Open fire



正月明け、初めての休日。
新しくできた防災センターで消防出初式が行われるため、ゾロは一足先に出勤する。
「今日は弁当はいらないんだな、帰りは夕方?」
「もともと公休日だから、式典に出席したらあとはフリーだ」
「じゃあ、一緒に帰れるか。俺も後で子ども達と見に行くし」
「おう来い来い。はしご車に乗れるし、防火服着て記念撮影もできるぞ」
「え?俺も?」
「防火服は、子ども用だけだ」
制服の持ち帰りは厳禁だしなあ・・・と渋るゾロに、冗談だってと慌てて手を振る。
「ともかく、行ってらっしゃい」
「おう、行ってきます」
このやり取りにまだ慣れなくて、お互いに少し照れながら視線を外し、扉を閉めた。

年末は雪模様だったが、今朝は天気が良くて道端に残っていたはずの雪も跡形もない。
日差しが温かいから、寒さにはそう悩まされることはないだろう。
――――後で子ども達と見に行く。
サンジの言葉を脳内で反芻し、ふっと自然と口元が緩んだ。
これではまるで、普通の家族のようではないか。
ゾロは家庭を持つ気などさらさらなかったが、既婚者の同僚達の話はしょっちゅう耳にしている。
その空気に少し触れた気がして、なんとなく面映ゆい。
もちろん、サンジが連れて来るのは自分達の子どもではなく保育園児なのだけれど、子連れで職場を訪れるっていうのはなんだかこう、照れ臭いながらも少々嬉しい。
ついにやけてしまう頬をゴシゴシと擦り、意識して表情を引き締めながら、ゾロは消防署への道のりを早足で歩いた。



「たかーい!」
頬を真っ赤に染め目を丸くして、子ども達が歓声を上げる。
はしご車を見上げるために反り過ぎて、後ろにひっくり返りそうな子の背中をサンジはそっと支えてやった。
「そうだな、高いなあ」
「のりたい!のれるの?のれる?」
「こわいー」
「大丈夫だよ、でも順番を守らなきゃな」
はしご車に乗りたい子もいれば、救急車の中を覗きたい子も防火服を着てみたい子もいて、色々と大変だ。
だがサンジは、目に付く子どもだけを構ってやればよかった。
今日は休みだし、子ども達はそれぞれの保護者と遊びに来ている。
それでも、「サンジせんせいー」と嬉しそうに駆け寄って纏わりついてくる子ども達が可愛くて、ついついいつもの保育園そのままに両手に数人ずつ繋ぎながら移動した。
「おうサンジ先生、相変わらずモテモテだな」
「あー、お疲れ様です」
この声はスモーカーさん・・・と思いつつ、サンジは消防署のマスコット・ふぁいあっと君に頭を下げた。
「せんせい、ふぁいあっとくんとともだち?」
「そうだよー」
中の人などいないから、サンジはいつでもふぁいあっと君と友達なのだ。

「サンジせんせい、ねえねえ」
おしゃまなアンリちゃんが、内緒話をするようにサンジの腰に両手を添えた。
その場にしゃがみ込んで耳を傾ける。
「ん、どうしたの?」
「あのねあのね、あっちにロロロアさんいたよ」
「へ?あ、そう」
アンリちゃんが教えてくれたのは、パレードのあと高規格救急車見学の受付についたゾロのことだった。
「よく知ってるね」
ロロノアさん、とはさすがにうまく発音できないのだろうが、それにしても顔を覚えているなんて意外だ。
「すーぱーあんびゅらんすーっ!」
乗り物大好きなタケ君が大きな声を上げ、続いて指を差した。
「ロロロアさんだよ!サンジせんせい、ロロロアさん!」
「へ、あ、そうだね」
これには焦って、声をひっくり返しながら意味もなく立ち上がってしまった。
「ほんとだーロロロアさんだー」
「サンジせんせい、ロロロアさんだよ」
知ってます、知ってますからそんなに大きな声で連呼しないでほしい。
慌てふためくサンジの足元で、アンリちゃんは「しぃーっ」と厳しく息を吐いた。
「ダメなの、ないしょなの」
「ないしょ?」
「しーっ」
「しーっ」
今度は新しい遊びでも見つけたみたいに、みんなでニコニコしながら人差し指を立てている。
状況がつかめないまま、サンジはなんとも居た堪れない心地だった。
なんだってみんな、ゾロと俺を結び付けて考えてるんだ?

「え…と、なにが内緒、なのかな?」
怖い・・・怖いけど聞いておかないともっと怖いことを想像してしまう。
「せんせいとロロロアさん、なかよし?」
質問に質問で返されてしまった。
あどけない瞳で見上げるのに、嘘や誤魔化しもできなくて曖昧に頷き返す。
「うーん、まあそうだね」
「だよねー、いっしょにおかいものしてたんでしょ」
「はへ?」
アンリちゃんは、声を潜めて一言一言区切るように囁いた。
「ぱっぱぐまーけっとで、ロロロアさんといっしょにおかいものしてて、たのしそうってママがいってた」
「ふぁ?!」
「でもないしょよって、ママがいってた」
そうか、ママが「内緒よ」って言ってくれたから、アンリちゃんも内緒にしていてくれるのか。
―――いや、そうじゃなくて。
「ママが、内緒って?」
びくびくしながらそう聞き返したら、後ろでタケ君が嬉しそうに跳びはねる。
「うちもかーちゃんいってた、いっしょにごはんたべてたって」
「ごはんいいなー」
「おれもみたもんね」
「よる、えきのコンビニでいっしょにいたって」
「いいなー」
よくわからないが、どうやら保護者にあちこちで目撃されてしまっていたようだ。
生活圏が一緒になってしまっているから、当然といえば当然なのか。
ただ問題なのは、なぜ「内緒」扱いになってしまっているかということなのだけれど。

「アンちゃん、写真撮るよー」
「はあい」
親に呼ばれて、快活なアンリちゃんはさっさとサンジの元を離れた。
それに倣うように、園児達もそれぞれ自分の行きたい場所や親の元へと戻って行く。
タケ君は親切にもまっすぐゾロの元へ駆けていって、「サンジせんせいはあそこ!」と大きな声で教えていた。
――――やめて〜〜〜〜〜
こっちこっちと笑顔で手招くタケ君に、サンジはほぼ満身創痍状態でヨロヨロと歩み寄る。
「や、もういいから」
「おうお疲れ」
サンジがなぜ疲労困憊になっているのかわからぬまま、ゾロはタケ君を抱き上げた。
「あーいいねえ、写真いいですか?」
「どうぞ」
タケ君の両親がニコニコしながらスマホを掲げるのに、ゾロも笑顔で応じた。
「サンジ先生も、ご一緒に」
「・・・はあ」
ここで逃げては不自然だと、サンジも仕方なくタケ君を抱いたゾロの隣に寄り添うように立った。


「はい、チーズ」

冬晴れの空に子ども達の笑い声が響いている、新しい年の始まり。



End


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