誕生日のおくりもの <きりさま>



昔からゾロは、その手のものに疎かった。
その手のものとは、記念日やら行事やらそういったものである。
故郷のシモツキ村は四季がはっきりしていて、季節にちなんだ折々の行事がよく行われていた。
そんな中にいても、ゾロは振る舞いの多い日を指折り数えることもなく、ただああもうそんな季節かと過ごしていただけだった。
剣に関する行事は覚えていても、新年の謹賀も自分の誕生日も、周りが言い出さなければ思い出すこともない。
小さい頃から、興味の対象が極めて限定されている男だった。
そんな風だから、当然のように他人の誕生日にも疎い。けれど今までは、それで困ることもなかった。
特に故郷を出てからは、日付すら意味を持たなかった。
ゾロが気にかけることといえば、今自分がどれだけ強くなっているのか、一番の剣士といわれる鷹の目はどれだけ強いのか。
ただひたすらに、剣のことだけだった。
そんなゾロではあったが、麦わらをかぶったジョリーロジャーを掲げた一味の仲間になってから、ほんの少しだけ不都合を感じるようになっていた。

この一味は宴会好きだ。機会があれば宴を催す。だからもちろん、誰かの誕生日なんていう絶好の機会を逃すはずはない。
『誕生日は宴』それはこの船のルールともいえた。ゾロとて宴自体は嫌いではない。
誕生日の人間を祝ってやる気持ちだってある。
感謝や祝福の気持ちというのは、常日頃から持っているものであっても、区切りではっきり示すのも大事なのだろうと納得はしている。
それでもやっぱり、その日は尻の座りの悪い気持ちになる。
その原因はゾロもわかっていた。ゾロは、誕生日の宴席でのみ行われる、プレゼントの贈呈が苦手なのだった。
だいたい何を今更、と思う。年齢はともかく、仮にも自分で道を決めた人間の集まりだ。
ちゃらちゃらとごっこのような贈り物などしなくていいと思う。
だが皆、すごく楽しそうなのだ。
子供らしい子供時代を送ることのできなかったクルーが多いから、そのごっここそが、楽しいのかもしれない。
そう思うと、そこに水をさすことは無粋な気がする。
そもそもゾロは、他人同士がやることにまで異議を挟みたいわけではない。だから自分以外でやれば何の問題もないのだ。
しかしそうなると、結局祝いの席でゾロだけが何も渡さないということになる。
そのせいで自分の意見は正しいと思っているのに、妙に自分が不義理な人間であるような気がする。
傍若無人ではあるが義理堅いゾロとしては、わずかな時間であっても、やっぱり少しだけ落ち着かない気持ちが消えないのだった。



その日のおやつが運ばれてきたのは、まだ昼の2時をまわったところだった。
ゾロはさくさくとしたパイ菓子を口に入れながら、近くにいたウソップに声をかけた。
「今日は早くねェか?」
「ああ。今日の誕生日パーティーは早めに始めるからな。おやつも前倒しなんじゃねェのか?」
ゾロは、思わずしかめ面をした。また、あの尻の座りの悪い気持ちになる日なのか。今日は誰の誕生日なのだろう。
ウソップはゾロの内心に気づきもしないで、棒状のパイ菓子に小気味よくかじりついていた。
「遅い時間に始めちまうと、結局サンジが大変だろ?皿洗いぐらいは手伝えても、なんだかんだ言っても、あいつが最後まで片付けるんだし。その上朝食作りのために、朝だって早起きするからな。せっかくの誕生日なんだからよ、楽しんでもらいながら、楽もさせてやりてェじゃねェか」
成程。今日はコックの誕生日か。
ゾロは思わず小さく唸った。ウソップはやはり気づきもせずに興にのって話を続けている。
「ちょうど春島海域でよかったよな。やっぱ自分の誕生日の季節っていいもんじゃねェか。おれの時もそうだといいなァ。んでもよ、誕生日って偏るもんだよな。3月と4月だけで4人だしな。おれとブルックなんか2日しか変わんねェしさ。ちょっと特別感が減る気がしねェか?」
ウソップの言葉をゾロは最早聞いていない。ウソップもそんなゾロには慣れっこだ。
おやつを食べ終わると、鼻歌まじりにどこかへいってしまった。


