Oath -6-


天候に恵まれて、単調な航海が続いている。
暇さえあれば釣り糸を垂れてくれるウソップ達のお陰で、今のところ食糧に関して危機感はない。
サンジは日陰でジャガイモの皮を剥きながら光る水面をぼうと眺めていた。
島を出て、そろそろ一週間。あれ以来ゾロが触れてくることはない。
昼間は勿論知らん顔だし、何かと文句をつけると反論はしてくるが、タイミングを計ったかのようにすっと引かれることが増えた。
必要以上には顔も合わせたくない、そんな感じだ。

別に、いいんだけどよ。
あれきり、なかったことにする気だろうか。
島を出て当初はまるでゾロ自体が変わったかのように気安い雰囲気すら醸し出していたのに、今は以前以上にむっつりとして愛想がない。
かと言って敵意を剥き出しにしている訳ではないが、まるで自分の存在そのものを無視されているかのようだ。
後悔してるんだろうか。
いくら船の上とは言え男に手を出して、しかも執着を見せたことを羞じているのだろうか。
それとももしかしたら、俺は物欲しそうな目であいつを見てしまってるんだろうか。
ゾロが触れてこないことが、正直寂しい。
あんな乱暴なSEXは二度とごめんだが、最後に触れたあのぬくもりの意味をどうしても確かめたくて、ついついその姿を目で負ってしまう。
執着してんのは、俺の方か?

「おい!なんか来るぞっ!」
見張り台の上からチョッパーが叫んだ。
バタバタと甲板を走る慌しい足音が響く。
「やれやれお客さんかあ?」
サンジは声に出して呟いて籠を持ち立ち上がった。




巨大なガレオン船が行く手を阻み、やたらと人数の多い海賊共が乗り込んでくる。
ルフィは鉄砲玉のように飛び出して思い切り手足を伸ばし、ゾロは早々に敵船に乗り込んでいた。
遅れを取ったかと舌打ちしつつ、サンジは後ろを振り返る。
ウソップは震える足をそのままに、大砲で次々と弾を撃ち込んでいた。
チョッパーが船縁で適をはたき落とし、ナミもクリマタクトを振るっている。
ロビンは、案ずるまでもない。

―――大丈夫だな
どんな混戦状態でも、仲間の位置は確認せずにいられない。
この勝負は早く着くと判断して、改めて敵を蹴り倒しながら甲板を飛び出した。
大鉈を振るう男を海に落とし、至近距離で銃弾を避けて回転する勢いで数人まとめて蹴り飛ばした。
「もっと手応えがねえと、暴れ足りねえな」
やはり少々鬱憤が溜まっているようだ。
ルフィに殴られ血塗れで起き上がる大男をちょいちょいと指で招いて挑発すれば、男は唸り声を上げて突進してきた。
コリエを食らわし甲板に沈める。
目の端にきらりと光る何かを感じて顔を上げた。マストの帆先で狙撃手が銃を構えている。
狙いを定めたのはゾロの背中と気付いた時には、駆け出していた。
どうしてそんなことをしたのか、自分でもわからない。
ただ身体が動いて、足に焼けるような熱を感じた。がくんと視野が傾く。
膝をついて倒れたのだと、理解するより先にゾロが振り返り刀を払った。
切っ先が届く範囲ではないのに、背後から遠く叫び声が聞こえる。
とうとう空気まで切り裂くようになったかと、半ば呆れて笑い声を立てて、サンジは甲板に尻餅をついた。
足が血に塗れている。
自分の血で赤い靴たあ、シャレになんねえぜ。
不甲斐なさを呪いながら、血溜まりの中でタバコを一服吸った。

