a present for you <ショウさま>
宴の片付けが済み、ふと時計を見ると日付が変わるまで後1時間程だった。
「コックさん」
カウンターにロビンの手が咲いた。形のいい唇と漆黒の瞳も。
「よかった、終わったところね」
「まさに今終わったよ。まだ下で飲んでるんだろ?何かつまむかい?」
「いいえ、それより早く来て。サプライズプレゼントが待ってるから」
そういうと、花びらが舞った。
教えてしまえばサプライズにならないんじゃないか?
ロビンにしては珍しいと思いつつ、期待半分不安半分の面持ちでアクアリウムバーへ向かった。
「コックさん、ほら」
恐る恐る覗くサンジに気付いたロビンが指差した先には、仲間とゾロが飲んでいた。
それ自体は別に珍しいものではない。
が、おかしい。何がおかしいって、ゾロが変だ。いや、ゾロを知らない人間が見たら、変どころかたちまち好感を抱くだろう。
普段の悪人面など微塵もなく、素直な柔らかい空気を纏う好青年がそこにいた。
「………………」
「ね?サプライズでしょう?」
がぼーんと口を開けながら、瞬きも出来ずに頷いた。
「コックさん、この前『酔った毬藻が見たい』って言ったでしょ?だから、誕生日プレゼントはそれにしようって」
「ってことは……」
「剣士さん、酔っ払うと警戒心がゼロになっちゃうのね」
よくよく見れば、ほんのり赤い顔。確かに酔っている顔だ。ゾロでなければそう思うだろう。
素直な表情のせいか、仕草までそう見えてくる。ナミに対する態度など、紳士的にすら感じてしまう。
呆然と見つめるサンジの元へナミがやってきた。
「あれが素なのね。意外なくらいのいい男。あれなら一稼ぎできるのになあ」
「え〜ナミさん、俺より毬藻?」
「あら、サンジ君、私の為に女の子に貢がせてくれるの?」
「……ナミさん、毬藻にホストでもやらせる気かい?」
「素面じゃ無理だから酔わせないとなんないけど」
「また酔ってくれるかしら」
そうだ、あのゾロが酔っているなんて。
「どうやって毬藻の酒漬けを?」
「度数の高いお酒を飲ませただけよ」
「スペシャルカクテルだけど」
「スペシャル?」
「私とロビンとチョッパーの力作よ」
それって……。
「レシピ、いる?」
「どちらかというと処方箋だけど」
少女のような可憐な笑顔だけど、ロビンちゃん……。
改めてゾロを見る。
機嫌のいいときのゾロと言えばそうとれなくもないが、でも、違う。なんというか、まあ。
「で、どう?サンジ君の見てみたかった酔っ払いゾロよ」
「いやあ予想外だったぜ。ありゃあ双子の偽物で通りそうだ」
「話をすると、もっと面白いわよ。行きましょ」
悪戯な笑顔がキュートだ〜♪とついて行くと、酔っ払ったウソップが、ゾロの背中を叩きながら絡んでいた。
「楽しそうね〜」
「何だよ、ナミとロビンがいたら、ゾロが話さねえかもしれねえだろ〜」
「テメエ、鼻!レディーと一緒に飲めることを光栄に思え!」
その怒号にゾロが顔を上げた。
サンジが来た事に今気付いた風に軽く目を開いた後、ふと浮かべた笑みに周りが固まった。
「ゾロ、これが誰か分かってる?」
指を差しながら、ナミは聞いた。
「あ?コックに決まってるだろ」
「分かってるならいいけど。それはそれで面白いから」
「何がだよ」
「いーえ、別に」
「いいから続きだ。ゾロ、初恋の子はどんな子だ?」
「な〜に、恋愛話?私も聞きたいわ♪」
「ナミまでかよ」
「だって、アンタ普段そういう話に乗ってこないじゃない」
「そうだ、いっつも馬鹿にしたような態度でよう。植物は恋愛の素晴らしさは分かんねえか?」
「そういう訳じゃねえ」
普通に返したゾロに、またもみんなが固まった。
しかし、今度は直ぐに食いつく。
「どういうこと?話してみなさいよ」
「記憶にある女は一人しか浮かばねえが、じゃあそれが初恋かって言われると、どうもそういう雰囲気は欠片もねえからな」
「将来の夢を共に目指した仲だろ。こう、お互い高め合う中に甘酸っぱい何か……とか、一つや二つあるだろ」
元来恋愛話の大好きなサンジは、勿論食い付いた。
実に楽しそうな顔で聞いてくるのに、ゾロはちょっと面白くなさそうな表情をしながら、サンジに酒を注いだ。
「そんなにくいなを初恋にしたいのか?」
「いや、単純にてめえの恋愛話に興味があるだけだ。まさか、まだ恋愛したことねえのか?」
「いや……ん〜、でもなあ」
「お?何だ、何だ?」
サンジは注がれるままに杯を空け、どんどん調子が上がっていく。
