砂漠の薔薇 -8-


ふわりと身体が浮いて、視界が流れた。
姫抱きされていると気付いたのは、薔薇の花弁を散らした大きすぎるベッドを眼にしてからのこと。
慌てて降りようとゾロの肩に手を掛けたら、柔らかなシーツの海にゾロごと沈み込んだ。

「ゾロ・・・」
鼻先が触れ合うほどに間近に顔を寄せて、ゾロは熱い眼差しでサンジを見つめている。
恥ずかしくて、でも眼を逸らせなくて、サンジはただ切ない吐息をついた。
それを合図にしたかのように、ゾロが再び口付けてくる。
さっきよりも深く、より激しく。

「・・・ん・・・」
こんなキスには慣れていなくて、サンジはただ受け止めるだけで精一杯だった。
ゾロの国の人はこんなにも情熱的なんだろうか。
それともゾロだから?
相手が俺だから?

ほんの少し自惚れたくなって、サンジはゾロの背中に腕を回して自ら抱きついた。
汚い街に埋もれていくだけのちっぽけな自分だけど、ゾロが見つけてくれた。
ゾロに見つけられた。
それが、嬉しい。

例え、一夜の慰めの相手だとしても、サンジは確かにゾロを愛した。
俺が愛した。
それだけで、充分。


サンジの口内を貪りながら、ゾロは耳元から首へと掌を這わせ、肩を撫でながらバスローブをずらした。
元々痩せ気味なところに、この所ろくに食べていなかったから、サンジの身体は悲惨なものだ。
さすがに気恥ずかしくて、おずおずと首を竦める。
―――みっともねえ・・・
尖った鎖骨を舌で辿られて、サンジはぴくんと身体を震わせた。
脇腹を確かめるように撫でられる。
浮いたアバラが滑稽だ。

ゾロが眉を寄せてサンジの顔を見た。
ずきんと胸が痛んで、知らず怯えが走る。
こんな身体じゃ、萎えるよな・・・
なんだか申し訳ないような気にもなって、動きを止めたゾロの手をそっと押しやった。
「あの、悪い・・・」
言ってからそうじゃなくてと、一人首を振る。
「あー・・・みっともねえだろ。痩せてて、ごめん」
拒絶だと思われたくなくて、慌てて言い繕う自分が余計情けない。
俯いてしまったサンジの顎に、ゾロの指がそっと触れた。
軽く引き上げられ、促されるように視線を上げる。

ゾロの表情はどこまでも真摯だ。
先ほどまで蕩けるような口付けを交わしていた唇は固く引き結ばれ、強い光を宿す瞳は真っ直ぐにサンジを見つめている。

「I love you」
一語一語を区切るように、はっきりと発音した。
言葉の意味を知らせるためではなく、恐らくは自分の気持ちを伝えるために。

「俺も、好きだよ」
自然と言葉が滑り出ていた。
まさか、女の子以外の相手にこんな台詞を使う日が来るなんて、思いもよらなかったのだけれど。
ゾロの表情が緩み、口元から零れるように笑みが広がる。
その変化につい見惚れて、今更ながらどぎまぎしてしまった。
うわ、どうしよう・・・
やっぱ好きかも。

男前なんて(そもそも男なんて)範疇外だったのに、今はその顔も表情も声も仕種もなにもかもに胸がときめく。
照れて俯いたサンジの顎を掬うようにして、ゾロがまた口付けてきた。
決して急ぎ過ぎない、けれど逃げを許さない強引さを秘めた愛撫。
バスローブの中から這わせる掌の熱さに勇気付けられるように、サンジは両腕でゾロの背中を掻き抱いた。

どれだけみっともない身体だろうと、男だろうと、もうためらわない。
こんなにも愛されているのだ、ゾロに。









「ふ・・・あ・・・」
どうしたって漏れる声を押し殺す余裕もなくて、サンジはただシーツを掻いて襲い来る快楽の波に耐えていた。
ゾロの指と舌が触れない場所などないほどに全身を隈なく愛撫され、喘ぐことしかできない。
香油をたっぷりと塗り込めたそこは柔らかく解けて、ゾロの節くれ立った指を奥の奥まで咥え込み、なお物欲しげに収縮を繰り返す。
息をする度にゾロの指を内壁に感じて、恥ずかしくて気持ちよくて堪らない。
多分ただのオイルではないのだろうそれは、熱と疼きを伴ってサンジの内部から滲み込み、たやすく悦楽の境地に導いてしまった。