結局ルフィに担がれてGM号に戻った。
ナミには呆れられ、チョッパーに心配されて立つ瀬がない。
なに余所見してたんだとウソップにまで言われて今夜のメニューはきのこ尽くしだと心に決めた。
「弾は貫通してるから問題ないけど、筋を傷付けてるから歩いちゃだめだ」
「いや歩くなって、どうよ」
「ウソップに補助具作って貰ったら?まあ私は紹介料だけいただくわ」
「なんでそこでお前が紹介料取るんだよ」
襲撃してきた海賊船を返り討ちにし、しかも途中からお宝を掠め取ったナミは機嫌がいい。
キミの笑顔がやっぱり素敵だなんて、ハート目を輝かせながらひとしきり賛美した後、サンジはよっこらしょと立ち上がった。
「別に歩くのに支障はねえから、大げさなこと言うな」
「けど・・・」
「大丈夫、俺はどっかのマゾ野郎と違って痛いのはゴメンだからな。無駄な無茶はしねえよ」
そう言ってへへんと視線を寄越せば、ゾロは目を閉じて知らん顔で腕組みしている。
「ほんとに、無茶しちゃダメだぞサンジ」
「おう、わかってるって」
よいせと身体を傾けながら、サンジは夕食を作るべくキッチンに立った。

