ロマンティックナイト


「ご覧ください、この満天の星空!これが二人だけものになるんです」
テレビから響くアナウンサーの快活な声に惹かれ、サンジはレードルで鍋を掻き混ぜながら「ふうん」とハート形の煙を吐いた。
「プライベートビーチならぬ、プライベート星空!いま、カップルの間で話題のロマンティックスポットとなってます」
そこは英訳しないのかと内心で突っ込みつつ、星空って英語でなんて言うのかな〜と頭を捻る。
ともかく、カップルに話題のスポットだということは伝わった。
「いいねえ、プライベート星空」
やや間抜けなネーミングも可愛くて親しみやすい。
そういえば、久しくゾロと一緒に出掛けていないなと思い出した。

この世で一番女子が好きなサンジではあるけど、晴れて恋人となった相手は幼馴染の男だった。
女子みたいに綺麗でも優しくも可愛くもないし、柔らかくもなければいい匂いもしない。
よく飯を食い酒を飲み、すぐに寝るししょっちゅう迷子になる。
つらつらと考えるに、ダメの見本みたいな野郎だ。
でも、面はいい。
ガタイもいい。
精悍と呼ぶにふさわしいスタンダードな容姿だから、一緒に歩くと自然と衆目を引く。
その八割は自分への熱視線だと信じてはいるが、後の二割ぐらいはゾロが注目されているはずだ。
こいつは俺のもんなんだぜと、ドヤ顏したい気持ちが沸き上がる程度には見目が良い。
そんなゾロと、ちょっとこじゃれた格好で連れだって歩いて美味いもんでも食って、カクテル片手に二人だけの星空を眺めたら随分と言い雰囲気になるんじゃなかろうか。
ゾロが、柄にもなく空を見上げぽつりと「俺にはてめえのが煌めいて見える」とかなんとか、呟いて頬の一つも赤くなんてしちゃったりなんかしちゃったら、そりゃもう俺だってその場でキスの一つもくれてやるのもやぶさかではなくってよ。
誰も見てない、プライベート星空なんだから。
それはもう、そこからあれやこれやに発展してもバレないかもしれないけど、でもやっぱこのご時世どこに監視カメラが備えてあるか分かんねえからやっぱここは自制してとりあえずキスだけで我慢して、鼻息が荒くなったゾロを連れて近くのホテルにでも―――

「いやもう、やべえなあ」
サンジは一人でニヤニヤしながら鍋を掻き混ぜ、火を止めた。
善は急げとばかりにスマホを取り出す。
『おう、どうした』
1コールもないまま、ゾロが電話に出た。
「なんだ、すぐ気が付くなんて珍しいな」
『なんか用か』
「用があるから掛けてんだよ、なあ、久しぶりに会えねえ?」
『おう、そのつもりで来た』
「は、来た?」
サンジはスマホを耳に当てたまま、玄関に向かった。
「来たって、どこに」
『信号のある交差点』
「たいていの交差点には、信号があるねえ」
サンジは玄関を出て、5階から景色を眺めた。
いくつかの交差点に目を走らせ、早々と緑頭を見つける。
「右足を軸にして、右へ方向転換しろ。右だ、右、お箸持つ方」
次はお椀を持つ方に〜と指示して、途中まで迎えに行く。

「急に来るって、なにごと?」
合流して、一緒にマンションに戻った。
「会いたくなった」
真顔でそう答えるゾロに、サンジは軽く感動している。
まさしく以心伝心ってやつだ。
「俺も今、まさにそう思ったんだぜ。でも伝わるの早いな」
「俺がてめえに会いたくなったのは朝だが」
「――――・・・それでいま、着いたのか」
ただいま、午後5時過ぎだ。
思い立つのは早いが、辿り着くのが遅すぎる。

「まあ、上がれよ」
夕方とはいえ、まだ外気温は高い。
冷房が効いた室内に入ると、そとの暑さが余計強く感じられた。
「あちィ〜〜〜よく真昼間から彷徨ってたな」
まずは水と冷蔵庫に向かおうとして、いきなり背中から抱きしめられた。
「うぉいっ」
「会いたかった」
熱烈なハグである。
その手を解いて水を求めに行くほど、喉が渇いている訳でもない。
むしろゾロのがカラッカラだろうに、その手はサンジの身体を求めていた。
「や、俺もだけど」
サンジはちょっとモジモジしてから、ゾロの腕の中で首を捻ってゾロに向き直った。
「会いたかっ・・・」
愛の言葉を囁く隙も与えないほど、力強い口付けが声を奪った。

「―――――ん…」
唇に噛み付かれ、強引に差し込まれた舌が口内を蹂躙する。
息を継ぐ暇もないほど貪られて、サンジは仰け反って喘いだ。
濃厚なキスを続けながら、ゾロの手がサンジの身体を絶え間なくまさぐる。
凹んだ腹の隙間から滑り込んだ手が熱く息づいた芯を擦り、膝から力が抜けそうになった。
「ぞ、ま―――」
縋り付くサンジの腰に手を回し、膝裏から持ち上げて軽々と担ぐと大股で寝室へと向かう。
「ああ、もう」
サンジは悔し紛れに、ゾロの肩をガジガジと甘噛みした。

