PROOF <弓月こんさま>




発端はナミの助言だった。

「なにか、繋がってるって証しでも贈ってあげたら?」





3月2日が近づくにつれ、ゾロは普段あまり使わない緑色の頭をうんうんと悩ませる時間が増えた。
「んーーー……」
自分でも知らぬ間に、重低音が発せられるゾロからチョッパーとウソップはそろりそろりと遠のいていく。
「まだ決まってないの?」
声の方に顔を向ければ、腰に手を当て、焼きつくようなオレンジ色の髪をなびかせて立つナミの姿が。
「サンジ君の誕生日プレゼント」
ナミの言葉に、むっとゾロの眉間に皺が寄る。
「もう明日じゃない。せっかく誕生日に合わせて上陸できたのに…気の利くプレゼントの一つでも贈ってやりなさいよ」
「…わかってる」
ぼそっと不貞腐れた子供のように答える片目の剣士は、どうやら中身は2年前からさ程成長していないようだ。
ナミは苦笑交じりにひとつ溜息を零すと、おもむろにジーンズのポケットに片手を突っ込んで探りながら、提案した。
「なにか、繋がってるって証しでも贈ってあげたら?」
「…証し?」
「そうよ。アクセサリーとか…指輪とか?」
「指輪?!んなもん…」
「女の子って、そういうのにときめいちゃうものなの」
コックは女じゃねえ――ゾロのセリフを遮るように、ナミがポケットから出した片手をゾロの眼前に突きつけた。
「離れてた2年間。あんた達がもう一度逢えるって証拠がどこにあった?」
ゾロの掌に落とされたのは、ベリーの金貨。
「ッッ!?」
「会えない時、代わりに縋れるものがあるっていいものよ」
そう言い残して身を翻したナミの左腕には、みかんと風車のタトゥーがくっきりと刻まれていた。
「あ。利子は10倍だからー」
後ろ手にひらひらと振る手首には、ブレスレットが2年前と変わることなく嵌められている。
「……」
ナミの後姿を見送り、ゾロは掌に残された利子10倍の借金に視線を移すと、そのままじっと睨みつけた。
金色に輝くコインは、愛しいコックを連想させる。
「うし!」
気合を入れて唐突に立ち上がったゾロは、先程までよりどこかすっきりした顔立ちで船を降りて行った。
そして勿論、町とは真反対の鬱蒼と茂った森に姿をくらます事になる。



「なーんでてめェは宴が始まるまでじっと船にいられねェんだ!」

結局森の中で一夜を過ごし、街に辿り着けたのは日付が変わってからだった始末の剣士が、なんとか目的を果たして見慣れた海賊船に戻ってこられたのは日も傾き始めた頃だった。3月2日の日が暮れてしまう。
「おおーゾローもう少しで宴会の、食い逃すところだったぞー」
サウザンド・サニー号の甲板に登れば、2年前と変わらない船長のゆったりとした口調に迎えられた。
ルフィの声を聞き流し、ゾロは一直線にキッチンへ向かう。
扉を開ければ、ラウンジには既に腹を擽るいい匂いが広がっていて、その中心で本日の主役である金色頭がくるくると忙しく動いていた。
暫くその無駄のない流れるような動きに見惚れていると、金色がぴたりと止まった。
(お?)
ゾロが首を傾げる間もなく、先程のセリフとコンカッセが容赦なくゾロに襲いかかったのだ。

「…遅くなって悪ィ」
罵倒してくる痩身を、ゾロは正面からしっかりと抱き込んだ。
「てめっ、放せっ」
腕の中で暴れるコックの体は、確実に2年の間に変化した。筋肉の付き方や腰の細さが。
ひたすら鍛えに鍛え上げたゾロとは比例とまでもいかず、今でも簡単に抱きすくめられる身体だが、それでも。空白の2年間を嫌でも意識させられる。
「…誕生日、おめでとう」
ゾロが耳元で低く囁くと、サンジの身体は小さく揺れて固まった。
そっと覗きこむと、白い耳まで朱色に染まっているのが見て取れる。
「これ、付けとけ」
そう言って、ゾロはサンジを抱き込んだままその首に、腹巻きから取り出した細いチェーンを掛けてやった。
「あ?」
サンジが僅かにゾロから身体を離し、自分の胸元を覗き込む。
銀細工の細くて細かいチェーン。
その先にぶら下がっているのは、シルバーリング。
リングの中央には、緑色の宝石が嵌められていた。
「おま…っ、これ…」
「おれの分身だ」
「……は?」
「別にものに頼ろうなんて思って無いがな。だが、この2年間、てめェはどうしてた?」
至近距離から見つめてくる右側だけになった瞳はどこか獣を思わせる。金色の光輪に縁どられた鳶色の瞳から、サンジは射すくめられた様に目を離せないまま見つめ合った。
「どう、って…?」
「俺は、昼は太陽を見ておめェを感じた。夜は月を見ておめェを思った。絶対に手放すつもりは無ぇが、会えない時、代わりに一緒に居てやれるもんがあったっていいだろう」
サンジの腰を抱くゾロの腕に、ぎゅっと力がこもる。
「次会う時まで一瞬たりとも忘れんな」
「……ゾロ」

会えなかった2年間。
サンジは――。
包丁を手にしては、剣を握る無骨な掌を感じた。葉物を見ては、その目にも鮮やかな緑を思った。
ゾロを忘れた瞬間なんて、一瞬たりとも、無かった。

どちらからともなく、二人はそっと口付ける。
最初は戯れるように啄み合った口付けも、次第に深くなり熱くなる。息は上がり、重なる唇の間から熱い吐息が漏れる。
「…んっ……ふ…」
サンジは柔らかい芝生のようなゾロの髪に指を差し入れ、そこから耳朶へと手を下ろしてピアスを弾く。左側の三連のピアスをしゃらんと奏で、右側の新しく付けられたピアスを優しく指で辿った。
「…いただきます」
漸く舌と唇が解放されたと思ったら。据え膳喰わぬは武士の恥。ゾロはやんわりとコックの身体を押し倒した。




「サンジの誕生日にー!かーんぱーーーーーーいッッッ!!!」
船長の音頭を合図に宴が始まる。
目にも鮮やかな豪華料理の数々を用意したのは、勿論主役のコック本人。
普段よりちょっと奮発したいい酒は、美味い肴と樽単位で消えていくことだろう。
部屋の片隅では、香り高い酒をゆっくりと味わおうと、麦わら一味の女性クルーが二人でグラスを傾け合っていた。
「高かったでしょうに…ゴールデンベリルとエメラルド、ってとこかしら」
「利子は10倍よ」
「まあ」
ふふふとロビンが愉しそうに笑った。
「それにしても剣士さん。なかなか気が利くのね」
「そうねー。コックのサンジ君にはチェーンリングなんて」
「それに、あのピアスもなかなか素敵」
「大剣豪の指に指輪なんておかしいじゃない。しかも、ペアリングなんて」
くすくすと笑い合う二人の、暖かい視線の先には―
ゾロの右耳で、リングタイプのシルバーピアスが金色の宝石を輝かせながら揺れていた。






FIN



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