理由


人を怒らせることしかしない男だと思った。
口を開けば皮肉か揶揄で、いつも小馬鹿にしたようなことばかり言って。
戦闘以外は寝てばかりで役立たず。
なのに当たり前みたいに出された料理を平らげて、美味かったと一言もなくて。
一体何様だと何度も突っかかりたくなる、尊大な態度。
常に上から目線で、それでいて一人で船にすら帰れない天然迷子なくせに反省も学習もしない。
馬鹿でアホで間抜けで俺様なろくでなし。
同じ船に乗り合わせなかったら、決して“仲間”と呼び合う関係にはならなかっただろう、そりの合わない男。

だってお前は、一言も俺の名前呼ばないじゃないか。
いつも変なあだ名で呼んで、いいとこ“コック”だ。
そりゃあ俺はコックと言う職業に誇りを持ってる。
俺はコックであって、それ以上でもそれ以下でもない。
そう自負しているから、コックと呼ばれることが嬉しくない訳じゃない。
けれど、お前にとっては結局、俺はコックでしかないじゃないか。
飯を作る人間と、それだけしか認識してないじゃないか。
それか、手加減なしで喧嘩できる相手?
それだけのこと。

くまの前でルフィの命乞いをするお前に咄嗟に駆け寄ったのだって、ただ単に見過ごせなかっただけのことだ。
お前にだけ、カッコいい真似させるかってんだ。
お前は大剣豪になる男だ。
俺にもオールブルーって夢はあるけど、オールブルーを見つけたってそれは俺だけの海じゃない。
けれど、大剣豪になるのはお前一人だ。
だから、悔しいけれど夢の優先順位はお前のが上だろ。
認めてやるよ俺が。
だから、俺の首一つで済むならそれでいいんだよ。
「コックは他を探してくれ」ってそう言ったのに。
お前は所詮、俺のことただの料理人って思ってるだけだってわかってたから、俺がいない後の飯の心配までしてやったのに。
俺がそう言った途端、お前の顔からすうっと表情が消えた。
短い付き合いだけれど、この程度なら俺にもわかる。
それは、お前が本気で怒ったときの顔だ。
なんで、今そこで怒るのか俺にはわからない。
俺、なんかお前を怒らせるようなこと言ったか?
あの瞬間、強大な力を持つくまの前に立っていることも忘れるくらい、お前は俺に怒っていた。
怒りのまま、俺の横腹に鞘打ち込みやがった。
痛みよりも衝撃よりも、てめえの怒りがきつかった。
結局、俺は訳もわからないまま、気を失ってしまった。
最後に縋ったてめえの腕の硬さと、見下す瞳の冷たさに戸惑いながら。

目が覚めて、一先にお前を探して。
血の海の中で血塗れで立ってるお前を見つけて。
尋常じゃない姿で、それでも前を見て口を開いたお前に心底ほっとした。
ほっとしながら、俺もまた自分でもよくわからない猛烈な怒りに駆られた。
本当はその場でてめえを蹴り倒したかったのに、その前に俺に倒れ掛かってきたから受け止めて抱き締めるしかできなかったじゃないか。
満身創痍で何日も眠り続け、目が覚めてからまた知らん顔で俺達は側にいた。
なんであんなに怒ったんだとか、なんであんなに腹立ったんだろうとか。
何かの折に話してみようと思っている内に、再び現われたくまによって俺達はちりぢりになった。



あれから2年。
再会したお前は、以前と少しも変わらない・・・いや、寧ろ輪を掛けて尊大かつ横柄になっていた。
なのに、お前の左眼は潰れていた。
なにしてんだよ。
たった2年、ちょっと強くなって戻ってきただけなのに、なに片目になってんだよ。
俺が知らない内に、なに間抜けなことしでかしたんだ。
もうその目は開かないのか。
二度と、両目で視ることができないのか。
琥珀色の瞳は、目が合うだけで相手を竦ませるような威力があるのに、時としてとても温かな眼差しで眇められていたのに。
その傷は治らないのか、左眼は失われてしまったのか。
俺が知らないところで。

しかも、迷子予防にあのキューティちゃんまで一緒に連れて来ていて、2年を二人でミホークの元で過ごしただなんて一体なにしてくれてたんだ。
そんなことで修業できたのか、強くなれたのか。
その成果をさっさと見せてみろってんだ。
ええい忌々しい。
てめえがキューティちゃんと暮らしている間、俺がどれほどの地獄を味わったと思ってんだ。

あんまり腹が立つからあれこれと喧嘩を吹っ掛けてみるのに、なぜかお前の反応はイマイチだった。
ちゃんと喧嘩は買うけれど、目が笑っている。
やけに鷹揚にあしらって、時には言葉だけで済ませてしまうこともある。
なんだよ、自分だけ大人になったような顔して生意気な。
老けてるのは顔だけにしろってんだ。

それでも、売り言葉に買い言葉で「毒でもカミソリでも持って来い」なんて言うから、本当に弁当に仕込んでやった。
ゾロ特製弁当は、奴の好みの味付けで飛び切り腕によりを掛けて豪華に作って、ほんの少しの毒と鋭いカミソリも潜ませた。
気付いたら吐き出すだろう。
こんなん食えるかと、怒り心頭で付き返してくるだろう。
そう思ったのに、お前は満面の笑みで空の弁当箱を差し出してきた。
そうして初めて「ごちそうさん」とまで言いやがった。
なんだそれ。
なにその勝ち誇ったような顔。
毒、食ったのかよ。
腹壊さねえのかよ。
あの程度のカミソリなら、胃酸で溶かしちまうのかよ。
それくらい消化吸収しちまうのかよ、どんだけ鉄の胃袋だよ。

怒らねえのかと聞いたら、当たり前だとお前は応えた。
こんなことで、腹は立たないと。
なら、なんで怒るんだ。
お前だっていつも俺に腹立ててただろうに、なんで今はそんなに機嫌がいいんだ。
お前なら大丈夫だろうって、毒やカミソリ仕込んだって大丈夫だろうって俺は確かに思ったけれど。
そのことが嬉しいだなんて、なんでお前はそんなこと言うんだよ。

俺だけ腹立てて、馬鹿みたいじゃないか。
人が知らない間に目を潰して、身体張って無茶して、運を天に任せて、戦うために自分の両足斬り落とそうとかして、全治二年の傷が何度も開くような戦い方をして。
俺が見てても見てなくても、いつだって血塗れでいたのに。
馬鹿で馬鹿で心底馬鹿な野郎なのに、なんで俺ばっかり腹を立てるんだ。


お前は、自分が俺に腹を立てる理由にもう気付いているのか?
理由っていうか基準って言うか、本気で腹が立つとか立たないとか。
もう気付いちまってるのか。
2年の間に、悟り開いちゃったのか。
なんだよ、なにもかも先を越されてるみたいじゃねえか忌々しい。

「お前だって女を蹴らないだろう」って?
ああそうだ、俺は死んだって蹴らねえよ。
ああ、もしどうしても蹴らなきゃ命がないって立場になったら、俺は潔く死を選ぶさ。
ん?なんだよ、なんでそんな顔済んだよ。
急に黙って口を閉じて、表情消えて冷たい目をして。
なんだよ、なんで今ここで怒るんだよ。
だから、俺が死んだら他のコックを探せばいいって・・・
え、ちょっと待てよゾロ。
ぞ・・・、ぞ?
待てって、まっ、ちょっ・・・

―――――・・・




End