「ゾロ・・・」
名を呼べばすぐに口付けてくる。
百万の言葉よりキスの方が、ずっと心の奥深くまで想いが伝わるようだ。
「ゾロ」
唇が離れればその名を呼んで、また口付けを交わす。
ゾロの指の動きは性急で荒々しくさえあるのに、交わされる吐息は柔らかく甘い。
サンジの方が焦れて、シーツを掴んだまま腰を上げた。
「ゾロ、もういい・・・から・・・」
もっと深くまで繋がりたい。
唇も舌も指も肌も息も熱も声も、髪のその一筋だって間に挟みたくないほどに重なり、溶け合いたい。

サンジの切ない願いに応えるように、ゾロはゆっくりと長衣を脱ぎ去った。
固く引き締まった、逞しい裸体が露わになる。
胸に斜めに走る刀傷が眼に入って、サンジは思わず息を呑んだ。
一目で致命傷ではないかと思わせる大きさだ。
恐る恐る手を伸ばし、引き攣れた傷跡に指を這わせる。
ゾロはサンジの手つきをじっと見つめていたが、その瞳に明らかな欲情の色が浮かんだ。
白い手を掴み、雄々しく屹立したモノへと誘導する。
それはサンジと同じように露を滲ませ、濡れていた。
サンジは一旦眼を伏せてから、そっと包み込むように力を入れて握りこんだ。
どくりと、掌の中で息づくように更に膨張したのがわかる。

「ゾロ・・・」
ためらいながら名を呼べば、また口付けてくれた。
そうしながらサンジの片足を上げ、腕を添えさせたまま腰をゆっくりと足の間に降ろす。
軽く息を詰めたら、宥めるように舌で唇を舐めてくれた。
充分に濡れそぼってはいたが、相当の質量を伴ってゾロが押し入ってくる。
圧迫と異物感は誤魔化しようがないけれど、恐れたほどの痛みはない。
ずぶずぶと減り込み内壁を押し広げる感触に肌が粟立つが、羞恥や嫌悪感からくるそれではなかった。
ゾロと繋がり一つになれた喜びが胸の奥から溢れ出てきて、自然と涙が零れて止まらない。
「ゾ・・・」
ず、ずと緩く腰を打ちつけながら、ゾロがキスの雨を降らせる。
刺激される度に熱い塊で内部から溶かされるようで、より深く奥まった場所でまでゾロを感じられた。
「あ・あ・あ―――」
悦びとともにせり上がる射精感。
もっともっとと求めながら押し戻し締め付ける体内の動きは、まるで別の生き物のように貪欲だ。
「は、あ・・・」
自ら大きく足を広げ、太股を上げてゾロの体躯をふくらはぎで抱え込んだ。
ずっと奥まで、深く、もっと―――

ゾロの律動が激しさを増し、皮膚が擦れ肉を打つ音が湿り気を帯びた水音と共に響く。
「はっ、あ、あああ―――」
背を撓らせ自然と逃げる腰を、ゾロががっちりと抱き寄せる。
大きく引き抜いては打ち付けられ、腹の間で揺れるサンジ自身がまた小さな射精を繰り返す。
快楽の波が止まらない。
ゾロの欲望が最奥を穿つ度に、脳髄まで痺れるような快感が駆け昇り、このままどうにかなってしまいそうだ。
揺れる視界が涙で霞み、足掻いて伸ばした手に、シーツに散らされた真紅の花弁が触れた。
その上から、ゾロの大きな手がゆっくりと重ねられる。
決して離さないと誓うかのように力強く握り締められ、サンジは歓喜の声を上げて小刻みに痙攣する。

「ゾロっ」
熱い迸りがサンジの中を濡らす。
ゾロの全身がサンジの上で溶けたかのように、力を失くして覆い被さった。
二人汗まみれで重なり合ったまま、ただ荒い息をつく。
ゾロの重みが心地良くて、濡れた感触すら気持ちよくて、なんだかサンジは笑い出したくなって来た。

まだよく知らない相手なのに。
知り合って間もないのに、ろくに話もしてないのに。
外人なのに、男なのに、身分だって全然違うのに―――

なんでこんなに好きなんだろう。


考えたら滑稽で、おかしくて嬉しくて、涙が止まらない。
身体の下でくっくと泣き笑いを始めたサンジを、ゾロはいぶかしげな表情で見詰めた。
額をくっ付けて、心配そうに覗き込む。
「I love you・・・」
ゾロの言葉は、たとえ意味がわからない母国語であったとしても、きっと気持ちが通じるだろう。
そんな風に思わせてくれる、声と音と口調。

「I love you more than love」
ほら、こんなにも真剣な響きで。









一ヶ月後―――
サンジは自家用ジャンボに乗って、雲の絨毯の上を飛んでいた。
生まれて初めてパスポートを取得して乗った飛行機が、自家用ジャンボ・・・
色々間違っている気はするが、成り行き上仕方がない。