コックの誕生日。
残されたゾロは、再び小さく唸った。知らなかったならともかく、知ってしまった。しかも相手が最大の問題だ。
なんといってもサンジは、仮にも一応自分の恋人に該当する男である。
いや、今まで誰にも何もしてこなかったから、別に気にする必要はないだろう。と、ゾロは思い出した。
そうではない。そういえばここ最近は、一応ゾロもプレゼントを渡したことになっているのだ。
まずチョッパー。寄った島で薬に使える海草をとるために、代わりに海に入ってやった。
そうしたら、その日がたまたま誕生日だったので、それがプレゼントだということになったのだ。
それからロビン。彼女は、誕生日に欲しいものがある、と全員に先手を打ってきた。
当日はそれぞれの生まれ育った土地の伝承話を聞いて、幸せそうに笑っていた。
そういう気遣いのできるところは、やはり頭のいい女なのだとゾロも思う。
いや、結局それらは、たまたまだ。決して自分にプレゼントを渡すぞ、という意気込みがあったわけではない。
そもそもあのコックは恋人ではあるが、いい年をした男なのだし、特別扱いするのは変だろう。
それに二人の関係はオープンなものではないし、ばれるのを嫌がっているのはあのコックの方なのだ。
だから、何もしなくても大丈夫だろう。

うんうん、とゾロは一人でうなずく。
しかし。しかし。
ゾロは、考えてしまう。
しかし、喜ぶんだろうな、多分。いや間違いなく。
期待はしていないだろうが、サンジは根がロマンチストだ。
夢見がちという方が近いが、とにかくそういうことが好きそうなのだ。誰かの誕生日の時も一番張り切っている。
実質一番仕事が多いせいもあるが、とても楽しそうに好物や大きなケーキ、それに凝った飾りを作っている。
やっぱり、喜ぶんだろうな。
それが彼の仕事の一部だとはいえ、美味い飯を作ってもらったり、肉を大目によそってもらったり、特製のドリンクを用意してもらったり、いつも尽くされているという自覚はゾロにもある。
恋人かどうかを抜きにしても、感謝を表すにはいい機会だ。
ぐだぐだと回りくどい言い訳を考えてはいるが、単純にゾロだってサンジを喜ばせたいだけだった。
誕生日プレゼントなんて馬鹿馬鹿しいと言いながらも、それでサンジが喜ぶなら、やっぱり渡してみたいのだった。
目元や耳を赤らめているくせに、口では悪態をつく姿まで想像できている。しかし単純にそうと認められない意固地な性格だ。
ゾロにしては長い逡巡の末、あのアホがそういうことを好きそうだからやってやる、という態度を建前に、感謝の念を示すのは人として良いことだ、と理由付けして何とか自分を納得させた。
しかし、渡すということについて踏ん切りがついたところで問題がある。渡すプレゼントもなければ、先立つものもないのだ。
ナミへの借金は増える一方だし、そもそも賞金首狩り以外に金を稼いだこともない。
仮に金があったところで、ここは海の上だから、何も買うことはできない。
ゾロは軽く天を仰いだ。そういえばかつても、こんなことがあった気がする。母に感謝する日とか、そういう日に。
ゾロは久しぶりに故郷の日を思い出していた。



