螺旋の向こう11


事後のけだるい空気が男部屋に満ちていた。
うっかりタガが外れた二人は、結局体力が続くまで抱き合った。
もう勘弁とサンジが弱音を吐かなかったらこのまま朝を迎えただろう。
だるい頭を擡げて時計を見れば、夜中の2時だ。
いつからはじめたんだろう。
ぼんやりとそんなことを考えて、急にさっと血の気が引いた。

「ちょっと、待て・・・」
漏らした声も掠れている。
が、こんなところで暢気に寝転がっている場合ではない。
「おいおいおい、皆どうしたんだ?ってえか、なんで俺ら男部屋占領してんだよ。」
夕食はどうなったんだ。
そもそもなんで、俺はゾロに強姦された?

身を起こそうとして呻くサンジの身体を支え、ゾロは脱ぎ散らかされたシャツで乱暴に身体を拭ってやった。
「他の奴らはいいんだよ。皆了解してる。」
―――はい?
ゾロの言わんとすることが理解できず、ぽかんと見つめた。
ああその表情がまた、アホっぽくって可愛いなあとゾロがしみじみ思ってるなんて気付きもしない。

「大体なんでてめえ、こんな・・・」
言ってから改めて真っ赤になった。
そんなサンジの頭を抱えて、ゾロは笑いながら抱き込んだ。
「ちゃんと俺は聞いてたんだ。失くしたものの取り返し方をな。大事なものを置いてきたなら、あの世でしたのと同じことをすればいいと。」
まだ混乱中のサンジの顔を覗き込んで、悪戯っぽくにっと笑う。
「てめえが素直に白状してくれて助かったぜ。まさかSEXだったとはなあ。」
途端にかああっと血の気が上がった。
「ばっ、だからって・・・野郎とHする馬鹿がいるかっ!」
想定外だ、まだうまく理解できない。
そもそもゾロへの想いは一方的な片思いだったはずなのに、なんでどうして、ゾロから手を出してくる展開になってるんだ?
しかもそんな気持ちは失くしたはずなのに、今自分は嬉しいって思ってる。
とんでもない幸福感に包まれてる。

真っ赤になって絶句したサンジをゾロは面白そうに眺めていた。
「目が覚めてから、どういう訳かてめえが気になって仕方なかった。前から薄々感じてたモンが急に形になったみたいに、俺にはわかったんだ。だが今度はてめえの方が知らん顔でしかも様子がおかしいし。かと思うとあっさりあの世でSEXしたなんて言いやがるから、それなら好都合だと思った。」
つまり、黄泉で失くしたものを取り返すために、黄泉でしたことを聞き出して実行したのだ。
それがSEXだったことに、ゾロは何の抵抗も感じなかったという。
「いい大義名分ができた。勿論てめえが抵抗するのはわかってたから、無理しちまったが許せ。」
あっさりとそう言われて、サンジはその場でへなへなと座り込んだ。

まさか、やっちまうとは・・・
ゾロを密かに恋慕っていたときから、こんな風に身体を繋げることを考えないことも無かった。
だがあくまで片思いだと思っていたから、まさか現実にHすることになるなんて思わなかった。
ほんとに、やっちまったんだなあ・・・

しかもゾロから。
いくら失くしたものを取り戻すためとは言え、野郎を抱こうなんて気にはならないだろう。
余程その気がなければ。
ってことは・・・
改めて恥ずかしくなってサンジは下を向いた。
ゾロがおい、と不安げな声を出す。

「やっぱ、嫌か?」
その言い様がゾロらしくなくて、口元を歪める。
背中に回されたゾロの手が暖かい。
懐いた肩越しにゾロの鼓動が響き、熱い吐息が耳にかかった。


ゾロが、生きてる。
再び生きて、この世にいる―――

じわりと浮かんだ涙が次々と溢れて落ちる。
ゾロは慌ててサンジの肩を抱いた。
「どうした、やっぱり嫌だったのかっ」
「違えよ、馬鹿・・・」

嬉しいのだ。
嬉しくて怖いのだ。
こんなにも大切で愛しい男を得てしまって、もうどうしていいかわからないほど心が震える。

「ゾロ」
もう一度その名を呼んで、サンジはゾロにしがみ付いた。
自惚れてもいいだろうか。
ゾロもまた、自分を好きでいてくれるのだと、信じてしまっていいだろうか。

「ゾロ、好きだ。もう二度と死なないでくれ。」
ゾロのためらいが身体越しに伝わった。
剣の道に生きる男に「死ぬな」と懇願するなんて、笑い話にもならないだろう。
それでも、言わずにはいられない。
「死なねえよ。」
ゾロの低い呟きが耳に届いた。
「てめえを置いていったりしねえ。もう二度と。」
ゾロの優しい嘘が胸に染みた。
新たな涙が零れ落ち、ゾロの肩を濡らす。
自分が思っていたより余程、ゾロは優しい男なのかもしれない。
「絶対、だぞ。」
偽りの誓いを睦言に代えて、サンジは硬い髪に口付けた。


