ロロノア刑事 純情派


日付を越えるまでは賑やかだった街も、三が日ともなれば、さすがに静かなものだ。
いつになく、ほのぼのとしたお祝いムード漂う署内で、ゾロたちものんびりと、差し入れの揚げ餅を頬張っていた。
「ウチのシマには、デカい神社がなくて良かったよなあ〜」
「隣のノースは、きっと初詣警備で大騒ぎだぜ?ご苦労なこったよ」
「ウチは、普段が忙しいからな。正月ぐれェのんびりさせてもらわねェと」
ゾロの勤めるイースト署はダウンタウンを管轄するため、高台に位置するノース署より、ゴミゴミした事件が多い。
皆、それが良くて勤めているような荒くれ者ばかりだから、文句はないのだが。
「おお〜、ノース署、110番入りまくりだなぁ」
指令室でパソコンを見ていた地域係長のゲンが呟く。
「マジッスか。ゲンさん、餅食います?」
「食う。見てみな、迷子の110番ばかりだ。こりゃ、地域と少年は大騒ぎだぜ」
「うぇ〜、大変だあ」
ゲンの周りに集まったゾロたち刑事課の若手は眉を顰める。
迷子探しとか、家出人の保護とか、悪ガキの補導とか。
そんな甘ったるい少年係の仕事より、白黒ハッキリ付けられる刑事課の仕事を天職だと思うゾロだ。
迷子探しで迷子になったことがトラウマなのは、絶対に秘密である。

「おっ!?指令だ」
ポーン、というチャイムと共に、パソコンの画面が点滅する。
「酔っ払い同士の喧嘩だ。ゾロ、エース、出番だぜ」
「了解!!」
「至急、地域課のパトカーも向かわせる」
「ありがとう、ゲンさん!!」
バタバタと走っていくふたりを見送りながら、スモーカーが溜め息をつく。
「やれやれ。ノースは迷子で、ウチは酔っ払いか」
「だからこそイースト、だろ?課長」
違ェねェ、と苦笑し、スモーカーは腰に手を当てる。

「しかし、毎年毎年正月は、あのコンビが居るな。他に用事ねェのか」
「仕事が恋人な時期なんだろうよ」
「それにしてもなあ。ま、エースはそれなりに遊んでるみてェだが、ロロノアは大丈夫なのか?」
「大丈夫、って、何が」
「遊びも知らねェで仕事一辺倒じゃ、振り幅が狭くていけねェ。せめて、女のひとりでも居りゃあ安心なんだが…」
ここでゾロの名誉のために言及しておくが、彼は、決してモテないワケではない。
寧ろ、精悍な顔立ちに逞しい体つき、仕事もデキて、剣道の腕は全国屈指。
無口で無愛想だが笑うと可愛い、そんなゾロは、署内は勿論近隣署の女性警察官達にも大人気なのだ。
ただ、肝心のゾロ本人に、まったくその気がないだけで。

その理由は、ひとつ。
昔から、とにかく女運が悪いのである。

ストーカーされたり。
刃物沙汰になったり。
勝手に婚姻届を出されそうになったり。
「あら、課長。知らないの?ゾロのヒ・ミ・ツ♪」
指令室の戸口から聞こえてきた声に、スモーカーとゲンが振り返る。
「ナミ!何か知ってるのか?」
「んー、知ってるかどうかは、コレ次第??」
人差し指と親指を丸く形作って、にっこりと笑う少年係のナミに、男ふたりがゲンナリする。
「出た…守銭奴が…ι」
「あぁら、対価もなしに得られる情報なんて今時皆無よ、課長さん♪可愛い部下の近況、ご興味ないのかしら?」
「…マキノんとこのケーキセットでどうだ…ι」
「ゾロね。この間の二署合同捜査で、一目惚れしたらしいわ」
「「誰にだι!?」」
『ケーキセット』を出した途端、何の躊躇もなくそう言ったナミに、スモーカーとゲンが吃驚して叫ぶ。
「知らない。ゾロ本人も、名前も知らないコらしいの」
「信じられん。あのゾロが、一目惚れ…」

女運の悪さ故、恋愛沙汰に慎重になりすぎて、終いには枯れてしまったのかとさえ思われていたゾロの『恋バナ』が、
『一目惚れ』。
ゲンが、呆然としてしまうのも無理はない。
出来ることならゾロだって、こんな風に自分の秘密を対価次第でヒトに売る可能性大なナミに、相談などしたくはなかった。
しかし、ナミの情報は確実だ。
自分の心を攫っていった相手が誰か分かるなら、危険を冒してでも、と決意したのだ。
夕飯一回で手を打ったナミが早速調べてみたが、ゾロが『持っていかれた』相手は判明しなかった。
ナミとしても、このままでは『イーストの情報屋』の通り名が泣くとばかりに躍起になって調査中なのだが、依然、手かがりが掴めないのである。

「二署合同捜査って、何処としたんだっけ?」
「ノースよ」
「じゃあ、ノース署の婦警さんだろう?すぐにわかりそうなもんだが」
「それが、ノースには、該当するようなコが居ないのよ。あの日は取材も多く来ていたし、もしかしたらテレビ局のヒトとか、ブンヤさんかも」
「ん〜…そうなると、難しくなってくるなあ〜…」
三人がう〜むと考え込んだ時、玄関で見張りをしていたコビーが慌てて中に入ってきた。
「ナミさん!!居ますか?」
「居るわよ、何?」
「このコ、迷子みたいなんです」
「あら」
コビーに手を引かれ、えぐえぐと泣く男の子に、ナミがしゃがみ込む。
「さあ、もう大丈夫。ココア飲む?美味しい蜜柑もあるわよ」
こくん、と頷いた男の子に、ナミがにっこりと笑う。
「ゲンさん、少年係の部屋に行ってるわ。何かわかったら連絡して」
「おう、了解」
エレベーターに乗り込むナミを見送って、スモーカーがぼそりと呟く。
「…アイツも、正月、いつも署に居るな…」
「正月は、給料が高いからだろ…」
「…なるほど。さすがはナミだな…」


