Rapunzel 2

「サンジくーん!どこー!?」




「はあいナミさん!こちらでえす!」
殆ど条件反射で応えたサンジは覆い被さってきたゾロを蹴り倒し立ち上がった。
こんな時の動きは、いつもの数倍機敏だ。
「サンジ君、早くうっ」
「はあい、ただいま!」
「ちょっと待ておい!」
追い縋るゾロに後蹴りをかまして甲板に飛び出すと、みかん畑からナミが腕を組んで困ったように
見下ろしていた。

「・・・やっぱりね。サンジ君、ちょっといらっしゃい。」
ちょいちょいと手招きされて、猫のように足元に駆け寄った。
「だめじゃないのサンジ君。こんなに髪を乱して。私達があんなに一生懸命結ったのに。」
「ああ、すみませんナミさん!」
ナミはサンジの乱れた髪を撫で付けると、きっとゾロを振り返った。
「ゾロ、今夜一晩・・・いいえ明日サンジ君が無事髪を売るまで接触禁止よ!」
「ああ?」
ゾロは凶悪な顔で睨み返した。
「あんたなんかに好き放題にされて、サンジ君の髪が傷んだり切れたりしたら値が下がるでしょ!
 一晩くらい我慢しなさい!」
一晩くらいと言われても、ゾロは納得できない。
なんせ今日はサンジの誕生日なのだから。

誕生日にかこつけてたっぷりサービスしてやろうと思っていたのだ。
たかが髪が伸びたくらいでなんでナミに指図されなければならないのか。


「サンジ君も、頭が重いから料理も結構きついでしょ。今日はパーティはなしにしましょ。明日、
 陸でゆっくりお祝いするから。」
そう言われてはサンジもそれ以上異存はない。
元々自分の為のパーティにそれほど力を入れる気はなかったし、正直この頭でぐらぐらふらふら
するのは辛かった。
「お前なあ。いくら日をずらして祝うっつったって、本来の誕生日ってのは今日この時だぞ。
 記念すべき20歳の誕生日は今日限りしかねえんだ。それを明日に伸ばすたあ随分酷じゃねえか。」
いつになくしつこく詭弁を奮うゾロに、ナミもサンジも呆気に取られる。
ただし、サンジにはゾロの魂胆はわかっていた。
ただ単に長髪の自分にちょっかい出したいだけなのだ、この金髪フェチは。

「わかりました。ナミさんの仰るとおり大事にしますよv」
馴れ馴れしく自分の肩に手をやるゾロを蹴り倒して、サンジはにっこりと笑った。

サンジの誕生パーティは明日に持ち越し。
そして今夜一晩髪を大事にして過ごしてもらう…という訳で、サンジは急遽見張り番になった。
なるほど見張り台で一夜を過ごせば誰もサンジの髪には引っ掛からない。
マストにはウソップ特性のネズミ返しならぬゾロ返しが仕掛けられていて、ゾロだけでなくルフィでさえも
上までは登れない構造になっていた。

幸い初夏島海域で、暑過ぎもせず寒くもない。
風は適度に吹いて心地よく、晴れた夜空には満天の星が輝いている。
絶好の見張り番だよな――――
サンジは煙草を吹かしながら、ぼうと星の数を数えていた。

誕生日に一人で見張りなんて…可愛そうだなんて自分でも思わない。
別に祝わないと言ってるわけじゃない。
明日、ゆっくり陸で祝ってもらえるんだ。
ただ1日伸びただけのこと。
それに誕生日とは言うものの、本当に今日がサンジの生まれた日だなんて確率は365分の1だ。
名前が「サンジ」だったから3月2日になった。
それだけだ。
だから、別に全然寂しくない。
こうして空と海に抱かれながら降る星を眺めて過ごせるなんて、幸福な夜じゃあないか。
そう思ってサンジは一人でにししと笑った。

本当は―――
自分の生まれた日は好きな人と二人っきりで過ごしたい。
なんて甘い夢を持っていなかった訳じゃない。
誕生日を3月2日と定められた時から、いつかこの日を愛する人と二人っきりで過ごせるようになるんだと、
幼い自分は密かに夢見ていた。
バラティエにいた時は必然的にゼフと過ごしていたからカウントには入っていない。
GM号に乗り込んで旅を始めた当初はナミと過ごすつもりで自分の誕生日の祝い方を色々と計画して
みたりしたものだ。
それが…どう言う訳か、二人っきりで過ごしたい大切な人がナミではなくなってしまっていた。
しかも美しくも優しくも可愛くもない、むくつけき筋肉ダルマに。

ありゃ失敗だ。
サンジは無意識に髪を掻き毟ろうとして、やめた。
頭が重い。
未来の誕生日の過ごし方を夢見ていた幼い自分が、もし今の俺を見たらどれほど絶望するだろう。
今この瞬間、20歳を迎える時に側にいて欲しいのが緑腹巻だなんて。
腐るにも程がある。

穏やかな波に揺れる見張り台の上で、サンジの気分は上昇と下降を繰り返しながらさっきから堂々巡りを
続けていた。




「おい」

風に紛れて低い声が耳に届く。
とくんと小さく高鳴った心臓は、明らかに喜んでいた。
ナミに釘を刺されても、近寄れないように細工をされても来てくれたゾロに。
嬉しいと、そう思えてしまった自分にまた一人臍を噛む。