ベッドの上に投げ倒され、馬乗りになったゾロがシャツを脱ぐ。
目の前で露わになった、汗に濡れた腹筋と胸襟の見事さについうっとりと見入ってしまった。
やばい、やっぱめっちゃイイ。
自分を見下ろすゾロの目が情欲に濡れていて、ゾクゾクするほど好戦的だった。
これからどう噛み砕いてやろうかと、猛禽類が舌なめずりをしているようにも見えて倒錯した興奮を覚える。
これからこの雄に、内側から身も心も砕かれるのだと予想するだけで胸が震えた。
湧き上がる慄きを確かめるかのように、ゾロはサンジのシャツをたくし上げ胸に手を這わせた。
心音を指で辿り、もう片方の手が固くしこった乳首をなぞる。
「はず・・・いし」
めちゃくちゃにキスされて強引に突き入れられる方が、気が紛れる。
こんな風にじっくりと見つめられながら、いちいち反応を確かめていじられるなんて羞恥死ものだ。
なのに、ゾロの尻の下で己の高ぶりは勝手に最高値にまで上り詰めていた。
もっと見られたい。
恥ずかしい様を、淫らな欲望を意のままに曝け出したい。

「ゾロ、もっと――――」
頬を赤くして身を捩ったサンジに、ゾロは慈愛に満ちた微笑みを浮かべたまま唇を寄せた。





結果として。
非常に、よかった。

久しぶりの逢瀬だったし、外は暑いし、中は涼しいし。
ゾロは汗だくだったけどその汗の匂いで軽く興奮しちゃったし。
冷房で冷えた身体にゾロの熱はどこまでも心地よくて、中で受け止めた飛沫は隅々まで行き渡った感があってほんとは大変身体によくないであろうけれども妙なデトックス効果が期待される気がする。
気のせいだろうけど。
なによりゾロの、なりふり構わぬ熱情のぶつけ方がイイ。
ここまで誰かに求められたことはないし、満たされたこともない。
嵐みたいな乱暴な感情のやり取りも言葉も駆け引きもなにもないまま、ただ欲望に流され身体を繋げる快楽に身を委ねることのなんと潔いものか。
そう、いっそ潔いと言っていいほどのさっぱり具合で、いまとても心地が良い。
まるで健全なスポーツを全力で楽しんだ後の、やり切った感に似ていて健闘を讃え合いたい気分だ。
ただ、身体の方は怠すぎて煙草を一本吸いつけるのがやっとだった。

「腹減った」
シャワーから出てきたゾロが、バスタオルを腰に巻いたまま冷蔵庫を開けている。
「鍋にブイヤベースあるし」
「このクソ暑いのに、煮てたのか」
「暑い時こそ熱い食いもんだ、飯は冷凍室に小分けしてあるから、適当にチンしろ」
「おう」
勝手知ったるで、ゾロは適当に自分の分だけを温めて食っている。
サンジもシャワーでさっぱりしてから、再びベッドの中に潜り込んだ。
なんかもう腹いっぱいで食欲はない。

「お前は食わねえのか」
「もういい、片付けて帰れよ」
「おう」
ゾロがお代わり用の白米をレンジで加熱している。
なんの用でゾロに連絡したんだっけ・・・?と考えている内に、サンジはとろとろと眠りに落ちてしまった。





「残暑も吹っ飛ぶ、この夏最後の冷やしスポットを大特集です!」
アナウンサーの快活な声に惹かれ、サンジは葱を刻みながら「ふうん」とハート形の煙を吐いた。
「川のせせらぎに耳を傾けながら雅な冷菓子を目で楽しんで舌で味わう、大人のデートスポットとしていま話題なんですねえ」
「いいねえ、大人のデートスポット」
デートと聞いて、そういえば久しくゾロと一緒に出掛けていないなと思い出した。

綺麗でも優しくも可愛くもない、野郎だけど顔だけはいい。
身体もいい。
精悍な容姿だから、一緒に歩くと自然と衆目を引く。
こいつは俺のもんなんだぜと、ドヤ顏したい気持ちが沸き上がる程度には見目が良い。
そんなゾロと、ちょっとこじゃれた格好で連れだって歩いておしゃれなデートスポットで冷えたかき氷を突つき合うのも、いいもんじゃなかろうか。
「そんでついでに、腹ごなしっつってどこかに寄り道って手もあるなあ」
サンジは一人でふふふんと笑みを浮かべ、刻んだ葱を真空パックに詰めて冷凍室に放り込む。
善は急げとばかりに手にしたスマホが、先に着信を告げた。




End