ロロノア一家物語 1



街を見下ろす小高い丘の上、鬱蒼とした林に囲まれて、古式ゆかしい日本家屋が1軒ぽつんと建っている。
その昔、年老いた夫婦がひっそりと暮らしていたそこは、今は元気な子供たちの声が響き渡る賑やかな家と化していた。


「こら1号!ちゃんと身体拭かないと風邪を引くっつってっだろーがっ」
「あああ2号!!つまみ食いするんじゃないっ、手を洗えって、こら!三郎を踏むなっ」
「ふぎゃああああ」
怒鳴りながら追いかけ回す声の主は、子供たちの親ではない。
この家の居候だ。
居候だが、彼のお陰でこの家は成り立っている。

泣き出した赤ん坊を片手で抱え、もう片方の手で走り回る子供を捕まえてタオルで髪を拭き、その間にテーブルの上のから揚げをパクつく子供を蹴飛ばして、金髪の青年はどかりと椅子に腰掛けた。

「もうすぐ父ちゃん、帰ってくんぞ。ちゃんと待ってねーとどやされっからな。俺は知らね〜」
タバコを咥えて火をつけると、余裕を見せてぷかりと吹かした。
途端、同じ顔をした子供二人があたふたと服を着だす。
彼らは父ちゃんが大好きだが怖いのだ。


「ったく、クソマリモもとっとと帰って来い。から揚げが冷めっだろーが。」
家の主、ロロノア・ゾロは滅多に家に帰ってこない。
週の大半をどこかで過ごして、時折ふらりと帰ってくる。
それがいつもあまりに唐突で、食事の支度が追いつかないとサンジに叱られて、最近は事前に連絡を入れるようになった。

「明日帰る」
用件だけ告げて切られた電話の向こうで、相変わらず勝手な奴だと毒づきながらもサンジはもうあれこれ献立を考え始めていた。

こう暑くなってくっと、やっぱから揚げと枝豆だな。
そうだビール買い込んでこねえと。
冷酒もいるかな。



穀潰しが帰ってくるというのに、ついどこか浮き浮きと準備をして待ってしまうのは不本意だが、子供たちの喜ぶ姿を見るのはやはり我が事のように嬉しいから仕方ないだろうとも思う。
そう、すべては子供たちのため。






赤の他人の子供の世話を一手に引き受けて日々忙殺されようとも、好き勝手に出歩いてはふらりと帰ってくる風来坊を迎え入れて居心地のいい我が家で過ごさせてやるのも、すべては子供たちのためだ。
こいつらの笑顔が俺の生きる糧。
たとえ血は繋がっていなくても、俺はこいつらの親なんだから。

愛しげに目を細めるサンジの向かいには、ちゃんと服を着て大きな椅子に腰掛けた同じ顔をした双子が足をばたつかせている。
サンジの腕の中には、シャツを小さな手でぎゅっと握って一心に吸い付いている、やはり同じ顔をした赤ん坊。
緑の産毛がぽわぽわと靡いて、思わず知らずそこに鼻面を埋めて愛しげに匂ってしまう。

「あーずりい、サンジがくんくんしてる!」
「俺もっ俺もだぞっ、風呂上りなんだからな!」
折角席に着いていたのに、二人転がるように飛び降りてサンジの膝に飛び乗ってきた。
「わわわ、こら!てめえら順番だ、三郎を潰すな!」

がちゃりと玄関の鍵を開ける音がした。
子供たちが一斉に振り返る。
「父ちゃんだ!」
「父ちゃんが帰ってきた!!」
犬コロのように今度は玄関に向かって駆け出した。

サンジはやれやれと立ち上がり赤ん坊をベビーチェアに座らせると、縋るように伸ばされた手に自分のエプロンを握らせる。
サンジの匂いを抱き締めるように赤ん坊はエプロンを抱え込んで大人しく目を閉じた。

「父ちゃんお帰り!それなに?」
「お帰り父ちゃん!それなに?」
「おー、ただいま。」
バタバタと足音を立てて子供たちが先に部屋に駆け込んでくる。
その後からのそりと姿を現したのは、ほぼ1週間ぶりに帰ってきたゾロだ。

「おかえり、また随分早いご帰宅だな。」
嫌味たっぷりに声をかけて振り向いたサンジの目に、ゾロが抱えたモノが飛び込んでくる。

「おう、今帰った。」
言いながら椅子に座ったゾロの周りを子供たちが取り囲んだ。
「父ちゃんそれなに?赤ちゃん?」
「ねえ赤ちゃん?俺らの弟?」
「いや、妹だ。」
こともなげに応えるゾロを目の前にして、サンジは手に持ったままの菜箸を取り落とした。


「な、ななな、なんだとおおおおおおお!!」
ゾロの腕の中、白いおくるみに包まれた赤ん坊はすやすやと眠っている。






ゾロとサンジは幼馴染だった。
家が近所だったこともあり、腐れ縁というべきか小学校から高校まで同じ学校同じクラスでずっと顔を突き合わせていた。

だからと言って無二の親友と言う訳ではない。
元々相性が最悪なのか、気が合わないどころか顔を合わせれば喧嘩ばかりで仲が悪いことで有名だったが、それでもずっと同じ環境で暮らしてきていた。
当人たちが望んでそうしていた訳ではなかったからそれが運命と言うものなのだろう。


ゾロは早くに両親を亡くし、祖父母の元に引き取られてこの家で育った。
サンジは少し丘を下ったあたり、今は新興住宅地になった街の外れのアパートに暮らしていたが、中学の時両親を事故で亡くして街中の祖父の家に引き取られていた。