風呂は厳禁と言うことで、タオルでざっと汚れを拭った。
食事の後片付けから夜食準備まで、チョッパーもウソップもなにくれとなく手伝ってくれたので思ったより早く片付いた。
あれこれ世話を焼かれるのもたまにはいいもんだと、なんとなくにやつきながらバスルームを出る。
青白い月の光が廊下に差し込んで、半透明な影を形作って見えた。
―――もう寝るか
ずくずくと傷が疼く。
だが耐えられないほどでもない。
なにより貴重な痛み止めをあまり使いたくはない。
寝れば治るとそう考えて、また誰かみたいだと苦笑した。
少なくとも俺は、酒を飲んで痛みを紛らわせるような馬鹿な真似はしないぜ。
なにかにつけゾロを思い出す自分を苦々しく思いながら、足をひきずって歩く。
不意に倉庫の扉が開いて、吃驚して立ち止まった。
「てめ、気配殺すな趣味悪い・・・」
サンジは月よりも蒼褪めて、いきなり現れたゾロを睨み付けた。
だがゾロは、無表情にサンジを見つめたまま腕だけを伸ばしてくる。
その貌が、あの時のゾロに似てサンジは咄嗟に身体を捩った。
怪我をした足がついていく筈もなく、たたらを踏んでバランスを崩す。
それを支えるようにして、ゾロが腕を回し引き寄せた。
「逃げんのか」
その台詞にむっと来た。
「誰が逃げるか」
言いながらもゾロに背を向けた格好でサンジは更に腕を突っぱねた。
「もう俺は寝るんだ。離せよ」
「いいからちょっと付き合え」
声の調子があまりに平坦で、そのことが余計サンジの不安を煽る。
もしかしてこいつ、怒ってる?
ぐいと腕を引かれ、倉庫の中に突き倒された。
足を庇いおかしな捻り方をして、床で肩を打ちつける。
「何するっ」
痛みを堪えて身体を起こせば、傷付いた足をゾロが思い切り踏んだ。
「・・・!」
悲鳴を飲み込んで、必死にゾロを睨み付ける。
だが見下ろす瞳はあまりに冷たく、口元には冷笑が浮かんでいた。
「ざまあねえな」
ぐりぐりと重いブーツで抉るように踏み込まれ、痛みのあまり冷汗が出た。
「てめえの悪い癖だ。すぐに余所見する」
「余所見じゃ、ね・・・」
「誰を見てたんだ」
冷たい声音にからかうような色はない。
だが、真摯な問いとも聞こえなかった。
「答えろ、てめえは誰に向かって走って来たんだ」
それをてめえが言うのか。まっすぐに、俺が見ていた先はてめえしかいなかったのに。
「何をトチ狂って俺なんか庇おうとしたんだよ」
「そんなことしてねえ!」
「したんだよ。てめえがまっしぐらに飛び込んできたのは俺の背中だ。生憎俺は気付いてたがな」
ゾロの言葉は、わざとサンジを傷付けるために選ばれているかのようだ。
「人の心配して挙句に別方向から狙撃されて、なにやってんだみっともねえ。それともこれは、俺の気を引くためか?」
「なにっ・・・」
あまりのことに、声すらうまく出せなかった。
ゾロは、何を言ってる?
「身を挺して俺を庇えば、俺が振り向くとでも思ったか。だとしたら可愛いもんだ」
「・・・クソっ」
怒りのあまり眩暈さえ感じて、サンジは手元にあった麻袋を投げた。
軽く避けたゾロの後ろで、壁に当たってゴロゴロと芋が転がる。
「構って欲しいなら素直にそう言え。俺はいつだって相手してやる」
「誰がだ、勘違いしてんじゃねえぞっ」
サンジは怒りのあまり震えながら、何かを探して身体を倒した。
踏みつけられた傷にまた強烈な痛みが走る。
足だけじゃなく横腹も強く蹴られた。
「・・・ぐはっ」
「大人しくしてろよ。抵抗するなら、てめえの腕だって傷付けるぜ」
まさかと思い両手を身体に抱えて身を丸めた。
ゾロの手がバックルを外し、下着ごとズボンをずり下げる。
うつ伏せにされ尻だけ抱え上げられて、サンジは信じられない思いで床に置いた手に力を込めた。
ゾロの指が躊躇うことなく奥を探り強引に突き入れてくる。
濡らすものも何もないこの状態で無理に広げられる苦痛に鳥肌が立った。
「ゾロ、無理だっ・・・」
逃げようとずり上がる腰を捕まれふくらはぎをまた踏まれた。
痛みに呻くのも構わず強引に指が差し込まれる。
痛い・・・痛―――
もはやどこがどう痛いのかわからない。
ただ踏みつけられた屈辱感と尻だけを犯される羞恥と怒りで全身から火を噴きそうだ。
「やめろ、畜生っ止めろ・・・」
「力を抜かねえと辛いのはてめえだぞ」
どこか嬉しそうにそう言って、ゾロはジッパーを下げた。
まさかもう、と蒼褪めて振り返るサンジの口にすでに怒張したそれが捻じ込まれる。
「一応ちゃんと濡らしておけよ」
喉の奥までぐいぐいと突き入れられて、苦しさに目が霞んだ。
こんな、男のものを加えたことなどない。しかもこんな風に無理やりなんて・・・
目尻に涙さえ滲ませて苦しむサンジの、頬にかかる髪をゾロはそっと撫でた。
こんな状況でありながら、その熱に甘い疼きを覚えて愕然とする。
先走りの苦味を口に残して唐突に引き抜かれたそれは、素早くより高く上げられた双丘の奥へと押し当てられる。
「無理だっ」
後頭部を掴まれ床に額を押し付けられて、それでもサンジの片手は宙を掻いた。
無様に突き出された部分が更に指で押し広げられ、熱した杭を打ち込まれたように熱く軋む。
「―――!」
耐え切れず声を漏らし、サンジは床に爪を立てた。
押し込まれた部分から皹が入り砕けそうだ。
過敏な粘膜を擦りながら割り入ってくる凶器が、怯え竦む身体の細胞ごと壊していくような気がして、サンジは取り繕うこともできず泣き声を上げた。
「痛い、無理・・・だ―――」
みしみしと音さえ軋むように、それでもゾロが入ってくる。
きちんと濡らして解せば快感だって拾える場所なのに、こんな風に突っ込まれるだけでは苦痛以外何ももたらさない。
なのに―――
「力、抜け」
言いながらゾロが平手で背中を殴りつけた。
衝撃で膝が崩れて、初めて足の傷の痛みに気付く。
どこが痛くて辛いかなんて、もうわからない。
ただ身を裂かれる感触に耐えるので必死でどう力を抜けばいいのかすらわからなかった。
「この野郎っ」
ゾロが何か怒っている。
怒りながら腰を抱え、無理やり前後に揺さ振った。
ず、ずと何度も振られる度に、軋みながら減り込んでいく。
自分の口から漏れる悲鳴をどこか遠くで聞きながら、サンジは床についた手を凝視していた。

