最果ての青 3

定刻どおりにレストランに行くと、広間の大テーブルに所狭しと豪華な料理が並べられていた。
先輩達もそれぞれに着飾ってとても華やか。
私の姿を見つけて両手を広げて迎えてくれた。

「マイナ凄くよく似合うわ、そのドレス。」
「やっぱりオーナーの見立ては間違いないわね。」
口々に誉められて、舞い上がってしまう。
自然に背筋がしゃんとと伸びた。

シェフたちも今日ばかりは正装して、どこの紳士かと見間違うくらい。
お客さんたちも次々と訪れて、勝手知ったるという風に談笑している。
いつもの常連さんも初めてお見かけする人も、パーティ開始の合図もないまま、自然に始まってしまった。
私も先輩達とともに軽くグラスを合わせて、オーナーの誕生日をお祝いする。
オーナー一人が忙しそうに立ち働いているのに、私達がこんな美味しいものをゆっくり味わえるなんて、
なんだかバチがあたりそう。

「気にしなくていいのよ。今日ばかりは私たちもお客さんなんだから。」
「そうそう、それにホラあっち見て。あの水色の髪の女性。」

示されたテーブルを見ると、鮮やかな水色の髪を結い上げた綺麗な女性が笑っている。
凄く気品に溢れてて周りの空気が違って見えた。
もしかして、あの人が・・・
「アラバスタの王女様、よ。ほんとに凄いわよねえ。王室関係者も御用達ですもの。もうすぐ戴冠式を
 控えていらっしゃる大切な時期なのに、オーナーの為にいらしたのよ。」
うわあ、王女様なんだ。
本物の王女様なんだ。
凄い・・・。

その王女様と親しげに話しながら、凄い勢いでご馳走を口に運びつつ、ばたっと倒れこむように寝てる
人もいる。
上半身裸で他の人みたいにおしゃれしてないから、凄く目立つ人だなあ。

ばたんと勢いよくドアが開いて、誰かが騒がしく乗り込んできた。

「サンジ〜!腹減ったあ!!!」

その声とともに会場の人が一斉にそちらを振り向いて歓声をあげた。
これまたパーティの場には相応しくないような赤いTシャツに半ズボンの、まるで子供みたいな男の人。
傷のある目元はくりくりと丸くて、白い歯でにししと笑っている。

王女様が駆け寄って飛びついた。
お客さんたちもそれぞれ取り囲む。
なんだか人気のある人みたい。

すっかり気を取られていたら、肘が当たってカップがテーブルの端から落ちてしまった。
ひやりとした瞬間、落ちる寸前に床から手が生えて・・・
手が生えてる?

ひゅうと息を吸い込んで、悲鳴とともに吐き出そうとしたら隣の女性が手を伸ばした。
「驚かせてごめんなさいね。」
大きな紫がかった瞳と、つややかな黒髪が神秘的な美しい人。
私の手に掛けられたその女性の腕と、床からお皿を拾い上げてくれた手は、同じ肌の色をしていて・・・
「有名な考古学者の方よ。オーナーのお友達。」
先輩は余裕でその手からカップを受け取っていた。
「あ、ありがとうございます。」
悪魔の実の能力者なんだ。
目の当たりにしたのは初めてだから驚いてしまったけど、助けていただいたのに恥ずかしい。
その人はにこりと笑いかけると、さっき乱入してきた男の人の方へ歩いて行く。
女の私から見てもドキドキするような色気のある人だなあ。
オーナーより年上みたいだけど、もしかして、あの人が・・・?



賑やかな中央から少し外れて、壁に寄り添うように一人でグラスを傾ける人もいる。
今までも何度かお店に来たことのある、海賊さん。
目の下にクマがあって、一見とても怖そうな人だけど、静かに食事をして帰る人。
今日は両手一杯の白いバラを持ってオーナーにお祝いを言ってったっけ。
そのバラは今中央のテーブルに飾り付けられている。

「どう、今年もあなたたち、一口乗る?」
いきなり頭上から声が降ってきた。
「乗りますv」
「楽しみにしてるんです〜!」
先輩達が我先に手を上げている。
見上げれば、鮮やかなオレンジ色の髪をなびかせたスタイルのいい女性が紙を片手に手を腰に
当てて立っていた。
この人も美人だけど、なんかオーラが違う。
ただ立っているだけなのに、圧倒されるような迫力。

「あら、あなた新人さんね。よかったら一口乗らない?1000ベリーよ。」
手に持った紙をひらひらさせて誘ってきた。
一口?
1000べりー?