「誕生日おめでとう!サンジ!」
ルフィの掛け声に合わせて、盛大な乾盃が行われる。
まだ西に太陽が居残っている時間に、サンジは、クルー全員から祝福を受けていた。
「えー、では皆の者、聞け!これからサンジ君に、プレゼント贈呈タ~イム!!!」
わあっと大きな拍手と歓声が上がる。サンジはくわえタバコをしたまま、上座で胸を張った。
チョッパーの肌荒れの薬、フランキーとブルックの音楽とダンス、ロビンの作った大きなケーキ、ウソップ手作りのウッドスパチュラ。
サンジは一つ一つに笑顔で礼を言う。ロビンのケーキは中央に据えられた。
「じゃあ、サンジ君。これが私からのプ・レ・ゼ・ン・ト」
わざとらしく言葉を切りながら、ナミはサンジの頬にキスマークをつける。
一番簡単で安上がりだとウソップは思うが、口に出すことはない。サンジは鼻の下を伸ばして、大喜びだ。
それを見たルフィがサンジの横へ滑り込む。
「よし。じゃあおれからも受け取れ!」
ナミがキスした場所に、ルフィが思いっきり口をつけた。ちゅうううと大きな音が上がる。
サンジは悲痛な叫び声とともに、ルフィを蹴り飛ばした。
「このクソ野郎!なんてことしやがる!せっかくのナミさんのキスの感触が!!!ナ、ナミさん…もう一回だけ、せめて消毒を…」
「2回目は50万ベリーよ」
あっさりとすげない態度を取られて、サンジは肩を落とした。クルーは大笑いをしている。
諦められないように自分の頬に触ったサンジは、隣に腕を組んだゾロが立っているのに気づいた。
「ん?どうした、マリモ?」
サンジは、ゾロが誕生日のプレゼントのやり取りを好んでいないのは知っている。
そもそも日付すら覚えていない人間だということも知っている。だからプレゼントなど全く期待していない。
そういう男なのだ。これを選んだ時点で、その手のことは諦めるしかない。
サンジが新しいタバコに火をつけてからゾロの顔を見上げると、ゾロは仏頂面のまま一枚の紙片を押し付けてきた。
「何だ?」
「やる」
「えー?もしかして、ゾロがプレゼント!?めっずらしいー!」
ナミが素っ頓狂な声を上げる。ウソップやフランキーも驚いている。
サンジはまさか、という気持ちで、掌に収まる程度の小さな紙片を開いた。
本当に?あのマリモが?鍛錬か昼寝ぐらいしか頭にない、あの単細胞男がおれに誕生日プレゼント??
サンジは紙に書かれた文字に、目を走らせた。
「で、何なの?」
ナミが不思議そうに近づいてきく。サンジは慌てたように、ぱんっと両手を閉じてその紙を閉じた。
「ええっと、何ていうか、その」
サンジは慌てて取り繕おうとする。手の中の紙の文字が頭の中でぐるぐる回った。何とかごまかさなくてはならない。
しかしサンジがそうする前に、腕を組んだまま、ゾロがしゃあしゃあと言ってのけた。
「お手伝い券だ」
「は?何?それ」
「知らねェのか?何でもお手伝いをする券だ」
いつもぎりぎりに気づいたゾロが使っていた手。紙片に書いたお手伝い券。肩たたき券。
ゾロの故郷ではある種古典的なプレゼントだった。しかしナミの人生にそんなものは登場したことがない。
「って、何言ってんのよ。船に乗っている以上、仕事は分担よ!お手伝いとかふざけんじゃないわよ!」
「だから、本来の仕事じゃない、てめェの用事を手伝う券だろ」
「え?じゃあたとえば私がそれをもらったら、ゾロを利用してお金儲けしていいの?」
「券がなくても、やってるんじゃ…」
小さく呟くウソップの言葉は当然無視をされる。ゾロは少し嫌そうな顔をしながらうなずいた。
「じゃあ、おれがもらったら、ゾロの分のご飯をもらってもいいのか?」
「券がなくても、ゾロが寝ている隙に勝手に食ってるんじゃ…」
今度もウソップの言葉は無視される。
「うおー、おれも欲しいー!ゾロ!おれの誕生日にそれよこせ!」
「私も!」
「何か、おれも欲しくなってきたぞ!」
最早主役そっちのけで、大騒ぎになっている。
サンジは誰にも見られないように、もう一度ちらりと手の中の紙を見つめた。
そこに書いてある言葉は、もちろんお手伝い券ではない。
立派な毛筆で書かれたゾロ直筆の言葉。
『キスだけ券』。

―――てめェなあ、いっつもいっつも、無茶すんじゃねえよ
―――あ?キスしてきたのはてめェだろうが
―――だからって、毎回フルコースに持ち込むな!んなつもりじゃねェんだよ!
―――何だ?ヤりたくなかったとでも言うのか?よがってたじゃねェか
―――だああああっっ!!情緒ってもんを少しはわかりやがれ、このマリモ野郎!たまにはキスだけって気分もあるんだよ!