痛い熱い痛い
握り締めた指の節が白く浮き出し、食い込んだ爪から血が流れている。
月の光で照らし出された黒い筋を目で追って、サンジは口を開けたままひたすら痛みに耐えていた。
ほんの少し、滑りがよくなってくる。
恐らくは同じように流れ出ただろう黒い血が滑っているのだ。
ぐじゅ、じゅと粘着質な音を立てて、ゾロの腰が打ちつけられる。
痛みと痺れと、焼き鏝を当てられたような引かない熱をずっと保ってゾロの抽迭が繰り返される。
ずんと突き入れる動きが大きくなって腹のすぐそこにまでゾロの熱を感じた。
びくんびくんと肩が震え、腰が揺れる。
こんなにも痛いのに、苦しいのに身体は逃げ場を求めてる。
ゾロの届くその先で、ビリビリと電流が流れるように痛み以外の疼きが大きくなっていく。

「嫌だっ」
一際声を上げてサンジは叫んだ。
生理的な涙が溢れ床に染みを作っていく。
それなのに一旦自覚した疼きがさらなる刺激を求めて内部を収縮させ、蠢き始める。
「てめ・・・」
くっくとゾロが喉の奥で笑った。
「こんなになって、感じやがんのか」
なんのことかわからぬまま、サンジはただ呻いた。
「ケツだけ突かれて、イきそうか?」
ガツンガツンと打ち付けられて逃げる身体が、膝を立てて踏ん張っている。
「嫌だ、もう―――」
「何が嫌だ、おっ勃てやがって」
言われて初めて目線を下げた。立てた膝の間で、白い露を滴らせながらゆらゆらと揺れている。
「う、そだ・・・」
「身体のがよっぽど正直だな。俺のこれがそんなにいいか」
角度を変えて突きたてられた。
新たな痛みに悲鳴を上げて、また床に突っ伏す。
「無理やりされても感じんのかこの淫乱」
もはや反論の声すら出せない。痛みに耐えるのか刺激を欲しがっているのか、それすらわからなくなって来た。
ただ終わって欲しい。この地獄のような甘い責め苦を。
「後ろだけでイきやがれ」
激しいピストンで突き上げられて、サンジは弓なりに背を反らして意識もなく射精した。



いくつもの細かな傷がついた肌に新たな血を滲ませて、白い背中が忙しなく上下している。
そこに新たな爪を立てて、ゾロは激情に任せて腰を振り続けた。
果てたサンジは膝が砕け、上半身は力なく床にくず折れてゾロの動きに合わせて引き摺られている。
このまま尻肉を掴み両手で引き裂いてしまいたい衝動に駆られたが、それを実行に移す前に脳髄まで痺れさせるような快楽の波が押し寄せて、胴震いしながら射精した。
下半身から溶け崩れてしまいそうな感覚だ。
だが気持ちは高揚したままで、まだ嵐のように荒れ狂っている。
たっぷりと中に注ぎ込んで身体は満足しても、感情の昂ぶりは抑え切れない。
いったい何が、自分をこれほどまでに駆り立てるのか。
ごぷりと大袈裟な音を立てて、サンジの尻がずれて外れた。
ゾロの太股に凭れるように崩れ落ちると、そのまま床に横倒しになり、僅かに身体を丸く縮こませる。
ぜえぜえと荒く息をつく度に動く白い腹は、陸に揚げられた魚を思わせた。