「すげー」
広がる雲海とどこまでも澄み切った青空に、思わず子どものように歓声を上げた。
その傍らに寄り添って、ゾロは愛しげに目を細めている。

ふと伸ばされた指に髪を梳かれて、サンジは慌てて頭を避けた。
一応自家用とは言え、添乗員も通訳のおっさんも側にいるのだ。
人目がある時に気安く触られるのは恥ずかしい。
ゾロは不満そうに口をへの字に曲げたがそれ以上無理強いはせず、徐に懐に手を入れた。
長衣の下にまだ身につけているらしい腹巻の中から、小さな箱を取り出し見せる。
「なにこれ」
サンジは受け取って、それからはっとして顔を上げた。
まさか、この箱を開けたら輝くダイヤの指輪とかが出てくんじゃねえだろうな。
嬉しくないわけではないが、それは対女性用必須アイテムだ。
男の自分には似つかわしくない。

恐る恐る箱を開けると、ビロードの化粧箱は入っていなかった。
ほっとして、改めて中を覗く。
柔らかな布地の上に、小さな石が乗っていた。
優しいミルク色をしたそれは、まるで薔薇の花びらのような襞が幾重にも重なってボール状になっている。
「これは?」
「砂漠の薔薇でございます」
いつもながら唐突に、通訳のおっさんが口を開いた。
「砂漠の地中深くで、水に溶けたミネラルなどが結晶化したものです。この石が採掘できる場所は、かつてはオアシスがあったところだとも言えましょう。乾燥した大地の中に残された、オアシスの名残りでございますよ」
「へえ・・・」
そう言われると、なにやら神秘的な雰囲気が感じられる。
「非常に脆い鉱石ですのでお取り扱いは慎重に。とは言え、さほど高価なものではございませんが」
「ううん、大事にするよ。ありがとう」
サンジは静かに箱の蓋を閉めて、ゾロに笑いかけた。
「ゾロ様にとって貴方様は、渇いた砂漠で見つけたオアシスでらっしゃいますよ」
「ば、ばばば馬鹿言ってんじゃねーよ」
あまりのクサさに思わずゾロの脛を蹴ってしまったが、ゾロは何も言ってないからこれはおっさんの台詞だろう。
そう気付いて睨み付けたら、おっさんはとぼけた表情で窓の外に視線を移す。
「まもなく、ハネムーン先のホテルが見えてまいりますよ」
「は、ハネムーン言うな!」
おっさんが指差す方向を見る前に、サンジはまたしても反的にゾロの脛を蹴った。
飛んで来るお転婆な足を片手で押さえて、ゾロは宥めるように軽く叩く。
「やれやれ、やはり私はお邪魔なようですな」
おっさんは役目を終えたとばかりに一礼して、カーテンで間仕切りされた前方に引っ込んだ。


機内とは言え急に二人きりになって、途端にサンジは大人しくなる。
ゾロが腕を広げて、サンジを招きよせた。
それには抵抗せず、おずおずと近付いて腰を下ろす。
そこはゾロの膝の上だったりするが、それはまあ、二人きりなら許容範囲だろう。
窓の外を眺めるゾロにつられて視界を移せば、いつの間にか雲を抜けて目の前に紺碧の海が広がっていた。

「う、わ―――」
思いがけない眺めに、思わず感嘆の声が出る。
窓の下に見えるのは、海に浮かぶ巨大な椰子の木。
もとい、椰子の木の形に作られた巨大リゾート地帯。
「なにあれ、何あれ?」
興奮に声を上擦らせるサンジを、ゾロはにこにこ笑いながら抱き寄せた。
頬に唇を近付けられて、思わず周囲を見回してしまう。
きっちりと閉じられたカーテン。
二人だけの空間。
サンジは再度確認してから、自分から顔を寄せて口付けた。


ゾロはやっぱり、英語と母国語しか話せない。
サンジもどうしたって日本語しかわからない。

言葉が通じないまま一緒に暮らして、擦れ違う時もあるかも知れない。
喧嘩するときも、険悪になる日も来るかも知れない。
強引に身体で分かり合う以外に、手立てがないような気持ちになるときだって、あるかも知れない。

けどきっと大丈夫だと、根拠のない確信がサンジにはあった。
嬉しい時も困った時も、悲しい時も照れ臭い時も―――
この言葉さえあれば、きっと大丈夫。


次第に深みを増す口付けから、サンジは首を傾けて逃れた。
不満そうなゾロの唇を、指でそっと押さえる。
「マーレッシュ」
覚えたての言葉を呟けば、ゾロは破顔してサンジの指をぱくりと食べた。


「マーレッシュ」(気にするな)

この言葉さえあればきっと、大丈夫。








END


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