元々無愛想で大雑把な性格のゾロは、他人からあまり理解されることがなく、どちらかと言うと多くの誤解を得ながら学生生活を送っていた。
親がヤクザだとか族の頭だとか実は2年ダブってるだとか、それらの噂は発生しても至極当然だと思いつつ、サンジはどうにもそんなゾロを放って置けなくて、何かと世話を焼いていた。
多感な時期に家族を亡くし、レストランを切り盛りして急がしい祖父に構ってもらえない
寂しさから自然ゾロを構うようになったのだろうけれど、サンジ自身そんな自分は認めたくはないので、腐れ縁の幼馴染を見捨てられなくて仕方なく面倒見ていると思い込んでいる。
今もずっとそのスタンスだ。

そんな二人の関係に転機が来たのは、高校生活も終わりに近づいた頃だ。
サンジ手製の弁当を食べながら、ゾロが突然ぼそりと呟いた。
「ガキができた。」
たっぷり20秒経ってから、サンジは「は?」と聞き返した。
「くいなにガキができた。俺の子らしい。」
それから更に10秒後
「はあああああ?」
やっぱり聞き返すしかできないサンジがいる。




若干17歳にして短大生のくいなを妊娠させたゾロは、自分の誕生日を待ってそのまま結婚するつもりだったらしい。
相変わらず何も考えていない傍若無人さを半ば感心しながら、サンジは今度ばかりは静観することにした。
できてしまったものを今更諭しても仕方のないことだし、相手は立派に大人だし、躍起になって中絶カンパを集めることもないし、なによりそんなことゾロが望んでないことはよくわかっていたから。
だから友人として祝福して、できる限りの手助けをしてやろうと考えていたのだ。

ところが、ゾロの誕生日が目前に迫ったある秋の夜、突然くいなが死んでしまった。
誤って階段から落ちてしまうなんて、およそ彼女らしくない失態で呆気なくこの世を去った。

幸いお腹の子供たちは(双子だった。しかもくいなの面影はかけらもない、ゾロそっくりの一卵性双生児)早産ながらも無事に取り出され九死に一生を得たが、ゾロはその日からシングルファザーになってしまった。

当然くいなの両親が子供たちを引き取りに来て、病院でかなり揉めたらしい。
けれどゾロは頑として子供たちを譲らず、保育器から無理やり連れ帰って自宅に篭もってしまったりしたので当時は相当な騒ぎにもなった。
ゾロの祖父母が面倒を見ると言うことでなんとか折り合いをつけて、以来くいなの家族とは断絶している。

ごく身近で(と言うか、サンジも殆どゾロの家に入り浸っていた)一部始終を見守っていたサンジは大いに同情し、ゾロの祖父母とともに子供の面倒を見ていたが、折悪しくその年の冬、ゾロの祖父母は風邪を拗らせて相次いで死んでしまった。
ゾロは僅か数ヶ月の間に天涯孤独、だけど子持ちの高校生になってしまったのだ。

とりあえず子供たちは施設へとの親戚連中の助言を一切聞き入れず、ゾロはあっさり高校を辞めてしまった。
それからはバイトだ仕事だと忙しく駆け回り、その代わりにサンジが子供たちの面倒を見る態勢になってしまった。
特に打合せをした訳でもゾロがサンジに頼んだ訳でもないのに、ごく自然にそんな流れになったことを、サンジは今でも疑問に思っていない。
と言うか、多分これからも気付かない。



赤ん坊の、しかも双子の世話などとんでもなく大変で、サンジはそれこそ昼夜を問わず面倒を見た。
3時間ごとにミルクを与え、オムツを換え、泣けばあやし、昼寝の合間に自分も眠った。
これが常に二人分だ。
当然学校になど行っている時間はない。

ぷち家出&不登校状態になった孫の様子を見に来た祖父は、ゾロの家で赤ん坊を背負い、もう片方のオムツを換えながらげっそりとやつれた顔で振り返ったサンジを見て、その場で勘当を言い渡した。
祖父なりになにか誤解はあったのかもしれないが、そこで無理やり連れ戻されなかっただけましだったろうと、今でもサンジはそう考えている。



そんな感じで周囲から同情と憐れみと諦めを伴った放置を受けて、ゾロとサンジの同居が始まった。
ともかく赤ん坊との生活は忙しい。
しかも男の子だからやたらと泣くし、声はでかいし、腹は壊すし、あまり眠らない。
手のかかる赤ん坊×2人で、若い上に経験のないサンジは半ばノイローゼになりかけながらも頑張った。
ゾロは一旦出かけたら、いつ帰ってくるかわからない状態だ。
それでも帰ってきたらそれなりにまとめた金を渡してくれるので生活は苦しくなかった。

ただ、たった一人で赤ん坊とだけ過ごす毎日が辛く寂しかった。
買い物に行くのだって家に置いて置く訳には行かないから、双子用のベビーカーを押して
どこへでも連れて行った。
病気になるのも二人同時だから、両手に抱いてあやしながら夜間診療の窓口に立った。
はいはいできるようになると、今度は二人して別方向にがさがさ這い回るから、悪戯を止めるのが大変だった。

同級生はみんな学校でクラブやデートに勤しんでいるのに、勉強だってちょっとはしてるのに、大学行ったらコンパってやつもあるのに、俺は一体なにしてるんだろうなんて、夜中にちょっぴり泣いたりもしてみたが、それでもサンジは匙を投げなかった。
なにより、ゾロの子供たちがどんどんサンジに懐いて笑いかけ、しがみ付き、追い縋る姿が愛しくてならなかったから。
こいつらを失ったら、俺もう生きていけねーやなんて思いつめてしまうほど、情が移ってしまったのだ。



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