ゾロの隠し切れない殺気から逃れるように、サンジは身体を捩ってずるずると床を移動した。
だるそうに腕を伸ばし、脱ぎ捨てられた服を引き寄せる。
船縁に肩を凭れさせると、漸くといった感じで一つ深く息をつき、服のポケットを弄った。
「・・・てめえ、何怒ってんだ?」
擦れた声でそう聞いて、取り出した煙草を口に咥える。
指が震えていて、それだけでも酷く難儀そうだ。
「怒ってる?」
ゾロは鸚鵡返しにそう呟いて、燐寸を擦れずにもがいているサンジを眺めた。
「わかってねえのかよ、てめえ・・・畜生、人のことなんだと思ってやがる」
ようやく火の点いた煙草を吹かして、サンジは痛そうに顔を顰めながら鼻から煙を吐いた。
額を指で掻き、苛々を滲ませる仕種で首を振る。
「お前は、何がしたいんだ」
シャツや下着を中途半端に手足に絡めたまま、両脚を投げ出して船縁にもたれながらサンジは深く溜息をついた。
「いったい何がしたいんだ。俺に、何を求めてる?」
粗雑に扱っても壊れない頑丈な身体か、故意に傷付け貶めても耐えられる強靭な精神か。
それとも、いや、だからこそ長く弄び続けられる玩具なのか。
闇に浮かび上がるサンジの肢体の、あちこちに見られる擦過傷や打撲痕を醒めた目で見つめながら、ゾロはぽつりと呟いた。

「・・・赦し、かな」
口に出してみてから、そうだなと改めて納得する。
いくらサンジを責め苛んでも、心の中に燻る餓えは満たすことができない。
寧ろその後に残る得体の知れない空虚感を埋めるために何が必要なのか。
そう考えてふと浮かんだ言葉がそれだ。
サンジはぽかんと口を開いて、ゾロを凝視した。
涙に濡れた目元が、歪な形に見開かれている。
だがすぐに目尻が下がり、新たな涙を滲ませ閉じられた。
くっくくと苦しげとも取れる呻き声が漏れ、軽い痙攣を起こし始める。

サンジは裸の腹を抱いて笑っていた。
最初は小さく震えるように、けれどそれは次第に大きく引き攣るような笑い声に変わった。
二人だけの甲板に、サンジの壊れたような笑い声だけが響く。
「は、そうか・・・てめえが俺に求めてんのは・・・それかよ」
さも可笑しそうに、腹の底から湧き上がる声を抑えながらサンジは煙草を挟んだ手で顔を拭った。
擦れた目元は痛々しく腫れている。
歪めた口元から漏れ出る哄笑をなんとか収めて、サンジは腕を伸ばし短くなった煙草を海に投げ捨てた。
「なあゾロ・・・俺にも一つだけ分かったことがある」
何もかも、わからないことだらけだ。
相手のことも自分のことも、何一つ答えが見付からず、さりとて答えを捜し求めることもせずに、ただ闇雲に感情をぶつ合うだけの愚かな関係だとしても。
「俺がてめえに、最初に身体開いたのは、自己犠牲じゃねえんだよ」
ああそうだ。
奔放な性の気まぐれでも捌け口でもなく、俺が望んで俺が求めた。
ゾロだけを見つめて。
「ゾロ、お前が好きなんだ」

サンジは気だるそうに髪を掻き上げてゾロを見た。
あの日と同じ、深く蒼い瞳は射抜くように真っ直ぐにゾロを捕えている。
知っていて知らなかった。
気付いていたのに気付かなかった。
見つめ続けるばかりで見えてさえいなかった、見ようともしなかった。
お互いにお互いが。

―――赦しを 乞うべきは、どちらなのか―――
闇に白い手が閃き、ゾロへと差しのべられた。
その手を取って、引き寄せて引き裂いてすべてを失くしてしまおうか。

自分を欺き続けながら、人を傷付けることは赦されるのか―――

ゾロはサンジの目を見据えながら、その手を取った。
ひやりと、空気をも震わせるほどにその指先は冷たく強張っている。
汗ばんだ自分の掌でそれを包み込んで、ゆっくりと指で撫ぜた。

