露天風呂の日



カッポーンとししおどしの音が、静かな山間にこだました。
なんとも風情のある湯煙の中で、ゾロとサンジは向かい合って座っている。
周囲には、老人の群れ。

「いやあ、いい湯だねえ」
「極楽極楽」
「ちょいと兄さん、失礼するよ」
皺々の身体が小刻みに震えながら、二人の間を横切る。
と、その丁度真ん中辺りで動きを止めた。
「こりゃまた兄さん、すごいもんだね」
開いているのか閉じているのか、判別つかない瞼をショボショボさせて、爺さんはゾロを振り返る。
岩に肘を乗せて半身を湯から出していたゾロは、隠すことなく鷹揚に返事した。
「ああ、たいしたもんじゃねえ」

ゾロの胸には、袈裟懸けに大きな傷が刻まれている。
見慣れたはずのサンジでも、目にする度にぎょっとするのだ。
湯に浸かって血行がよくなった肌は余計赤黒く、浮いて見えた。
「よくまあ生きてるもんだ、ナマンダブナマンダブ…」
年を経ると物怖じしなくなるものか、爺さんはゾロを拝んでから悠々と横切って行った。

そんな年寄りの動向など気にすることなく、サンジは先ほどからソワソワと塀の向こうを窺っている。
「女湯って、あの塀の向こうだよな」
「止しな兄ちゃん、どうせババアばっかりでー」
「垂れ下がった乳、肩に掛けて腹洗っとるわー」
ガハハと笑われ、サンジはあからさまにガッカリとうな垂れた。
「畜生、俺の夢を返せー」
ざばりと湯を掻いたサンジの両腕が岩風呂の縁に乗せられると、爺さん達はどこからともなくわらわらと寄って来た。
「いやーそれにしても兄ちゃん、色白いねえ」
「肌なんかつるっつるだあね」
「ここは美肌の湯ちゅうか、美人の湯ちゅうか」
「これ以上別嬪になってどうするよ」
入れ歯をずらしながらフガフガ言うから、半分も聞き取れないサンジは不気味そうに首を竦めて見せる。
「折角の露天風呂だってのに、なんで爺さんばっかり」
「婆さんのがいいかー、うちのカミさん呼ぶかー」
今にもおーいと声を張り上げそうで、サンジは慌てて腰を浮かし枯れ果てた爺さんの腕を押し留めた。
「いやいやいや、結構です」
「おお、背中まで真っ白だぁ」
「タオルめくれて、尻まで真っ白だぁ」

急に、湯の温度が下がった気がした。
サンジは一人でぶるりと身を震わせ、なんだ?と自分が浸かっている湯を見下ろした。
真っ白な濁り湯は、浸かっている肌の影すら見えない。
「なんなんだ」
再びざぶりと中に入り、肩まで浸かってから俄かにその場で飛び上がった。
「・・・!」
サンジの変化に周りの爺さん達は気付かない。
が、その内一人が「あれあれあれ?」としわがれた声を上げた。
「兄ちゃん、茹だったかい?」
不自然に首だけ出してじっとしているサンジの顔は、伊勢海老もかくやというばかりに真っ赤だ。
「いかんでえ、早く上がらんと」
「湯中り起こすよ」
親切な爺さん達が助けようと手を伸ばすのを、慌てて腕だけ出して止める。
「いや、お構いなく。これ、が、健康法、だか、ら」
年寄りは“健康法”と言う言葉に弱い。
そうかそうか、それはそれはと素直に納得してそれぞれに肩まで湯に浸かる。

「わしら、兄ちゃんみたいに我慢できんなあ。もう上がろか」
「上がろ上がろ」
「ほな、お先ー」
向かいに座るゾロにも挨拶し、爺さん達は枯れ枝のような裸体に前だけタオルで隠して、次々に風呂から上がった。
そんな爺さん達に会釈だけ返して、ゾロもまた首まで浸かってじっと動かない姿勢だ。

二人して無言で向かい合い、まるで我慢比べのように首まで浸かって固まっていた。
爺さんの最後の一人が風呂場から出て、ようやく二人きりになったころ。
大きな水音と共に、声にならない悲鳴が山あいに木霊したとか。




End