野分 -1-




朝から生憎の雨模様だった。
11時過ぎに駅に着くと連絡があったウソップは、彼女連れだ。
つまり2人。
なのに迎えに行くゾロは軽トラだから、1人定員オーバー。
荷台にでも座らせればいいと気楽に思っていたけれど、今日になってめっきり冷え込んでショボショボ降る霧雨はあまりにも冷たい。
土砂降りじゃないだけマシだろうか。
「傘差してしゃがんで貰うしかねえな」
サンジがそう言うと、ゾロは大丈夫だろうと荷台に畳んだままのブルーシートを指差した。
そりゃお前、あんまりだろう。



久しぶりにウソップと会う。
中学卒業間際に別れて以来だから、もう10数年ぶりだ。
何かの拍子にふと思い出して、懐かしさに釣られて連絡を取ってみたら返事があった。
以来メールを交わし続け、とうとうこの度ご対面だ。
まるでメル友に会うみたいで、妙にソワソワとして落ち着かない。
「ええとゾロは、一度会ってるからもう顔知ってるよな」
「大丈夫だ。むしろその時間帯にシモツキ駅に降りる若いカップルなんてウソップ達以外皆無だろう」
「わかんねえぞ。ここんとこ、シモツキ駅利用者の年齢層が変わってきてるんだから」
和々の成果だとサンジは我がことのように喜んでいるが、むしろレストラン開店のお陰だろうと周囲は認識している。
どちらにしろ、村の活性化に貢献できていてありがたい。

先に店に回ってサンジを下ろし、ゾロはそのまま仕事に向かった。
途中で抜けてウソップ達を迎えに行き、そのまま昼食を摂りに店に帰ってくる。
それまでサンジは仕込みだ。
「ウソップって、確かキノコが苦手だったよなあ。美味いのになあ」
彼女ちゃんはどうだろ〜と、あれこれ考えを巡らしながら4人分のコースメニューを準備し始めた。
一応、この店の基本形態であるコース料理を味わって貰うつもりだ。
この席から見える景色を、雨に煙るシモツキの秋をお客さんと同じ目線で楽しんで貰いたい。
その時はサンジも一緒になって、旧知の友とゆっくりと語り合うのだ。





あれこれと作業していたらあっという間に時間が経った。
雨脚は徐々に強まり、横殴りの風まで吹いて来る。
こりゃ最悪かもと危ぶんでいるところに、ワイパーをガンガン動かしながら軽トラが横付けした。
斜めに立てた傘に隠れるようにしてしゃがむ背中が見えて、サンジは気の毒がるより先に笑ってしまった。

「よう、いらっしゃい!」
タオルを手にして扉を開ける。
雨垂れの滴に肩を濡らしながら、昔とちっとも変わらない長い鼻が傘の下から現れた。
「おう、久しぶりだな」
どんぐり眼に縮れた黒髪。
随分と長く伸びて、後ろでひと括りにしているらしい。
いかにも芸術家っぽくてやっぱり笑える。
「なんだよ、何笑ってやがる?」
「いや、変わんねえなと思って」
クスクス肩を揺らしながら乾いたタオルを投げてやると、サンキュと頭に掛けて軽トラを振り返った。
先に運転席から降りて傘を差したゾロは、助手席に回ってドアを開け、傘を差し掛けている。
あちこちに水溜りができた地面にそっと降り立ったのは、華奢なパンプスだ。
座席位置の高い軽トラから下りるために、ゾロは片方で傘を差し、もう片方の手を貸した。
その手を取りほとんど飛び降りるようにして、軽やかにウソップの“彼女”が姿を現す。
「こんにちは、サンジさん」
鈴を転がすような可憐な声に、サンジははっとして表情を崩した。

