三者面談


梅雨の名残も感じさせない、すかんとした夏空の下、サンジはああ〜と大きな声で溜息を吐いた。
「三者面談とか、かったりー」
窓枠に手を掛けて、嫌だ嫌だと駄々を捏ねるように身体を揺する。
「しょうがねえじゃん、俺ら受験だし」
「別に高校なんて、行かなくたっていいのによ」
サンジは唇を尖らせて、隣をチラリと見た。
「ロロノアはいいよなー、選択肢いっぱいあるじゃん」
「そうでもねえよ」
「剣道一筋で突き進むんならT高だろ?でも、理数系得意だから極めるんならG高」
「家から一番近いH高って手もあるぜ」
「ロロノアならやりかねねー」
サンジは笑いながら前髪を掻き上げ、ふと真顔になる。
「ビビちゃん、どうすんの?」
「んー・・・今んとこ、G高かなあ」
「じゃあG高決定じゃん」
「単純だな、サンジは」
困ったように苦笑いするロロノアの、その端整な横顔をサンジはそっと盗み見た。

中学に入ってから親しくなった、今ではもう親友と呼んでも差し支えないほど身近なロロノア。
ガキの癖に達観したものの見方をして、落ち着いた雰囲気でサンジとはなにもかもが対照的だった。
しょっちゅう意見がぶつかりよく喧嘩もしたが、意外と気が合って1年からずっとつるんでいる。
ナンパなサンジと違い、ストイックなロロノアは剣道以外興味ないってな顔をしていたのに、3年になってから急に彼女ができてしまった。
2年のビビは、以前からサンジも注目していたお嬢様系美少女だ。
大人しくおっとりして、それでいて芯の強さと意外な積極性を併せ持つ彼女は、ロロノアのことを「Mr.ブシドー」と呼び慕っていた。
いよいよ想いが募ってか、意を決してビビから告白したのが桜舞い散る3月の半ば。
ロロノアはあっさりと承諾し、今ではクラス公認のラブカップルだ。

「ストイックな面して、やることやりやがって」
「あ?なんか言ったか?」
「なんでもねえよ」
ぶうっと不貞腐れて、サンジはまだ午前中の光に包まれたグランドに目を転じた。
校門からこちら側へと、独特の歩き方で近付いてくる初老の男の姿を見つける。
ちっと小さく舌打ちし、身を乗り出していた窓から勢いを付けて降りた。
「ジジイが来た、控え室入るわー」
「お前、俺の次の順番だろ。まだだよ」
「ロロノアんち、誰が来んの」
「親父」
ふうんとサンジは気のない返事をした。
大抵母親が来るから、父親なだけロロノアも自分と同じようなものかと思う。
けれどサンジの場合は祖父だ。
やっぱり父親と祖父は、同じ性別でもちょっと違う。
別に、羨ましくなんかないんだけど。

踵を返し掛けた時、ロロノアが「あ」と声を出した。
「親父が来た」
「へえ」
興味はなさそうな素振りで、実際、野郎の親父になんか興味はねえよと毒づきながらも視線を屋外に戻した。
門から続くなだらかな坂道を、ゼフの後からやけに姿勢のいいおっさんがサクサクと歩いてきた。
途中、ゼフを追い越すときに軽く会釈をし、速度を緩めて並んで歩く。
どうやら何か、話しているようだ。
「あれか?うちのジジイと話してんの」
「ああそうだ。あれサンジの爺さんか?年寄りなのにでっかいなあ。親父とそう変わんねえ」
「お前の親父さんこそ、なんか遠目には男前に見えるぞ」
サンジの言葉に、ロロノアがははっと笑う。
「近くで見ても結構な男前だぞ。俺に似てるってよく言われる」
「言ってろ」

確かに、遠目に見ても雰囲気がロロノアによく似ていた。
髪の色は、随分と鮮やかな緑だけれど。
「ロロノア・コーザ君」
「はい」
「順番が早まっちゃったの、お父さんいらしてるかな?」
担任教師にはいと返事して、ロロノアは窓辺に駆け寄った。
「親父ーっ、順番!」
ロロノアのよく通る声が、屋外に響いた。
ゼフと並んで歩いていたおっさんが、はっと顔を上げそのままダッシュした。
年齢を感じさせない、軽やかな躍動にサンジの目が釘付けになる。

「はは、親父いきなり本気走りだ」
ロロノアのからかいの声も耳を素通りして、サンジは近付くシルエットをずっと見つめ続けていた。



End