「簡単な賭けよ。これは、と思う時間を分単位まで指定して、その紙に署名するの。予想ひとつで
 1000ベリー。どんぴしゃなら賭けたお金は総取り。僅差なら上位3人までで山分けよ。どう?」
どう?と言われながら、迫力に押されて訳もわからぬまま1000ベリーを用意した。
既に何人かが時間を書いていたので、重ならないように似たような時間を記入する。
中には「終わるまで持つ。」って書いてあるのもある。
なんのこと?
署名して、お札を渡した。

「ビギナーズラックがあるといいわね。」
ぱちんとウインクして次のテーブルに向かってる。
すっかり圧倒されて目をぱちくりさせてる私に、先輩がそっとささやいた。

「あの人が伝説のワンピースを見つけた海賊王、麦わらのルフィの航海士さんよ。」
えええ、凄い!
やっぱり只の女性じゃないと思った。

「ナミさん一杯食べてねーv」
「うーんありがとうサンジ君。久しぶりに逢えて嬉しいわ。」
オーナーの頬にキスをしてる。
もしかしてあの人が・・・
あの人が・・・
「くおらっくそゴム!てめえ食ってばかりいねえでナミさんのエスコートしやがれ!」
「おうサンジイ、相変わらずおめえの飯はうめえなあ。」
「あーいいからいいから、ルフィは食べてなさい。」
ルフィ?
ルフィってまさか・・・
「そう、あの人がモンキー・D・ルフィ。海賊王よ。」

えええええー!!

違う。
全然イメージと違う。
なんだか見てる限り物凄くお腹すいてる子供みたいな人にしか見えないのに・・・

「ナミ、これもうめえぞ。お前も座って喰え。」
麦藁帽子を被ったままひょいと腕を伸ばして近くの椅子を取った。
腕・・・伸ばして?
「お、やっと求愛行動を覚えやがったか。」
「まあね、私のたゆまぬ努力の賜物よ。」
ナミさんが椅子に腰掛け、大方料理を出し終えたオーナーも腰を下ろして一休みしてる。

「おうそうだサンジ、昨日ウソップから連絡があっで、無事生まれたぞ。元気な男の子だ。」
「そうかあ、良かったなあ。いよいよあいつも父親か。」
オーナーの瞳が遠くを見るように眇められた。
「かなり危険だったらしくて、チョッパーが立ち会って正解だったみたい。残念ながら鼻はウソップ似
 じゃないんですって。」
「そりゃあ残念だ。あの遺伝子が失われんのか。」
「大丈夫。隔世遺伝で孫に出るわよ。」
けらけらと笑うナミさんの後ろに、いつの間にやってきたのか王女様が引っ付いていた。
本当に仲の良さそうな人たち。
オーナーにとって大切な大切な人達。

きょろきょろと見回していたら、ホールの隅で一人お酒を傾けている漁師さんがいた。
髭も剃って着替えてるけど、白いシャツに腹巻をしている。
スーツなんか着たら凄い格好いいだろうになあ。

あらかた食事を終えたルフィさんが漁師さんの横に座った。
無言でグラスを合わせてる。
ナミさんも王女様も、さっき助けてくれた考古学者さんも、いつの間にか漁師さんの周りに集まっていた。
オーナーはその輪からすっと離れて厨房に引っ込んだ。
もうすぐ時計は9時を廻る。


気のせいか皆時計を気にし出した。
そろそろ賭けの始まりかしら。

女性陣から感性が上がった。
オーナーがワゴンに色とりどりのデザートを乗せて次々と運んでくる。
「麗しいレディ達、さあどうぞ。カロリー控えめビタミンたっぷりのフルーツてんこ盛りですから〜て、
 ゴムは控えてろ!!」
凄い。
海賊王を足蹴にしてる。

壁際の漁師さんがさっきから、デザートをサーブするオーナーを睨みつけている。
怒ってるのかしら。
なんだか苛々してるみたいで・・・
気が付けば膝が揺れてる。
もしかして、貧乏ゆすり?

「ゾロ、まあ呑みなさいよ。久しぶりじゃないの。」
ナミさんが宥めるようにジョッキを押し付けてる。
ふうん、ゾロさんっていうのか。



なぜだか会場内が言い知れぬ緊張感に包まれて来た。
広間にいる人たちが何気ない振りをしてちらちらゾロさんを見てる。
何?
なんなのこの雰囲気は?
「このピンクのフルーツはですねえ・・・」
オーナーが高いプレートの天辺に乗っているムースの説明をし始めた、その時だった。
突然立ち上がったゾロさんは、ずかずかと中央まで歩み寄ったかと思うと目にも止まらぬ速さで
オーナーを担ぎ上げた。
「ビタミンが通常のレモンの約3倍、おわっ」
おおうと場内がどよめく。
「何しやがる、クソマリモ!!!」
喚くオーナーを軽々と片手で横抱きにしたかと思うと、早足で歩きながら背中越しにくるりと廻して
肩に担いだ。
軽い・・・
「只今の時刻!9時13分!!」
「この馬鹿ゾロ!なんて根性のない男なのっ。後5分、後5分我慢したら私が総取りだったのに!!!」
ナミさんの怒鳴り声とやんやの喝采が交じり合う。
何?
一体何が起こったの。

