プレゼント


紅葉に楓、銀杏にやまぼうし。
深い緑に赤や黄色、色とりどりに彩られた山道をざっくざっくと大股で歩く。
特に行くあてなどないが、ゾロの行く手を導くように色付いた枝々が道を撓らせているから、遠慮なく足を踏み入れ先に進んだ。

藪を突っ切ると、開けた場所に出た。
短く刈られた草地に、窪んだ轍ができている。
その先を辿ると、ちいさな一軒家があった。
木と煉瓦で作られ、花で飾られている。
看板があるから、店のようだ。
なにやら甘い匂いが鼻を擽り、ぐうと腹が鳴った。




「いらっしゃい」
扉を開けると同時に、軽やかな声が飛んできた。
見れば、ガラスのショーウィンドウの上に手を着いて精一杯背伸びをした子どもが、一度浮かべた笑顔を引っ込めたところだ。
「なんだ、男か」
あからさまにがっかりして、カウンターの向こうで踏み台にしていた椅子に腰かける。
そうすると、金色で丸い頭の先しか見えない。
ゾロは後ろ手に扉を閉めて、店の中に入った。
「甘ェもんしかねえのか」
「ここはケーキ屋だ。可愛いレディが甘くて美味しいおやつを買い求めに来る店だっての」
子どもは生意気な口調でそう言って、ゾロに冷たい視線を送る。
さも、「お前は部外者だ」と言っているかのように。

カランと、扉に着けられたベルが音を立てた。
「いらっしゃいマダム!」
振り返ると、二本足で立った狐がしゃなりしゃなりと腰を振りながら歩いてきた。
子どもはと言えば、嬉しそうに笑顔を浮かべてカウンターの向こうから駈け出て来た。
「今日のおすすめはフサスグリのタルト、山桜桃梅のロールケーキ、山葡萄のムースなどもいかがでしょう」
狐は手を口元に当て、少し考える仕種をしてから「これとこれとこれ」とでも言うように腕を動かした。
「はい、いつもありがとうございます」
子どもらしからぬ大人びた口調で礼を言い、指し示されたケーキを白い箱に詰める。
小さな手で器用にリボンを掛け、両手で持って差し出した。
それと引き換えるように、狐は赤く色付いた葉っぱを差し出す。
「ありがとうございます」
子どもは大切そうに葉っぱを押し頂いて、狐の先に立って歩きドアを開いた。
「足元にお気をつけて」
恭しく礼をし、しゃなりしゃなりと腰を振って歩き去る狐を見送る。
ゾロも思わず、同じように立ち去る狐の尻尾を見つめてしまった。
なんだったんだ、今のは。

「こら、でくの坊。そんなとこに突っ立ってると商売の邪魔だ。レディ達が怖がるだろうが」
子どもはそう文句を言いつつ、カウンターの奥に回ってレジを開ける。
中には、色とりどりの葉っぱが綺麗に並べられていた
そこに赤い葉っぱを仕舞って抽斗を閉めると、チンと軽やかな音がした。

「あ、いらしゃいませ」
また客かと振り返れば、今度は小柄な狸だった。
しかも二匹(二人?)連れだ。
「いつもありがとうございます、マドモアゼル達」
どうやら、若い娘の狸らしい。
「苔桃のシフォン、木通のダックワーズもお勧めですよ」
狸は二匹がショーウィンドウの隅から隅まで吟味しまくり、結局一つずつケーキを選んだ。
お題はオレンジ色の葉っぱだ。
「ありがとうございました」
子どもが恭しく扉を開いて店外へと見送ると、入れ違いに入って来たのは大きな熊だった。
「レディ・ベアちゃん、いつもありがとう!」
大変雄々しいが、やはり雌らしい。
熊はショーウィンドウの中はほぼ浚えるようにして大量買いをし、ホクホク顔(のように見える。熊なので表情はよくわからないが)で大きな箱を抱えてのっしのっしと歩き去った。
随分と商売繁盛のようだ。

