オカルト記念日


「暑い夏は内側から涼しくって、やっぱこれだろ?」
と、得意げにサンジが持って来たのは怪しげなDVDだった。
視聴者?から集めた心霊映像が、解説と共に細切れに入っているらしい。
映画の類ではないから、パッケージもなんとなくチープだ。

「映画じゃねえのかよ」
「映画なんて、所詮作りモンじゃねえか」
そんな大口を叩いているが、実はサンジはホラー系が苦手なのはとっくに知っている。
大きな音とか突然現れる映像とか不気味な点滅とか、そういったものに一々反応して肩がビクつくのだ。
一度友人達と集まって鑑賞会したけれど、そんなサンジの反応の方が面白くて映画の内容なんかゾロは全然覚えていない。
スプラッタモノはもっと苦手なようで、仲間内で一緒に見ようと誘われても断固として行かなかった。
アクション系は好きでそれならゾロとも一緒に観に行くが、ギリギリスプラッタもどきなシーンが出るとドン引いているのが気配でわかる。

サンジが本当に好きなのはコメディタッチの軽いラブロマンスもので。
けれどそれだとゾロと一緒になんて行けないし、さりとて一緒に映画を観に行ってくれる女子はなかなか捕まらなくてと、結局DVDを借りてゾロを誘って二人で鑑賞したりする。
ゾロは大抵、始まって20分で夢の中だ。
目が覚めると、サンジが一人で密かに鼻を啜っていたりするのは結構面白い。

なんてことを考えている間に、サンジはいそいそとデッキにセットして再生し始めた。
今夜はゼフが商工会の旅行とやらで、一人留守番なのだ。
こんな時は、近所のゾロが泊まりに来るのが定番になっている。

―――こういう時に、なんでこんなもん観たがるかね。
そう思ったが、ゾロは口には出さなかった。

サンジはどこかウキウキとした様子でゾロの隣に座り、よく冷えたコーラとポテチを盆の上に置いた。
「やっぱこれだろー」

ゼフと二人暮らしなサンジは、ゾロが泊まりに来るとテンションが上がる。
ぶっちゃけ、はしゃいでいるのがわかる。
ゾロだからと言うより、誰が来ても嬉しいのだろう。
クラブの合宿や文化祭前の前泊など、サンジはいつも楽しそうだ。
常に傍で人がざわめいて、賑やかな状態に憧れているのかもしれない。

「ん?今のどういう意味だ?」
「もっかい、スロー再生あるだろ」
実写ものだから、わかりにくいものや落ちのないものも多い。
そういった映像が細切れに延々と続いていく。
それでも、中にはいくつか後でぞっと来るものもあったりして、室内温度は2、3下がったように感じた。

「このナレーションの声が、わざとらしいんだよなあ」
「えー、今のあれはねえんじゃねえの?」
「や、これはねえって。ありえねー」
「なにこれウけるー」
サンジの口数が多くなってきた。
さらに、拳一つ分くらい離れていた距離が少しずつ縮まって、今では肩が触れ合うほどになっている。
と言うか完璧、肩に貼り付いて来てないかお前。

ゾロは気付かない振りしてじっと前を向いていた。
迂闊に動いたりすると、自分がゾロに引っ付いていることをサンジが気付いてしまうんじゃないかと恐れたからだ。
なんならこのまま、胡坐を掻いた膝の上に乗っかって観たっていいのに。
そうしたら背後だって安全だろう。

全部観終わってしまってから、サンジはふふんと鼻で笑った。
「たいしたことなかったな」
「そうか?」
「ああ、最後のエレベーターのとか、まあちょっとアレだけど」
「風呂はどうだ」
「あー、あれもヤバかったなー」
サンジは余裕ぶって自分のコーラを飲み干した。
すっかり氷が溶けて、グラスに浮いた水滴がドボドボ落ちてサンジの肘の内側を濡らす。

「取り敢えず、風呂入って来い」
「え、お前先行けよ」
「じゃあ、行ってくる」
ゾロが立ち上がれば、サンジはバスタオルを用意すべく同じように立ち上がった。
脱衣所に入るゾロの背中にくっ付いて、一緒に入ってくる。
「やっぱ、お前先入るか?」
「・・・いや」
言いながら、サンジは脱衣所から出ようとはしなかった。
なんでもないようにそっと外を窺い、ひっそりと静まり返った廊下なんかをキョロキョロ見ている。

「・・・一緒に入るか?」
「別に・・・」
「俺はシャワーだけでも構わねえし、どうせ二人だけだから烏の行水でいいだろ」
「俺だって、髪さえ洗えれば」
「てめえが髪洗ってる時、俺は湯船に浸かってるよ」
サンジはしばし黙った。
頭の中で、あれこれと考えているのだろう。

目を瞑って髪や顔を洗ってる時が一番怖いと、背中が怖いと。
以前、友人達と言い合っていたのをゾロは覚えている。

サンジはふっと肩の力を抜いて、ゾロに微笑みかけた。
「しょうがねえなあ、じゃあ一緒に入ってやるよ」

そう来たか。

「頼む」
ゾロは殊勝に頭を下げて、サンジを浴室に連れ込むのに成功した。



End