「恋愛かどうか、分からねえんだよ」
「おお!?てめえも隅に置けねえなあ。ここは愛の伝道師の俺に話してみろよ。からかったりしねえよ。何せ恋はハリケーンだ。いくら毬藻でも、戸惑って振り回されて当然だぜ」
「そうか?」
「そうだ。安心しろ、口は固いぜ」
少しずつ、サンジの質問に答えるような形でゾロが口を開く。
いつの間にか、喧嘩もせずに年相応な恋愛話をする2人を他のクルーが眺めるような形になっていたが、それにすら気付かずに杯を重ねて盛り上がっているのはサンジだった。
そう。圧倒的にサンジが飲まされているのだ。
一方で、柔らかくサンジを見ていたゾロの視線が変わっていた。
「2人とも、仲良くできるんだな♪」
「仲良くねぇ。サンジ君、気が付いてないわよね」
「剣士さんが想いを寄せている相手?」
「あれ、どう考えてもサンジのことだろ?それに、見ただろ?あの視線!」
「その視線だがよ、目つき変わってきたぞ」
「教えて差し上げた方がよろしいですかね〜ヨホホ」
「サンジもゾロが好きなんだから、放っときゃいいんだ」
あれだけ食べたのに、まだ酒のつまみに手を出す船長に一斉に視線が集まった。
「なんだ、知らなかったのか?」
そのまま今度はサンジに視線が集まるが、当の本人も豆鉄砲くらった顔で固まっていた。
「そうなの?サンジ君」
「いや、知らないよ。初耳だ」
「バカだなあ、サンジ、自分のことも分かんねえのかよ」
「いや……いやいやいや、ルフィ、ちょっと待て。何で俺が緑腹巻きに惚れなきゃならねえ。俺はナミさんとロビンちゃんという恋の女神に翻弄されているんだぞ」
「え〜、そうか?」
「そうだ!!」
それまで黙っていたゾロが、静かに酒瓶を置いた。
今度はゾロに視線が集まった。
「船長、クソコックが俺に惚れてるって根拠はなんだ?」
「そんなもんねえ、勘だ!!」
ドーンという効果音を背負って、自信満々に言い放った。
「ルフィ〜」
ゾロ以外はがっくりと肩を落とした。
その時。
「うわっ!」
ゾロがサンジを担ぎ上げて、歩き出した。
「コラ、てめえ、何しやがる!降ろせ!!」
「さっきの話じゃ、俺はそいつに惚れてるんだろ?あれはてめえの事だ。で、てめえも俺に惚れてるんだろ?だから、2人きりになりてえ」
「ア、アホ!俺がてめえに惚れてるってのは、ルフィの勘違いだっ!」
「これまでルフィの勘が外れたことがあるか?」
「ないわね」
「ナミさん!?」
他のクルーは何故か納得顔だ。
「サンジ、よかったなあ」
「何がだ、鼻!オロスぞ!!」
「ロビン、そろそろ寝ましょ」
「そうね。誕生日おめでとう、コックさん。お幸せに。お休みなさい」
「ロロロロビンちゃん!?俺は貴女と幸せになりたいっ!!ナミさんの恋の下僕なのにっ!!」
「照れなくていいわよ。私達が出ていくから後はご自由に。ほら、みんなも撤収、撤収」
ナミに言われて立ち上がる面々。
「よかったなあ、ぐるぐる。感激で1曲できそうだぜ」
「コラ待て!!」
「ヨホホホホ、私もぜひコラボレーションなどさせていただきたいですね〜」
「ふざけんなっ!!放しやがれ、クソ緑っ!!」
「………………サンジ」
暴れ騒ぐサンジと、それを後目に部屋を出ようとした全員がゾロを見て、また固まった。
「サンジ」
「あ………………」
愛しくて堪らないというような、それでいて真剣な眼差しがサンジを射ぬいていた。それはもう、見つめられているサンジ以外も思わず赤面するほどに雄弁だった。
そして、そんな2人から視線を外せないまま、邪魔者は退散とばかりに後退りするように部屋を出たのだった。
「ウソップ、明日の朝食はお願いね」
「何で俺?」
「バカね、サンジ君が起きてこられると思ってんの?」
「イヤイヤイヤ、さすがにねえだろ、そこまでは」
「そう思う?相手はいろいろ飛んじゃってるゾロよ」
「普段より紳士だったんじゃねえ?」
「確かに警戒心ゼロで素直だったわよ。だから多分、そっちも素直よ」
「本当だわ。コックさん、照れちゃって可愛いわね」
「やだ、ロビン、覗くなんて」
「ちょっと心配だっただけよ。でも、幸せそうだから結果オーライね」
「うおおおっ、想像してはいけない病がっ!!」
「ということで、みんなアクアリウムバーには近付かないこと!消灯、就寝!!お休み〜」
果たして、プレゼントを貰ったのは誰だろう?
end.
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