「ふう」
子どもは小さな手で、額の汗を拭う。
片方だけ長く伸ばした前髪の下で、眉尻が面白いくらいくるりと渦を巻いていた。
その様子をじっと見ているゾロに、改めて気づいたようにきっと睨み付けてきた。
「いつまでいるんだ唐変木、商売の邪魔だって言っただろ」
「もう売るもんがほとんどねえじゃねえか」
「お蔭さまでね」
子どもは皮肉気にそう言い、レジの葉っぱを数えはじめる。
「ここでずっと、商売やってるのか?」
「ああ」
「海には出ないのか?」
子どもは葉っぱを数える手を止めて、顔を上げた。
「うみ?」
「俺ァ、海賊だ」
ふうんと、興味なさそうにまた手元へと目をやる。
「海賊なんて、ほんとにいるんだな。海ってのはむかし絵本で見たことあるけど、ただのでかい水溜りだろ」
「オールブルー」
また、子どもの手がピタリと止まった。
ぶるぶるっと首を振って、ゾロを睨み上げる。
「勘定してる時に、邪魔すんな」
「オールブルーはいいのか?」
「だから、なんの話してんのか分かんねえけど邪魔すんなよ」
「意味が分からねえなら、邪魔にならねえだろう」
ゾロの言葉にきっと目を怒らせ、子どもはレジの抽斗を乱暴に閉めた。
「分かんねえけど、なんかこう、胸の奥が苦しくなるからやだ」
先ほどまでの大人びた振る舞いとは打って変わって、不安そうに目を瞬かせる。
腰掛けた椅子の上で膝を抱えると、見た目通りの幼さが垣間見えた。

「俺ァ、毎日ここでケーキ作ってレディ達に振る舞うんだ。時々は野郎も来るけど、大体は森の可愛いレディ達が俺のケーキを買いに来てくれるんだよ。海なんて出なくていい、この森で、俺が作ったケーキを美味い美味いって食ってくれるみんながいるから、それでもういいんだ」
最後の方は自分に言い聞かせるようにして、抱えた膝に顔を埋める。
ゾロはその様子を眺めていたが、ふと懐で組んでいた手を解いた。
腹巻の間から、いつ付いたのか枯葉がハラリと足元に落ちる。
綺麗な黄色に色付いた、銀杏の葉だ。



「おい、俺にもケーキを寄越せ」
「はあ?お前、甘ェもん嫌いだろ?」
子どもはそう言い返してから、あ、と口を閉じた。
それに構わず、ゾロはショーウィンドウへと足を踏み出す。
「これでいい、ちょうど売れ残ってる」
熊が買い尽くした後、陳列棚の一番端に一つだけ残った緑色のケーキがあった。
小ぶりだが丁寧にデコレーションされ、金箔で飾られている。
「和三盆を使った抹茶ケーキだ。甘さを控えてあるし、これならお前だって食えるかもしんねえけど・・・」
さっき熊が「これも」と指さした時、子どもは首を振ったのだ。
まるで「売りものじゃない」とでも言う風に。
「ほら、これでいいんだろ」
綺麗な銀杏を差し出され、子どもは仕方なさそうにケーキを取り出した。
箱に入れようとするのを制し、片手で摘まみ上げる。
「いま食う」
「なんで、ケーキなんか」
「今日は俺の、誕生日だからな」

子どもの、片方だけ覗く瞳がはっと見開かれた。
「え、今日、11月11日?」

そう口にした途端、子どもの立ち姿が僅かにぶれる。
それに抗うように、子どもは片手で額を押さえ顔を歪めて笑った。
「た、誕生日に自分でケーキ、買うとか、プレゼント、されねえのかよ」
「プレゼントなんざいらねえ、俺ァ、欲しいもんは自分で奪う」
一口でケーキを平らげたゾロは、口端を指で拭いニヤリと笑った。
「自分へのプレゼントは、自分で奪う」

そう言って手を伸ばした相手は、もう子どもではなかった。
手足がしなやかに伸びて金色の髪は色艶が濃くなり、肩を聳やかし立つ姿はどこかふてぶてしい。
「―――――なんで…」
今まで立っていたはずの場所は、秋の野原になっていた。
小さな店も清潔なショーケースも、チリンとベルが鳴る扉もない。
レジに仕舞われていたはずの色とりどりの枯葉が、足元でつむじ風に巻かれ青い空へと舞い上がった。
小高い丘から眼下に広がるのは、どこまでも続く輝く海だ。


「帰るぞ」
呆然と立つサンジの手首を、ゾロが引っ手繰るようにして握った。
掛け出したゾロに引っ張られ、転びそうになりながらサンジもまた走り出した。
途中、なぜか山に登り始めたゾロの手を逆に引いて、坂を下る。
「どこ行くんだ、迷子みどり!」
―――やっぱり、俺がいねえとダメだな。
そう言って懐から取り出した煙草を咥え、ニッと笑ってゾロの手を握り返した。


そうしてまた走り出す。
仲間達が待つ船へと。
冒険が始まる海へと。




End