」
「自分の子どものことだ、大変も何もねえよ」
すっぱり言い切るフランキーに、男前だねえと憧れの眼差しが注がれる。

「へえ、綺麗になったな」
車を止めて入ってきたゾロが、店内を見回して感心したように言った。
「おーろ」
パウリーがフランキーの肩からにじり寄り、ゾロの頭に手を掛けた。
「お、パウも手伝ってくれたか」
そのまま自分の肩に移動させて、小さな膝頭を撫でながら店の中央まで歩いてくる。
「それが問題のワゴンか」
「ああ」
ゾロに案内されるようにして近付いたフランキーが、ワゴンを見下ろして言った。
「なんだ、角度がズレてるじゃねえか」
「へ?」
「え、俺なんか間違った?」
サンジは慌ててしゃがみこみ、足の部分に刻まれた目盛を数える。
好きな高さに調節できるよう、ネジ穴が段々になっているがちゃんと数えて嵌めたはずだ。
上段も中段も下段も、きっちり同じ数だけ穴が空いている。
「だが傾いてるぞ。ははあ、こりゃ最初からだな」
フランキーはどこからか物差しを取り出すと、目盛を一つずつ図り比べた。
いずれも同じ長さに見えて、よく見ると微妙に違う。
前方だけほぼ1mmずつずれている。
「え?なにこれ、欠陥品?」
「いや、こりゃわざとだ。目に見えない傾斜を作って錯覚を起こさせてるんだ」
「なに?それが呪いの正体?」
「なんのために」
みんなでワゴンを取り囲んでわいわい騒いでいる中、ゾロはパウリーを担いだまま一人でコーヒーを煎れていた。
香ばしい匂いに気付かされ、サンジは用意しておいたケーキを切り分ける。

「単純に傾斜角度があるだけだから、そう思って使えば使えねえこともねえが、普通の皿じゃ傾くな」
「あ、だったらこの角度に最初から嵩上げしたお皿使ったらいいんじゃない?」
「そんな皿売ってないでしょ」
「や、ないなら作ればいいぞ。俺、作ろうか?」
「え、マジで?」
器用に何でもこなすウソップは、最近焼き物にも凝り始めたらしい。
「このワゴンに似合うような、シンプルなの作ってやるよ。どんなんがいい?」
「あ、それだとこの幅に収まるぐらいの長さの長方形のがいいな。今度、クリスマスフェアでワゴンデザートしたいんだ」
「まあ素敵」
「お、そりゃ豪勢だな」
「了解、幾種類か入れられるよう複数作るか。焼いた時に割れなきゃって話だが」
ウソップが長さを図り始めると、フランキーも板を撫でまわしながら提案した。
「じゃあ俺は色を塗り直そうか。不自然じゃない程度に補正できるぞ」
「うわ、ありがと助かる」
「これ、車輪がちょっと軋みますね。スモーカーさんに言って直してもらいましょうか?あの人こういうの好きだし」
その場でフランキーが手際よく分解し、それぞれパーツを持ち帰ることになった。
「クリスマスフェアは20日からだよな。それまでに完成させるから」
「来週持ってくるから、また組み立てよう」
サンジは感激した面持ちで、両手を合わせてみんなを拝み見る。
「ありがと、世話になってばかりで悪い」
「いいってことよ、こりゃあ俺らからのこの店へのクリスマスプレゼントだ」
「いつも美味しいものご馳走になってるし」
「今日も美味しいおやつ、あるんですよね」
サンジの手がすっかり止まっていることをコビーに暗に示されて、サンジは慌ててケーキが乗った皿を配った。
「ごめんごめん、コーヒー冷めちゃったかな」
「いつでも煎れ直すぞ」
「いんや、冷めても十分美味しいよ。いただきます」
「いただきまーす!」
先に手づかみで食べていたパウが、口の周りにチョコレートを付けながら「まーす!」と手を上げ笑いを誘った。
「じゃあ来週、今度はクリスマス用のケーキの試食してもらおうかな」
「やった!」
「カヤを連れてこないと」
「スモーカーさんも」
完成が楽しみだなと、にこにこと振り返るサンジに、ゾロは「そうだな」と言葉少なに頷いた。