「あ、ぴったり賞がいるわよ!」
王女様が興奮した声で叫んだ。

「9時13分、ティティワン・マイナさん!」
自分の名前を高らかに読み上げられても、ピンとこなかった。
それよりオーナーがゾロさんに連れて行かれた。
中央の階段を、オーナーを担いだまま段飛ばしでそれこそ飛ぶように駆け上がって、奥の扉に消えてしまった。

「凄いわ。ビギナーズラックってほんとにあるのね。」
興奮状態の中で冷静なロビンさんの声だけが響く。
「ああもう、持ってけ泥棒って感じね。はい賞金。」
くしゃくしゃになった1000ベリー札が山のように私の前に積まれた。
シギさんがお腹を抱えて大笑いしている。
一体どういうことなの。

「私達が賭けてたのは、剣士さんが久しぶりの再会でいつ我慢できなくなってコックさんを攫うか、その時間なの。」
いつの間にかテーブルからたくさんの手が生えて、ばらばらのお札を重ねてくれていた。
まるでマジックのような光景を見ながら、まだ私の頭は動いてなかった。
「剣士さんって、あの漁師さんですか。」
「そうよ。まあ・・・コックさんに取ったら漁師さんになるのかしら。彼が世界一の剣豪、ロロノア・ゾロよ。」

ロロノア・ゾロ。
いくら田舎者の私でもその名は聞いたことがある。
伝説の剣士ミホークを破って大剣豪の称号を手に入れた、三本刀の剣士。
でも私が驚いたのは、それじゃなくて・・・

久しぶりの再会?
我慢?
それって、それって・・・
私はシギさんの顔を見た。
目に涙を浮かべながら、笑いの発作から立ち直ったシギさんが大きく頷く。

「そうよ、彼がオーナーの恋人。」
今度こそ、私は卒倒するかと思った。





色鮮やかなピンクのカクテルを両手で抱いて、私の嗚咽はなかなか止まらない。
もうだいぶアルコールが廻ったせいか、何で泣いてるのかもよく分からなくなっていた。

「星の数だけ男はいるのよ。あなたもここに勤めたんなら狙うは玉の輿よ〜」
ナミさんが私の肩を抱いて豪快にジョッキをあおる。
「そうよ、よかったら私の従兄弟と一度会ってみない?」
王女様も真っ赤な顔で上機嫌だ。
私だけがえぐえぐ泣いている。

「だって・・・だってシギさん・・・綺麗な、人って・・・えええ」
「綺麗な人でしょ。端整な顔立ちだし、あの鋼のような筋肉。」
「逆立ちしても敵わないって・・・」
「敵わないじゃないの。」
ぴいぴい泣いてる私の頭を、シギさんは何度も何度もあやすように撫でてくれた。
「オーナーの恋人がぁ、うええ〜」
「わかる、わかるぜえあんた。」
いつの間に側に来たのか、たまに来る顔色の悪い人が私と一緒に泣いてくれている。
なんていい人なんだろう。

「マイナ、皆一緒よ。みんな一度はオーナーに恋をして、それからほんとの恋を見つけるの。」
シギさんの声が子守唄みたいに優しく響く。
賑やかな笑い声と、いつまでも続くお祝いの言葉。
私はいつの間にか、騒々しい狂乱の中で眠りに落ちていた。





フィニステールは相変わらず忙しい。
通常のレストラン業務に加えて、もう一つ仕事が増えた。
ああ又、お客様がいらしたみたい。

「頼もう!」
「はい、ただ今呼んで参りますので、少々お待ちください。」
はっきりと通る声で明るく応えて、店の裏に続くテラスを駆け足で横切った。
ゾロさんのいつもの居場所。
岬に向かって設けられた陽だまりの場所。
次の風がオールブルーに向かうまで、ゾロさんはこのレストランで束の間の時を過ごす。
その間、お客さんの受付も私たちの仕事になる。

「ゾロさん、お客様ですよ。」
腕を組んで寝そべっていた身体がのそりと起き上がった。
立てかけた三本の刀を抱いて、大股で降りてくる。
丘の外れで挑戦者が待っているのだ。
多分この先も、新しい剣豪が誕生するまでこの戦いは繰り返される。

お店の中ではオーナーが相変わらず女性客を口説いていた。
けれど時々、柱の影で欠伸を噛み殺してるのに私達は気付いてる。


はっとして時計を見た。
もうすぐ、新しい見習の子がやってくるはず。
私は先輩に断って事務所に戻った。

約束より少し早い時間に、裏の呼び鈴がなった。
窓から覗くと緊張した面持ちの黒髪の小柄な子が、一所懸命髪を整えている。
私は深呼吸を一つしてから、白い扉を開けた。

飛び切りの笑顔とともに。




「いらっしゃい。フィニステールへようこそ。」

END

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