授かりし日


なんとなく、自分のためにケーキを作りたくなったのは、今日が誕生日だからだろう。
本当に生まれた日かどうかはわからないが、バラティエで3月2日は俺の誕生日だと決められた。
それからずっと、この日は俺の誕生日だ。

けれどこの船に乗ってから、俺は自分の誕生日をこの日だと言ったことはない。
仲間になって割りと早くに、全員の誕生日が確認された。
そしてその日にあわせてのイベントも、当然のごとくと言うより必然に近い形で半ば強制的に宴会に
縺れ込んでいる。
口実をつけて騒ぎたいだけだと、誰もが納得しながらも心の底から仲間の誕生を祝い、感謝する。
そんな誕生日イベントを俺自身気に入っていた。

その日は、仲間のために腕を振るう。
そいつの好きなメニューばかり考えて、バースディケーキはとびきり力を入れて趣向を凝らして、相手のイメージにあったものを作る。
そうして、ほんのり酔った頭でおめでとうと唱え、大口開けてケーキを食べる。
そこが豊かな陸の上でも嵐の中でも、食糧ギリギリの餓えの中にあっても、それだけは決して決して欠かしたくないイベントだった。
自分以外の特別な日は。



ナミさんに最初に誕生日を尋ねられた時、正直に知らないんだと答えた。
ナミさんも笑って頷いて、私もよと答えてくれた。
誕生日が明確なのって、ほんとは仲間内でも数えるほどしかいない。
だからわからない者はそれなりに、適当に日付を決めていたんだけれど。
結局俺は、それきり誤魔化したままだ。

この船に乗って月日が巡って、ウソップの誕生日を皮切りに、皆一通りバースディを祝ったのに、俺は俺のためのケーキを作っていない。
そのことが寂しいとかそういうのではなくて、自分が誕生日を定めていないからそうなるんだ。

この世に生れ落ちた瞬間、必然的に与えられるはずの誕生の時刻を自らが決めるだなんて、なんて勇気のいることだろう。
そのことにくだらない躊躇いを持つ俺は、意気地のない弱虫だ。





皆が寝静まった深夜、小さく丸いスポンジを焼いた。
ルフィだったら一口でも足らないくらいのアントルメ。
生クリームを泡立てて、キルシュを混ぜたシロップを塗って、去年作った残りのジャムを挟んで。
外側にもたっぷりのクリーム。
フレッシュなフルーツはないから、固く泡立てたメレンゲで淵を飾り、焦げ目をつけて中央に生クリームで花を飾った。

掌サイズの小さな花篭のようなケーキ。
我ながら乙女チックだと微笑して、不意に訪れた大きな衝撃に転ばないようテーブルを掴む。

「敵襲だっ!」
見張りのウソップの声が響き、俺はケーキを冷蔵庫の中に仕舞うと慌ててラウンジの外へ飛び出した。





闇夜に禍々しく浮かび上がるのは巨大なガレオン船。
勝手に小船を下ろしては、こっちに乗り込もうと漕ぎ出して来やがる。

「鬱陶しいな。」
脇を吹き抜けるように駆け抜けた剣士は、白い刃をぎらつかせてとっとと敵船の中に飛び込んだ。
船が大きく揺れてあちこちで火花が上がる。
見張り台から火薬を打ち込むウソップと、巨大な帆の上で縦横無尽に伸び捲くる手足。
遅れを取ったと威勢よく乗り込むより、俺は自分の船を守ることに専念した。
先陣切って飛び出す阿呆が二人もいるのだ。
麗しいレディと食料を守るのは俺の役目だぜ。

ミニスカートを翻し果敢に闘う勇ましい女神を背中に、次々と湧いて出る海賊共を小気味よく海へと突き落とす。
気の毒だが、相手が悪かったと思って諦めて沈んでくれ。




夜明けを待たずに、巨大な船は斜めに傾いで水平線の向こうに消えていく。
子どもじみた歓声と収穫の喜びに沸き上がって、俺たちは全員甲板で朝日を浴びた。

「腹減ったあ、サンジ飯〜〜〜」
当然のような船長の要求に応えるべく、俺はラウンジへと急いだ。
背後で「ダラダラしてないでさっさと甲板掃除しなさい!血と匂いが染み付く前に!」なんてごもっともな叱咤が聞こえてくる。
速攻で片付けて、その後腹減ったと大合唱するだろう仲間達のために、俺はフル回転で朝食の準備を始めた。

「おーい、掃除終わったぞ!」
「待ち切れねえよう」
慌しく飛び込んで来るガキ共を蹴り出し、手を洗って来いと追い返す。
折角甲板を綺麗にしたことだし、天気もいいから外で食べようとついでにテーブルも運ばせた。
朝日を眺めながらの朝食ってのもおつなもんだ。