「結局、いつもみんなに世話になってばかりだよなあ」
“呪いのワゴン”は分解してそれぞれに持ち帰られ、手ぶらで家に帰った二人はそのまま風太達の散歩に出かけた。
すっかり暗くなった田圃道で、颯太の尻尾だけがやけに目立つ。
ふわふわ揺れるそれを目で追いかけていると、ゾロがぽつりと呟いた。
「そりゃあお前だからだよ、お前が優しくてあたたかいからみんな手助けしたくなるんだ」
「…へ」
サンジは驚いたように振り返り、それから眉を寄せて睨み付けるように顎を引く。
「なに、もしかして熱でもある?」
「ねえよ」
「だっていきなり、なに恥ずかしいこと言ってくれちゃってんの」
足元で、風太が長靴をがじがじ噛んだ。
さっさと進めとの催促に、二人揃って歩き出す。
「前から思ってたことだが、今日改めてそうだなあと感じたんだ。それにどうも、俺は人より少々他者に関して無関心なところがある」
「…んーまあな」
それは、サンジも気付いていた。
ゾロはどんなに賑やかな輪の中にいても、どこか一歩引いたところからものを見ている。
今日だって、“呪いのワゴン”の謎が解き明かされている最中でも、コーヒーを煎れていた。
興味がないとまでは言わないが、さほど物事に集中しないのだろう。
「人に無関心なものは人からも関心を持たれない。お前はその真逆だ。だから、誰からも愛される」
「ゾロだって、いっぱい好かれてるじゃないか」
「別にお前と張り合おうとか思ってねえよ、お互い性格も立ち位置も違うんだ。むしろ、俺はお前のそういうところが誇らしいと言うか自慢と言うか」
「わあああああ・・・だからこっ恥ずかしいことを言うなと!」
立ち止まって髪を掻き毟り始めたサンジに驚いたのか、颯太がワンと吠えて飛びついた。
「あ、や、大丈夫だ颯太。ちょっと恥ずかしくて居た堪れなかっただけで」
「ほんとのことを言って何が悪い」
「お前、そういうとこほんと厚顔無恥と言うか、平気だよね」
「そうか?普通だろ」
「ああ、やっぱ違うわ」
サンジはしみじみと呟いて、歩きながら懐から煙草を取り出した。
暗闇に一瞬ライターの光が明滅し、また暗くなる。
軽く吸い付けて、サンジは前髪を払うように首を振った。
「違うから、いいんだろうな。俺はお前のそう言うとこ、す―――――」
「――――――・・・」
「――――――・・・」
「なんだ」
「なんでもない」
サンジはリードを持って、早足でサクサク歩いた。
それに、風太と颯太と揃ってゾロも追いかける。
「なんだ、はっきり言え」
「なんでもねえ、っつってんだよ」
「言え」
「お前、そういうとこしつこい」
「お前は往生際が悪い」
「うるさい」
小声で言い合いながら、白い息を散らして家までの道のりを早足で帰った。


    *  *  *


そうして迎えたクリスマス・フェア。
見違えるように綺麗に塗り直されたワゴンは、微妙に傾斜角度が付いたシックな皿のお蔭で載せたデザートもよく映え、客たちに大好評だった。
「ほんとに素敵なワゴン、気分が一段と華やぐわあ」
「いいわねーこれ、サンちゃんの瞳の色みたい」
「縁取りは髪の色ね、サンちゃんのためのワゴンよこれ」
口々に褒め称えられ盛大に照れるサンジの前で、ゾロは恭しい手つきでデザートをサーブした。
最初から傾いているとわかれば、扱いは簡単だ。
シンドリーちゃんとやらの呪いも、効力を失ったらしい。

閉店後、美々しいデザートを載せて写された画像をナミに送った。
呪いの謎も添付したら、翌日ナミから返信があった。

呪い解除おめでとう!
とっても素敵なワゴンに生まれ変わって、しかもすごく美味しそうなケーキを載せられて贈った私も嬉しいわ。
呪いを解いたお祝いに、その後のシンドリーちゃんのことを教えてあげるわね。
主人に婚約を解消され鼻くそまで付けられたシンドリーちゃんは、泣きながらお屋敷を出た・・・訳ではなく、その後もメイドとして一生懸命お仕えしたんですって。
その年の冬に流行り病に罹って死の淵を彷徨った時、主人はどれだけシンドリーちゃんが大切な存在か思い知ったみたいで、無事回復してから二人は結婚したそうよ。
その時、主人はシンドリーちゃんとの愛の変遷を忘れないように、戒めとしてこのワゴンを作ったのだとか。
呪いだなんて物騒な曰く付きの代物を、こんなに素敵なワゴンにしてくれてありがとう。
私も、クリスマスプレゼントをもらった気分だわ。
幸せのお裾分けを、ご馳走様。

「ナミさんって、ほんとに素敵な人だなあ」
メールが届いた携帯を抱きしめしみじみと呟くサンジに呆れつつ、ゾロもまあ同意しないでもなかった。
確かに、洒落たプレゼントを貰ったものだ。
このワゴンはこれからイベントごとに、レテルニテで華やかに活躍するのだろう。
今は、自宅の古いキッチンにでんと鎮座し、二人のためだけのクリスマスケーキが載せられている。
違和感ありまくりだが、優雅な気分になれないこともない。
「ナミに感謝しつつ、クリスマスを祝うか」
「おうよ、俺達の女神・ナミさんに乾杯だ」
ワインを掲げ、軽くグラスをかち合わせる。

素敵な贈り物をくれたナミに、素敵な贈り物に変えてくれたみんなに。
メリークリスマス!


End



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