その日の朝、日の出より早く起きてサンジは朝食の支度を始めた。
頭で考えなくとも、手は勝手にクルーたちの好みの味付けを取り入れて動く。
拵えを済ませると、サンジは思い出してタバコを取り出した。
ゆっくりと吸い込み深く吐き出す。
煙が染みる感触も随分と久しぶりな気がする。
―――本当にこれで、なにもかも元通りか。
右足は嘘のように治っていた。
なにより、今も男部屋で寝転がっているだろうゾロのことを思うだけで胸の奥が燃えるように熱くなる。
自然に夕べの情事の記憶が甦り、サンジはその場で髪を掻き毟りたいほど猛烈に恥ずかしかった。

「おはよう、早いのね。」
快活なナミの声に、慌てて我に返る。
「おはようナミさん!今日もなんて可愛いんだv」
いつものラブコックぶりに、ナミはこっそり安堵の息をついた。
「おはようコックさん。いい朝ね。」
「おはよーっすサンジ。」
「腹減ったあ!」
次々とクルー達が起きてきた。
サンジは挨拶を返しながら手際よく皿を並べ料理を盛り付ける。
「サンジ、足はもう大丈夫か?」
チョッパーのもっともな問いに、サンジは返事代わりに右足で空を切った。
「ほら、ご覧のとおりだ。心配かけて悪かったな。」
にかっと笑うサンジの笑顔に負けないくらい、チョッパーも全開で笑う。
「さすがゾロ、ちゃんとSEXできたみたいだな。」
―――へ?
なにかの聞き間違いかと、一瞬耳を疑う。
「紐や縄まで用意してたんだぜ。そりゃあなんとかなったんだろう。」
「ちゃんと潤滑油使ったんだろ、その動きだと楽そうだな。」
無邪気な会話を目の前にして、サンジは立ったまま意識を失いかけていた。
何故、こいつらが・・・それを・・・知って、る?

ロビンが笑いを噛み殺して無理に神妙な顔つきをした。
「剣士さんはコックさんを元に戻す方法をちゃんと知ってたのよ。それで私たちにもはっきり言ったの。『俺とコックはあの世でSEXしたらしいから、俺はこれからそれをしにいく。てめえらは邪魔するな。』って。」
びきっと頭蓋骨にヒビが入るほどの衝撃を受けた。
白く固まったサンジの前で、ナミは気の毒そうに言葉を選ぶ。
「でもまあ、元に戻れてよかったわね。やっぱり全員が揃ってるのが一番よ。」
「そうだな、よくゾロを連れ戻してくれた。本当にありがとう。」
まともにそう言って、ルフィは深々と頭を下げた。
すぐに顔を上げてにかっと笑う。
「なんにしてもこれが愛の力ってやつだな。」
「そうね、ルフィいいこと言うじゃない。」
「ゾロが生き返ったのも愛の力なら、サンジが戻ったのもまた愛の力だな。」
「すげえなあ、愛って偉大なんだなあ・・・」
口々に勝手なことを言って盛り上がるラウンジに、漸く主役が姿を現す。

「おうす、おはよう。」
ちゃんと自分で起きてきたゾロを褒める間もなく、サンジは渾身のコンカッセをその脳天に叩き落した。


今日も平和にGM号はグランドラインを進んでいく。
腹減ったと喚く船長。
お宝情報はないかと新聞を舐めるように読む航海士に、小さな爆発を起こしてはひっくり返る狙撃手。
医者〜と駆け回る船医に、ミステリアスな微笑を浮かべて成り行きを楽しむ考古学者。
そして――――

「なんでそう無頓着なんだ!三日に一度は腹巻を洗えっつってっだろうが!」
「洗わなくても腐りゃしねえよ。第一洗うのはてめえじゃねえか、それ以上仕事増やしてどうする!」
「うっせえな、俺はてめえの腹巻洗うのが好きなんだ、素直に寄越しやがれ!」
「馬鹿野郎、そんな暇があったらもうちょっと長く膝枕させろ阿呆!」

いつもと同じ争い声ながら、その中身の変容振りに頭痛を感じて航海士は額に手を当てた。
まあいいことだ。
仲良きことは美しき哉。


一度は黄泉へ降りた恋人を、身を持って連れ帰った絆の深さを考えればこれは妥当な展開なのかもしれない。
黄泉への道はまるで螺旋のようだったと、ナミは後からサンジに聞いた。
今度その道を行く時は、二人手を携えて降りるのだとも。


ふとロビンと目が合い、お互い微笑みながら肩を竦めた。

盛大に怒鳴りあう惚気は、風と一緒に聞き流してしまおう。
GM号に新たに誕生したカップルは、恥も外聞も螺旋の向こうに置いて来たようだから。


END

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