「カヤ、ちゃん?」
「すごい、覚えていてくださったんですか?」
ほとんど飛び込むように店に入ってきて、戸口でタオルを受け取った彼女は華やいだ声を上げた。
「お久しぶりです」
「えーマジ?ほんとにカヤちゃん?うわあ」
すっごい綺麗になって・・・と続けてから、前からめちゃくちゃ可愛かったけどね、と付け足す。
「バッチリ覚えてるよ。俺は在学中の女の子達は勿論、すでに卒業して久しい先輩方もちゃんと頭の中に入ってたからね」
「なんでだ?」
「そっちのが不思議だよな」
「ふふ、サンジさん変わってない」
立ち話もなんだから・・・と店の中に誘導しかけて、サンジははっと動きを止めた。
「ちょっと待って、なんでカヤちゃんがいるの?」
「・・・は?」
「おいおいおい」
カヤは目を丸くしてから、クスクスと笑いを漏らした。
「それは、ウソップさんに連れて来ていただいたからです」
「えーと・・・なんで?」
「それはカヤが、俺の婚約者だからだ」
ややウンザリしながらウソップが中に割り込んだ。
一拍遅れて、えええええ!と悲鳴にも似た叫びが上がる。
「なんで?!なんでカヤちゃんが、鼻の彼女?つうか婚約者?」
「鼻言うな」
「お前なあ」
呆れた男二人を前に、カヤが一人笑い転げている。
「本当に、全然変わってない。サンジさんて面白い」
「いや、単純に面白がられても複雑なんだけど・・・」
「いいから、とりあえず中に入れ」
ゾロに促されて、やっと玄関の扉が閉められた。


「わあ、素敵なお店」
「へえ」
中に通されると、カヤはカウンターの前でコートを脱ぎくるりと反転した。
「木の、いい匂い」
目を閉じてすうと深呼吸する。
「外観もとても可愛らしかったです。教えていただかなくても、遠くからでもすぐにあのお店ってわかりました」
「だろう?それを狙ってデザインして貰ったんだ」
初めての土地でも、遠くから来てくれるお客さんが迷わないように。
「お天気が悪くて薄暗かったから余計、このお店の灯りが暖かく見えました」
「俺には荒れ狂う海の中の灯台に見えたぜ」
確かにウソップは半端なく難儀な状態にいたと多いに頷く。
「ささ、どうぞ。お腹空いたでしょう?」
椅子を引いてカヤを腰掛けさせる。
その間にゾロが水を運び、4人のグラスに注いだ。
「そうやって店やってんだ。ゾロもなかなか様になってるな」
「もうベテランだぜ」
「こう見えて、ゾロって案外使えるんだぜ」
「一々失敬だな」
畏まるのもなんだからと、サンジはアミューズと前菜とスープを一度に出した。
「ワインは、どれがいい?」
「俺はよくわかんねえから、お任せで。カヤは結構いける口だぜ」
「了解」
それではと3人分のグラスを用意して、ゾロにはごめんなと頭を下げる。
「久しぶりの再会と、2人の婚約を祝して乾杯」
「2人のここでの暮らしと店の成功を祝って、乾杯」
ウソップがそう言い返し、カヤと目を見合わせてグラスを掲げた。
ゾロとサンジも顔を合わせ、照れたように肩を竦める。
「仲が良さそうでなによりだ」
「その台詞はそっくりお返しする」
ゾロとウソップが意味有りげに微笑み合う隣で、カヤはいただきますと手を合わせた。