山盛りのサンドイッチにバケット、パンケーキも積んでどんどん運び出す。
冷えた身体には暖かなスープを、興奮した気持ちを鎮めるために濃い目のコーヒーを煎れて、パンケーキにはバターにジャム、シロップもたっぷり添えた。

いただきますの大合唱の後にがっつき始めたルフィ達を置いて、またラウンジに引っ込む。
そういえば朝の一服もまだだったと思い出し、一人シンクに凭れて煙草を咥えた。

さっき冷蔵庫を開けて思い出した。
一人分の丸いケーキ。あれをどうしようか。
ルフィに見せれば一口で終わりだろうが、ルフィ一人に与えてしまうのもなんか癪だ。
かと言って、ナミさんとロビンちゃんに半分分けで食べてもらいたくても、このケーキなあに?と問われれば答えに詰まる。
今、この場で自分一人があれを食べてしまうのも、憚られる。
・・・さて、どうしたもんか。

とりあえず冷蔵庫から出してテーブルの上に置き、ケーキを作った本来の目的を忘れて悩んでいると、剣士が大股で入って来た。
その姿を見てぎょっとする。
頭から血を滴らせた、全身血塗れ状態。
所々乾いてはいるが、近付いただけで匂い立ちそうな壮絶な光景だ。

「な、んて格好だてめえ。」
いくらなんでも常識外れだ。
呆れて二の句が告げないでいるとゾロは今更気付いたように、あと間抜けな声を出して自分の姿を見回した。
「悪い・・・」
そのままシンクに向かって肘から下だけじゃばじゃば洗いやがる。
そんなもんキッチンで洗い流すなとか、その姿でラウンジに入ってくるなとか、そもそもそれじゃ甲板掃除にならなかっただろうとか、それより先にシャワー浴びて来いよとかいっそ海に飛び込んじまえとか、色んな台詞を飛ばすのも忘れて煙草を咥えたまま呆然と見てしまう。

俺の胡乱な視線をものともせず、ゾロはきっちり肘の下だけ綺麗に洗い流してこっちを振り向いた。
「なんだそれ、甘そうだな。」
美味そうだなと言わないのにむっとして、見た目ほど甘くねえと言い返す。
「そうか?」
そう言って、ひょいと腕を伸ばしてそのままケーキを摘み上げ、ぱくんと口の中に放り込んでしまった。

「あ」
「ん?」


もぐもぐもぐ。
ごっくん。

「ああ、そんなに甘くなかったな。」
ぺろりと指についたクリームを舐めて、ごっそさんと勝手に呟いた。


俺は馬鹿みたいにぱっかり口を開けたまま一連の動作を見守って、それから無性におかしくなって笑った。
腹の底から湧き上がる震えに身を任せて、俺は口を開けたまま声を立ててヘラヘラ笑った。
可笑しくて、涙まで出てきた。

「どうした。大丈夫か。」
血まみれ魔獣が、至極真面目な顔でどこかオロオロ視線を泳がせている。
食っちゃまずかったかと、心配そうに聞いてくるから笑いの発作が止まらなくなる。

「いや、いーんだ。食っちまって正解。それ、俺の・・・」
今度は躊躇わない。
「それ俺の、バースディケーキ。今日、俺の誕生日・・・」

ヒクヒク喉を引き攣らせてそう告げれば、ゾロの目が珍しく丸くなる。
「そうか。」
また親指の腹をぺろりと名残惜しそうに舐めて、あらためて美味かったと呟いた。


「誕生日、おめでとさん。」
「・・・ありがとう。」
素直にそう返して、それがまた可笑しくて腹を抱えて笑う。



「早く来ないとルフィが全部朝御飯食べちゃうよう。」
優しいチョッパーが呼びに来てくれた。
ヘラヘラ笑い続ける俺と突っ立ったゾロを見比べて、一呼吸置いてから叫んだ。
「うわあああ、血塗れっ!医者〜〜〜っ!!」
「何騒いでんのよってえか、ゾロ!なんて格好してんのっ、とっととシャワー浴びなさい!!」
ナミさんの雷が落ちて、ゾロはそそくさとラウンジを後にした。

「サンジ君もサンジ君よ。あんなゾロラウンジに入れるなんて・・・」
「ごめん、ごめんねえナミさん。」
謝りながらもまだヒクヒクと笑い続ける俺を不審そうに見て、眉を上げる。
「ま、ご機嫌ならいいわ。」
「そりゃあ、うざいマリモを追い出してこうして君とお喋りできるからさv」
俺の軽口を軽く受け流し、早く来ないとなくなっちゃうわよとすげなく行ってしまった。
真っ直ぐに伸びた後ろ姿が綺麗だな〜と見送って、もう一服煙草に火をつける。

今日が誕生日だってことは、来年まで内緒にしておこう。
なんとなくそう思って、また一人で笑いを漏らした。


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