レクイエム 11

海賊からぶん取ったお宝を換金しに、島に寄った。
食糧庫にはろくな在庫がなかったので買い出しも兼ねている。
サンジは久しぶりの上陸で嬉しそうだ。
一月以上記憶を失っていたにしては、順応が早い。
説明を受けてもにわかには信じられないようだったが、カレンダーを見てなんとか
納得していた。
皆も多くは語らない。
それでも時折、あの大ボケサンジを懐かしんで、からかったりしている。
それだけだ。
何も変わらない。



目が覚めたサンジにボコられたゾロは、顔に青痣をつけたまま黙って付き従っている。
勿論、買い出しの荷物持ちだ。
賑やかな通りを二人で歩く。
「大体てめーには説明能力ってエのはないのか。問答無用でがしがしやるだけしか能が
 ねえなんざ、サル以下じゃねえか。」
まだサンジは怒っている。
大好きな市場に来ているから、機嫌はいい筈なのに、口は勝手にぶつぶつ文句を呟いている。
「訳もわからず好き放題されたこっちの身にもなれってんだ。」
怒ってはいるようだが、口を利いてくれてるだけましなんだろう。
ゾロも言いたいことは山ほどあったが、あえて黙っていた。
様々な人種の行き交う広場をまっすぐにサンジが歩く。

金髪の後頭部を見ながら、あの大海原でもう一度会えたんだから、それでいいじゃねえかと
納得するゾロがいる。





「エース!」
サンジの声に、ゾロが弾かれたように振り向いた。
行過ぎた人の中に、ゆっくりと振り向く黒髪の男がいた。
「よお」
口の片端を上げて、微笑む。
「久しぶり、アラバスタ以来だな。」
サンジの声に屈託はない。
「そうだな。」
穏かなエースの声。
ゾロは目だけで挨拶した。
「ちょうどいい、これから飯作るんだ、エースも寄ってけよ。船はすぐ近くだ。」
サンジの誘いをエースはやんわり断った。
「そうしてえのは山々だが、俺も急いでる身だ。」
「まだ黒ひげ追ってんのか。」
「ああ、この島にはもういねえらしい。」
またな、と軽く言ってエースは踵を返した。

「ルフィに会っていきゃあいいのになあ。」
エースの後姿を見送るサンジの肩に手をかけた。
「ンだよ。」
むっとして離れようとするのを力をこめて引き寄せる。
「あほ、人が見てんだろ。」
「うっせえ、誰も見てねえよ。」
肩を抱いたまま先を急がせるゾロの向う脛を、サンジは力一杯蹴った。






港から潮風が強く吹きつける。
波間に漂う船の影に、あの日の言葉が甦る。



―――エースが好きだ。

―――離れたくねえ。

―――傍にいてえ。



真っ直ぐに俺を見て、縋りついた指。
ひたむきな激しさと不安に揺れた瞳。
あの日交わした約束。

お前が忘れても、俺が覚えててやる。
何度でも思い出す。

あの時確かに、お前は俺を愛していた。
俺はお前を愛していた。

―――好きだ。

耳に残る言葉だけが風に乗って海へ逝く。

いつまでも覚えててやる。
何度でも思い出そう。






それが―――

――逝ってしまったお前へのレクイエム。



END

back