Miracle rainbow

「逆さ虹の伝説?」
「そう、この海域で聞いたことがあるわ。」

いつもと同じ、360度海原だけが広がる景色の中の一点をロビンは指し示した。
「よく御覧なさい。あの水面だけ、磨いた鏡のように光を照り返しているでしょう。」
「そう言えば…」
船べりから身を乗り出して目を凝らすナミの後ろで、「さっすがロビンちゃんは博識だあ〜v」
と身をくねらせながらサンジが無駄にハートを飛ばしている。

「水平線の彼方に虹がかかると、水面に移って完全な円形になるの。そのときヒッポラス語で
 緯度・経度を記入した紙を海に浮かべると、伝えたい人の元へ自分たちの映像が蜃気楼に
 なって届くそうよ。逆さまに写ってね。」
なんともメルヘンな話だ。
「昔海神が火山の娘に恋をして、津波と共に攫って妻にしてしまったんですって。それを火山が
 怒って大きな地震と爆発を繰り返し、陸は殆ど壊滅状態になってしまった。そこで火山を
 宥めるために、海神が大気の神の協力を得て娘の姿だけ親元に届くようにしたらしいわ。」
ますますメルヘンだ。
「そもそもヒッポラス語なんて…」
そう呟くナミの隣で、ロビンが意味深に笑う。

「…書けるのね。」
「ええ。」
「ナミ、向こうから雨が降ってきた!」
見張台からチョッパーが叫ぶ。
「すぐに位置を確認するわ!」
そう叫んででナミは部屋に引っ込んだ。






「ココヤシ村にフーシャ村、シロップ村と、ゾロの村は…と」
てきぱき測定してそれをロビンが紙に書く。
「ナミ!すっげー虹がかかったぞ!」
「よしできた!え、虹?」
慌てて甲板に飛び出せば、眼前に夢のような光景が広がっていた。
水平線を覆いつくすような巨大な虹。
水面に架かるはずの逸れはそのまま半円を移して見事な球体になっている。

「…なんて、綺麗」
うっとりと呟くナミの隣で、めったに物に動じないゾロでさえ腕を組んで唸っている。

ロビンは静かに手を伸ばしてそれぞれの緯度と経度を記した紙を水面に浮かべた。
それらは暫したゆたってから、吸い込まれるように水中へと没していく。

「海神に、届いたかしら。」
「届いたでしょうきっと。こんな景色、これだけで奇跡だもの。」
7人はただ言葉もなく、神々しささえ漂う大自然の風景に時を忘れて見蕩れていた。


















「おい、ありゃあなんだ?」
皿を片付けていたウェイターが、ふと手を止めて海の彼方に目を凝らした。
「ありゃあ…」

どたどたと厨房へ駆け込んでくる。
「なんだてめえ、騒がしい!」
「オーナー、大変です!サンジがっ」
「ああ?」
剣呑に目を眇めるゼフの隣で、パティが代わりに身を乗り出した。
「ちびナスが、どうした?」
「ともかくこっちへ来てください!」
半ば引きずられるように甲板に出てみれば、海に続くテラスの向こう、空をスクリーンに映した
みたいに、さかさに写ったサンジがいた。

相変わらずの生意気そうな顔で、だが楽しげに仲間達に囲まれて笑っている。
「…こりゃあ」
「すげー幻だなあ。」
「元気そうじゃねえか。」
コックたちは口々に喜んで、声を上げた。

「サンジー!俺らも元気だぞー!」
「お前随分変わったなあ!」
やんやと囃し立てているうちに、サンジの姿は虹が消えるように段々薄くなって、いつもの
青い空に戻ってしまった。










「…元気にやってるみたいですね。」
カルネの言葉に、ゼフはけっとだけ応える。



「それにしたって、奇妙な幻だったなあ。いくらなんでもあの姿はねえだろう。」
「まあな、なんせあのサンジがマタニティドレス着て腹ボテなんて、冗談にもなりゃしねえぜ。」
「あいつはまた、グランドラインの魔力を使って俺らに悪戯でも仕掛けたんだろうよ。」

そう言って大いに盛り上がり、最後にゼフにてめえら仕事しろ!とどやされて持ち場に戻った。







サンジから子供が生まれたと便りが届いたのは、それから一ヵ月後のことだ。

END

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