あー。珍しい。あの脳筋が覚えてたわけだ。
サンジは軽く頭をかく。
参ったな。うん。確かあれは、抜かずの七連発の翌朝だったな。さすがにきつかった。
大体あのクソ剣士は一旦キスをしたら、ほとんどそのまま一直線だからな。
いくら男どうしでも、あんまりといえばあんまりだろうが。
そう愚痴りながらも、つい顔には笑みが浮かんでしまう。
どんな顔してあの男がこれを書いたのかと想像すると、可笑しくて仕方がない。
「サンジ!吹き消してくれ!」
いつの間にか、ロビンの作ってくれたケーキの上に火のついたろうそくが飾られている。
サンジは紙片を胸ポケットにしまい、よっしゃ!と大きく息を吸った。



最後にシンクを磨き上げ、サンジはエプロンを外した。宴の開始が早かったから、まだ日付も変わっていない。
女性陣は皿洗いをしてくれた後、部屋に帰っていったし、酔いつぶれたルフィとウソップとチョッパーを、片付けの〆にフランキーとブルックが部屋まで運んでくれた。
いつの間にか、キッチンにはサンジとゾロだけになっている。サンジはシンクにもたれてゆっくりと紫煙をくゆらせた。
さっきからゾロの視線が、サンジに絡みついてくるのには気づいている。
ははは。お預け食らってる犬みたいだ。悪いが、今日は飲みすぎだ。
こちとら、てめェみたいなうわばみじゃねェんだよ。今揺らされっと、吐くぞ。
サンジは一本吸い終わってから、ゾロに近づいた。足元がふらふらする。
期待するような目で見上げてくるゾロに向かって、サンジはポケットから取り出した紙片を指でひらひらと振って見せた。
途端にゾロが嫌そうな顔をする。
「もう使うのかよ」
「こういうのは、さっさと使わねェと忘れちまうもんなんだよ」
てめェの誕生日で、まだ時間も早くて、その上酔っ払って不埒な隙だらけのくせに、何を言いだすのか、このマユゲは!
ゾロは思わず大声を出しそうになるが、自分の言い出したことだ。守らないわけにもいかない。
苦虫を噛み潰したような顔をするゾロの隣に、サンジはすとんと腰を下ろした。
もちろんサンジとてゾロとの行為が嫌いなわけではない。
ただゾロがペースを握っている上に、本来の用途と異なる器官の使い方をしているせいで、どうしても身体的負担が大きい。
だからたまには、ただいちゃこらするだけの日があってもいい、と思っているだけだ。
「男に二言はねーだろ?」
ふわふわとした心地でサンジはゾロを見た。
今日は何と言っても自分の誕生日だ。こうやって甘やかされて過ごしてもいいだろう。
「わかった。じゃあ、キスだけだな」
ゾロは片手をそっとサンジの肩にのせ、顔を寄せる。サンジは笑うように目を閉じた。



―――小一時間。
何度も口を離そうとしたサンジは、しっかりと押さえ込まれ、いまだゾロに口付けられている。
散々蹂躙された口内から生まれた熱がサンジの中を駆け巡り、体がたまりかねて悲鳴を上げそうだ。
ゾロはちらりと時計を見た。あと5分ほどで日付が変わる。
やっとほんの数センチだけ口を離して、情欲に濡れた声でサンジに囁いた。

誕生日のおくりもの
あといっこ、おまけしてやる
欲しいもんがあるなら、言ってみろ
言えるもんならな



END



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