庭守と庭守と夜の巣箱
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ゾロと晴れて両想いになり、しかもキスまでしちゃった。

ついさっきの行為を脳内で何度も反芻しては、ニヤニヤ笑いがこみ上げてくるのを止められない。
自然と鼻歌まで飛び出してきて、あからさまに浮かれた様子のサンジをゾロが半笑いで眺めている。

今のゾロの住処は、庭から車で10分程度の距離にある事務所だ。
休憩部屋を寝泊まりに使っているだけなので、下手をするとあの平屋の一戸建てより殺風景な室内だった。
「台所、全然使えてねえし」
事務所のシンクは簡易で狭く、コンロも小さなものが二つしかない。
引っ越しするときに調理器具は移したようだが、段ボールに入れっぱなしになっていた。
「一人で自分の飯を作るのも面倒だし、今はなんでも買ってくれば済む」
「そりゃそうだけど、飯ぐらいは炊いてる?」
「たまには」
サンジは盛大に溜め息を吐き、先ほどゾロと一緒に買って帰った食材を冷蔵庫に仕舞った。
「ここじゃ、おれ料理できなさ過ぎてストレスたまりそう」
「――――・・・」
ゾロは一瞬真顔になってから、伺うように眉をひそめた。
「これから、通ってくれるのか?」
「は、なんで?」
対して、サンジは売られた喧嘩を買いでもするかのように目を怒らせる。
「なんで俺が通わなきゃなんねえんだよ、ここに住むんだよ」
「住む、のか」
「だって、せっかく両想いになったんだからもう、次は同棲だろ」
そう言ってから、ひゃーと急に恥ずかしそうに両手をひらひらさせた。
「もう!俺から言わせんなよ恥ずかしい!」
「いや、待て」
ゾロは片手を掲げて、サンジの動きを制止する。
「いくらなんでも早くないか?」
「はあ?なんで早い?こちとら3年も待ったんだぞ!」
3年待ったのはゾロの方だ。
サンジは自分の誕生日を区切りに頑張ってきたが、ゾロはその区切りの日さえ知らされずにただ漫然と待たされていた。
なので、サンジのように切り替えができない。

「いったん落ち着いて、よく考えろ。確かに俺も3年待った身だが、実際に会ってみてなんか違うとか思ったこともあるだろうし、お前は元から女が大好きだとか言ってただろうが。俺はお前より10歳近く上のおっさんだぞ。まだ20歳の若い身空で、女好きのお前がなにをトチ狂ってかおっさんと同棲とかいう暴挙に出てもいいモノかどうか、一度立ち止まってよく考えろ」
「へえ、ゾロいま三十路前なのか?」
「今年で29歳になる」
「じゃあまだ28歳じゃん、俺と8つしか変わんねえじゃん。誕生日いつ?」
サンジは勢いよく冷蔵庫のドアを閉め、椅子を引いてゾロの横に腰かけた。
「11月、11日だ」
「えー覚えやすっ、ってかゾロ目だ!わかりやすっ」
「お前もな」
サンジは沸騰した湯をカップにそそぎ入れた。
「誕生日までは、まだ先かあ。じゃあ、紅茶とコーヒーどっちが好き?」
「コーヒー」
「だと思った、俺は紅茶」
だから今日は紅茶だぞと、持参したティーポットで茶葉を蒸らす。
「甘いモン苦手、だよな。でもこの抹茶シフォンはそんなに甘くねえし」
「お前が作ったもんは食う」
「えへ、なんだよもう照れるなあ」
ゾロの目の前に、切り分けられたシフォンケーキがすっと差し出される。
「もっとゾロのこと、いろいろ知りてえ」
サンジの声が艶めいて響き、ゾロはコホンと咳払いした。
「こっちも知りてえことがある」
「なんだ、なんでも聞けよ」
サンジはテーブルに肘を付いて、両手の指を組む。
「ちなみに俺、ボクサーパンツな。ゾロはトランクスだろ」
「そうだ、が。そうじゃなくて」
「ゾロもボクサーパンツにすれば、めっちゃ似合うと思うのに」
「そうじゃなくて」
勢い付くサンジにいちいちツッコミを入れながら、ゾロは紅茶に口を付けた。
「庭の、壊れた巣箱」
「ああ、あれ」
サンジはふわっと表情を和らげた。
「気まぐれでお願いしたのに、ちゃんと壊さないで取っておいてくれたんだな。ありがとう」
「あれに、鳥が来てたんだな」