「この、柿と鯛のお刺身をさっぱりしたドレッシングで和えてあるの、すごく美味しいです」
「スープはゴボウか?美味いな」
「お野菜の味がとっても濃いですね。香りと言うか、風味が凄い」
「全部ゾロの畑で採れた野菜なんだぜ」
サンジの料理を褒められてなぜか自慢げなゾロの隣で、サンジはゾロの野菜を誇らしげに解説する。
「今年からちょっと珍しい新顔野菜も作り始めたんだ。とは言え、都会じゃ結構流通してるだろう」
「このお野菜、見たことはありますが、これもゾロさんが作られたものですか?」
「ああ」
「それなら安心して食べられます。どこのどなたがお作りになったものか、知って食べた方が何倍も美味しいですね」
「だろう?安心が一番だ」
ウソップはグラスを開けると、ふーと大げさに息を吐いた。
「ああ、ひと心地ついた」
「ご苦労さん」
「大変だったよな、この雨の中」
「俺だって、まさか軽トラの荷台に乗せられるとは思ってもなかったよ」
口を尖らせて恨みがましく言うから、悪い悪いと詫びながらも笑いが起こる。
「俺だって、初めてここに来た時は軽トラの荷台だったんだぜ」
「え?」
「そん時はナミさんが一緒だったから、ナミさんは助手席に」
「・・・そう言う運命なのか」
カヤが楽しそうにニコニコしている。
「ええとナミさんは・・・」
「お会いしたことがあります。ルフィさんと一緒にウソップさんの個展にいらっしゃってました」
へ?と目を丸くしてウソップを見る。
「ウソップ、お前個展なんてやってんの?」
「小さな画廊だけどよ。後、地元の図書館での展示は結構やってるぜ」
「絵本作家だもんなあ」
感心するサンジを前に、ウソップは照れたように肘を着いた。
「どちらかと言うと、子ども向けじゃねえんだけど」
「確かに大人がぐっとくる本かもな」
「なんだよゾロ、いつの間に見たんだよ」
「前に見せてくれただろうが」
「なんだよ。興味なさそうな顔してたくせに」
「俺はいつでもこんな顔だよ」
「まあまあ」
頃合いを見て、サンジは仕込んであったメインを用意するためカウンターの中に入った。
ウソップはカヤのグラスにワインを注ぎ、ゾロは一人水を飲んでいる。
「雨が降ったのが敗因だったな。晴れてる日とか、結構荷台は楽しいぞ」
「かもしれねえなあ」
「今度は私が乗りたいです。楽しそう」
大人しいお嬢様風ながら、カヤはなかなかお茶目なようだ。
「ただ、国道は通らねえように気を付けねえとな。おまわりに見つかるとやばい」
「え、やっぱダメなの」
「ダメだろ、定員オーバーだ」
「俺が研修生だった頃、後ろにもち米とかいっぱい乗せて上から網掛けて、それが飛ばねえように押さえてろって言われて大の字で寝転んでたことがあるんだ」
ふむふむと、ウソップとカヤはゾロに注目する。
「農道から信号待ちしててよ、左折で国道入ったら進行方向の車線でパトカーが信号待ちしてた」
「・・・ありゃ」
「信号で止まってる時に気付きゃあいいものを、そのまま左折しちまったんだな。そしたら、俺の目の前にパトカーじゃねえか。しかも後ろから追いかけてきて、運転してるおまわりとは目が合っちまうしよ。俺の目を見据えて『その軽トラ止まりなさい』だぜ」
俺が止まれるかよとボヤくゾロに、2人は腹を抱えて笑った。
「そりゃ、まずいっつうかなんつうか」
「災難でしたね」
「結局、運転してた奴が減点食らったけど、なんかバツが悪かったなああれは。『なにしてるの?』って聞かれて『米押さえてましたって』」
「どんだけ間抜けだよ!」
サンジも初聞きなのか、カウンターの中で肩を揺らしている。
「嫌だよな、曲がったら目の前がパトカーって」
「貴重な経験ですね」
ほいお待ち、と4人分の皿を持って出て来た。
「鴨肉のロースト、フランボワーズソースだよ」
「まあ綺麗」
「美味そう」
カヤは見た目と裏腹になかなかの健啖ぶりだった。
ワインのペースもさり気なく早い。

「んで、明後日までいられるのか?」
「うん。ナミに紹介されたホテルに予約入れてある」
「あの、山の上の?」
「可愛らしいプチホテルらしいですね」
「じゃあディナー付きのカップルプランか」
「そう、今夜はな。一応連泊だけど、明日はディナーは付いてねえ」
「なら明日はうちで鍋しようぜ」
「楽しみです」
いやーあのホテルはなかなかいいぜと、サンジはなにを思い出したのかニヤけ面で中空を見ている。
「窓からの眺めは、山・山・山しかねえんだけどよ。よく見るとそれぞれ微妙に色が違うんだ。山ばっかりでも飽きねえもんだなと思ったさ」
「なんだ、お前も泊まったことあんのか」
「そりゃあそうさ。ナミさんとカップルプラン利用したぜ」
「・・・まあ」
カヤが軽く目を見開いた。
あ、と思ったのはウソップとゾロで、サンジは気付かず食事を続けている。
「あそこのディナーもなかなかだった。ま、俺の料理には敵わねえけどな」
「お前の料理と、ゾロの素材だろ」
「・・・まあな」
「なんだゾロ、なんで水飲みながらニヤけてんだ」
ウソップとゾロはまだ対面して2回目でしかない筈なのに、すでに旧知の仲のように親しげだ。
なんだかなあと複雑な表情で2人を見比べているサンジの斜め前で、カヤもまた少し小首を傾げていた。




