呪い


ロロノア・ゾロが大嫌いだ――――


出会う前から、嫌いだった。
三刀流の海賊狩り。
イーストの魔獣。
強さだけが先走る噂の中で、出会った当人は拍子抜けするほど若かった。
聞けば、自分と同い年だと言う。
しかも噂に聞くほど極悪でも粗暴でもなかった。
むしろ暇さえあれば寝てばかりだし、起きていたって我関せずで役に立たない。
挙句、自分の野望のために無鉄砲な挑戦をして敢え無く返り討ちに遭い、死に掛けている。
どこからどう見ても、馬鹿の極みだ。

成り行きで仲間になってからも、ゾロの好感度は下がる一方だった。
病気かと疑うほどの、極度の方向音痴。
酒ばかり嗜み、飯を喰らっても美味いともなんとも言わない。
当たり前みたいな顔をして全部平らげ、もう酒はねえのかとかほざきやがる。
風呂は指図しないと入らないし、なんとか習慣づけても週一のペースがやっとだ。
腹巻なんて、いつ洗ったか定かではない。
近寄ったら確実に臭い。
いつも、酒と獣と日向の匂いがする。
昼間、寝てばかりいるからだ。

強さだけを求めて、自分の身体を顧みない。
血を流し過ぎて死ぬほどの怪我を負っても、鍛錬が足りないからだと見当違いの根性を見せて傷口を悪化させる。
痛みを酒で紛らわし、せっかくできた瘡蓋を引っ掻いてまた血を流す。
怪我が治り切らない間、血の匂いを纏って歩くから近寄るのもおぞましい。
ロロノア・ゾロのことが大嫌いだ。



「おいコック、こいつらは誰だ」
ある日突然、ゾロの記憶が消えた。
ルフィのこともナミのことも、麦藁の一味はもとより自分が海賊だったことも、海賊狩りだったことも。
イースト出身のことも親兄弟も、幼馴染も師匠のことも何一つ欠片も覚えていなかった。
ただ、サンジのことは知っている。
仲間のコックだと、それだけを覚えている。

なにごとかと、当然のごとく仲間達は騒いだ。
医師であるチョッパーは真剣にゾロを診察したし、ナミやロビンもいろんな文献を調べた。
ウソップは慌ててフランキーは首を傾げ、ブルックは困り果ててバイオリンを奏でた。
そんな中、サンジはすることがないので夕飯を作った。

海獣肉の唐揚げ、エレファントカジキの湯引き、深海クラゲの酢漬けに秘蔵酒・剣豪丸。
「ああ、好物ばかりじゃねえか」
ゾロはそう言って、食卓を眺め満足そうに笑う。
サンジの存在以外すべてを忘れたからか、以前のようにむやみに喧嘩を吹っかけてくることはない。
むしろ、普段は絶対に口にするはずのないことを平気で言う。

「美味い、やっぱりお前の作る飯は絶品だな」
これには、仲間達もあんぐりと口を開けて固まった。
ゾロとサンジの顔を交互に見るが、サンジは知らぬ顔をしている。
どう考えても異常事態だから、気味は悪いがどうしようもない。
バカなゾロが、更におかしくなっただけだ。



ロビンは電々虫の新サービスを使って、最寄りの島から情報を得た。
どうやら島からの方角、風向きと波の高さなど様々な条件が合致して、世にも稀な呪いが掛けられたらしい。
「一番愛する人のことをのみ、覚えているのだそうよ」
ロビンの言葉に、文字通りその場にいた全員がひっくり返った。
サンジだって同様だ。

ゾロに異常を来したって、大嫌いな相手だから冷静でいられた。
なのに、よりにもよって大嫌いなゾロに「最も愛する人」と認定されただなんて、これが仰天せずにいられようか。
「それで、呪いを解く方法なのだけれど…」
ダメージを受ける面々を前に、ロビンは戸惑いつつも先を続ける。
「この世で最も嫌う相手にしか、解けないんだそう」
「最も嫌う?ゾロが?」
ナミはいち早く立ち直り、好奇心で目を輝かせていた。
自分の身に降りかからなければ、他人の不幸は蜜の味だ。

「いいえ、ゾロのことを嫌う人」
それには、仲間達は一様に首を捻った。

確かにゾロは賞金首だし、海賊狩りとして恐れられ見た目で避けられることもある。
だが、人に心底嫌われることはあるだろうか。
この世で一番、ロロノア・ゾロのことが嫌いな人間は、誰だろう。

やいのやいのと話し合う仲間を遠巻きに眺めながら、サンジは煙草を取り出して火を点けた。
軽く吹かして、ふうと長く息を吐く。

言うまでもなく、この世で一番ゾロを嫌いなのは自分だろう。
ロロノア・ゾロが嫌いだ。
心底、大嫌いだ。

「で、もしこいつのことを嫌いな奴が現れたら、どうやって呪いを解くんだ」
「それがね・・・」
ロビンは、笑いの形に目元を歪めませた。
「大嫌いなゾロに、キスをするんですって」
「・・・はァ?」
またひっくり返りそうになった。
今度はサンジだけだが。

「ちょ、冗談・・・」
「よねえ、大嫌いな相手の呪いを解くためにわざわざキスするとか、ないわそれ」
ナミも、心情を知ってか知らずか同調する。
「えげつねえな」
「まったくだ」
心なしか、仲間達の目に憐みの色が混じっている気がする。
しかもサンジ自身に視線が集中しているような気もする。

――――・・・え、俺?
声に出して聞けなかった。
認めたら終わりな気がした。

ゾロのことが大嫌いなことは認めるが、だからって呪いを解くために衆人環視の元でキスをするなんて、絶対に嫌だ。
なんせ大嫌いな野郎のだから。

「どうした、妙な顔をして」
人の気も知らず、ゾロはそんな風に言ってサンジの頭にポンと手を置いた。
「腹でも痛ぇなら、休んでろ。お前はいっつもちょこまかと働いてばっかりだからな」
そう言って、穏やかに微笑む。

ゾロの瞳は、真っ直ぐにサンジだけを見つめている。
他の誰一人、唯一を認めたはずの船長も、見目麗しい女性達もゾロの記憶に残っていない。
何一つ目に入らないように、ただサンジだけを見つめている。

ロロノア・ゾロが嫌いだ。
この世で一番大嫌いだ。
そう思っているのに、なぜかサンジは呪いを解く気にはなれなかった。




「いいの?無理やりチューさせなくても」
ナミが小声で問い掛けるのにロビンはこっそりと頷いた。
「どうせ、日付が変わったら、呪いは解けるの」
「だったら、そう言ってあげればいいのに」
「あら、これはゾロへの誕生日プレゼントよ」
二人は目を見合わせ、笑った。

「じゃあ、そろそろ休みましょうか」
「そうしましょう、おやすみなさい」
ナミ達の挨拶を機に、これ以上手立てはないと、それぞれ部屋に引き上げた。
ラウンジに残されたのは、サンジ以外を覚えていないゾロとゾロが大嫌いなサンジだけ。


日付が変わるまで、あと30分。




END



ゾロがかけられたのは、愛する人のこと以外をすべて忘れる呪いです。
青い蝶の鱗粉で呪いが解けます。
ゾロを最も嫌う人だけが呪いを解くことが出来ますが、その人は呪いを解かない方がいいと思っています。

というツイッターの診断で、発作的に書きました。
青い蝶の鱗粉はどこかにいっちゃったよ(笑)
ともあれ、Happy birthday!Zoro!