底がないから巣箱としては利用されていないが、注意深く観察していると屋根の部分によく鳥が止まっていた。
目立たない地味な色の、雀よりは大きな鳥だ。
「ばあさんが言ってことも、ほんとだったってことだ」
「あ、うん」
少し歯切れが悪くなったサンジに、ゾロはケーキを摘まんだ手を止めた。
「俺がまったく気付いていなかったものを、よく気付いたなと」
「ああ、音…っていうか、気配っていうか」
サンジはティーカップを両手で持って、湯気に息を吹き掛けた。
「実際に目で見るより気付くことってあるんだ。もしかしたらと思ったけど、おばあさんは目が不自由だったんじゃないかな」
「そうなのか?」
ゾロは、そこまで知らなかった。
祖父が亡くなってから初めて、あの家に出入りするようになったのだ。
祖母はほとんど寝て過ごしろくに会話もしなかった。
視線が合っているかどうかも気にしたことなどなかった。
「母か、姉に聞けばわかるか」
「いや、そこまでいいけどさ。多分、おじいさんはゾロと同じように、あそこに鳥が来てることを知らなかったと思うよ」
だから、おばあさんが「鳥が来てる」という言葉も、微笑ましく聞き流していたのだろう。
おばあさんも、それでよかった。
鳥が来ていてもいなくても、おじいさんとそうして話ができればそれでよかったから。

「俺、子どもの時、一人でずっと暗いところにいたことがあってさ」
なんでもないことのように、ポツリとサンジが呟く。
「そういう時って、なんか周囲の気配に敏感になるっていうか。なにかいる?って気付いてよく見るとこう、小さいネズミがいて」
「ネズミ?」
「そう、いま見たらきっとびっくりすると思うけど、そん時はなんか嬉しくてさ。小さくて灰色の、可愛いネズミだったんだ」
ネズミが出るような、暗くて寂しい場所に一人でいたというのか。
子どもの頃に。
近所の人から伝え聞いた、サンジの虐待の噂が胸をよぎった。
「俺、そのネズミにご飯作ったりして。おかしいだろ?ネズミ相手に。でも、思えばその時から、俺は料理するの好きだったんだなあ」
たとえネズミ相手でも、食べてもらえればそれだけで幸せだった。
「そんなことあったから、鳥の気配にも気付いたんだと思う」

目を向ける場所が明るければ明るいほど、影に潜むものが見えない。
闇を知るものは、陰に隠れた悲しみにも気付く。
誰よりも心優しいと思えるサンジは、辛い経験があったからこそ優しくなれたのだろうか。
それとも生まれ持った性格で、元からこんなにも優しく生まれついたのか。

「お前のことを、もっと知りたくなった」
「え」
サンジはポッと頬を染め、カップを静かに皿に置いた。
「なんだよ、改まって」
「これから、教えてくれんだろ?」
手を伸ばして、さらりと流れる前髪に触れる。

祖母の視界が不自由だったとしたら、ゾロたちが吐いていた優しい嘘もとっくにバレていたのだろう。
いつも庭いじりに勤しんでいた祖父はもう、いない。
そのことに祖母が気付いていたとしても、なにも言わないで見えない鳥の姿を追っていた。
もう帰らない祖父の声を、ただじっと待っていた。
サンジもそのことに気付いているだろうに、あえて何も言わないでいる。
誰しもが優しく、寂しく、温かい。

「ありがとう」
ゾロの言葉に、サンジはポカンとして目を見開いた。
「え?え、なに?俺なんかした?なんもしてねえよ?」
突然礼を言われてキョどるサンジの頭を、ゾロはわしわしと撫でてやる。

気付かせてくれて、ありがとう。
お前と出会えてよかった。
うっかり足を踏み入れたくなるような、美しい庭を造ったじいさんよくやった。

「なんだよもう、一人で満足そうに笑って!」
サンジは文句を言いながらも、弾けるような笑顔を見せた。





まず、二人で暮らすための部屋を探そう。
使い勝手の良い、広いキッチンが付いていることが第一条件。

それから、あの庭に植えた苗木はある程度育ったら移植する。
家屋が建っていた場所には、やはり建物があった方がいい。
平屋建てでこじんまりとした、数席のイートインスペースがあるカフェ。
美しい庭を眺めながら、美味しいお茶とケーキを楽しめる隠れ家みたいな秘密のカフェ。
花卉だけじゃなく、果実も植えよう。
ブルーベリーやラズベリー、レモンもたくさん実るかもしれない。

「俺がカウンター内で仕事してるだろ?そうすっと、ゾロが見えるんだよ。この位置から、こう」
「俺が木に登ると、お前のつむじがよく見えるよう天窓作るってのは、どうだ」
「なにそれ、目的そこ?」


テーブルに図面を広げて、ああだこうだと計画を練る。
ゾロが守り、サンジが育てる。
二人が思い描く美しい庭の夢は、そう遠くない未来にきっと叶うだろう。




End



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