「ご馳走様でした」
「お粗末でした」
煙草を吸いながら手早く片付けているサンジの前、カウンターに並んで腰掛けて、3人は食後のコーヒーを楽しんでいる。
「雨に煙る景色も、とても穏やかで心地いいものですね」
「だろ?さすがカヤちゃんよくわかってくれてるなあ」
「俺もそう思ってたぜ」
「はいはい」
雨音が耳に心地よく、会話が途切れても気まずさを感じさせない。
「いいところですね」
「気に入ってくれた?」
「はい」
「よかった」
ゾロはカップを飲み干すと、それじゃあと先に立ち上がる。
「ちょっとゆっくりしててくれ。俺は一旦事務所に帰ってまたすぐ戻って来る」
「仕事だったんだろ、悪いな」
「なに、この雨じゃろくに作業は進まねえ。すぐに片付けて戻って来る」
「急がなくていいからな。俺はカヤちゃんと積もる話で盛り上がるから」
「なんでカヤとだよ。俺の立場はどうなんだよ」
「ウソップ、車の荷物降ろしていいか?」
「ああ、悪いな」
ゾロに言われて、ウソップは慌てて立ち上がった。
玄関に出ると、雨脚は少し弱くなったが肌寒くてぶるりと震えた。
この村の冬は厳しいだろう。
そう思いながら曇天を見上げていると、傘を差して助手席から旅行鞄を降ろしたゾロが駆け足で戻ってきた。
「ついでに車を変えて来る。このままじゃ家に戻れねえからな」
「悪いな」
「いや、それより」
鞄を受け取ったウソップに顔を近付け、そっと囁く。
「後で、いや今日じゃなくてもいいんだが。折り入って相談したいことがある」
「ああ?いいけど」
「頼むな」
間近で睨むように見つめられ、ウソップは思わずたじろぎながらも頷いた。
「じゃあ」
「おう、気を付けて」
水溜りを跳ねさせながら、軽トラは雨に煙る農道の向こうへと走り去っていく。
それを見送ってから、ウソップは改めてぶるりと身体を震わせた。
なんだろう。
なんか深刻な話だろうか。
ゾロの目が恐ろしいほど、真剣だった。
低い気温のせいか、ゾロの目に射竦められたのか。
ウソップは自分の腕を擦りながら温かな店の中へと戻っていった。

カウンターにカヤの姿がない。
トイレに立ったのかと踏んで、改めてスツールに腰掛ける。
「あのなあ、ウソップ」
サンジは洗い終えた皿を置き、手を拭いて煙草を揉み消した。
なんだか、真剣な眼差しで顔を上げる。
「後で、相談に乗って欲しいことがあんだけどよ」
「・・・あ?」
「いいかな」
「ああ、いいぜ」
俺様はこう見えても延べ3千人の相談に乗ってきたアドバイザーだぜと胸を張る。
「まあ、たいしたことじゃねえんだけどよ」
頼むな、と殊勝な態度で頭を下げられウソップはウンウンと頷く。
そこにカヤが帰って来て、サンジは自然と視線を逸らした。
どうやらカヤには聞かれたくないらしい。
「そう言えば、前にルフィとナミと一緒に温泉に行った時の写真があるんだ。見るか?」
「ナミさんの?おおう見る見る」
一気にはしゃぐサンジを前にして、カヤも楽しげに手元を覗き込んできた。

ゾロとサンジが、それぞれ俺に相談したいことってなんだろう。
来て早々、2人に持ちかけられるとはよほど重要なことなのだろうか。
それとも蓋を開けてみれば惚気か、はたまた倦怠期の相談か。
ちょっと嫌な予感がする・・・のは、気のせいか?



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