*******


ゾロとエースが署に戻った頃、辺りはもう暗くなり始めていた。
「戻りましたぁ」
「よぉ、お疲れさん!!どうだった?」
「両方とも、大した怪我もなくて。お互い訴える意志もないっていうし、軽く説教して帰しました」
「ご苦労だったな」
「夕飯、どうすんですか?オレ、腹減っちまったあ」
「ん。今、ナミが扱ってる子どもが居るんだが、ノース署で探してる迷子だったんだよ。もうすぐノースの少年係が迎えに来るから、それからメシにしよう。ちょっと待ってな」
「はぁ〜い」
「ノースの少年係…」
呟いて、ゾロは眉を寄せる。

少し前、番号を間違えて、ノース署の少年係に電話をしてしまったことがある。
以前扱った事件について聞きたくて刑事課にかけたつもりが、掛け間違ってしまったのだ。
しかも、ほんの些細な行き違いから、通話相手と怒鳴り合いの喧嘩にまで発展してしまった。
確かにこちらに非があったとはいえ、あまりに凄まじい機関銃並みの罵り雑言に、とてつもなく不愉快な気分になったことを思い出す。

その時、ゾロの背後で、署玄関の自動ドアが開く音がした。
カツカツと、小気味の良い革靴の音が響く。
「こんばんは、ノース署です。この度はありがとうございました」
(…この声…)
ゾロの眉間に縦皺が寄る。
間違いない。
あの時、電話口で散々自分を罵った…
「おぉ、お待ちしてました。おいゾロ、案内して差し上げろ」
「何でオレが」
言いかけて、振り向き。
ゾロはその瞬間、目と口を大きく開いて、その場に凍り付いた。

サラサラの金髪ショートヘア。
真っ白な肌。
蒼い瞳。
唇は紅くて。
華奢でスラリと背が高く、黒いスーツがよく似合って。
小せェケツから、長ェ脚がスンナリ伸びていて。
どことなく、仕草や動きが優雅で。
笑うと、ガキみてェに可愛らしいーー…

「サンジくん!!早かったわねェ」
「あっ、ナミすゎん久しぶり!!保護ありがとう、助かったよ〜」
「いいのよ、仕事だもの。そろそろ、バラティエの食事が食べたいわぁ」
「まっかせてナミさん、ご馳走しちゃうよ!!」
「…仕事なんじゃねェのかよ…」
ゲンの突っ込みなど、ナミは最早スルーだ。
「あ、そういえば」
ナミのオレンジ色の大きな瞳が、くるりとゾロを捉える。
「ゾロ!!アンタ、聞いてみたら?サンジくんなら、ノース署に一度足を踏み入れた女性のことなら、全部覚えてるわよ!!」
冷や汗ダラダラのゾロに、サンジが蒼い瞳を向ける。
「ん?ウチの署に意中のレディでも?」
「それが、わからないのよ。結構、わかりやすい特徴ばかりなんだけど…」
そこまで言って、ナミが何かに気付いたように黙り込み、そして、思い切り笑い出す。
「やだ、ゾロ、アンタが一目惚れした相手って!!特徴だけなら、もろサンジくんよね!!」
あまりの衝撃。
ダメージも露わにガックリとデスクに手をつくゾロの姿に、ゾロどうした、しっかりしろ、と、周囲の方が慌てる。
「オレみてェなナリのレディ?そんなコ、居たかなあ?」
小首を傾げる小さな頭に、ゾロは血を吐きそうになる。

居るわけねェ。
オレが一目惚れしたのは、まさにテメエ本人だ。
とは……
……言えない。

「…悪ィな、何でもねェんだ。頼むから、忘れてくれ」
ゾロが言うと、よく見るとくるりと巻いたサンジの眉毛がぴくりと上がる。
「テメ、その声…、この間、ウチにワケのわかんねェ電話かけてきやがった野郎だな!?」
(ああ…、やっぱりテメエだったかよ)
天を仰いで、ゾロが深く溜め息をつく。
それも、これも、テメエかよ。
どんだけ最悪なんだ、オレの恋愛運…。
そう、思うのに。
何だかやたらと眩しくて、まともにサンジを直視できない。
心臓が煩い。痛い。
勘弁してくれ、コイツは男だ、男なんだ、
いくらなんだってそりゃあねェだろ、
しっかりしろ、オレ…ーー!!

「…あん時ゃ、悪かったな。掛け間違ったんだ」
「ああ、もういいけどよ。ま、ウチにお目当てのレディが居るなら、今度遊びに来いよ。オレは少年係のサンジだ」
「…強行班のロロノア・ゾロだ」
差し出された、白い手を握り返しながら。
間近でにっこりと微笑んでくれた、サンジの端正な顔をモロに見て。
『たた確かに!!オレぁ女運は悪ィが、男運は…まだ、わからねェ!!』
と、本気で思ってしまった、
ロロノア・ゾロ、2010年の年明けであった。


…end?



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