サンジの想いも行動の言葉の真意もさっぱりわからない。
その痛みも苦しみも歓びも、はっきりとさせることができるのは、ゾロが苦痛を与えた時だけだ。
それが知りたくてわかりたくて、その為だけに常軌を逸する。
けれど―――
今、ゾロの手の中にある指は、ゾロの熱で少しずつ温かみを増している。
彼はここにいる。
すぐ傍にいてゾロの手にある。
そのことにすら、今まで気付かなかった。
ゾロは窺うようにサンジに近付き、その頬に鼻を寄せ吐息を嗅いだ。
口端に唇をつけ、ずらしながらキスへと移る。
抗わない痩躯を抱き上げて、血に濡れた内股へと再び己を埋め始めた。







空は晴れ渡っている。



サンジは一人膝を抱えて、空を仰ぎ見た。
眼下に青い海原が続いている。
空と海が同じ色調で交じり合っているのに、その境目はくっきりと分かれていた。どちらが空でどちらが海で。
同じようでいてまったく違う。
きっとその色は何処まで遠く続いても、決して交じり合うことはない。
青を背景にひょこりと艶やかな緑が顔を出して、自然と舌打ちが出た。その音は風に紛れ、近付くゾロの耳になど届かなかっただろう。
それが悔しくてもう一度舌を鳴らそうとして止めた。非常に、大人気ない。

サンジの惑いなど意に介さず、ゾロはゆっくりと坂を登りきりサンジの前に立った。
港から迷わずに、真っ直ぐに目的地目指して来られるなど奇跡に近い。
そうはっきり指摘してやったら、ゾロはやはりむっとした表情を隠さずに、それでも腕を組んで偉そうに言った。
「丘の上でキンキラ阿呆が光ってたんだ。あんまり眩しいからそっち目指して来ただけだろう。よかったな目立つ阿呆で」
「よかったのはお前だろうが、俺様が美しいからお前は迷わずに済んだんだ」
「光るのとウツクシイのは多分違うぞ。お目出度い奴だな」
「そもそも、俺が美しくなければお前なんて寄って来なかったのに・・・」
「意味がわからん。つか、俺にはやっぱりお前がてんでわからねえ」
腰に手を当てて、ゾロは諦めたように首を振った。
戦い以外のことは随分と諦めが早くなったゾロを、サンジは勝ち誇ったようにふふんと鼻で笑う。
「わかんねーなら、教えてやるよ」
携帯灰皿に煙草を押し潰してポケットに仕舞うと、サンジは腰掛けていた岩から飛び降りて勝手に一人で歩き出した。
当たり前のように、ゾロもその後に続く。

小さな船の中で、時折降りる街の中で。
二人はしばしば身体を重ねて、言葉より簡単に互いを探りあう。
時にゾロはサンジを傷付けるけれども、以前よりはずっとうまく自分を表現できるようになった。
それはサンジも同じことで、痛みと引換えに得るゾロの真意はしばしばサンジを幸福な気持ちにさせた。
人はそれを、愛情と呼ぶのかもしれない。
二人の間では、一生見つけ出すことのない答えなのだけれども。

不意にゾロは手を伸ばし、前を行くサンジの、左肘を掴み後方に引いた。
はずみでポケットに入れていた手が外れる。
それを掴んで、ゾロは遅れて来た自分を引かせるように握り締めた。
サンジは振り返りはしたが何も言わず、また前を向いて何事もなかったように歩き出した。
ただ返事の代わりに、厚かましいほどに力を込めて握ってくる、大きな掌を握り返して。
その手のぬくもりに、握り返す力の強さに、光る髪の間から覗く赤く染まった耳に、ゾロは至極満足して、黙ってサンジと共に歩いた。

分かり合える日など、永遠に来ないだろう。
だがそれでも・・・
この先もずっと、例えどれほど分かり合えず傷付け合おうとも、今ここに在り、恐らくは命尽きるまでずっと傍に居る。
言葉より雄弁で、文字よりも確かな、その誓いを身体に刻みつけながら―――



END