「寝てんのか。」
失礼な言葉に顔だけ覗かせてサンジは悪態を吐いた。
「見張りが寝るか、てめえじゃあるまいし。」
はるか上空にサンジの顔を認めて、ゾロは腕を組みながらにかりと笑った。
それからどかりとマストに凭れて胡坐をかく。

「おい?」
戸惑ったサンジの声に、ゾロは上を見上げて手を伸ばした。
「せめて、てめえの髪を寄越せ。」
「・・・」
一呼吸置いてから、サンジは妙に気恥ずかしくなった。
ゾロが髪を寄越せと言う。
この場合長く三つ編みに編んだ一房を下に下ろせってことだよな。
・・・まるで御伽話みたいに。

「なに考えてやがる、この金髪フェチ!!」
照れ隠しに言い返した。
未来の大剣豪が男に髪を強請るなんて、寒いにも程がある。
「てめえに触れられねえんなら、せめて髪を寄越せってんだ。誕生日を一人で過ごす気かよ。」
またしても胸がときめいてしまった。
ゾロが、人の誕生日に拘るなんて思いも寄らなかったけど・・・
少しは気にしてくれてるって事か。

サンジはそれ以上言い返すこともしないで、黙って、髪を一房下に下ろした。
編まれていても結構な長さのあるそれは、下で座るゾロの元に届いたようだ。
つんつん、と2度ほど合図のように軽く引っ張られて、じっと止まったかと思うと微妙に動く気配がする。
「・・・なに、してんだ。」
「・・・」
答えないゾロを見下ろすと、あろうことがゾロはサンジの髪を口元に当てて目を閉じている。
「・・・て、ててててめっ」
「うっせ、髪にキスするくらい、普通だろ。」
うるさそうに言い返すゾロの頬は、夜目にも少々赤黒く見える。
「今夜は、これでてめえを抱いてるつもりにしてやる。そん代わり、明日は覚悟して置けよ。」
届くか届かないかくらいの低い声でそう言われて、サンジは見張り台の上で真っ赤になった。
なにか言い返したいが墓穴を掘りそうで何もいえない。
なんて恥ずかしい奴なんだ。
そう思うのに、口元がにやけてしまうのは何故だろう。

「・・・勝手にしてろ、フェチ野郎」
誰も見ていないだろうに、恥ずかしさにそっぽを向いて言い捨てたサンジに応えるように、
また髪が2度引っ張られた。










穏やかに夜は過ぎ、朝日が水平線から顔を覗かせる。
飛来する鳥の数に、島が近いことが分かる。
サンジは軽く伸びをして、まだ暖かいコーヒーを飲み干した。
いい夜だった。
ひとりぼっちで、見張り台で過ごした夜だったけれど。
波は穏やかで風は柔らかく、星は綺麗だった。
なにより一人じゃなかったから―――

そっと下を伺い見ると、ゾロは胡坐をかいた姿勢のまま眠っているようだ。
垂らした一房をつんつんと引っ張ってもよほどガッチリ抱き込んでいるのか外れそうにない。
サンジは自分の髪に引っ掛からないように気をつけてマストから降りた。

もう朝だし、ナミたちも起きてくるだろうし大丈夫だろう。
自分の髪を抱いて眠るマリモ剣士に、キスの一つでもくれてやるかと近付いて、サンジは凍りついた。

腕を組み目を閉じて、口を真一文字に引き結んで眠る剣士の横顔はストイックだ。
だがその僅か下方向、胡坐の中心部にそそり立つモノはなぜか前を寛げられていて、立派な仁王立ち状態で
朝日に向かって伸びている。
しかもそれに幾重にも巻きつけられているのは紛れもない自分の髪の束!



「―――――――――!!」



声にならない叫びが甲板に響き渡った。

「…何事?」
心配で早起きをしていたナミが飛び出してくる。
サンジは慌てて自分の髪を引っ張った。
ばりっべりっと嫌な音をたてて剥がれる。
弾みでゾロも胡坐をかいたままごろんと引っくり返った。

「やだ、ゾロ何やってんのって…ほんとになにやってんの―――――っっ」
「わああダメですナミさん!目が腐りますうううっ!!」
慌ててゾロをそのまま海目掛けて蹴り落とした。
大きく弧を描いて跳んでいったゾロはどぼんと巨大な水柱を上げて遥か彼方に落ちて沈んだ。

「さん、さん、サンジ君!髪はっ髪は無事っ??」
「わああ洗ってきます〜〜〜っ」
自分の髪を掻き集め、サンジは半べそになって駆け出した。
引き剥がした時自分の髪は無事だったようだが、毛先にいくつも緑色の縮れ毛が張り付いている。

海に沈んで数秒後、漸く意識を取り戻したゾロが海面に浮上して波飛沫を上げると、すかさずナミの
クリマタクトが振り落とされた。






上質の蛋白質でパックしたお陰か、サンジの髪は予想以上の高値で売れたそうだ。

END

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